14話 侯爵夫人の部屋
朝食後、トリスタン様は真っ赤な顔のまま執務に向かった。私はキャスと二人で部屋に戻りつつ聴取。
「ナタリーもメルも知ってるのよね?」
「はい。申し訳ございません。トリスタン様からお伝えするので、黙っておくようにと、ポールが」
トリスタン様『に、伝えさせるから』でしょうけどね。まったくもう。可愛かったからいいけども。
それにしても四階に移動は大変よね。
「荷物の移動はどうするの?」
「ナタリーが従僕たちに伝えていますので、重たいものや、トランクに詰めたものは持っていってもらいます」
なるほど、それなら大丈夫そうね。
自分たちでやることは、衣類をトランクに詰めたり、装飾品などの高価なものだけ運んだりらしい。
部屋に戻り荷物の片付け開始。気付けばここに来て五ヵ月、外の雪はかなり少なくなり、日照時間もかなり長くなっている。
一年を通して雪が消えることは無いとは聞いていたけれど、夏はあるらしい。
「それにしても、短い夏のために内装替えは大変ねぇ」
「……え?」
「どうしたの?」
ナタリーが摩訶不思議なものでも見たような声を上げた。ナタリーは気にしないでくださいと言いつつも、キャスと何やら小声で話していた。なによ、気になるじゃない。
休憩やお昼を挟みつつ、荷物の片付けはある程度完了した。
従僕たちに重い荷物を頼み、私たちは先に四階の新しい部屋に移動した。
ナタリーに案内してもらいつつ到着したのは、トリスタン様の部屋の隣。
「…………あ、妻の部屋、だものね。そうか。そうよね」
「オレリア様、もしかしていま認識されたんですか?」
「えぇ」
ナタリーには呆れられ、キャスとメルにはクスクスと笑われてしまった。
ちょっといじけつつも、気を取り直して扉を開けると、そこはとても華やかな部屋だった。明るめの青緑色や浅い緑色を基調とし、差し色として淡いピンク色が使われていた。
「いい色ね。あら、こっちの扉は?」
トリスタン様側の壁には二つの扉があり、入り口側にある扉を指さした。
「そちらは浴室でございます」
「へぇ!」
中はかなり広く……あれ? なんか、生活感があるわね、と思ったら、トリスタン様と兼用というか、夫婦の浴室だと言われた。まぁ、広いに越したことはないし、計画的に使えばバッティングはしないでしょ。
「ってことはよ? こっちの扉は……」
「夫婦で使う際の寝室になります」
「なるほど…………なるほど……うん」
扉を開けるのは止めた。
気を取り直して室内を見る。
ふかふかのソファに、かわいらしいローテーブル。少し広めの本棚。
落ち着いた色合いのベッドがあるということは、別にここを使ってもいいのだから、夫婦の寝室は無視しておいて大丈夫だということだろう。
「あっちが浴室で、こっちが衣装部屋でしょ? ここはトイレ……じゃあこの扉は?」
トリスタン様の部屋とは反対側にある、妙に新しい扉を指さすと、メルがキラキラとした笑顔になった。
話を聞くに、トリスタン様が一番力をいれていた場所らしい。
「え、キッチンがある……」
「はい! オレリアさまのキッチンです」
私専用である、プライベートキッチンがそこにはあった。
たぶん、扉を新しく付けて隣の一部屋をキッチンにしてくれたのだろう。かなり広いうえに、最新設備が揃っていた。
メルがニコニコと説明してくれた。トリスタン様が一番力を入れて改装していたらしい。
「……うそ。凄い! あ、大型の氷室庫まで!? え? なにこれ? 滑車?」
窓際から少し外に飛び出した形の井戸のようなものがあり、天井には滑車が付けられ、そこからロープが垂らされていた。
「丁度よいことに、この真下あたりは厨房の裏口にかなり近いんです」
氷や食材などを下に置いている籠に入れ、ロープを使い引き上げる荷運びエレベーターなのだそう。これは、荷物を抱えて運ぶよりも絶対に楽だろう。最大限に活用していきたい。
衣類は侍女たちに任せ、私はキッチンの整理や自分が使いやすいように配置換えなどに精を出した。
夕食の時間にトリスタン様にお礼を言うと、気に入ってくれたかと聞かれた。
当たり前じゃない! プライベートキッチンなんて、夢のまた夢みたいなものだった。心から感謝していると、全力で伝えた。
「っ、そうか。それならよかった」
トリスタン様が右手の甲で口を押さえ、ふいっと横を向いた。これはトリスタン様が照れている時にしてしまう癖らしい。
耳を真っ赤に染めてくれるので、とても分かりやすい。
「トリスタン様、本当にありがとうございます」
「んっ……」
こくんと頷く姿は、二八歳とは思えないほど幼くて、可愛い。
「これからも沢山アイスやお菓子を作りますので、ちゃんとお裾分けしますね」
「オレリア……嬢」
早速、明日は何を作ろうかなぁと考えていたら、トリスタン様がこちらを向いて、名前を呼んできた。
「はい、なんでしょう?」
「君の作るものはとても美味い。食べると、温かな味がしてホッとするんだ。これからも楽しみにしている」
耳を真っ赤にしたままのトリスタン様にそう言われ、胸がギュッと締め付けられました。
あぁ、この感情は――――。