第十話 王女の目指すもの
アルトリアは悩んでいた。王城にて、オーガスタス卿からモルドレッドの目的を聞かされた時から自身に王国の未来を描くことのできるだけの、明確な構想がないことに。
彼女はずっと考えていた。己は一体、何を成したいのかを、王国をどのように導きたいのかを。彼女はこれまで本気で想像したことは無かった。王位を継ぐのは己ではない。王国を導く使命は、自身には課されない。
だが、もはや状況は変わったのだ。あの日、王城から追われることになった日から。
そして、アルトリアは決心する。自分が、この国を正しく導くと。
「お聞かせください。あなたの答えを」
エレインの問いに、アルトリアは答える。
「私はモルドレッドを否定します」
アルトリアは立ち上がり語っていく。
「私も、モルドレッドと同じくこの国は変わらなければならないと考えています。各国が前へと、未来へと進む中、我が国は過去の栄光にすがり、過去の清算に追われるだけでした」
魔法技術は、アルビオン王国が他国に優れている分野だ。
しかし、他国が新たな技術である魔導技術の開拓も進める中、王国では魔法に頼りきっているのが現状だ。他国が、新たな技術を身につけ、適応し、変革していく中、王国はいまだに古いままだった。
軍制も一つの例である。帝国では、貴族が個人で保有する領地軍を排して、統一軍を組織している。
「もしこのまま変わることをせず、歩みを止めてしまえば時代の波にのまれてしまうでしょう。そうなったとき、多くの民の命が失われてしまう。そうなってから変わり始めては遅いのです。だからこそ、私たちは進まなければならないのです。変革には痛みを伴う。新たな秩序を生みだすには産みの苦しみを味わうのは仕方のないことなのです」
そのために、モルドレッドは今回の騒動を起こしたのだった。手遅れになる前に、他国に破壊される前に己の手で破壊し、作り変えようとしたのだ。
「モルドレッドのやろうとしていることは一つの手段として間違ってはいないでしょう。大を生かすために小を斬ることは時に必要となってくる。私達は神ではない、救える命には限りがある。だから、モルドレッドの目的は否定しません。ですが、私とモルドレッドは王室の人間。王室の使命は、多くの命を生かしていける国を“維持”していくことなのです」
それは、簡単なことではないだろう。維持とは言っても、現状維持とは違う。時代は変わる。前へと進んでいく。時代に合わせて、一緒に代わっていかなければ、国を維持するとはいえない。
「私は、モルドレッドのやり方を否定はしません。しかし、彼のもたらす結果は否定します。彼のやり方では、多くの命が失われます。このまま、彼が彼の国を作り上げたとしましょう。そうすれば、奴隷となった亜人族から多くの血が流れます。そうして得た力は強力かもしれません。ですが、それを維持するためには更なる血が必要となる。いずれは、人間族の国民すら、奴隷に落とすかもしれない。そうなれば、もはや本末転倒。その先にあるのは滅びのみ」
そう語るアルトリアに対して、エレインは言った。
「では、アルトリア殿下はどうするつもりなのですか?」
アルトリアは答える。
「私も、モルドレッドと同じくこの国を作り変えましょう。ですが、もたらす結果は違います。別の可能性を提示します。しかし、私一人では別の結果をもたらすどころか、提示すらままなりません。ですから、私は皆と共に別の可能性を提示できるようにすることを目的とします。より良い結果を出せるような、この国に住まう者すべてにとって最良の結果をもたらせる国を作ることを私は提示します。共に助け合い、ともに歩いて行ける国を」
それは、難しいことだろう。
モルドレッドの単純かもしれない。
「具体的とは言えませんね」
エレインの言葉に、、アルトリアは否定をしない。
「この国の未来は、私一人で答えを出すことはできません。だから、皆で答えを出せるようにするのです。より良い答えを出せるように」
語り終えたアルトリアが座る。
エレインはしばし考える。
「なるほど。……分かりました」
そして、エレインじゃ立ち上がると言った。
「わたしは、あなたと共により良い結果を、未来を求めてみることにします。アルトリア殿下」
その言葉を聞いて、先程から険しい表情を浮かべていたジルが安堵の笑みをこぼした。
「よかった……」
そう呟くジルにアルトリアは言った。
「まだ安堵するには早いですよ。その未来をもたらすためには、モルドレッドを打倒しなければなりません」
その通りだった。
エレインが味方に付いたとはいえ、現状はモルドレッドが圧倒的に有利であることに変わりはなかったのだ。
「その通りですよジル卿。しかし殿下。今日のところはこれでお開きにしましょう。今後の事についてはまた明日にでも」
そういって、エレインはアルトリアに休養を提示する。
「わかりました。お言葉に甘えて今日は休ませていただきます」
アルトリアの言葉に頷いたエレインはガブリエルを呼び、ジルとアルトリアを部屋へと案内するよう言った。そして、サリヴァンには話があるから部屋に来てほしい旨を伝えた。
場所は移り、エレインの執務室にて。
「で、何の御用でしょうかご当主?」
へりくだった言い方をするサリヴァンに、エレインはきっぱりという。
「回りくどいことはやめましょう兄上」
エレインは、再開してから初めてサリヴァンを兄と呼んだ。
「兄上は、アルトリア殿下の先ほどの答えをどう思いますか?」
先ほどのアルトリアの答えには具体性が欠けていた。
だが、その上でエレインはアルトリアに賛同を示した。
それを考え、サリヴァンは答えた。
「姫様の答えには具体性はなかった。説得力も薄い。だが、一つだけ評価できるのは、モルドレッドの示した政策の危険性を理解していることだ」
「やはり、兄上もそう思いますか」
「ああ。姫様は為政者としてはまだまだだ。だが、王家の務めを正しく理解している。国を栄えされるとは、その国の民を栄えさせること。亜人族もまたこの国の民だ。それを虐げる事の愚をわかっていらっしゃる」
サリヴァンの言葉にエレインは首を縦に振る。
「姫様ならば、この国を正しく導ける。俺はそう思った」
サリヴァンの答えを聞いたエレインは納得した様子で言った。
「ありがとうございました。それを聞いて安心しました。やはり、兄上も同じお考えだったようで」
「お前は何を心配していたんだ?」
安心した様子を見せるエレインにサリヴァンは問うた。
「兄上が殿下に心酔しているだけなのかどうかを確認したかったのですよ。ですが、それは杞憂でした。先ほどの答えを聞き、兄上が殿下を正しく評価していることがわかりました」
「騎士とは、主に盲目の忠誠を誓う存在ではない。主が正道を外れるならばそれを正すのも騎士の務め。そして、姫様は正道を歩かれる。俺はただそれを支えるのみ」
それが、サリヴァンの騎士としての矜持であった。
翌日。
四人で朝食を取っていた際、ジルが言った何気ない一言から、カルヴァート家の当主の話題が始まった。
「カルヴァート家歴代当主は、すべて女性が継いでいるのです」
そう答えるのは現当主のエレインである。
「まぁ、記録が残っている範囲になるが。それでも数百年近く女当主が続いている事になる」
サリヴァンは補足を入れた。
「何か理由があるのか? 女当主は珍しいわけではないが、女でなければならない理由は?」
「カルヴァート家では男子が生まれた事がないのです。それも、記録に残っている範囲ですが」
ジルとアルトリアが食事の手を止めて驚く。
「それは……」
「そういえば、そのような話を聞いたような……」
アルトリアは噂程度には知っていたようだった。
「俺は、そんな一族に生まれた異端だった。俺の母も俺の扱いには困ったようでな。結局俺は騎士学校に入学して騎士になったわけだが……」
するとサリヴァンは、エレインの方に目をやる。
「わたしは、優秀な兄上と常に比べられてきました。兄上が騎士学校に入学してからも、ずっと……」
サリヴァンたち兄妹が不仲はこれに起因していた。
女系貴族に生まれた異端。サリヴァンがもし女だったならこのような事にはならなかったかもしれない。エレインが、劣等感を感じることもなかったかもしれない。
その後、今日の朝食の席では、誰一人として言葉を発することはなかった。
朝食後、執務室にて。
「それでは、今後の方針についてですが」
集まっていた三人に向けてエレインが仕切りだす。
「まず、前提として、現在の王国の主流派はモルドレッドであることは承知して下さい。むしろ我々が反逆者なのは事実です。しかし、それは現状においてです。この前提は覆せます」
その通りだった。モルドレッドに従うといっても、すべての貴族がそうではない。仕方なく従っている者や、勝ち馬に乗っているだけのものもいた。
「そうするためには戦いは避けられません。私は、たとえ血を流すことになっても、未来のために戦います」
アルトリアの意志は決まっていた。
そして、ここからは戦略の話しになる。
「すでに、昨日のうちに姫様の許可をいただき反モルドレッド派に決起を促す書状は出してあります。しかし、すべての貴族がこれに応えてくれるとは思えませんが……」
エレインは手回しがよかった。
「モルドレッドとの戦は避けられない。今は少しでも戦力がほしい」
サリヴァンは、モルドレッド派にしても、反モルドレッド派にしても戦争初期にすべての勢力が動くとは思えなかった。必ず静観する者が出てくると考えていた。
「初戦でモルドレッドの軍に勝利をおさめられたら、流れはこちらに傾くだろう」
しかし、それには問題もあった。
「現在、モルドレッドの軍はロンデニオンに集結中の約四千がすぐに動ける数でしょう。しかし、これは各地方の貴族の私兵を含めた数です。つまり、騎士中心の精鋭。たいして、カルヴァート家で今すぐ動かせる兵力は千です。人数だけならまだ出せますが、武器も防具も足りません」
戦力比は1:4であり、容易に覆せる数ではなかった。
「援軍は? カルヴァート領の近くに、反モルドレッド派の貴族は?」
ジルはそう言い、地図に視線を向ける。
「リバプールの伯爵なら五百ほどなら」
それでも合わせて千五百の数だった。
「少ないですね……」
アルトリアは残念そうにつぶやく。
「他に当てに出来るところは無いのか?」
ジルの問いに対してサリヴァンは言う。
「エルフだ。自治領のエルフに参戦を要請しよう」
サリヴァンの言葉に、三人の注目が集まる。
「エルフを説得し反モルドレッドの同盟に加わってもらう」
モルドレッドがこのまま王国を手にすれば、エルフたち亜人族は被支配階級になる。それに反発しないわけはないと、サリヴァンは考えていた。
「なんとも言い切れません。エルフは人間とは考え方が違います」
そう言われ、サリヴァンは自身の左腕を治療してくれたエルフの少女、シルフィの事を思い浮かべた。
(あの少女ならば、俺たちに協力してくれるような気がするが……エルフすべてがそうだとは言い切れないか……)
「しかし、もはやエルフ以外に当てにできるところは無い。今は少しでも戦力を集めなければならない。モルドレッドが動き出す前に」
エレインは、サリヴァンの言葉にうなずくとこう言った。
「ならば、すぐに使者を送りましょう。人選はこちらで……」
すると、エルフの話を聞いて、何やら考えていたアルトリアが言った。
「使者は必要ありません。私が直接向かいます」
三人が絶句する。
「反モルドレッド派の旗印である姫様自らですか!?」
まず、ジルが叫ぶ。
「なりません!殿下が失われればすべてが終わるのですよ!」
次に、エレインが叫ぶ。
「と、これだけ言っても、姫様は行くのだろうな」
最後に、サリヴァンがぼやく。
「よくわかっているようですね、我が騎士よ」
そう言う主に、サリヴァンは頭を抱える。
「どちらにせよ、エルフの協力が得られないならば我々は現状の戦力だけで戦わね ばなりません。ならば、エルフとの交渉に希望を見出すしかありません。それに、エルフと協力関係を築くことができたら、私たちの目指す結果に大きく前進することができます。ここは私自らが赴き、礼を通すべきです」
確かに、言っている事は理解できる。
先々代の政策から、エルフと王家の関係は崩れていた。その王家の人間が、代理人を使わせただけでエルフが協力してくれる可能性は低いとアルトリアは考えたのだ。
ここは自ら赴くことで、エルフに直接話をするのが上策だと結論を出したのだ。
「ということだご当主。こうなった以上、姫様を翻意させるのは難しい」
危険な行為だが、道理にかなっていることが理解できたのか、エレインは仕方ないとつぶやくとこう言った。
「せめて、護衛は付けましょう。兵を百お連れ下さい」
しかし、アルトリアははっきり言った。
「不要です」
再び、二人が絶句する。そこで、サリヴァンはすかさず言った。
「大人数での移動は、逆に敵の目を引いてしまい、エルフにも警戒される。ここは、少数で行動する方が得策だろう」
「しかし、いざという時のためにも……」
ジルの言ういざという時とは、エルフに襲われる時、ということだろう。
「その考えを捨てることが、歩み寄りの一歩ですよ」
アルトリアは、ジルに諭すようにいった。
「はっ……! 承知いたしました」
「仕方ありません。せめて、ガブリエルをお連れ下さい。エルフにも顔が利きますし、護衛としても申し分ないかと」
エレインは、自身の執事の名を出した。
「分かりました。では、次の相談ですが……」
こうして、アルトリア達はエルフ自治領に向かうことになった。
時間が惜しいということもあり、翌日には出立することになり、その後の軍備等はエレインに一任されることとなった。
そして、ここからアルトリアとモルドレッドの戦いは王国を巻きこんでいくのであった。




