091
◆統括指令室◆
案件六課から提出された聞き取り調査書を、安藤将司は無言で読み進めていた。
読み終えるよりも先に、違和感ははっきりとした形を取る。
――書かれていない。
いや、正確には、書かれているが、足りていない。
調書に記載されている多紀彰斗の行動は、形式上は破綻していない。
避難所前での突入、殿を務める隊員への援護、ウルフの排除。
すべてが「説明としては成立している」。
だが――
安藤は、無意識の内にメインモニターへと視線を向けていた。
そこに映っていたのは、数十分前までリアルタイムで観測していた映像。
避難所から飛び出した瞬間、多紀彰斗が退路を塞ぐウルフの群れへと切り込んでいく場面だ。
「……」
約20体。
斬り飛ばし、蹴り飛ばし、あるいは跳躍の余波で弾き散らすように。
数秒で“道”を作り上げた。
提示されているステータス――
レベル10、各種数値300前後。
不可能だ。
断言できる。
指令室に、言葉にされない空気が満ちる。
誰かが「嘘だろ」と言ったわけではない。
だが、全員が同じ結論に辿り着いていた。
その沈黙を破ったのは、総司令官としての安藤だ。
「国家の法は犯していません。ギルドの規約にも違反していない」
淡々と、だが強い声音。
「民間人と隊員の生命を守るための行動です。
結果も伴っている。――賞賛されるべき行為です」
安藤は視線を落としたまま、静かに頷く。
「彼の今後の活動を妨げない。
それが、我々の取るべき唯一の行動です」
安藤は、はっきりと言い切った。
「緘口令を発動します。
本件に関する情報の外部流出は禁止。
違反した場合の結果は……判りますよね?」
返事はない。
だが、この場では無言こそが同意だった。
安藤は一度、調書を閉じる。
「……とはいえ、完全に目を離すわけにもいきません」
理性の判断だ。
「偵察班。彼の行動を“観測”してください。接触は禁止です」
「了解」
指令が飛び、室内の空気が僅かに緩む。
◆
「……なんだこれ」
ドローンオペレーターが、思わず声を漏らした。
映像に映るのは、雑林の中を疾走する一団。
ホブゴブリンを先頭にしたゴブリンの群れが現れるが、接敵と同時に崩壊する。
大剣を振るう大豊が、踏み込み一閃でホブゴブリンを両断。
鹿屋のウインドショットが、後方のゴブリンを正確に撃ち抜く。
添島の短い指示に、全員が一拍も遅れず反応していた。
「多紀より……周りが凄いな」
誰かが呟く。
多紀彰斗本人は、前に出過ぎない。
スライムを狩りながら、次の魔物の位置へと最短距離を選択しているだけだ。
だが、添島達はそれを疑わない。
迷いなく、その背を追う。
映像は、ただの狩りではなかった。
完成された連携だった。
◆
「該当パーティーの個人データ、出ました」
情報管理部のデータ班が、別モニターへ情報を展開する。
全員、同じ中学。
同じバスケットボール部。
その瞬間、数名が同時に気付いた。
「……フォーメーションだ」
林の中での立ち位置。
カバーリング。
前後左右の間合い。
スポーツで培われた連携が、そのまま戦闘に転用されている。
安藤は、ダークネスウルフ戦の映像を再生させた。
避難所前での立ち回り。
即席とは思えない役割分担。
「……」
安藤は、短く息を吐いた。
「いいチームですね」
それは評価であり、結論だった。
◆
「多紀彰斗の追跡を終了します」
その言葉に、誰も異を唱えない。
「通常勤務に戻ってください」
指令室は、いつもの業務へと戻っていく。
モニターの片隅には、
林の中を駆け抜けていく5人と1人の背中が映っていた。
誰も口には出さなかったが、全員が理解していた。
――守るべきなのは、あの少年一人ではない。
――あの“チーム”そのものだ。と
◆通信班 コソコソ話◆
男性 「なあ、酷くない?」
女性 「なにが?」
男性 「あのチームって確か、ブラックボーンボアの時のだよね?」
女性 「そうね。それがどうしたの?」
男性 「レベル差が開いて、護られる男って設定だったよね」
女性 「設定ってなによ。まあ、言いたい事は分かったわ。
ただの嫉妬じゃない」
男性 「確かにそうだけどさ。面白くないじゃん」
女性 「女の私から見たら、最悪よ」
男性 「え? なにが?」
女性 「友達と彼氏の奪い合いよ? 毎日修羅場でしょ」
男性 「あー。……やっぱり爆ぜろ」
女性 「はいはい。今日は家で食べる?」
男性 「え? いいのか? 今月金欠でマジ助かる」
女性 「まあ、その原因が私なんだけどね」
男性 「あ! そうだった」




