水神様に会いに行くみたい
――ユートゥルナ大瀑布・入口(ダンジョンランク『A』)――
翌日。スイの編入試験も無事済ませ、最初にやって来たダンジョンがまさかここになろうとはさしもの双子ですら及びもつかなかったであろう。
本来ならプリスの要望通り双子は作戦実行に移すつもりだったが、部屋に帰るとスイは弱気ながらも自分がこれから新たな道を進むにあたって『やっておきたい事』があると言って来たのだ。
アルカディア学園がある大陸本土から遠く離れ、つい先日二軍試験をやったばかりの地として『グローリィ』の記憶にもまだ新しく、水神都市ユートルゥナの風景もまだ強く脳裏に焼き付いている中での事だった。
「おーすっごい! 右見ても左見ても滝がいっぱい! ドドドドドって迫力がすんごい伝わって来るね!」
「そういえば僕等が単独で遠征をするのは、今回が初めてかも知れないね。まあ時間的には結構ギリギリなんだけれど……」
「ご、ごめんなさいっ! これから皆とっても忙しくなるのに、私のワガママに付き合わせてしまって!」
「いーのいーのプリティちゃんのお願いは明日でも全然ヘーキだし、そーゆーメンドイのはのはシャルが全部やってくれるから。それに周りからなんだかいい香りもしてくるし」
「アタシも別に構わねーし、こんくらいいいだろ。この双子にとっちゃこんなの『退屈しのぎの一環』に過ぎないんだからさ。――な、リアン?」
「あはは。そうだね。……? シャルル?」
「なんだか人が増えるにつれて僕の仕事が……。眩暈も少し……」
思えば『グローリィ』の面々だけで普通にダンジョンに潜るのも久しぶりと言えば久しぶりになる。だからこそルルナだけでなく他のメンバーも割と乗り気なのも、それなりに納得がいく。
そもそもこのダンジョンに足を運ぶに至った経緯は、『もう一度だけユートルゥナ様と会いたい』というスイの一言からだった。
一度は人間としての生を終え、二度目の生は望まれぬ形で禁忌の力に飲み込まれた父の手によって蘇らされ、自我も機械の力によって封じ込められた。二度と呪縛から逃れる事はないと思っていた。そんな時、半ば強引とは言え完全に救ってくれた双子によって再び自らを取り戻し、三度目の生こそ己の信ずる道を歩もうと思った。
――のだが、『しかし』だった。ある日、レイは気付いた。
「今の私の中には信ずるべきユートゥルナの息吹が感じられません……。かつて巫女だった身としては、もう一度その御声をどうしても聞かずにはいられなくて……」
スイがかつて巫女として成り立っていたのは、大いなる水神の加護を享受していたからこそで、それが自身の心の拠り所としても大切な役割を果たし、ひいては彼女の多大な魔力を形成する上でも大きな比重を占めていた。だが、今の彼女はあくまで人間としてもう一度蘇れただけで、今のままでは並みの魔術師よりある程度優れている程度の能力しか持たない。
「自分がどれだけの罪を犯したのかは分かっています。もしかしたら、私は巫女としてならず人間として大罪を犯した罰として、ユートルゥナ様と会った瞬間にこの身は水によって押し潰されてしまうかも知れません。……だとしても」
だからこそスイはより強く実感したのだ。双子の力は勿論の事、同じく在席するアムとリアンの実力を見てしまったからには『このままでは間違いなく足手まといになる』、と。
「つってもさ、編入試験では普通に二軍入り余裕な成績だったんだろ? そりゃまあ、ラグナロクを間近に控えてるとは言え、病み上がり同然なんだからそこまで無理しなくても……って思ったけど、考えてみたらアタシも全く人の事言えねーか?」
「うんそうだね! むしろアムっちは『スイっち』より全っ然無理してたと思う!」
「ぐ……はっきりと言ってくれんじゃねえか……。てかなんだよその呼び名」
「今思いついた」
「ボタンみたいな言い方がちょっとアレな気が……。てか仕方ねえだろ!? あ、あああの時はアタシの戦士としての命が懸かってたんだからよ!?」
「そうかも知んないけどさー? 最初の頃なんてもっとしおらしくて、盗賊の人に大事な物盗まれそうになった時『やめてぇッ!』とかしゃべ」「お願いだ。それ以上は言わないでくれ」
何故そんな都合の悪い所ばかりピンポイントで覚えているんだと、皆に背を向けて己の胸の内は明かすまいとしていたが、耳まで真っ赤にさせたアムの姿に双子だけでなくリアンもくすりと笑う。
「まま、そんな訳だからさ。大丈夫だよスイっち」
それでも重い顔を崩さなったスイに、ルルナはそっと近づき優しく微笑む。
「たとえ水神様が許さなくたって、それで仮に罰を受けたって、ルルが守るから心配なんていらないよ」
「ルルナ……さん」
それはある意味神に対する反逆ですらある。だとしても、如何なる理由があろうとも迷える巫女を傷つける事は、彼女が許さない。そして、そう思っているのはルルナだけではない。
「ま、それに関しては僕も同意だね」
「シャルルさんまで……。――っ!? 前に魔物が――」
シャルルがパーティの一番前まで歩いた時、不意に滝の奥から水棲型のモンスターが飛び出す。――が、それに全く動じる事なくいつの間にか手に仕込んでいた小型のナイフを軽く横に薙いだだけで、魔物は真っ二つになるとそのまま遥か下の滝壺へと吸い込まれていった。
「相手が神だろうが何だろうが、スイがここにいるのは誰の者でもない、自分達の意志だよね。それを邪魔するのは許さないってだけの話さ」
だからこそ、シャルルは迷いなく斬ったのだ。目的を遂行する為に。彼女の決意を挫く者は全て斬り捨て、蹴散らす為に。
「――んふふ」
「な、なんだよ。変に笑って」
「いーや別に。ただなんかシャルも結構変わったなーって」
「どの辺が?」
「他の人を気に掛けるようになった所とか?」
「僕は別に人見知りじゃないんだけどねぇ」
「そーゆーのじゃなくってさ、なんかこうね……ん?」
ルルナはその答えを言葉にしようとして、口を開いた所で、辞めた。最初のモンスターが倒されたのを皮切りに、次々と他のモンスターも奥から飛び出してきたからだ。そして双子達の視界は瞬く間に埋め尽くされ、ざっと数十体は下らない。




