破壊と絶望
三日が過ぎた、ディンにとってその三日間はとても充実し、濃厚なものだった。
デインが復活したとわかって、もうじき戦う日が来るだろうと覚悟をしていた、それからというもの、妙に時間が長く思えた。
きっと最後の時をどこかで覚悟し、無意識にたくさん思い出を作ろうと考えていたのだろう。
土日祝日と弟たちに野球を休ませ、旅行に行った、行先は箱根、温泉旅行だ。
初めての温泉にはしゃぐ下三人と、それを追いかける上二人、それを見て微笑むディン。
旅館の部屋でもそれは同じだった、下三人がキャーキャー言いながら枕投げをし、上二人が止めようとする。
ディンは縁側の椅子に座って一人飲み物を飲みながら、飛んでくる枕達を片手で受け、返す、それは、誰が見ても幸せな家族だっただろう、これから、その幸せが崩れ去ろうとしているなど、誰も知らずに。
旅行から帰ってきて、今日は皆学校、ディンは旅行に使ったものやお土産を片付けていた。
そんな時。
「……、……!」
鼻歌交じりにお土産で買った手ぬぐいを風呂場に置いていた時、ディンの表情が強張る。
気配を感じたのだ、恐ろしいほどの憎悪を、復讐や憤怒の感情を。
「……。来た、か……。」
その感情はこちらに向いていた、正確には子供たちに向いていた。
それは、ある意味必然と言えるだろう。
自ら望んで封印されたとはいえ、その時の感情など残っていないだろう、残されたのは、復讐と破滅を願う心だけなのだろう。
「転移……。」
ディンの眼に覚悟が出る、高速詠唱で魔法陣を形成、ディンはとある場所へ飛んでいった。
「あーあ、今日は雨だなぁ……。」
ため息交じりに話す源太、クラスでは突然降りだした雨にざわつくクラスメイト達が思い思い話をしていた。
「そうだね、予報では晴れだったんだけど……。」
窓辺から空を見つめる浩輔、何か嫌な予感がする、何か良くないものが近づいている、魔物とは比べ物にならない何かが来る、そう本能が囁いている。
「まったく、これじゃ今日の体育は中だな。ん、浩輔どうした?」
「え?いや、何でも……。」
浩輔は考えている事が顔に出やすいタイプだ、隠そうとしても、すぐにばれてしまう。
「何でもって、そんな怖い顔しながら言うもんじゃ……。うわ!?」
そう言い切る直前、教室に眩い光が現れた、正確には教室の中心、何も無い所から突然光が溢れてきた。
皆が目を瞑り、光を必死に遮る。
「……。」
光が収まり皆が目を開けると、教室のど真ん中には剣を背負ったディンと、何が起こったかわからないという顔をした弟達がいた。
「え!?」
浩輔が思わず声を発する、と、ディンは少しほっとした顔をし、すぐに険しい顔になった。
「浩輔、みんなを頼むよ。」
それだけ言うと、窓を割り勢いよく飛び出すディン、ディンが使った魔法は同時転移といわれる魔法で、複数の対象を一か所に纏めて移動させる魔法だ。
使用者以外は何の前触れもなく転移される為、弟たちの反応はある意味正しいものと言えるだろう。
「……。」
その言葉を聞いて一気に顔が険しくなる浩輔、その言葉の意味するところを、正しく理解しているのだろう。
自分が感じた予感は、間違いなく殺意だ、それに気づいたディンが、自分たちを守ろうとしている。
「浩にぃ、これって……。」
と祐治が言いかけるが、そこで言葉を止める、いや、それ以上は言えなかった。
「うわぁ!」
誰かが叫ぶ、それを皮切りに叫び声が木霊する。
無理もない、いきなり経験したことのないレベルの地震が襲い掛かってきたのだから。
それと同時に、窓の外を光の壁が覆う、そしてその直後、今度は耐えきれない威圧感に蝕まれる、これだけの事を一瞬のうちに感じた学生達は、もはやパニックを通り越して恐怖に喰われる。
誰も声を発さない、誰も動こうとしない、正確には誰も声を発せない、誰も動くことが出来ない、それほどの圧が場を支配しているのだ。
「陰陽術、五重結界。」
地震が起きた直後、ディンが手を前に合わせながら唱えると、校舎全体を巨大な五芒星が囲み、包む。
陰陽術とはディンが弟達の先祖が残した文献を解読、会得した技だ、本来なら弟達の方が強い結界を出現させられるのだが、皆本来の力など覚醒していない、その直後、とてつもない圧迫感に襲われる。
常人なら動けなくなるほどの圧力だが、しかしディンはそれに動じない、目の前に現れた六芒星、その中から現れた人影を睨んでいた。
雨はどんどん勢いを増しディンを濡らしていく、それはまるで、その人影を誘い喜んでいるようだった。
「……。」
静かに顔を出すその人影は、ディンを認識すると口元を吊り上げるようにして笑う、そして、一気に六芒星から飛び出した。
「デイン……。」
六芒星から出てきた人物は、ディンによく似ていた、茶色の短髪に、ディンによく似た顔立ち。
しかし、その口元は獲物を狩る事を楽しむ狩人のように野蛮に吊り上がり、その瞳は紅く闇を濃く表している、そして何より、纏っているオーラがディンとは正反対だった。
「ほう、お前がこの時代の守護者か、成程弟によく似ておる。」
体格的にもディンの方が大柄で、傍から見ればディンの方が兄のようだ、しかし、ディンは二百歳なのに対しデインは千歳を超えている、封印されていた期間を含めれば、の話だが。
「弟……、父さんの事か。」
警戒しながら言葉を発するディン、背中の剣に手を伸ばし、いつでも抜けるように構えている。
だがそんな行動に反し、心の内では剣など抜きたくないと思っていた。
「そうだ、我が愛しき弟。そして人間の為に命を捧げた愚かな弟だ。」
悠然と佇みながら、たそがれる様に答えるデイン、見た目に反して尊厳のある口調に、ディンは怯む。
自分よりもはるかに長い年月を生き、そして一度は世界を救った者、その事実が、ディンをどこか躊躇させる。
「愚かなんかじゃ……、愚かなんかじゃない!父さんは、父さんは!」
怯みや躊躇を拭うように大きく声を張るディン、世界を救った叔父であり兄である男が、今この世界を守るために命を落とした父を愚弄するのが、どうしても許せなかったのだ。
「ではなんだというのだ、愛しき我が甥よ。我が弟は命を賭して貴様に生を与えた、そして貴様は我の二の舞を踏もうとしている。それのどこが愚かではないというのだ?」
憂いを隠そうともせずに言葉を放ち、ディンを指さす、そして、その動作に警戒するディンを嘲笑う。
「愛しき我が甥よ、何を恐れているのだ。それほどに我と剣を交えるのが怖いか!」
そういって高笑いするディン、もう優しさなどないのだろうか、ディンは、世界の為に眠りについたデインはもういないのだと、心の内で泣く。
「そんなことない、ただ世界を守ってくれたデインと戦うのが嫌なだけだ。」
憤りを収め、哀愁漂う声色で語るディン、実際その想いが、深く刻み込んでいたはずの覚悟を揺らがせていた。
世界を救い、世界の為に眠りについたデインと戦わなければならない、せめてその姿が魔物であったら、どれだけ楽だっただろうか、せめて自分にいきなり斬りかかってくれたら、どんなに苦しまずに済んだか。
「そうか、それは残念だ愛しき甥よ。我は復讐者、まずはその結界の中におる忌々しき陰陽師の末裔から血祭りに上げようぞ。そして、世界を破滅さえてみせようぞ。」
その瞬間、戦いは始まった、デインが手を目の前にかざすと、そこから黒い球体が出現し高速で放たれた。
それはディンを狙ったものではなく、結界をターゲットにした攻撃だった。
「させるか!第四段階開放!」
ディンは叫び、剣を抜く、そして放たれた球体を受け止め、そのまま上空へとはじいた。
雨雲へと吸い込まれた球体が雨雲の一部を一瞬消し去り、爆発した、しかし、一瞬見えた空をまた雨雲が覆い隠し、雨はさらに強くなる。
「ほほう?あれを飛ばすか。」
爆発が爆風となり二人を薙ぐ、しかし、どちらもその程度の風では動じない、デインはニヤリと笑うと、両手を目の前に翳した。
「愛しき甥よ、その名を何という?」
そういいながら九つの闇の球体を放つ、それぞれが違う角度から結界を狙う。
「竜神術絶雷!」
ディンもまた目の前に手を翳すと、十本の雷が現れ、闇の球体を相殺する、残った一つがデインを狙いすさまじい速度で襲い掛かる。
「ディン。」
デインに雷が着弾し効果を成していない事を確認すると、口を開くディン。
覚悟が決まったわけではない、揺らいでいるものが確かにある、だが弟達を狙っている以上、それを表に出すわけにはいかない、ディンは、揺らぐ気持ちを抑えつけながら次の攻撃に構える。
「ディンか、良い名だな。」
一瞬微笑を浮かべながら、ディンの名を褒めるデイン、しかしそれは一瞬で嘲笑に変わり、デインは背中から大振りな剣を引き抜く。
「しかしその名も今日で消え去るのだ!我が力によってな!」
高らかにそう宣言すると、デインは剣を構え突撃してきた、常人では、否どんな達人でも追いきれないような速さで迫るデイン、そしてそれを一瞬で見極め、剣を剣で受け止めるディン。
瞬間、衝撃で爆風が周りを襲う、結界がなければ、校舎など吹き飛んでいただろう。
鍔迫り合いの形になり、お互いの顔がよく見える、近くで見れば見るほど、よく似ている顔をしていた、ただし、ニヤリと笑っているデインと悲し気な顔をしているディン、その差は、近くで見るほどはっきりしてくる。
「貴様はなぜ戦う!世界は!人間は!我等を憎み魔物を生み出していることくらいわかっているだろう!」
嘲笑を浮かべながら語り掛けるデイン、しかし、その双眼は殺意と憎しみだけで相手を射殺しそうだ。
「大切なものを守るため、ただそれだけだ!」
一方悲し気な顔をしているディン。
しかし、その双眼は決意を語る、守るべき、守りたいものがある者の強き意思の瞳だ。
「ほほう?それは憎き陰陽師の末裔どもというわけか!我を愚弄するにも程があるわ!」
自分を封印した者達の末裔を守るというディンの行為は、デインの怒りに拍車をかける。
その憎悪が闘気となって噴き出す。
それは、まるで悪魔のような何かの形をし、デインを包む。
「違う!デインは自分の意志で彼らを選んだんじゃないか!世界を守りたいからって!」
負けじと闘気を噴出させるディン、それは竜のような形をしていた。
「ふざけるな!我を封印した一族を守るなど!」
もはやデインに声は届いていないようだった。
憤怒と憎悪のみがデインを突き動かしている、それは復讐に取り憑かれた、復讐の為だけに存在する人形のように、デインをひたすらに堕としていく。
「デイン!」
その感情が何故そこにあるのかを理解しているディンが、悲痛な叫び声をあげる、そして、鍔迫り合いをしていたところに思いきり力をいれ、デインを突き飛ばす。
十メートル程吹き飛び、瞬時に態勢を立て直すデイン、そしてまた、ディンに突進してきた。
「死ね!ディン!」
その叫びとともに振り下ろされる剣、悲しみで一瞬反応が遅れたディン。
刹那、雨雲から巨大な雷が降り注ぎ、勝負は呆気なく着いてしまった。
「が……!」
左肩から右脇腹にかけて、鋭い痛みがディンを襲う、そしてその直後、右から左の脇腹にかけて体がちぎれたと錯覚するほどの衝撃が襲い、高層ビルのてっぺんから落ちたような衝撃がディンの体の自由を奪う。
「……!」
声にならない声を上げ、その場で力を失うディン、たった二発の斬撃が、立ち上がる事すら不可能にするほどの傷を負わせた、それを理解した瞬間、ディンの戦意は失われた。
もう勝てない、デインと自分では力の根源と、その深さが違いすぎる、それを悟るには、十分な攻撃だった。
「……、ディン……。」
鍔迫り合いの衝撃でガタガタと窓が揺れる、むしろ、校舎全体が悲鳴を上げているそんな中。
圧に慣れ、皆が体育館に避難している中、浩輔は窓辺から二人の戦いを見ていた。
「浩輔お兄さん!危ないよ!」
大志のその言葉も耳に入らず、魅入るように戦いを見守る浩輔、自分たちの為にディンは戦っている、しかもその相手はディンによく似ている。
「ディン、お願い……。」
祈るように呟く浩輔、それは、勝ってほしいという願いではない、戦ってほしくない、傷ついてほしくないという祈りだった。
それが無駄なのは百も承知だった、しかし浩輔にはそうするほか何も思いつかなかった。
「浩にぃ……。」
そんな浩輔と大志を非難させようと戻ってきた祐治が、浩輔を見て言葉を失う。
自分達がこうして避難している間に、ディンに何かあったら、それは祐治も思っていたが、弟達を守らなければならない、そう思った祐治は、苦渋の選択をしたつもりだった。
しかし浩輔を見ていると、その選択に大きな疑問を持ってしまう。
「どうして……。」
自分は逃げようとしているのだろう、自分達の為に戦っているディンを応援し、結果を見届けるのが自分達の今すべき行動なのではないだろうか。
しかし、弟たちにそんな危険なことはさせられない、祐治の葛藤は、静かに続いた。
「にいちゃ達、どうしたんだろう……。」
体育館に避難してきた陽介が不安げに声を漏らす。
避難してから五分ほど、教室が2階だったこともあり比較的早く非難を終えてから、陽介はそればかり考えていた、三人が心配でたまらない、しかし祐治からここから動くなときつく言われている。
実際、恐怖で戻ることも出来ない、そんな葛藤が、心配という形で言葉になる。
「……、きっと大丈夫だよ。あの三人はしっかりしてるし……。」
陽介の手を握りながら、大樹が答えるが、大樹自身不安を拭えないでいた、いくらしっかりしているとはいえ、あんな危ない場所にいたら、と。
「……、僕も行ってくる。」
少しの沈黙の後、陽介は言葉を発する。
それは決意だった、怯えている自分を抑えつけ、恐怖に立ち向かう為の言葉だった。
「でも、じっとしてろっていわれたよ……?」
そんな陽介を見て、言葉では否定するものの体を動かす大樹、陽介の言葉を聞いて、自分もいてもたってもいられなくなったのだろう、陽介の手を引き、歩き出す。
「大樹にいちゃ……。」
そんな姿を見て、少しだけ表情が明かるくなった陽介、二人はすたすたと体育館から出ていった。
そんな二人を、いや五人を気に留め引き留めるものはいなかった、皆一様に恐怖に支配されていた、自分が助かることで精いっぱいだった。
雄也と源太は五人を探していたが、体育館のどこにもいない、もしかしたら教室に残ってしまっているのかもしれない、その考えは二人ともあったが行動出来なかった、二人もまた、自分が助かる事でいっぱいいっぱいになってしまっていたのだ。
五人の子供達が教室で再会したその瞬間、眩い光とともに、爆音が鳴り響いた。
間近に雷が落ちた、五人は再会を分かち合う間もなく怯える、そして直後浩輔の悲痛な叫びが教室に木霊した。
「ディン!」
見てしまったのだ、デインがディンに斬りかかる瞬間を、そしてもう一度斬られ、地面に叩きつけられてしまうその瞬間を。
「ディン!」
浩輔は叫び、同時に教室から飛び出す。
「浩にぃ!」
祐治の静止は届かなかった、後を追うように祐治が飛び出し、下の三人もそれにつられ追いかける。
廊下を駆け抜け、階段を飛び降りるように駆け下り、校庭に出る浩輔、そこには、もう見てしまった事実が、決して認めたくない事実が存在した。
後を追ってきた四人は、浩輔が駆けた意味を痛感した、そして、どうしようもない悲しみと、絶望が心を支配する。
五人の視線の先には、血に濡れ動かなくなったディンの姿があった、かろうじて生きているのはわかる、がもう戦えないだろう。
虫の息、いや戦意を失ってしまっているから動けないのだろうか、それは子供達にはわからない。
わからないからこそ、過ちを冒してしまった。
「ディン!」
浩輔の叫びを皮切りに、皆走り出す、ディンを守る為に、まだ生きていると信じて、デインがその姿を見て、嘲笑を浮かべながら魔術を詠唱しているのを知らず。
ディンは浩輔の叫びを聞いた、力を振り絞ってそちらを向くと、五人ずぶ濡れになりながら自分の方に走ってきている、そしてディンは気づいた、とてつもない魔力の塊に。
「来るな!」
叫んだ、誰もが畏怖し、立ちすくんでしまいそうな大声で、叫んだ。
だが遅かった、そう、全ては遅すぎた。
走る五人の中心に、ディンが弾き飛ばしたのとは比にならない程の魔力の塊が現れた、それを止めようと力を振り絞り立ち上がると、駆ける。
そして、子供達がその球体に気づきディンがそれを消し去ろうと右腕を伸ばしたその時。
それは膨張し、巨大な熱量を持つ爆発に変わった。
全てを飲み込み、壊していく、そしてディンは意識を失った。




