終わりの予兆
あれから二ヶ月、ディンの予感は未だ的中せず、魔物の進軍は、異世界を含めて落ち着いていた。
弟たちは学年が一つ上がり、浩輔は中学三年生になり祐治は中学一年生に、大志と大樹は小学六年に、陽介は三年生になった。
皆新しい学年、祐治に関しては新しい学び舎に進み、慌ただしくも充実した日々を送っていた、ディンはといえば、魔物の出現が一週間に一度程度になっていた為自分の時間を作れるようになっていた。
その時間を何に使っていたかというと、もっぱら文献の解読や研究をしていたりという感じだ、竜神にのみ読める文献を翻訳したり、魔物に対抗する為の力を魔物にのみ指向性を持った形で使える道具を作ろうとしていたりだ。
この時、ディンは百歳を超えていた、異世界に守護者を育てに向かっているのと、今いる世界とは時間の流れが大きく違う世界へと飛び、そこで黙々と作業をしていたのだった。
「……、まだきちんと指向性を定めきれないか……。」
容姿がほとんど変わっていないディンは手のひらより少し小さな機械を持ち、見つめている、周りには人間には解読できないであろう文字や数式がびっしりと書かれたホワイトボードや、今持っている機械を作るためであろう大きな機械が所せましと並べれている。
「これが完成すれば少しは被害減るし、楽になるんだけど……。」
今作っているのは簡易的な魔導兵器で、魔力や能力を持たない者でもボタン一つで込められている魔力を放出できるというものだ。
「でも人間同士で使えちゃったりすると、なぁ……。」
勿論リスクがある、それは、人間が恨みや憎しみを晴らすためや戦争の為に使われてしまうという事。
だからその魔力に指向性を与え、魔物にのみ魔法がぶつかるようにしなければならない。
「んー!」
そしてもう一つ、絶対に解析されないようにしなければならない、解析されてしまえば、それを悪用される可能性が出てくるからだ。
「取り合えずルーン文字以外で魔力を込めないとだなぁ。」
現在では解析こそされていても、使用法は理解されていないルーン文字、しかしいつかはそれが理解され、利用される日が来るかもしれない。
だからこの機械の魔力をルーンで込めてしまうと、仕組みがばれてしまう可能性がある、という事だ。
「絶対に解析不可能とか……、可能なのか?」
千年の間なら解読不可能なのは可能かもしれないが、それが永久に解読不可能かといわれると何とも微妙な所だ、しかしディンが求めているのはその永久なのだ。
「んー!あと少しで完成なのになぁ!」
手に持っている機械を手元に置き、伸びをするディン。
「ふぅ。」
少しため息をつき、気を緩める、伸びをしていた手をぶらりと下げると、きらりと首元が光る、正確には首に下げているネックレスの勾玉が光る。
「……。」
無言でそれを手に取り、見つめる、トパーズのようなそれは、厳密には宝石ではない。
悠輔の魂の欠片、肉体に残留していた思念のようなもの、悠輔の死後に弟たちに渡したものと、まったく同じものだ。
「どうすればいいんだろうな……。」
一人呟き、目を閉じる、こんな時悠輔ならどう考えるだろうか、どうこの問題を解決するだろうか、そう思いながら。
「うーん、思いつかん。」
一時間程その態勢で悩んでいたが、ふと目を開けて降参する、頭を掻き振って、苦笑い。
「まったく、百年は経ったろうに。」
思考は変わらないものだな、と心のうちで呟く、竜神の生きる何百万年という命の中で、百年というのはそれほど短いのだろう。
実際竜神が大人びてくるのは十万歳あたりだとか。
「お、時間だ。」
元居た世界では、もうすぐ陽介が帰って来る、毎回それまでには戻るようにしているのだ、それでも二、三か月はあるわけだが。
「転移。」
そう呟くと、ディンの体はどこからか現れた光に包まれ、消えていった。
午後三時、陽介は学校が終わり、兄たちより一足先に帰路についていた。
通学路が同じな友達と別れ、一人とぼとぼと歩く。
今日は楽しかったな、でも勉強はやっぱり好きになれないや、そんな事を考えながら歩く。
元々小柄なのと顔立ちが幼い事から、小学一年生にもみられる陽介だが、若干コンプレックスではあるものの、普段は特段気にしてはいない。
そして小柄な割に力があり、同世代の子供の中でも頭一つ抜けた運動能力とのんびりとして明るい性格もあり、いじめられることもなく過ごしている。
「うーん……。」
そんな陽介の悩みは、勉学にあった、じっとしているのは苦手で、尚且つ元々勉強が好きではない、授業に関しては担任によく怒られるし、三者面談や家庭訪問でもその事を言われる。
「うー……。」
今日学校で習ったことを復習してみようか、そんなことを考えているうちに自宅へとつく。
「ただいまー。」
のんびりした声で帰宅を伝えると、リビングからディンが顔を出す。
「お、おかえりー。」
悩める少年な顔をしている陽介を笑顔で迎えるディン。
それもそのはず、陽介や兄弟たちにとっては半日足らずの時間でも、ディンにとっては何か月ぶりかの再会だからだ。
「ディンにいちゃ、嬉しそうだね。」
ディンの笑顔を見ているうちに口元が緩んでくる、自然と笑顔になりながら、一度自室にランドセルを置きに行き、リビングに足を運ぶ。
「なんだか久々に会うみたいだよ?」
「まあなぁ、今日は三か月ふりだったからな。」
笑顔で疑問を口にすると、嬉しくてたまらなそうな顔で陽介のもとに近づいてきて、膝をついて抱きしめる、まるでそこに存在していることを確認するかのように、優しく頬をつねりながら。
「そんなに経ったの?にいちゃ寂しくない?」
ディンが何をしているかは聞いてはいたが、実際体験しているわけではないからわからない。
頬をつねられる感覚を心地よく思いながら、陽介はディンの体に腕を回した。
「そうだなぁ、もう百年くらいはこの生活続けてるけど、寂しさってなくならないもんだよ。」
実際、いつまで経っても慣れないものだ、ならやめればいいと言われそうなものだが、しかし弟たちの安全や生活を共にしていく為にはやるしかない。
「そっか、ディンにいちゃ大変だね……。」
実感は湧かないが、寂しさだけは伝わってくる、人の気持ちを察する能力にも長けている陽介には、その気持ちがひしひしと伝わってきたが、自分にはこうする事しか出来ない、それも、悩み事の一つだ。
「ありがとうな。」
その言葉の裏に込められている意味を察し、いろいろな意味で感謝を口にする、そして抱きしめている陽介を離し、その目を見つめる。
「そういえば、なに悩んでたんだ?」
「え?うん、勉強出来ないのどうすればいいかなって……。」
いきなり問われた事に驚きながら答える陽介は、少し照れ笑いをしながら頭を掻く。
「勉強か……。」
それを聞いて少し考えるディン。
「この前家庭訪問の時に先生にも伝えたけどさ、俺は別に出来ないままでもいいと思うんだよ。勉強出来ないからって陽介がだめになるわけじゃないんだから。」
それは励ましの意も込めているが、それはディンの本心であり主義でもある、一般的に言う勉学が出来るからと言って、それが将来の助けになるとは限らない。
確かに一流企業に就職するなら必須だが、弟たちがそういったものを目指しているわけではないという事は知っているし、もしも目指すならそこから頑張ればいい、そう思っているからこそ、勉学に対してはノータッチなのだ。
「うん……。でも、先生がやっぱり出来た方がいいって……。」
少し切なそうな顔をする陽介、やはり学校にいる時間というのは多い為、どうしても拭い切れないという印象を受ける。
「陽介、俺と先生どっちの方が陽介の事知ってると思う?」
そんな陽介を見て、あえて試すような言葉を口にする、そんなこと、誰でもわかるだろうと言いたげな声色だ。
「んー、にいちゃ!」
「だろ?だから兄ちゃんのいう事を信じろ、浩輔や祐治だって同じこと言うぞ?」
実は前々から浩輔と祐治には相談していた陽介、そしてそれを知っていたディン、いつ話を切り出して聞こうかと、ディンはディンなりに考えていたのだ。
「ディンにいちゃ、いっつも忙しそうだから相談していいかなって。」
少し経って、ソファに座り二人でゆっくりしている時にふと口を開く。
相談したくなかったわけではない、ただ遠慮していたのだ、ディンがいつも自分たちの為に頑張っていることは知っていたから、だからこそ相談出来ずにいた。
「ああ、いつでも相談してきていいんだぞ?陽介が俺の事心配してくれるのは嬉しいけどさ、それで気を遣わせちゃうのは寂しいしさ。」
マグカップに淹れた珈琲を飲みながらディンは答える、気を使っているだろうとわかっていたからこそ、ディンとしても何とかしたかったのだ、そして陽介の気持ちを考えると、中々このことを言えずにいたのだ。
「うん、ごめんね、寂しくさせちゃって……。」
「こらこら、怒ってないんだからしょげるなって!」
少ししょげる陽介に、いきなり掴みかかりわき腹をくすぐるディン、そうやって触れ合うことで、陽介の気持ちを楽にしたかった。
「あ!やめてよー!」
くすぐりに弱い陽介は、驚きの声を上げ笑い転げる、互いの気持ちを伝えあい、また少し絆が深まったというのは言うまでもないだろう。
そんな中、顔には出さなかったがディンはある感覚に襲われた。
「……。」
強張りそうになる顔を笑顔にかえ、何事もなかったかのようにじゃれあうがしかし、心の内では焦燥感に苛まれ始めていた。
「ディンにいちゃ?」
一瞬の変化に気づいた陽介が、ディンの顔を不安そうに覗き込む、纏う気配が一瞬で変わった、としかわからなかったがディンがこうなる理由は一つ、魔物に関する事だという事だけはわかった。
「……。」
陽介の疑問には答えず、まるで親が子を守るように抱きしめるディン。
「……。」
デインの封印が、今解かれてしまった、それは千年という時を経て現れた。
憎悪、復讐、苦悩、あらゆる負の感情が一気に噴き出しているのがわかってしまう。
だが、まだ目覚めきってはいないようだった、まだ時間はある、ディンがそう思った瞬間その気配は姿を消してしまった。
「……!」
眉毛をピクリと動かし反応するディン、それを不安げに見上げる陽介、空間魔法を操る魔物の仕業か、それともデイン本人の意思か、それはわからなかったが、ディンには気配を探知することが出来なくなってしまった。
「ディンにいちゃ?」
陽介がもう一度声をかける、その声に反応し、ふと視線を下げるディンは、陽介の不安げな顔を見て、精一杯の笑顔を作る。
「おう、大丈夫だよ。」
あれだけの負のオーラ、またどこかに現れればすぐにわかる、そう判断したディンはひとまずその事を考えるのをやめた。
今はみんなで笑っていたい、そう思った。




