遂にこの日が……!
――アルカディア学園・双子の部屋――
今、リビングの中央にあるテーブルにぽつんと置かれたのは、なんの変哲もない一つのグラス。
その中に注がれているのは、七色に輝くとても摩訶不思議な液体。
「す、すげー。本物の『七竜の雫』がここに……。これ、本物なんだよな?」
「昨日念のために僕が全部鑑定したけど、本物で間違いないよ」
「これを飲めば、アタシの身体がやっと……」
一軍在席時に大きな怪我を負って以来、アムはアルカディアで生活する意義を失くしかけていた。
だけども、どうしてもこのまま終わりたくはなかった。
一筋の希望にすがってもがき続け、苦難ばかりの日々だったが、双子と会ってからはアムを取り巻く全てが変わった。
そして、長いようで短かったこの数ヶ月の苦労も間もなく報われようとしている。後はアムが『七竜の雫』を飲むだけ。
グラスを手に取り、口元にまで縁が届く――――寸前で、その手はぴたりと止まる。
「なあシャルル。これって全部飲まなきゃ治らないのか?」
「うん? 持病的なものを直すだけだから、半分もあればいいんじゃないかな」
「そうか。――なら」
アムはそう言って、迷いも無くグラスをリアンに手渡した。
「最初にコレを口にする権利があるのはリアンだな」
「ど、どうして……? 私は特に病気やケガなんかは……」
「これってさ、身体を治すだけじゃなくて、自分の潜在的な力も引き出す効果もあるって言ってたよな? だったら、アタシだけ飲み干しちゃあまりに勿体無いさ」
「何を言ってるの! どうして折角手に入れた大事な物を私なんかに! それに私の力なんてアムに比べたら大した事ないわっ!」
「ふーん、『大した事ない』ねえ。本当にリアンは卑屈になりたくなる程、そう思ってるのか? シャルルやリアンも同じ気持ちだとでも?」
「そ……それは……」
アムはリアンの心の裏側を見透かすように、その奥に眠る真の力を見据え、確信を持った口調で語り掛ける。
「本当はリアンだって分かってるんだろ? 確かに全体的な能力だけで見たらこの規格外の双子には全然劣るかも知れないけどよ、魔力だけで言ったらリアンは相当なモンを持ってるのくらい、アタシだって分かるさ」
アムの言葉はリアンに届いてはいるし、納得も理解もできていた。ここまで皆に守られ、その恩に報いなければと、思わない日などなかった。
――それでも、後一つだけ、今の彼女をせき止めているものがある。
ルルナはリアンの手を優しく包みながら、静かに諭す。
「リアは『怖い』んだよね?」
――ルルナの言葉にもリアンは目を俯けたまま、何も言わない。
「今の自分がここにあるのはレイラのお陰、それを必死に努力し続けているレイラを単純な魔力では上回ってるのは分かっていたのに、自分がレイラを簡単に抜いてっちゃう。それを才能の一言で片付けてしまうのがとーーっても怖い」
「……私を昔から知ってる友達はレイラしかいない。それを失っちゃうんじゃないかって思うとどうしても怖くなって……」
長い年月をかけ、それがどれだけ固い絆で結ばれていたとしても、壊れる時はほんの一瞬。
もし自分を守ってくれる人が突然いなくなってしまったら――。
『グローリィ』の人達が明日にでもいなくなってしまったら――――。
そう考えた時、今まで臆病だった自分に頼れる人など何処にもいない。
「前に僕が言ったじゃないか。そんなの戦ってみれば分かる事だって。それにここは『そういう場所』なんし、仮にそれで見限るような人間だとしても、果たしてそれは『本当の友達』って言えるのかな?」
「本当の、友達……?」
「……ま、シャルの言う通りだね。リアはどう思ってるかは分からないけどさ、少なくともルルはリアンの事を奴隷のように扱った事はまだ許しちゃいないよ。……だからこそ、今度はリアンがレイラの事をぎゃふんと言わせてほしい。ううん、言わせないとルルが一番納得しない!」
普段朗らかにしているルルナまでもが、真剣な眼差しでリアンを見据え、強く訴えている。
「やろうよ! アイツ等を、正面から分からせてやろう! そんでレイラの目も、リアが覚まさせてあげないと!」
「私に、出来るかな……?」
「出来る! ルルが保証してあげるっ!」
「うーん、保証する人がなんだか頼れるような頼れないような――『シャルは黙って!』」
心から訴えかけるルルナの説得に、今まで破られなかった最後の殻が、今破られようとしている。
――そして遂に、リアンはその手をグラスに伸ばす。
「分かった。私は今度こそ――――」
リアンは手に持ったグラスを口元で傾ける。
そして勢いのままに強く目を閉じて、リアンは注がれていた『七竜の雫』を一気に飲み干した。
「迷いたくない……! ありがとうルルナ」
凍てついたリアンの心に火が灯り、そしてアムとリアンのアルカディアラインに一通の報せが届く。
「お、これはもしや――? ……やったぜ。何とかなったかぁ!」
――それは二軍昇格試験を受験する資格を得られた『審査通過の通知』だった。
「取り敢えずは第一目標は通過……と。リアンもよく決意したね。僕も可能な範囲でバックアップするよ」
「ありがとう、シャルル」
「礼なんかいらないよ。――ところで」
皆が活気に包まれる中、シャルルは一人テーブルに残った空のグラスを見つめて、さりげなく呟く。
「アムの分も飲んじゃったみたいだね」
『あ――』




