092
◆シャニア◆
いつもの紙袋を持って建物から出て来る彰斗。
――でも、「いつも通り」では、もうない。
ちょっとだけ、男の子の顔になっていたから。
◆
転移ポイントに現れた彰斗の姿を見て、私は思わず笑顔になる。
「いらっしゃい彰斗。あ、今日は箱が多いのね?」
「はい。いつものと、今回は新作が結構出てたので……これはリネア様用です」
「さすがね!」
そう言いながら、私はイレーザの方を見る。
彼女はいつも通り、静かに頷いただけだった。
テーブルに並べられるケーキ。
甘い匂い。
この空間だけ切り取れば、今日も平和だ。
――だからこそ、話さなきゃいけない。
「じゃ、食べながらでいいよね。
今日はね、新種の話」
彰斗はフォークを持つ手を止めず、ただ視線だけをこちらに向けた。
いい反応だ。動揺しない。逃げない。
「まずは、彰斗が遭遇した――ダークネスウルフ」
私は軽く指を鳴らし、魔力投影で影の狼を浮かべる。
「召喚型。魔核を持たないウルフを呼び続ける。
本体を倒しても、召喚体は残る。
――生物の概念からちょっとはみ出してる子だね」
彰斗は、黙って頷いた。
「次。これは私が確認した子。
グレイヴハウンド」
骨のような輪郭を持つ獣影。
「負傷者とか、疲労が溜まった集団を嗅ぎ分ける。
倒された魔物の残滓を吸って、どんどん強くなる」
フォークが、ほんの一瞬止まった。
いい。ちゃんと危険性を理解してる。
「三つ目。
ブラッドホーンディア」
鹿――のはずの影。
でも、角は赤黒く染まっている。
「本来は草食。
でも、魔素濃度が限界を超えると、攻撃性が反転する。
魔素濃度の変化そのものを示す魔物として有名」
彰斗は、もうケーキを食べていなかった。
「最後。
ミラーラット」
小さな影が、二重三重に揺れる。
「実体は一匹。
でも、視覚と魔力感知を撹乱する。
初心者ほど“群れに見える”」
私は、そこで一度言葉を切った。
「……で。
これらが、同時期に確認されてる」
沈黙。
彰斗は視線を落とし、しばらく考えてから、静かに言った。
「……添島さん達だけでのフィールド狩りは、もう危険ですね」
あぁ。
やっぱり、この子は“見ないふり”が出来ない。
「うん。正解」
私は、思わず嬉しそうに笑ってしまった。
「だからね。
彰斗が力を使うって決めてくれるの、ずっと待ってた」
彼が顔を上げる。
「僕が間違ってました」
「うん。自分から気付けたから問題なし!」
少しだけ、悪戯っぽく。
その横で、イレーザが淡々と口を挟む。
「彰斗。服の完成は2日後です。
戦闘用の調整込みで、それ以上は早められません」
「判りました。
……じゃあ、ヴェインエッジの試し斬りは3日後でも良いですか?」
その言葉を聞いた瞬間、私は確信した。
この子はもう、戻らない。
隠す側には。
逃げる側には。
「ふふ……」
「シャニアさん?」
「ううん。なんでもない」
ケーキの最後の一口を頬張りながら、私は思う。
――あぁ、楽しくなってきた。
これは力に溺れた破滅じゃない。
暴走でもない。
選んだ力を、使う覚悟を決めただけ。
それがどんな波紋を生むのか。
どこまで世界が変わるのか。
それを一番近くで見られるなんて――
管理者冥利に尽きる、でしょ?
リネア 「ついに、シャドー系があちら側にも出現しました」
アステリオン 「予測よりも遅かったですね」
リネア 「はい。想定以上に適応者達の成長が早かった為、魔素の回収が捗りましたから」
アステリオン 「残りの調律庭園の変化はどうですか?」
リネア 「確認をしたところ、シャニアの所だけのようです」
アステリオン 「そこは想定通りですね。では再調整に向けた演算処理を始めましょう」
リネア 「よろしくお願いします」




