秘密と間男
ボーイズラブ及び性描写が含まれます。
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「なに考えてるんだかわかんねぇ……」
「ん?詩奈乃のことか?」
とりあえず詩奈乃を追い返した次の日。
一仕事終えて転がっていた布団の上で、思い返して呟いた言葉に隣に座る男がニヤニヤしながら尋ねた。
「菊月に対して詩奈乃の言動が突拍子もないのはいつものことだろ」
「誠司さん、人事のように言うけど貴方の恋人のことでしょう」
水を絞ったタオルで汗ばんだ項を拭われ、その心地よさに誤魔化されそうになるのを堪えて、人事のような言い方をする誠司を恨みがましく見やる。
濡れたような漆黒の髪と瞳をした誠司は、線は細いが女っぽい印象は感じられない男の色気たっぷりの顔に、ニヤリとしか言いようのない笑みを浮かべたままひょいと肩を竦めた。
「俺はただの従兄弟兼虫除け。詩奈乃にとっても俺にとってもひどく都合が良かったから、そう言われるのを否定してこなかったけどさ」
「しなともこういうことするくせに?」
つい先ほどまで自分の上に乗って共に乱れていた男に、皮肉っぽく口の端を歪める。
だが誠司はそんなことを意に介する様子もなく、微かに笑い声をこぼした。
「嫉妬してるのか?」
「そういうくだらない冗談、止めてくれない?それとも娼妓っぽく、演技して泣いて欲しいの?」
鬱陶しそうな視線を向けて背を撫でてきた誠司の手を払う。
本来なら客である誠司に対してあるまじき言動だったが、誠司は詩奈乃の紹介で朔の座敷に上がるようになった客であり、詩奈乃から素の朔のアレコレをだいぶばらされているのを知っているから、いまさら娼妓らしい演技などする気にもなれず、ぞんざいな態度を通していた。
だから先ほどからはぐらかそうとしてばかりの誠司に多少イラついているのも隠さない。
誠司は話の軌道修正を諦めてため息をついた。
「そりゃするよ。それが詩奈乃が恋人役に望む最低条件だったし」
「なんだそりゃ。欲求不満だったっての?」
「欲求不満……まぁ、間違ってはないだろうけど」
褥に流れる朔の長い黒髪を指先に掬い上げて遊びながら誠司が苦笑する。
「男でも女でも寝られる男。それが詩奈乃の最低ラインだったってことさ」
詩奈乃から誠司に提示されたのであろう条件に、朔がいぶかしそうに眉根を潜めた。
「――なんでそんな条件なんだ?」
「詩奈乃は座敷に上がれないから」
「…?上がってるだろう?昨日も来たし」
ますます怪訝そうな顔をする朔の頭を軽く宥めるように叩いて頭を横に振る。
「これ以上は俺が言うべきじゃないから、詩奈乃に直接きけよ」
「……帰るのか?」
とっくに成人したというのに変わらない子ども扱いに不服を感じつつも、てっきり泊まりかと思っていたのに立ち上がった誠司を意外そうに見上げた。
「ああ。…これから詩奈乃に会うけど、何か伝言とかあるか?」
「別にないよ」
手早く自分の仕度を整えた誠司から視線を逸らしてふてくされた表情を浮かべる朔に、柔らかな視線を向けてから再びその頭をぽんと叩く。
「ちょっと素直になったほうが、幸せになれると思うぞ」
優しい口調でそう言うと、返事は期待していなかったために朔に背を向けた。
そのまま誠司が消えていった襖をじっと見ながら、小さく溜息を吐き出す。
「俺がしなの傍に行っていいはずねぇだろ」
小さなつぶやきは誰の耳に届くこともなく、朔はそのまま布団を被って目を閉じた。
***
葛菊屋を後にした誠司は、そのまま新宿に車を走らせた。
詩奈乃は大学進学と共に一等地に立つ億ションの最上階フロア全部を、詩奈乃を溺愛していた祖父が残した遺産で購入して一人暮らしをして、今日はこれからそこで詩奈乃と会う予定になっている。
「詩奈乃」
誠司専用に借りている億ションの駐車スペースに車を置いて、そのままエレベーターで上に上がり部屋に合鍵を使って入ると、部屋の中は灯りもなく真っ暗に沈んでいた。
いないのかと思いながら勝手に上がりこむと、詩奈乃の部屋を覗き込む。
そこも真っ暗ではあったが、ベッドの上に静かに座っている詩奈乃の姿を見つけて、誠司は苦笑を浮かべる。
「詩奈乃、いるなら電気くらいつけろよ。ほら、お土産あるぞ」
部屋の電気のスイッチをいれると、急激な明暗の転換に目を瞬かせた。
来る途中で購入したケーキの箱を見せてから、冷蔵庫にしまいに行くために一端部屋を出る。
ついでにキッチンで温かいココアを入れて、それを持って詩奈乃の部屋に戻った。
誠司が戻っても詩奈乃はそのままで、俯いたまま組み合わせて膝の上に乗せた自分の両手を見つめていた。
その様子に小さく溜息をつきながら詩奈乃の指に指を絡めなおすように触れて、組んだ両手を離させるとココアのカップを握らせる。
「熱いから気をつけろよ」
聞こえてないかと思ったが、ちゃんと分かっているのかゆっくりとした仕草で詩奈乃はこどもみたいに頷いた。
詩奈乃はふぅふぅと立ち上る湯気に息を吹きかけてから、一口だけココアを口にする。
そんなどこかこどもを思わせる仕草は小さな時から変わってないと誠司は思った。
詩奈乃は口の中に広がる甘く香ばしい味と香りにようやく肩から力を抜くと誠司を見上げる。
「――朔は、何か言ってた?」
「詩奈乃が何考えるのか分からないって」
返ってきた返事に詩奈乃がきゅっと唇を噛み締める。
「…自業自得ね」
「言ってしまえばいいのに。菊月に抱かれたいけど、菊月が娼妓でいる限り無理だから何にも言えなかったんだって。それにこのままじゃ無理矢理にでも親の決めた相手と結婚させられるって」
「だめよ。だって、言わないけれど朔は娼妓であることにプライドを持ってるもの。それに余計なことだから」
詩奈乃が朔に言っていないことはいくつもある。
そのうちの1つが、詩奈乃が朔の座敷に上がるに当たって葛菊屋の経営者である楼主と交わした約束だ。
詩奈乃の無理を通す条件として、詩奈乃が朔の座敷に上がる際には通常の倍額の花代を出すこと。
それから、絶対に朔と身体を繋げないこと。
葛菊屋はあくまで男性専門の男娼が集まる店であって、詩奈乃の例外が通れば他の客にも例外を通さなければならなくなる。
朔は娼妓の常として、逃亡阻止のために色町から外には出られないのだから、朔に会うためには詩奈乃はその条件を飲むしかなかった。
だから詩奈乃は朔に自分の気持ちを匂わせたことはない。
昨日の唐突なプロポーズが愛の告白だと言えるのなら、それが初めてだ。
「朔には、余計なことを関係なく選んで欲しいもの」
しょんぼりとしながらまた一口ココアを口に運んで、あとはカップをサイドテーブルへと退けた。
「せめて菊月の前でも今くらいしおらしければいいのに」
溜息混じりに誠司にそう言われて詩奈乃は唇を尖らせたが、反論は出来なくてぷいっと顔を反らした。
詩奈乃は明るい性格ではあるが、実際には飛びぬけて無謀だったりテンションが高かったりする人種ではない。
朔の前でああなのは、朔に気持ちを誤魔化すための演技半分、あとは興奮していて自分を制御できていないのが半分で、色町の外での詩奈乃ばかりを見てきた誠司は、初めて詩奈乃と朔の座敷に上がった時の詩奈乃の様子にひどく驚いたものだった。
「――やっぱり俺と結婚しとく?」
気遣わしげに苦笑しながら誠司が首を傾げると、詩奈乃が眉間に薄く皺を寄せて首を横に振った。
「それも、だめ。せいちゃんにこれ以上の面倒はかけられないもの」
「俺はいいよ。詩奈乃は別に俺を束縛しようとしたりしないだろうし」
「だめ。それに、私は朔がいいの。朔じゃないとだめなの。……ごめんね、せいちゃん」
謝りながら腕を伸ばして誠司に抱きついて、誠司の上体を引き寄せる。
誠司は苦笑を深めるとその背を優しく撫でてやった。
詩奈乃は本当は色々なことに気づいていることを、誠司も気づいている。
例えば朔に気遣わせないために、あるいは守るために秘密にしなければならないこと。
それから、誠司が詩奈乃の我侭に付き合ってくれている本当の理由。
詩奈乃が気づいていることを知りながら、それでも誠司はあえてそのことに触れない。
「いいよ、別に」
柔らかく何でもないように流す言葉を口にしながら、どちらも相手を守ろうとして打ち明けないところに、誠司は詩奈乃と自分に血の繋がりがあることを実感する。
「うん、ありがとう………せいちゃん、朔の匂いがする」
誠司の首筋に顔を擦り付けて犬みたいに小さく鼻を鳴らした詩奈乃に、誠司がくすぐったさに微かに笑いに喉を震わせる。
「シャワー浴びずに来たからな」
その方がいいだろう?と耳元で囁かれて詩奈乃の頬が赤く染まった。
密着していた身体を少し離して赤くなった頬を撫でる誠司の大きい手に、欲情を見透かされた詩奈乃が恥ずかしそうに瞼を伏せる。
重ねた唇は仄かに甘く苦いココアの味がした。
2人してそのままベッドに倒れこみ、誠司の手が詩奈乃の服を乱す。
「ふぁ……ッ……あ、朔ッ……んぅ!!」
誠司の腕に抱かれ朔の残り香に包まれながら、上り詰める瞬間にこぼした声を誠司の唇が塞いだ。
誠司、元気だなぁ!(爆)
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