第一章 百万円の夢
第一章 百万円の夢
通帳の残高は、ちょうど百万円。
正確には、一〇〇万八千四百三十二円。
会社員として六年間働いて貯めた貯金と、退職金を合わせた私の全財産だった。
父はため息をついた。
「その百万円を、全部使うつもりか?」
「全部じゃないよ。」
私は笑いながら通帳を閉じる。
「会社を作るお金。」
母は心配そうな顔をした。
「結婚相談所なんて、最初からお客さんが来る保証なんてないでしょう?」
「保証はない。」
「じゃあ、どうするの?」
「だから、私が保証になる。」
自分で言って、少し照れくさかった。
それでも不思議と、不安より期待の方が大きかった。
翌週。
私は法務局で登記を済ませた。
会社名は、
株式会社オトメ・マリッジ
資本金、百万円。
社員、一人。
代表取締役、神崎乙葉、二十八歳。
会社の住所は、駅から徒歩五分の古い雑居ビル三階。
家賃は月六万五千円。
机は中古。
椅子も中古。
パソコンは会社員時代に使っていたノートパソコン。
応接セットはリサイクルショップで一万円。
豪華なオフィスではない。
それでも、小さな部屋には未来が詰まっていた。
玄関に、自分で注文した真新しいプレートを取り付ける。
株式会社オトメ・マリッジ
結婚相談所「乙女婚」
その文字を見た瞬間、胸が熱くなった。
「社長、おめでとうございます。」
そう言う人は誰もいない。
だから私は、自分で自分に言った。
「社長就任、おめでとう。」
誰も拍手しない静かな事務所で、一人だけの拍手が響いた。
この日、資本金百万円の小さな会社が、日本でいちばん幸せを生み出す結婚相談所になることを、まだ誰も知らなかった。




