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出会い

 朝方から降り続いていた雨が止み、雲の切れ間から秋日が差して来た頃、隣県にある大学の講義を終えて私は自宅へと帰って来た。自宅から大学への道程は、自宅から駅まで数分の徒歩、電車に揺られて約四十分、そして大学の最寄駅から五分程度の歩きとなっている。多くの人がいた帰りの電車に乗っているとき、太陽の光は厚い雲と車両の屋根により遮られていたが、電車を降りて、駅から自宅へと向かう閑散とした道を歩いていくにつれ、その光はどんどんと強さを増していった。空はまるで、近くに人がいるだけで、ただ平凡に存在しているだけで、強い苦痛や恐怖を感じる私の心情を表しているように思え、理解者の出現に僅かな安らぎを得た。天候の回復というささやかな出来事を、かんばつに降る雨のように捉えて、強引にでも幸せを感じなければならないほど、毎日のように襲い来る塵労や空虚さに私は疲れ果てていた。


 授業に使用した教科書が入っているリュックを床へと下ろし、男子大学生の典型的な外出着から、相変わらず無個性の部屋着へと服を変える。床に置かれているカーキ色のチノパンと水色のデニムシャツを、上下灰色のスウェットを着た私は軽蔑の心で一瞥した。


 作り置きしていた麦茶を冷蔵庫から取り出し、駅の売店で購入した弁当と一緒に円卓へと並べて昼食の準備を進めていく。三百九十八円の唐揚げ弁当には、主役である好物の唐揚げが五つ、梅干しが載っている白米、副菜として金平ごぼう、ウィンナー、漬物が入っている。憂鬱な気持ちがそうさせるのか、昨日も食べたことによる飽きのためか、弁当の中で一番多くのスペースを取っている五つの唐揚げを、今は魅力的だと思えない。

 

 食事をする際、普段はパソコンでネットサーフィンをしているのだが、前日に電源がつかなくなり修理に出したため、今日はいつもの行動が出来ない。ただ食事をするだけでは手持ち無沙汰なので、スポーツ観戦でしか殆ど使用したことが無いテレビの電源を入れる。


 その数秒後には、どこかで聞いたことのあるような音楽と、三色のパプリカを想像させる髪色をした三人のバンドマンが、私の視覚と聴覚に訴えかけてきた。楽器を扱いつつ歌を唄う赤色のパプリカは、神に選ばれた人間であると自負しているかのような表情を浮かべている。また、その左右に位置している橙色と黄色のパプリカが浮かべる表情からも、満腔の自己肯定が見て取れる。


 素人目で判断すると、彼らの演奏とボーカルの歌唱力はレベルが高いと思った。一方で、サビのワンフレーズである「夢は必ず叶う」などの歌詞や、テレビ画面右下に記されている「ホープ」というバンド名は、ありふれていて下らないと思った。楽しいという感情や新しい気付きといったものが、このバンドから得られることはなく、ボリボリと漬物を噛む音と虚しさが、殺風景な部屋にいる私を支配している。


 「ホープ」の演奏が終わると、歌唱ステージからスタジオの番組司会者へとカメラが切り替わった。白いあごひげと白髪を蓄え、人の良さそうな笑みを浮かべた丸顔の老司会者である。次に楽曲を披露するグループの名前を司会者が呼ぶと、暖色系の衣装を身に纏った多数の女の子たちが、観客の歓声を伴いながら彼のいる場所にやって来る。精巧な笑顔を一様に浮かべ、同じような衣装を着ている彼女たちはみな、異なった名前と渾名が記されたネームプレートを衣装に付けていた。


 拍手と声援が彼女たちに送られたあと、山田さんというグループのリーダーらしき人物が、司会者からコメントを促された。


「このような有名な音楽番組に出演することが出来て非常に光栄です。これも応援をして下さる皆さんのおかげです。これからも皆さんに応援していただけるようなグループを目指して十五人全員で頑張っていきます」


 長い黒髪で目鼻立ちの整った彼女が、堂々とした態度で淀みなくコメントをする。大きなミスをすることなく役割を果たした彼女は満足げな表情を浮かべていて、その表情にふさわしい大きな拍手と声援が観客から彼女に送られた。彼女に対する拍手や声援を聞きながら、大きなプレッシャーの掛かる場面でも、周りの人間が求めている役割を果たせる彼女に対して羨ましさと引け目を多分に感じつつ、面白味のない人間であると僅かながら軽蔑した。


 洗練された人間を直視することに私は苦痛を感じ始め、テレビ画面から目をそらした。移動した視線は部屋にある窓を捉え、再び雨が降っていることを気付かせてくれた。その窓が開きっぱなしになっていることも。ため息をつき、雨が家に入ってこないように窓を閉めようと私は立ち上がる。現地点から窓までの僅か十数歩に気怠さを感じながらも、無事に目的を果たして元の場所へと戻り、少しの怯えを感じながら再びテレビへと視線を移す。


 画面上には、先ほどまで映っていた山田さんではなく、城野恵(じょうのめぐみ)と名札に書かれている女の子が司会者と二人で映っている。くりっとした目の小柄な城野さんは笑顔こそ浮かべているが、それはとてもぎこちなく、アイドルは基本的に完成度の高い笑顔を浮かべている、という考えの私には驚きの光景であった。このグループが司会者の所へやって来た時には、こんな不安げな笑顔を浮かべている人はいなかった気がするが、恐らく見過ごしていたのだろう。


「顔が強張ってるよ、ほら、リラックス、リラックス」


 と画面左側に映る司会者が、緊張を和らげようとしてか、肩を上下させ、おどけた感じで右側に映る彼女に話しかけた。


「き、緊張はしてますが、だ、大丈夫です」


 と吃りながら、恐らく正真の言葉を発した彼女の表情からは、何かに対する怯えや緊張、そして僅かながら怒りさえ感じられた。


「うん、まあ、リラックスして頑張って下さい。急に話を振ってごめんね」


 司会者は申し訳なさそうに答えて、山田さんに曲紹介を促す。なぜ城野さんが司会者と会話をしていたのか少し疑問だったが、かなり緊張している様子だったため、それを和らげようとして司会者が話を振ったのだろうと勝手に理解した。その想像が正しいかどうかは分からないけれど、集団から浮いているように見えた彼女の存在に心が動かされたのは事実だ。


 山田さんがスムーズに曲紹介を進めていく中で、カメラに一番良く抜かれていたのは城野さんであった。強張った表情や不自然な挙動が見られる城野さんを、周りのメンバーが声をかけたり肩を叩いたりして緊張をほぐそうしている場面が何回も映っていた。


 少し離れたところから城野さんの元に近寄って来るメンバーがいる一方で、すぐ隣りにいる、愛嬌のある丸顔をした柊木(ひいらぎ)さらさんは、彼女に対して無関心を貫いているように見えた。他のメンバーが笑顔を浮かべて城野さんに話しかけている時、隣にいるにも関わらず、左手側にいる城野さんではなく右手側に顔を向けている柊木さんの姿が何度か映っていたからだ。私の勘違いかもしれないが、その場面において、そっぽを向く柊木さんのことを城野さんはチラチラと見ていた気がした。


 曲紹介を終えた頃には、城野さんは殆ど周りと遜色のない笑顔を浮かべていた。このあとメンバーは歌唱ステージへ移動するらしく、画面はコマーシャルへと切り替わった。副菜を全て平らげた弁当には最後に回した唐揚げと半分程度の白米が残っている。唐揚げに対する食欲を感じることは相変わらずなく、五つある唐揚げのうち四つを淡々と食べ、五つ目を箸で掴んだとき、コマーシャルから歌唱ステージへと映像が切り替わった。十五人のアイドルが薄暗いステージ上に静止している。


 音楽が鳴りスポットライトの光が照り出すと、アイドル達はそれぞれ音や光を従えてダンスを踊り始める。意識的に目で追っている城野さんは時折映る表情や動作に多少ぎこちなさを感じたが、十五人全体の映像を見ると先程のように浮いているということはなく、集団に埋没出来ているように思えた。そのことに対し私は少しの安堵を覚えたが、失望のような感情を抱いたのも確かだ。また人の不幸を期待するような、そんな不純な考えが思い浮かぶ自分には嫌気がさした。


 歌の一番が終わったのか、それまで私の耳に届いていた歌声は途絶え、ソロダンスから数人のペアダンスへと切り替わった。城野さんは柊木さんとペアを組んで踊っていたが、お互いに向かい合いながらダンスをする場面で、バランスを崩したのか転倒してしまった。すぐに立ち上がったので怪我をしたということはなさそうだが、それ以降のダンスや表情には明らかな怯えが見て取れた。


 曲が終わり、ステージの観客や番組の視聴者に感謝を述べている山田さんの後ろには、隣り合う城野さんと柊木さんが鮮明に見えた。楽曲の披露が終わっても、未だにミスを引きずっているのか、城野さんは怯えたような表情を浮かべている。


「また呼んでもらえるように、十五人全員でこれからも頑張っていきます」


 山田さんがコメントをしている中、その後ろでは、音声は拾えていないが柊木さんが城野さんに対して何か言葉をかけている様子が映っていた。その言霊は怯えを感じさせる城野さんの表情を、精巧さの欠片も無い、何の混じり気も感じない、あらゆる虚無を打ち破るような笑顔へと変化させた。そして、その笑顔に、顔立ちに、声に、私の高校生活を照らした光を見た。


 喋り続けている山田さんの言葉は全く頭に入ってこない。彼女の後ろにいる城野さんの表情や挙動に心を奪われ、この甘美な心地が長く続くことを願っていたからだ。


 山田さんが喋り終わったあと、十五人全員で声を揃えて行った有料サービスの宣伝を聞き、その加入方法と画面右下に記された「スマイル」というグループ名を記憶に留めようと努力した。


 「スマイル」の出番が終了して画面はコマーシャルへと切り替わった。テレビへの興味が急速に失せた私は、ふと右手を見てみると、箸で掴んでいたはずの唐揚げがそこになく、パプリカとは比べ物にならないほどの魅力を放ちながら円卓の上に存在しているのを理解した。


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