第91話 後悔と焦燥
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クオリアを解放した歩はワイヤーを展開する。幾重にも重なりながら蠢めくその動きは、まるで己の自我を持っているかのようである。
また、歩の人間離れした風貌も合わさりその雰囲気は尋常ではない厚みを放つ。
だが、ちょうど行動を始めようとした瞬間に突然目の前に閃光が瞬く。さらに煙幕までもが生じる。暗闇の中での唐突な輝きと視界を狭める煙。
「……っく!!?」
瞳孔が完全に開いている暗闇の中での閃光は、たとえクオリアを発動していても効果的だった。また、煙幕により視覚が一時的に封じられてしまう。
だが、歩には相手を視界に入れずに捉える能力がある。
「偽・完全予測線ッ!!!」
焦りもあり、大声を出して能力を発動する。
クオリアに至っている時にのみ発動できるVAが彼には存在する。
通常のものより精度は下がるが、発動プロセスを『理論』として完全に理解しているならばどのVAでも発動は可能なのだ。
今回は早急に相手の攻撃に備えるために、完全予測線を展開。
最優先は相手の奇襲に備えること。クオリアに至っているとは言え、油断はできない。このクオリアは万能に見えるも確かな弱点が存在する。それをよく自覚しているからこそ、冷静に対処しようとするも、相手の攻撃がなかなか来ない。
だが、そう思った瞬間に何かが迫ってくるのを線として知覚するが……
「ちょ、ちょっと待って! 私だよ! お兄ちゃん!!」
ワイヤーを伸ばそうとするも、その先にいたのは椿だけだった。
「……椿だけ? あの二人は……?」
「分かんない。いつの間にか居なくなちゃった」
「そうか……」
そういうと、歩は片膝をつく。身体中には大量の汗。また、至る箇所から出血。満身創痍とはいかないまでもかなり疲弊しているのは間違いなかった。
「お兄ちゃん!! やっぱり無茶したんでしょ!? 大丈夫なの!?」
「なんとか……な。でもまだ、クオリアを解くわけにはいかない。相手がいなくなったのは一時期的かもしれない……」
「そんなッ!!!? 私がなんとかするから、お兄ちゃんは休んでてよ!!」
二人がそのようなやり取りとりをしている最中、突然ARレンズのモニターが起動。そして、その先には紗季の姿が映っていた。
『よかった……二人とも無事だったか……』
紗季は肩を落として、そういうも椿は軽いパニックに陥っており、思わず彼女に強く当たってしまう。
「ふざけないでくださいッ!!! 兄は、クオリアを発動中なんですよ!! 使用時間は10分を過ぎています……!!! このままじゃ……!!」
悲痛な叫び。それは過去の経験からくるものなのは自明。椿はクオリアに至った兄がどうなってしまうのかすでに知っていたのだ。だからこそ、焦らずにはいられない。それに加えて、兄は解除しようとしない。
葛藤。止めて欲しいが、この兄は止めることはない。誰かの言う事など聞かないのはよく知っている。だからこそ、紗季に八つ当たりしてしまうのは無理もなかった。
「紗季、状況は……?」
歩は疲弊した体をなんとか起こし、そのまま会話を続ける。
『歩、任務は終了だ。その建物には君たち以外もう誰もいないよ……』
「「え……?」」
二人の声が重なる。
先ほどの煙幕も、閃光もすでに完全に消え去っていた。そして、そこに在るのは暗闇の中の静けさだけだった。
§ § §
「あ〜あ、もうちょっとやりたかったのに〜」
「そうね。でも、あれ以上クオリアの相手をしなくてよかったのかも……」
シャーロットとクレアはすでに都市部にあるアンダーグラウンドに移動していた。巨大な地下都市であるアンダーグラウンドは眠ることのない街である。24時間、その光が途切れることはない。さらに、そこには派手な見た目の若者が多い。
だからこそ、その中を平然と移動しているフォーサイス姉妹は全く目立つことはなかったのだ。
「どういうこと? 姉さんはクオリアに至っているあの七条歩とやり合いたかったんでしょ? 一ノ瀬詩織の件もあるし」
「そうね。だからこそ、ここ数年は積んできたわ。己の心を削ってまで高め続けてきたつもりだった」
「つもりだった……?」
きょとん、と首をかしげるクレアは姉であるシャーロットが何を言いたいのか全く理解できなかった。生まれてきてからずっと一緒だった二人。だからこそ、ここ数年の姉の努力は誰よりも知っている。その姉が、あの壮絶な修練の時間を『つもり』などと形容することが単純に信じられなかったのだ。
「あの男はやはり別次元だったわ。それに一ノ瀬詩織とも『形質』が違った。完全到達者は皆が、一ノ瀬詩織のようだと思い込んできたけれど……どうやら個人によって色々と違うみたいね」
「姉さん……」
クレアは神妙な面持ちでシャーロット見つめる。こんな弱気な姉は初めて見た。そして、理解してしまった。あのままだと、あのまま戦闘を続けていれば……きっとシャーロットは殺されていただろう。
タイミングよく撤退の指示が来たことに感謝してもし切れない。
そうして二人で会話していると、アンダーグラウンドにある小さな喫茶店の前に、見知った男が誰かを待っているように立っていた。
腕時計をちらりと確認する姿も様になっており、周りの女性たちがチラチラとその男を見ている。
「お、ようやく来ましたか。遅いですよ、二人とも」
「アウリール……あんたは早いわね」
シャーロットがそういうと、アウリールは恭しく一礼をする。
「もちろんです。女性を待たせるわけにはいきませんからね。では、移動しながら話しましょうか」
「えぇ」
そして、3人はその先へと歩いていくのだった。
§ § §
「班長……朱音さんは大丈夫なんですか……?」
「酷い傷だね……」
歩と椿は施設の外で、司と合流した。司の後ろには気を失っている朱音が背負われているのが見える。出血は収まっているようだが、ほう帯から滲み出ている真っ赤な跡がその傷の壮絶さを物語っていた。
「歩と椿か。あぁ、外傷は酷いが、臓器はやられていない。脈も安定している。後遺症もないだろう。それに簡易的だが治療しておいた」
「そう、ですか」
「あぁ。それよりもお前たちは?」
現在は、紫苑がC3専属の外部の医療チームを呼んでくれたので、それを待っている最中。その時間の中でメンバーはこの任務での情報を共有しあうのだった。
ちなみに、ARレンズの接続は切ってある。というのも、ARユニットの使用は多少なりとも負荷がかかる。だからこそ、今回は大事をとってそのような判断をとったのである。
「椿も、俺も大丈夫です。ですが、クオリアを使用してしまいました……」
「そうか……」
悲痛な目で見つめる司は何かを懐かしんでいるようだった。真っ白な髪に、真っ白な肌。さらにどこまでも輝く黄金の瞳。
想起させる。あの時の、あの日の、彼女の姿を……
「椿はどうだ?」
司が言葉を全て言い切る前に、椿は元気よく応じるのだった。
「私は大丈夫だよ!! 何たって、無傷の戦姫だからね!」
「そうか、無傷なのは椿だけか。流石だな」
「えっへん。お兄ちゃんの妹ですから」
そう言って歩の腕に自然に擦り寄るその姿は、まるで恋人のようであった。
「班長、今回の任務は……」
言い淀むも、歩は司の目をしっかりと見据える。そして、司はその言葉に班長として応じる。
「失敗ではないが、成功でもないな。何より、確保していた理想の構成員が爆殺されていたのは大きな損失だ」
そう、捉えていた構成員達は全員が爆殺されていた。体はバラバラに飛び散っており、地面に滴る血は未だに灼けるように真っ赤だった。その悲惨な光景を見てきた3人は何とも言えない感情になる。
相手は敵だ。殺すべき相手だった。だが、この有様は何だ。自分たちは正義で、相手は悪だと、そう無意識のうちに思い込んでいた。もちろん、部下の命を軽んじる理想を許すことはできない。
だが、自分たちは本当に正しかったのだろうか。一思いに、殺しておくべきだったのだろうか。殺されるのなら、せめて楽にした方が良かったのだろうか。
「そう……ですね」
真っ白な髪をグシャっと握りながら答える歩は、言葉とは裏腹に別のことを考えていた。
それは長谷川小夜の件だ。彼女も今回と同様に爆死した。意識を操られ、行動を強要され、そして……死に至った。
また。また、何もできなかった。人が死ぬたびに反省していては身がもたないと思いつつも、考えずにはいられない。クリエイターは何のために生まれたのだろう。何のためにこうして、生きているのだろう。そして、何のために超常的な力を得たのだろうか。
(俺は『また』、誰も救えないのだろうか……詩織さん……)
空を見上げると、すでに日が昇ってきていた。真っ暗な闇が晴れ、微かに周りが明るくなり始める。鳥たちもすでに鳴き始め、今日はきっと快晴になるだろう。
だが、歩の表情は晴れない。何かを悔やむように、何かを悲しむように、彼はその場からしばらく動かず、佇んでいるのだった。
こうしてC3の初任務が終了する。




