第九話 先見の女当主
サリヴァン・カルヴァートは安堵していた。道中、刺客に襲われるなどあったものの、無事に主を守り通すことが出来たからだ。
現在、アルトリア一行はカルヴァート公爵家の領地である、領都バーミンガムの館に到着していた。事前の連絡もあったため、滞りなく公爵の館に通された。
サリヴァンにとっては約七年ぶりの帰郷であった。
「お待ちしておりました。アルトリア王女殿下、ジル卿、サリヴァン卿」
屋敷に到着すると、カルヴァート家の執事であるガブリエルが出迎えた。。
「ご当主はどうした? 殿下に失礼ではないのか?」
サリヴァンは、カルヴァート家当主であるエレイン・カルヴァートの姿が見えないため、ガブリエルに問いただす。王族が訪ねてきたのだから当主自らの出迎えがあってしかるべき、と考えていたためだ。
「申し訳ございません。主は現在急用のため、館を離れております」
アルトリアが伺う旨はすでに知らせてあった。サリヴァンは、それを知ったうえで館を離れたということに、不快感をあらわにする。
「主に代わり、非礼をお詫びいたします」
謝罪するガブリエルに対して、アルトリアは言った。
「仕方ありません。戻るまで、待たせていただきましょう」
「承知いたしました。では、こちらへどうぞ。いま、食事の用意をさせております」
食事という言葉に、アルトリアのほほが緩むのが分かった。
食堂に通された三人は、用意された食事に下鼓をうった。久しぶりのまともな食事ということもあり、会話も弾んだ。
「本当においしいですね。とくにこの……ジャガイモでしたか? おいしいです」
見慣れない食材が並んでいるので、最初は警戒していたアルトリアであったが、食べてみるとなかなか美味であり自然と笑顔がこぼれた。
「新大陸より持ち込まれた食材です。痩せた土地でも栽培が容易で、当家では重宝しております」
カルヴァート家当主、エレイン・カルヴァートは積極的に新しい技術、物品を収集し採用している。いや、それは現当主に限ったことではない。
カルヴァート家歴代当主は革新的な人物が多い。アルビオン王国貴族の中で、初めてマスケットを採用したのはカルヴァート家であった。
また、亜人族と距離を置く貴族が多いなかで、積極的な交流を続けてきたのもカルヴァート家である。現在においても、交易路の整備や、関税の引き下げを行うなど行っている。
国民に亜人族を快く思わない者が少なからずいる中、カルヴァート家の領民は亜人族に対して否定的な感情を持つ者は少ない。
「興味深いですね。ぜひ、公爵殿にお話を伺いたいものです」
アルトリアも王族内では親亜人族派であるため、おそらく話が合うだろうと、サリヴァンは考えた。
「ところで、ご当主が戻る前に話を聞いておきたい。現在の情勢についてだ」
サリヴァンは、ガブリエルに尋ねた。これからの話し合いを円滑に進めるため、情報を整理したいからだ。
そして、サリヴァンたちは知ることになる。ジェームズ国王の死と、ヘンリー第一王子の処刑。それに伴いモルドレッドが新たな国王に即位したこと。モルドレッドが、反乱軍と停戦し、軍の統一を図っていること。アルトリアを反逆者として指名手配していること。
そして、この一連の動きが極めて短期間で行われていることを。
「どう考えても早すぎます。やはり、今回の内乱を裏で操っていたのはモルドレッドと考えるのが妥当でしょう」
そう結論を下すジルに、サリヴァンも同意の意味の頷きを返す。アルトリアも同じ考えのようだ。
「反乱で国王陛下の注意を惹き、王室親衛騎士団を使ってヘンリー王子による暗殺計画をでっちあげた。自身が王位に着くために……」
「自身の野望のために、民を巻きこみ反乱を起こし、兄を利用して王位につくなど……」
アルトリアは、その強引なやり方に苦悩する。
王城脱出の際にオーガスタス卿が語ったモルドレッドの目的。大陸列強が力をつける中、アルビオン王国が古い慣習にとらわれて大国に遅れるを取るのを防ぐため、と語っていた。近年の神聖ヴァイマル帝国は、ガリア王国との小競り合いも多くなっているようである。
また、東国のオスマン帝国と長年対立してきたヴァイマル帝国が、一時的とはいえ休戦協定を結んだという話もある。これは、後顧の憂いを断ち、本格的に大陸制覇に乗り出す前兆ではないかと各国で警戒されていた。
ガリア王国も活発に兵器開発を行っており、確実に前へと進んでいる。そんな中、アルビオン王国ではミスリル合金と魔法技術に頼りきり、新たな兵器や戦術の開拓に消極的なのが現状である。
アルトリアはその目的自体には賛同できると考えていた。だが、その強引なやり方には、異を唱えざるを得なかった。
「やはり、モルドレッドは止めねばなりません。かの者が次に何をしでかすか……」
「では、姫様を旗印として反モルドレッド派の貴族に決起を呼びかけ―――」
「無理でしょうね」
サリヴァンの言葉は途中で遮られた。
その声の主が、室内に入る。
「第二王女殿下、お初にお目にかかります。わたしはエレイン・クリスティアナ・バン・ランスロット・カルヴァート・オブ・バーミンガムです。遅参申し訳ありません」
そう、カルヴァート家現当主。バーミンガム公爵その人である。
「バーミンガム公爵、はじめまして。本日はこのようなもてなしをしていただき、ありがとうございます」
礼を述べるアルトリアに、エレインは恐縮する。
「いえ、わたしのほうこそ。殿下がいらっしゃるというのに出迎えもせず、まことに申し訳ありません」
謝罪すると、エレインは席につく。
そして、ジルとアルトリアは気がつくのであった。エレインが自身の想像よりはるかに若いことに。
「お久しぶりですね、サリヴァン卿。怪我を負ったと聞いておりましたが、相変わらず無駄にしぶといようで残念です」
アルトリアに対する時とは正反対の、あからさまに嫌そうな表情がサリヴァンに向けられる。
「お久しぶりであります、ご当主。相変わらずの非常識ぶり。流石はカルヴァート家当主ですな」
「ええ。田舎者で世間知らずの常識知らず、カルヴァートの小娘はいつもそうだ。隣のリバプール伯爵のお言葉です。わが身の愚を恥じるばかりです」
二人の辛辣な言葉の応酬に、ジルとアルトリアは面食らう。すると、耐えかねたジルがサリヴァンに問う。
「サリー……何をしているのだ?」
「何って? 挨拶だ」
「傍から見たらただの喧嘩だぞ!? 大体、わたしの想像よりその……カルヴァートのご当主はお若く見えるのだが……」
「当然だ。俺より年下だからな」
その言葉を聞いてさらに困惑した様子の二人にエレイン自らが答えるのだった。
「いつもサリヴァン卿がご迷惑をおかけしております。わたしはサリヴァン卿の母上の二人目の子供にあたります」
それは、世間一般で言うところの兄妹関係ではないのだろうか?と考えるジルであった。
「ジル。私が見たところ、この二人はそうとう仲が悪いように見えるのですが……」
「同意します姫様。何やら事情があるのでしょう。あまりこの話題に触れるのはやめておきましょう」
二人は、サリヴァンとエレインには聞こえないよう声を潜めていった。
「それで、ご当主? 先程、我らの案を無理だとおっしゃったように聞こえたのですが……自分の聞き間違いでしょうか?」
わざとらしく聞くサリヴァンに、エレインははっきりと答えた。
「えぇ。無理だと言いました。左腕だけでなく耳まで失ったのですか?」
サリヴァンの負傷をあざ笑うかのような言いように、アルトリアが抗議をしようとするが、それより先にジルが立ち上がり言った。
「ご当主! サリヴァン卿は殿下のため、その身命を賭して戦いました。王国騎士の名に恥じない戦いを、騎士の務めを果たしたのです! 失った左腕は、その忠義の証明です。それを侮辱するのは、王国騎士すべてを侮辱するに等しい! 撤回を願います!」
ジルの言葉に、サリヴァンとエレインは驚く。
そして、エレインは頭を下げる。
「申し訳ありません。失言でした、撤回いたします」
すぐに謝罪の言葉を述べたエレインに、ジルは恐縮する。
「いえ……自分も、無礼な振る舞いを……。お許しください」
双方、押し黙ってしまったため話が止まってしまう。
「話を戻しましょうか。何が無理なのか。説明していただきたい」
それを見ていたサリヴァンが軌道修正に入る。
「いいでしょう。説明しましょう。この国の現状を……」
アルトリアは立ち上がるとテーブルに地図を広げて説明を始める。
「まず、最初に言っておくことがあります。この国はすでにモルドレッド陛下の国であり、この国の反乱分子はアルトリア姫、あなたであることを」
エレインは、アルトリアに対して宣言した。
「あなたはもう王族ではない。反逆者です」
「しかし、それはモルドレッドがそう言っているだけで姫様は国王陛下暗殺を企ててなどいない!」
立ち上がり、姫様の無実を訴えるジルであったが、エレインは意にも介さない。
「そんなことは百も承知です。モルドレッド陛下のおっしゃられていることが嘘など、みんな分かり切ったことです」
「ならば……何故姫様を反逆者などと?」
「重要なのは真実か否かではありません。もはや、モルドレッド陛下はそれを事実としたことです」
そう。モルドレッドはすでに、自身に従わぬ王都の有力者を更迭し、己の息のかかった配下と挿げ替えていた。
また、各地方のモルドレッド派の貴族も声を高くしてモルドレッドの正当性を語っていた。
「モルドレッド陛下は、反乱軍を再び王国に組み込みました。もはや、王国内では親モルドレッド派が主流なのです」
そこで、サリヴァンの中に疑問が生じる。
「ちょっと待て。反乱軍はもともと、国王の急速な改革に反発した貴族の集まりだ。云わば、王国の保守派の集まりとなる。モルドレッドのやろうとしていることは、この国の改革であり、相容れない筈ではないのか?」
サリヴァンの言に、エレインが不思議そうな顔で答える。
「モルドレッド陛下が改革思想を持っているとどこで知ったのですか?」
それに答えたのはアルトリアだった。
「私たちを捕らえようとしたモルドレッドの配下が語っておりました。新たな国を起こすと」
「ふむ、やはりそうですか。こちらでも同じ情報を得ています。そこから分かった事は……」
そういうと、エレインは語りだす。
「モルドレッド陛下は、反乱軍に与した貴族を処刑するつもりです」
「なんですって!?」
「そんな……」
アルトリアとジルは驚愕するが、サリヴァンは冷静にそれを聞く。
「今回の反乱はモルドレッド陛下が裏で糸を引いていた事は、すでに我々前国王派の貴族は承知しています。以前は、リチャード第二王子殿下がモルドレッド陛下よりも黒幕の有力候補として名前が挙がっていたのですが、今回の即位でモルドレッド陛下である事は確信しました。そして、同時に疑問だったのです。集めた情報ではモルドレッド陛下は改革的な思想の持ち主であると分かったからです」
すると、エレインは反乱軍に与した貴族たちの名簿を見せる。それには、彼らの血縁者も記載されていた。
「モルドレッド陛下は、反乱を引き起こして国内の保守派勢力をあぶりだし、そしてそのどさくさに紛れて王位を簒奪しました。そして、反乱軍を迎え入れるふりをして、その主要貴族を誅殺することで国内の保守派を一掃するつもりです」
この時点で、少なからず血が流れることがわかる。
「そして、その後釜に自身の息のかかった貴族を据えて、国内を一気に牛耳るつもりです。こうなってしまった以上、もはや保守派、改革派の戦いではなく、親モルドレッド派と反モルドレッド派の戦いに代わりました。そして、現状では親モルドレッド派のほうが戦力的には上です」
それを聞き、ジルは異を唱えた。
「待ってください! モルドレッドに組したのは元反乱軍、それが加わったところでモルドレッドが王国の最大勢力になりえるのですか?」
反乱軍といえど、その数は決して多くはなかった。そのため、ジルは疑問に思い口にしたのだ。
それに対して、エレインが言う。
「知っている通り、モルドレッド陛下の目的はこの国の改革。ならば、改革派の集まりである前国王派の中からモルドレッド陛下に組する者が出ても何ら不思議ではない」
それを聞き、ジルが驚嘆する。
「その動きもあり、反乱軍との争いで日和見を決めていた貴族からもモルドレッド陛下につくものも出ています」
エレインの説明に納得したジルは黙り込んでしまう。
「また現在、モルドレッド陛下はロンデニオンの王城にて軍の再編に着手しています。同時に、各地方の貴族に召集命令を発しました。表向きは、新王就任の祝い……と言っていますが、その本当の目的は、自身に従う者とそうでない者を見極めることでしょう」
それはすなわち、現在まだモルドレッドへの賛同を表明していない貴族に対する警告でもあった。自分に組するか否かを、モルドレッドは問うているのだ。
それを知った三人に、さらにエレインは言う。
「ですが、モルドレッド陛下は召集命令を亜人族には出していない。この意味がわかりますか?」
その問いに、サリヴァンは答えた。
「呼ぶ必要がない。すなわち、彼らの処遇は決まっているということか?」
「その通りです。そして、これから言うのはモルドレッド陛下が自身に与する貴族内で先行発表した内容です」
そう前置きして、エレインは語りだした。
「モルドレッド陛下は、亜人族の人権を剥奪し、奴隷階級とするつもりなのです。帝国と同じように」
その言葉に、三人は息をのむ。
「急速な改革には痛みを伴います。労働力が必要なのです。危険な仕事はいくらでもある。その仕事を身体的に優れる亜人族に行わせることで、効率を上げようとしているのでしょう」
事実、ヴァイマル帝国では亜人族は奴隷として強制労働につかされている。そうすることで、コストを抑えて効率よく国を回そうというのだ。さらに、奴隷階級の存在は、人の不満のはけ口になる。自分より下がいる、自分は恵まれていると。
「そして、わたしは思うのですよ。それも、手段の一つではないかと」
その言葉に、ジルは怒りを露わにするが、アルトリアが制止した。
「これまでの中途半端な政策よりはずっと分かりやすいですからね。だから、まだ良い。だから、迷ってしまう」
エレインの言った、迷うという言葉に三人は反応する。
「わたしは迷っています。このままモルドレッド陛下に組するのも良いのではないかと」
驚く三人にエレインは続けていった。
「ですから、お聞かせ下さいアルトリア姫。あなたのお考えを」