1-4-A. 間の悪さ、運の悪さ
「ふぅ……」
「おや? みずきくんお疲れモード?」
思わず漏れ出たため息まがいの安堵感に、聖歌の正面に座る平松さんが食いついてきた。
「いや、そこまでじゃないけど、さっきまで委員会出てたから」
「月雁祭の? あ、ミズキんところのクラスは結局何やることになったの?」
「そうそう。どうなったの?」
神流と和恵さんが訊いてくる。
やたらと神流がこちらのクラスの動向を気にしているのはなぜなのか、それは気になっているところだった。
どうしても訊きたいということでは全くないし、恐らくは偵察のようなことだとは思う。
やっぱり最優秀賞を決める上で如何に人気投票の得票を増やせるか、というところは気になるところだ。
「このあとすみれから連絡行くと思うけど……」
「……あ」
「……たぶんそれがその連絡だと思う」
タイミングが良いのか悪いのか。
二年三組所属者のスマホがほぼ同じタイミングで震えた。
話の流れとしては抜群に良いタイミングだけど、ボクが話そうとしていた点で見れば思いっきり話の腰を折ってくれたわけで。
抜群に空気を読んだ上で空気を読まない、この場にいない人間がやったにしてはいろいろな意味で人間離れしたタイミングだった。
「……あー、そっかぁ」
「残念……。でも、くじ引きなら仕方ないよね」
「そうだよねぇ」
両サイドの聖歌と和恵さんから、ステレオで無念そうな声が聞こえてくる。
ボクもすみれが送ってきた文面を確認すると、ちょっとこちらがいたたまれなくなってくるくらいに恐縮しきった謝罪文が見える。
それこそ、さっき別れる直前までのテンションそのものを、純度百パーセントで文章として書き下ろしましたよ、的な空気感。
メンタル的なサポートが必須だろう。
苦笑いといっしょに、慰めのダイレクトメッセージを送ることにした。
「あたしもくじ運良い方じゃ無いから、よーくわかるし」
「そうなんだー」
「うん。昔から良くないんだー」
「実は私もそうだったり」
慰めの文面を考えながら、ボクの両サイドで展開されるパスを耳には入れてみる。
言われてみれば、ボクと同じで聖歌もくじ運には恵まれていないタイプだった。
例を挙げれば、小学校の運動会。
父母席の場所取りは事前に児童によるくじ引きがされるタイプだったが、ボクと聖歌はいつも後半の番号を引いていた記憶があった。
「そういえば聖歌ってば、部活でなんかくじ引きするたびにハズレ引いてるね」
「たしかにそうだけど、言わないでよー。思い出すから」
平松さんがにんまりと笑いながら話を広げると、案の定聖歌が不満げに耳を赤くした。
「え。なになにー? どんな目に遭わされたの?」
「卒業する先輩たちに向けてネタ披露をやるチームに入ったヤツがいちばんひどかったっけ?」
「……ピンポイントで当ててくることないのにぃ」
こうなるとどうしようもない。
ネタ話にどんな魚よりも早く食いつきを見せるタイプの高島神流という娘がいる限り、俎上に乗ってしまったら逃げられるわけがないのだ。
一年間過ごしてきても、ここから逃げ切る術をボクもまだ知らない。
話すようになってきて案外神流と似たようなタイプであることがわかってきた平松さんもココに加われば、諺のとおり『前門の虎、後門の狼』というヤツだった。
「なにそれなにそれ! めっちゃ面白そうじゃん!」
「もー、美里ぃっ! なんで言っちゃうの!」
「いやいや、聖歌サン。これを言わない手があるか、って話よ?」
エリーも加わったら完全破綻。
平松さんが調子づいていろいろと合唱部ネタを晒して、神流とエリーが食いついて、今回の被害者である聖歌が赤面する。
このエンドレスループだった。
ここまでうるさくしてしまっては別の島でテスト勉強中のヤツらに申し訳ないと思いつつ傍を見遣ると、あまり棘のある視線は飛んできていないようだった。
――というか、むしろいっしょになってこちらの話を聞こうとしていたり、学祭準備の話をし始めていたりと、残念ながら誰も彼も集中力が無くなっているらしい。
学祭の定番って、何だろう……。
私立校と公立校でかなり違う印象。
※以下、2020年9月10日 16時05分追記
筆者が誤字を発見いたしましたので修正しています。