一時の休息
場所は東京。
国会議事堂の中でも一等厳重な警備が敷かれている部屋。
首相の執務室とでもいうべき部屋に、2人の男がいた。
1人はもちろんの事、日本国総理大臣。
もう一人は…。
「……。以上がディン・アストレフ及び故、坂崎悠輔に関する調査報告です。」
「ご苦労だった、一年半、よくぞ勤めを果たしてくれた。」
「勿体ないお言葉です、首相。」
「それでは任期満了として、以後は通常の業務に戻ってくれたまえ。」
「承知しました。」
「ところで君、君は彼のことをどう思っているんだい?」
「…、それは業務上の質問でしょうか?」
「いや、私個人の興味の話だ。」
「……私は……。」
「君はずっと彼に対する事件に関わって来たんだ、何も思わないといえば嘘になるだろう?」
「そうですね……、彼はとてもいい子でした。」
「それだけかね?」
「はい、とても兄弟想いな少年でした。」
「それは坂崎君に対する事だろう?私が聞いているのはディンアストレフをどう思っているのか、だよ。」
「……。彼は、とても悲しい。」
「ほう?それはまたなぜだね?」
「それは言えません。ただ、なぜあんなにも優しい少年がここまで大きい物を背負わなければならないのか、私には理解できかねます。」
「なるほど、それは彼を知る人間なら皆思うのだろうね。」
「首相は彼をご存じで?」
「いいや、だが調書を見たり君を見ている限りでは、そう思えるのだよ。半年前の事件もその優しさ故に起こしてしまったのだろう。」
「半年前…、そうですね。あの子は結局何も話してはくれませんでしたが。」
「周りの子供たちが離れていかないのがいい証拠だろう、それだけに残念で仕方がない。」
「それは悠輔が殺されてしまった事に対してで?」
「それもあるが、ディン君に対する世間の風潮もだ。」
「ああ、その事ですか。」
「そうだ、彼は自らの命を懸けて我々を守ってくれている。それなのに化け物とは感心できないな。」
「……、それは間違いです。」
「どうしてだね?」
「ディンは我々の事など眼中にありません。あの子は、ただひたすらに自らにとって大切な人を守ろうとしているだけです。」
「ほほう?」
「ですから、もしも全人類と子供たちを天秤にかけなければならない時が来たら、迷いなく子供たちを選ぶでしょう。」
「……、それは君の推測かね?」
「いいえ、ディンとかかわってきて理解した確信です。」
「そうか…、ではその時が来ないことを祈ろう。」
「はい、では私はこれで。」
「ああ、ご苦労様だった。」
「……。私たちは見捨てられても仕方がないほどの罪を重ねてきた、その報いだというのであれば受け入れなければならないのだろうな。」
あれから半年が経った。
皆悠輔を失った悲しみから中々立ち直れないでいたが、徐々に自分たちを取り戻し始めた。
悲しんでいるだけ、なのが悠輔のためにならないと思ったからだろうか。
それとも、お互いの為だろうか。
おそらく、両方なのだろう。
そして、皆で約束をした。
決して、悲しみを押し殺さないことを。
互いに辛いときや悲しいときは傍にいてあげようと。
それが、悠輔への手向けになると信じて。
ディンに関して、誰かが何かを言うこともなかった。
皆兄弟としてディンを受け入れたのだから、悠輔を守れなかったと責める事はなかった。
何故なのか?
それは皆が知っていたからだ、ディンが悠輔を守ろうとしていたことを。
そして、ディンが誰よりも悠輔の死を悼んでいることを。
「ねえディン、靴下片っぽ知らない?」
「ん?知らねえけどまたどかやったのか?」
時間としては朝7時。
朝練がある浩輔がどたばたと準備をしながら聞く。
ディンは他の弟達にご飯を出しながら、またかとため息をつく。
「んー、昨日確かに準備したと思うんだけど……。」
慌てふためく浩輔。
2月の終わり、もう3年生も引退して。
後輩がいる手前、遅刻するわけにはいかないと焦る。
「違うの履いてけば?」
「そっか、その手があった!」
祐治が横やりを入れると、ナイスアイデアといわんばかりにドタバタと部屋に走っていく浩輔。
40秒ほど慌ただしい音が聞こえ、今度は階段を駆け下りてくる音が聞こえてくる。
「浩にいちゃ、あわてんぼさんだ。」
「浩兄ちゃんはいっつも慌ててるよね、もうちょっとしっかりしてたらねー。」
眠そうな陽介の声に、笑う大樹の声。
「あんまりお兄ちゃんをからかうんじゃないよ。浩、いってらっしゃい。」
「むー、行ってきます!」
諫めるディンだが、しかし自身も面白くてたまらないという風に笑う。
そんなディンを見て頬を膨らませる浩輔だったが、時間がないと急いで玄関へ向かっていった。
その慌てっぷりが面白いのか、リビングではまた笑い声が上がる。
「浩にぃ、忘れ物ないー!」
「ないと思うー!あったら持ってきてー!」
笑いをこらえながら大声で聞く大志に大声で返しながら、浩輔は玄関を出て走って学校に向かった。
「まったく……。さ、みんなも早く食べないと遅刻するぞ!」
「あ、やばい!今日放送当番だった!」
やれやれとため息をつきながらディンが急かすと、祐治の声に始まり急いで食事を済ませる子供たち。
それぞれが準備を済ませ、各々学校へ向かっていった。
「やれやれ、朝から慌ただしいなぁ。」
全員が出ていったあと、ディンは乾いた笑いをあげる。
そして、食事の片づけを始めた。
「……。」
ディンは学校には行っていない。
学校側や同級生から来てほしいといわれていたが、断った。
理由は単純、行く理由がないからだ。
「もう半年か……。」
悠輔が死んでしまってから、あっという間に半年が過ぎた。
あれ以来、ディンは割と単調な生活を送っていた。
昼は保護者として、夜は守護者として。
「早いもんだな。」
半年間、毎日のように魔物は現れ始めていた。
「ほんとに、あっという間だ。」
本来ならその国その国で何とかするべきなのだろうが、魔物一匹倒すのに陸軍分隊1つが必要といわれている。
それが一度に500から1000、多いと5000ほど出てくるのだ。
とても軍隊などでどうこう出来る数ではない。
「……。」
それに時間がかかりすぎるのだ、魔物が現れてから兵士が現場に到着するまで。
早く見積もって一時間、軍を動かすのが遅い国だと3から4時間。
その間に、どれだけの人間が犠牲になるか。
「……。」
それによる損害、そしてそれによる人間の負の感情の増幅。
それらに対する自分の労力を計算したディンは、全世界に向けとある提案をした。
「さて、と。」
魔物に関する問題が生じた際、ディンがその国や場所に向かうのを許可する事。
その際、警察や軍隊は人々の避難に集中し、決して魔物に向かおうとしないこと。
そして、説明義務の破棄。
自分がいる=魔物がいると捉えろと。
ディンはそう主張した。
国連はあっさりそれを受理し、国連加盟国以外にもそれは受理された。
不可能な事をしようとするよりは、それ一つを受理した方がはるかにリスクは低いと判断したのだ。
「少し寝るか。」
そして、ディンは日本国に対しもう一つの特権を申請した。
それは、警察や救急と同じ権限を持つこと。
「ふあぁ……。」
その理由は2つ。
一つは魔物によって傷ついてしまった人の為。
もう一つは警察が取り逃がした凶悪犯逮捕の為。
「……。」
国会は大荒れしたが、その申請は受理された。
ギブアンドテイクとは少し違うだろうが、それを受理することで起こるデメリットよりもメリットの方が圧倒的に多い。
「zzz……。」
何故ディンがそんなことを申し出たのかは誰も聞かされていない。
もしかしたら、悠輔の意思を受け継いでのことかもしれない。
もしかしたら、自分がやりやすいというだけかもしれない。
だがその真実は、だれも知らない。
「おーい、ディーン!」
昼頃。
自分を呼ぶ声に目を覚ましたディンは、伸びをしながら玄関へと向かっていった。
聞きなれた声、玄関を開けるとそこには村瀬警部がいた。
「はぁ、いないかと思ったぞ……。」
「あれ、今日来るって言ってたっけ?それになぜ故私服?」
いつもならきっちりとしたスーツを着てくる村瀬警部。
そんな彼が私服だということに驚く。
「今日は非番なんだ、私服で来たら変か?」
あまり私服で出かけないのか、それとも物珍しさにじろじろ見られているからだろうか。
少し照れくさそうに問う。
「変じゃなないけど珍しいからね、ところでなんか用?」
「急ぎの用ではないんだが一つあってな。」
「そっか、じゃあここじゃなんだし入ってよ。」
「失礼する。」
そそくさと入ってくる村瀬。
2月といえど未だ冬、身に染みる寒さの中立っているのはつらいのだろう。
「んで、用って何?」
「ん?ああ、それはな。」
少しして、ディンが紅茶を入れながら問うと、村瀬は受け取った紅茶を一口飲み、カップをテーブルに置く。
「一つ報告があってな。」
「報告?なんかあったっけ?」
何か事件などがあればそれを報告しにきたと思うだろう、しかしここ最近、ディンが出張るような事件は発生していない。
「ああ。私がな、担当を外れたんだ。」
微笑みながらどこか寂し気な村瀬。
「そっか……、今までお疲れさまでした。」
「ああ、ありがとう。」
ディンの言葉に変えながら紅茶を啜る村瀬。
「それじゃ、もうここに仕事で来ることはなくなるのかな?」
「仕事ではな、それと……。担当っていうのは、警察としての話ではないんだよ。」
「ん?どゆこと?」
いまいち理解が出来ないという感じのディン。
窓の外を見ながら疑問を口にするが、その目つきが少し鋭くなっている。
「私は警察、それは嘘じゃないよ。」
ディンの纏う気配が少し鋭くなったのを感じ、慎重に言葉を選びながら村瀬は答える。
「私がみんなの傍にいたのはな、国の命令なんだ。」
「国?」
国という言葉を聞いてさらに気配が鋭くなり、眉間に皺が寄る。
国の命令で動く理由はいくつか考えられる。
一つは利用、一つは管理。
「ああ、ディンアストレフがこの日本という国にとって敵か味方かを判断する為にね。」
どういっても警戒されると判断した村瀬は、忌憚なく話すことを選んだ。
それは正しい判断たといえるだろう。
ディンは人の心が読める、すなわち嘘や怯えはすべて警戒対象となるからだ。
「それって、いつから?」
少し警戒を解いて疑問を口にするディン。
だが、完全に警戒心をなくしたわけではない、いつ嘘をつかれても見破れるように構えている。
「魔物が現れ始めてから、だな。」
警戒心を抱かれていることにため息をつきながら村瀬は答える。
それは正しい判断だ、と思いながら。
「どうしてそんなに早くから?」
「それはな、悠輔のお母さんから手紙が届いていたからだよ。」
ディンの疑問はもっともだ。
魔物が現れ始めたころは、ほとんど魔物もディンも認知されていなかったはずだ。
「母が……。」
ディンの顔が少し複雑な表情になる。
最初から謎を知っていた数少ない人物、そして少数部族の伝承として残っている陰陽師の末裔。
「そう、最初は誰も取り合わなかったがね、魔物が現れ始めてからはそうもいってられなかったのだよ。」
頭を掻きあの時は全くといった風で話を進める。
「あの人が亡くなって、魔物が現れて。それで初めて国は動き出した。」
「まあ当然っちゃ当然だよな、そんな世迷い事を信じるなんて正気の沙汰じゃないだろうし。」
そうはいっても、見殺しにされたんだけどと思うディン。
眉間の皺が深くなる。
「確かに。それで、当時坂崎さんの事件を担当していた私が悠輔とディンの調査に抜擢されたんだ。」
ディンの表情を見て、なんとなく考えていることを察する村瀬。
申し訳ないという感じで苦笑いしながら続けた。
「私は最初反対したんだ、でもそうしないとお前達がどういう処遇を受けるかと考えて、引き受けたんだ。」
「処遇?」
眉間の皺をさらに濃くしながら問う。
いくつか思いつくが、確信がないという雰囲気だ。
「ああ。私がもし断っていたら、悠輔には監視がついてディンは尋問され、場合によっては国に管理されていただろうからね。」
憤りを感じていた。
子供を監視し、尋問して自分たちの思い通りにしようとする者たちに。
「だから、私は監視と調査の役目を買って出たんだ。得体のしれない連中がするくらいなら、自分がやった方がましだったからね。」
「なるほどね、村さんが俺たちをどうこうしようとしてたわけじゃないんだね。」
少し眉間の皺を薄くしながら口を開く。
ホッとしたのだろうか、少しだけ笑みを浮かべる。
「ああ、私は2人を守りたかったんだ。それも叶わなかったがね。」
「叶わなかった、か。そうだね、でも村さんが気に病む事じゃないよ。」
悠輔が死んでしまったことに対してだと思ったディンは、慰めるように話す。
「悠輔を守れなかったのは俺のせいだから、ほんとにごめん。」
そういって頭を下げる。
もう、何度同じことで謝ったことか。
「それもあるんだが、それだけじゃない。」
ディンの肩に手を添え、ゆっくりと頭をあげさせる。
お前が謝る事じゃない、そう仕草で伝えた。
「私が言いたいのは、世間の風潮さ。」
「風潮?ああ。化け物が何とかって話?」
それを口にしながらニヒルに笑うディン。
もう言われなれた、どうも思っちゃいないという顔をしている。
「す、世間は今更意見を変えることもないだろう?」
今度はこちらが眉間に皺を寄せる。
「半年前の事件、マスコミや警察からは何も発表していないがネットなどからかぎつけたらしい輩がいる。それでディンが悪人扱いだ、本当の事も知らない連中が、知った顔をしてディンを蔑むのが許せない。」
「仕方ないよ、あれはもうなるようになっただけさ。」
今度はディンがなだめるように話す。
「仕方がないさ、人間社会的悪人を作るのが大好きだから。事実がどうあれ、歪めてでも叩きたいんだろうよ。」
「だからってあれは酷いだろう!」
感情が昂り、珍しく激昂する村瀬。
テーブルを叩いた拍子に紅茶が零れてしまう。
「何が世紀の化け物だ!何が魔物を統率する親玉だ!」
「……。」
その姿を見たディンは、一度無言で席を立つ。
そして台拭きと一枚の紙を持って戻って来た。
「ありがとう、そういってくれる人が少しでもいてくれるだけで救われるよ。」
「……。すまない、それは?」
ディンから台拭きを受け取り、紅茶をふき取りながら問う。
その目線の先には、ディンの持つ紙があった。
「手紙。」
そういいながら村瀬に手紙を渡す。
そしてソファに座り、村瀬が手紙を読み終わるのを待つように眼を閉じる。
「手紙……。」
呟きながら目を向けると、そこには子供らしい少し拙い丸文字でこう書かれていた。
はいけい、ディンさん。
私は近所に住んでる楓です。
お兄ちゃんがディンさんだって聞いて、お母さんにちかよっちゃダメって言われたけどなんでだろう?
楓はお兄ちゃんにお礼が言いたいです。
でもお母さんに見つかると怒られちゃうから、お手紙を書きました。
楓は、ディンお兄ちゃんが大好きだよ。
だって、楓たちがこわい人たちにいやな事されないようにがんばってくれてるから。
これからもがんばってね。
おうえんしてます 楓。
たい君には見せないでね!はずかしいから!
「これは……。」
驚きながら問う村瀬。
意表を突かれたというか、まさに驚いたという顔をしている。
「近所に住んでる、大志の同級生の女の子から貰ったの。一年前くらいに遊びに来た子だったかな?」
ディンは眼を開け村瀬を見つめる。
そして村瀬の鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見て、笑う。
「貰ったのは事件のちょっとあとくらいだったかな?行動力のある、いい子だよ。」
「そうか……。」
こんな手紙を書く子がいる事に喜び、しかし内容にやはり憤りを感じ。
複雑な表情になっている村瀬は、手紙を折るとディンに渡した。
「確かに世の中の風潮では俺は大悪人だけどさ、ほんの少しでもこう思ってくれる人がいる。それだけで満足なんだよ。」
少しだけ寂しそうに笑いながらディンは笑う。
そう、本当にそれだけで満足なのだ。
ディンにとっては百万の憎しみより、一つの感謝のほうが大きいのだ。
「世の中まだ捨てたものではないという事か。」
ディンの言葉を聞き、少しだけ笑う村瀬。
まだ納得はいかないという感じだが、しかしディンの気持ちを考えると自分の憤りなど小さく見えてくる。
「ああ、そういえば国からの条件でご意見センター的なの作ってあるのは知ってるよね?」
「ああ、でもあそこはほとんど苦情しか入ってこないと聞いたぞ?」
ご意見センターというのは名ばかりのクレーム処理センターなのだが。
ため息を着きながら知っていると伝える村瀬、仮にもディンの監視役なのだから当然知っている。
「ほとんどは、ね。でもごく少数だけど、頑張ってとか俺に関するニュースが流れるたびにそんな軒にせずに頑張れ、って電話してくれる人もいるのよ。」
そこに電話をしてくる全員がディンを悪だと断じているわけではない。
たとえそれが全体の0,01%だったとしても、それは十分過ぎる数字だといえる。
「そうだったのか、あそこのセンターの職員、悪い話が多すぎて気が滅入るとしか言わないからな。」
ご意見センターの総職員数は100人超。
そのすべてが国家試験に合格した弁護士や法律関係者だ。
「あそこの人たちは優しいよ、週一回くらいの割合で挨拶しに行くけど笑って迎えてくれるし。」
「あそこの社長は人がいいからな、そのせいで散々な目に遭ってきたらしいが。」
思い出すように笑う村瀬。
ご意見センターの社長岩原は、人が良すぎるせいで悪い目にあうことが多い。
人を疑うのも仕事のうちの村瀬や、基本的に人を信じないディンからしたら対極的な存在だ。
「そうそう、あの人あそこはいる前に詐欺に引っかかって1億円以上の負債があったくらいだからね。」
「そうだったのか!そんな人、どこでどうやって見つけたんだ?」
笑いながら問う村瀬。
面白くて仕方がないという感じだ。
「東京行ったときにさ、居酒屋で知り合ったんだよ。奥さんと子供に逃げられて投身自殺を考えてたらしいよ。」
その時を思い出して笑うディン。
だいたい五か月ほど前、センターの人材を探していたディンは何かに惹かれるように居酒屋に行った。
そして、そこで飲んだくれているはいいが金がないという岩原と出会ったのだ。
とりあえずその場は支払いを済ませ、後日改めて面接をした時に恥ずかしそうにその事を話してくれた。
「そうだったのか、それで今はあんなに頑張っていると。」
仕事中の岩原の姿を思い出す村瀬。
社長という立場ながら率先して現場に出ている姿をよく見かける。
社員からは社長に苦情を聴かせると怒鳴り込みに行くから、お礼の時だけ回そうという暗黙のルールが出来上がっているらしい。
「そうそう、お礼言う時電話越しに頭下げまくるからさ、首振り人形みたいっていわれてるみたいよ。」
岩原はそこまで歳を重ねているわけではない。
20代後半と村瀬より若いが、しかし仕事は一流。
そして、人をすぐに信じられる素直な性格。
「豪快にして実直、子供っぽいというか誠実というか。」
「あれは子供っぽいが正解だろう、警察に入って十年以上たつがあんな男は見た事がない。」
からかうように話す村瀬。
村瀬と岩原は個人的な付き合い、所謂飲み仲間というやつだ。
仕事を私生活に持ち込まないが主義の2人は、お互い仕事の愚痴など一切口にしない。
笑っているか怒っているか泣いているかの3つが基本な岩原を見てきた村瀬に言わせれば、あれは頭の良すぎる小学生というわけだ。
「かもね、俺と話してる時なんかもどっちが年上かわかんなくなるくらいだし。」
「だな。」
見た目は20代なんだけどねと笑うディンと、そんなディンの心情が伺えたのか肩を震わせる村瀬。
「そういえば、仕事として聞きたいことがあるのを忘れていたよ。」
「ん?なんかあったっけ?」
収まらない笑いをこらえながら村瀬が問うと、ディンが何かあったかと頭に?を浮かべる。
思い当たる節はない、そんな聞き方だ。
「ああ、最近実害はないかどうか聞いておこうと思ってな。」
笑いを収め、真面目な顔で問う村瀬。
切り替えの早さ、村瀬の長所の一つだ。
どんなにくだらない話で盛り上がっていても、仕事となった瞬間真剣になる。
それに慣れていない同僚は、まるで別人のようだと称するほどだ。
「ああ、ないよ。あの事件の後だし、口では化け物だなんていってるやつは沢山いるけど、結局ビビってるんだろうよ。兄弟たちのことに対してはセンター総出でつぶしてるし。」
センターのもうひとつの仕事。
それはディンや兄弟に関する情報の規制と削除。
悠輔の事を考えると、それでも足りないと思うくらいだが。
「そうか、なら良かったよ。」
「情報じゃない直接的な悪意に関しては俺がずっと探知してるし、まあ平気と考えておいてかまわないんじゃないかな?」
事件の後、ディンは弟たちにとあるものを渡していた。
それは、身に着けている者に対する殺意をディンに伝え、それを強制的に消し去るというもの。
陰陽師の末裔という事もあり、それは黄玉の勾玉の形をしている。
「そうか、なら安心だな。」
そう言うと、村瀬はゆっくり立ち上がる。
「さて、と。そろそろお暇させてもらうよ。なあディン、一つお願いをしてもいいか?」
「お願い?」
立ち上がりながら首をかしげるディン。
一応年下であるディンに、何かお願いすることがあるんだろうか?という風だ。
「ああ、私は警察としてはディンの担当を外れる、しかし個人的にはお前と関わっていきたんだ、だめか?」
「何を今更言うのかと思ったら、2年間も迷惑かけっぱなしだったんだ。恩返しもせずに関わらなくなるとなっちゃ、竜神の名折れどころの騒ぎじゃないよ。」
少し口元を緩め、答えはわかっていると言いたげな村瀬と、それに微笑んで返すディン。
「ありがとう。」
村瀬はそういうと、寒空の中へと足を向けていった。
「こちらこそ、ありがとう。」
その背中がなんだかうれし気に見えたのは、きっとディンだけなのだろう。




