1・タフな令嬢を募集します
「お父様!わたくしをハーレムに嫁がせるなんて、正気ですの?!」
謁見の間の扉と衛兵を押し退けて、この国三番目の宝、第三王女デルフィナ姫は叫んだ。
「もちろん正気だとも」
お父様とは即ち、この国の最高権力者つまり王。そして王に正気を問えるのは、妻か娘しかいない。
姫はまっすぐに王を見つめて、悲しげにほほ笑む。
「無理ですわ」
「お前しかいないのだ」
王は出来るだけ重々しく、即座に打ち返した。
他の姫はみんな嫁いだからな。儂とて可愛い娘をハーレムになどやりたくない。だがしかし和平の一環的には仕方無しとして飲むしかない。
うっ、そんな悲しげな顔したって、無理だからな。しかしホント美人に育ったな…どの娘も可愛いが、デルフィナは飛び抜けてる気がする。
ダメだ、絆されるわい…。王妃はどこ行った。なぜこんな時に不在なのか。
唯一の該当姫は、姿勢を正した。ベールで覆われていても分かる豊かな濃茶の髪、意志のはっきりした煌めく瞳、色付いた唇。襟ぐりの詰まった長いドレスは、かえって胸元の曲線を際立たせ、帯ひもで締めた腰は細く、けれど華奢過ぎずに姫の健やかさを強調する。
男も女も視線を惹きつけて離さない彼女は、顎を引き滔々と語り出した。
「ハーレムとは女の戦場ですわ。一人の男の寵を求めて数多の美姫が裏で表で争い合う…。わたくしには向きません。
そもそも外見で競うなら第四王女、機知で心惹くなら第二王女が適任でしたのに。
ハーレムでは妃の身分は問われないとか。例え奴隷の出だとしても王家の娘を蹴落とすこともあり得ると聞きます。そんな野心燃え盛る中に入るなど、わたくしなら二日と保たずに消し炭にされますわ。わたくしは相応しくありません」
悲しげに下がった眉、震える声とは裏腹に、目に宿る光は強く、謁見の間にいる全ての人に心に語りかける。
王はどっしりと構えたまま、ここが勝負時だと悟った。
王妃どこ行った…。しかしここで王妃を探して視線をウロつかせれば、この跳ね返り姫に隙を晒すことになる。それはダメだ。このじゃじゃ馬娘め、黙っていれば、ハーレムで一番の寵妃になることなど容易いものを…。さてどう迎え打つか。
王は内心の動揺を微塵も見せずに応える。
「だがお前が一番たくましいのだ。そもそも他の姫はみな嫁いだ。お前しかいないのは分かるだろう?
それと我が咲き誇るデルフィナよ、護衛はどうした」
にこりと艶やかに微笑み、小首を傾げる姫。たちまち翳りは霧散し、謁見の間中の視線がうっとりと溶ける。
答えは扉の方からした。
「御前…失礼いたしますッ…!」
王は拝謁を許可すると同時に、静かに鼻から息を出す。
天は我を見離さず…!よく来た、さすがアルベルト…!!
「我が娘よ。お前のお守りは息も絶え絶えではないか。今度は何をした。」
王は、ここぞとばかりに片眉を上げ、非難交じりに問いかける。
しめしめ、上手い具合に話が逸れるわい…。
騎士は姫君の斜め後ろで片膝を付き、王に申し上げる。
「王よ、御代永遠でありますように。
どうか姫君への苦き申し上げを、お許し頂きたく存じます」
王は神妙に許可した。
イケメンって、息切れしてても様になるんだな…。走ったせいで乱れた短い黒髪、汗と荒れた息…何だか良からぬことを連想してしまう。我が娘と並ぶと、そこだけ違う世界というか、オトナ〜!というか。耐性とか経験とか…六人もうけた儂でも当てられそうだわい…。あ、また侍女が倒れた。
国の宝とまで言わしめた美丈夫・護衛騎士アルベルトは、呼吸を整え顔を上げ、ひと息で物申した。
「我が主、王の喜び、国の誉なるデルフィナ姫よ、階段の手すりを滑り降りてはいけません!」
「まぁ」
デルフィナ姫は口元に指を添え、くすりと笑う。そこだけ見れば、妖艶なるデルフィナ姫との呼び名に何の疑問も無い。艶やかで愛らしく、ひざまずきたくなる。
護衛騎士は内心で舌打ちした。
見ろ、謁見の間に居る男どもを。鼻の下が伸びに伸びてデレデレじゃねぇか。何も分かってない!
「お前は滑り降りなかったの?だからわたくしに遅れをとるのです」
「いいえ我が君。遅れを取り、我が君に何かあればと懸念し、僕もすぐに後へ続きました」
「ではなぜ」
「階段の下で侍女長が待ち構えておいででした」
「まぁ」
そのまま鈴の鳴るごとく、コロコロと笑うデルフィナ姫。無邪気さを装っているが、してやったり感がすごい。
それに気付かずポーッとなってる周りの男どもは皆んな目が節穴だろ。だが俺は騙されないからな!
姫君を横目で睨みながら護衛騎士は王に奏上する。
「王よ、憚りながらこの話、いささか早すぎるかと」
「そうかもしれない。だが何にせよ隣国からの申し入れ、無下に断るわけにもいくまい」
「ええお父様、ですからハーレムに相応しい方を募集いたします」
再びデルフィナ姫が、我意を得たりと目を輝かせる。王の口の端が引きつった。
しまった油断した!話が戻ってしまった!
「女の戦いを潜り抜け、王の寵愛を勝ち取り、我が国の品位を下げない有能で野心高き令嬢を」
「そんな令嬢おらんわ」
「わたくし簡単に諦める女では、ございませんわ」
斜め後ろで護衛騎士は項垂れた。
あぁこれ絶対巻き込まれて、もんのすごい苦労するヤツ。姫が“簡単に諦めない女”なのは、この自分が一番良く知っている。散々振り回されたからな!いや、過去形じゃねぇ…。
というか姫が一番タフじゃね?間違いない、姫が優勝。
黙ってハーレムへ嫁いでくんないかな。いや…諦めるな、必ず嫁がせてみせる!
こうしてハーレムへ嫁ぎたくない姫君と、送り込みたい護衛騎士の密かな攻防の幕が、切って落とされたのだった。




