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第二十八話 城門の罠

 城壁際で攻防を繰り広げる両軍の鬨の声が、市民の居なくなったグラスゴーの町に響く。

 普段は活気にあふれる大通りも、今は怒声や銃声がこだまするだけだった。

 その大通りを挟むように建てられた家屋の上に、シルフィアーナと彼女が率いるエルフ魔法師隊の姿があった。


「始まって、もうかなり経ったのではないでしょうか?」


 城壁を見つめ、不安そうに言うシルフィアーナに、副官のエルフが言った。


「まだ予定の刻限ではありません。今しばし待つ必要があるかと」

「そうですね……」


 すると、シルフィアーナは周囲を見まわした。

 正門前は、広場となっておりそこから正面の大通りを含め、いくつかの道につながっていた。

 その広場を囲む建物の上にも、エルフ魔法師隊の姿がある。

 大通りは、いくつかの支道と路地につながっており、それを塞ぐように魔法師隊が地上に配置されていた。


「我等は網です。その役目は重要ですが、あまり重荷に思いすぎると魔法に影響が出るかと」


 シルフィアーナの様子を心配した副官が言う。

 シルフィアーナは苦笑すると答えた。


「わかっています。落ち着いて、行きましょう」


 シルフィアーナは再び城門に目を向ける。

 彼女の出番は、刻一刻と近づいていた。



 城門を巡る戦いでは、サミュエルの采配が冴えわたっていた。

 一部のモルドレッド軍の動きが鈍り始める中、城壁上の同盟軍は冷静に動き、確実に敵を打ち取っていた。


「第二銃兵隊は一斉射! 第九銃兵隊は各個射撃、援護の長弓隊もそれに続け! 敵は崩れ始めている! 畳みかけるんだ!」


 サミュエルの的確な指示の下、同盟軍は一個の生き物のように機能していた。

 城壁の上という優位な配置での戦闘ということもあり、心の余裕があるのも大きかった。

 対して、モルドレッド軍は聖騎士隊や王室親衛騎士団所属騎士が率いる部隊こそ組織的動きを見せているが、貴族私兵部隊の動きは鈍かった。


「ええい、貴様ら何をしておるか! 反撃せよ! 耳長や足無し共を打ち取れ!」


 亜人を嫌う貴族が怒鳴りながら指示を飛ばす。その表情には怒りのほかに焦りの表情が出ていた。


「くっ、都市内の味方はどうした!? 早く門を開けぬか!」


 作戦では、モルドレッド軍が敵と交戦を開始すれば門を開く予定であった。実戦に想定外のことは付き物であり、それで遅れていることは考えられた。しかし、一行に開かぬ門にモルドレッド軍の将兵は焦り始めていた。


「団長。もしや、何か不測の事態があったのやも……」

「うむ……」


 中央に控える騎士団長アンドレアと副官もまた、この状況を不審に思う。

 モルドレッド軍のその焦りと不安は、事情を知るサミュエルには手に取るようにわかっていた。


「よしよし、大分焦ってるね」


 モルドレッド軍のその様を見て、サミュエルはほくそ笑んでいた。


「焦らすのはここまでかな。そろそろ、網にかけようか。シルフィアーナ隊に知らせを!」


 指示を受けた兵士は走りだす。

 それを見送り、サミュエルは再び敵を見ると言った。


「さぁて、やってやろうか!」


 モルドレッド軍は、城門にわずかな動きがあることに気付いた。


「隊長! あれを見てください!」

「おお! やっとか!」


 城門が揺れ始め、ゆっくりとその鉄の扉が開き始める。

 重厚で、人が押してもびくともしない鉄壁を動かすのは魔法具であった。

 待ちに待ったその瞬間に、モルドレッド軍からは歓喜の声が上がった。


「よし! 行くぞ! 突撃だぁぁぁぁ!」

「我らも遅れを取るな! 進めぇい!」

「一番槍は我らのものぞ!」


 先陣の部隊が次々と城門をめざして突撃を始めた。

 その様子を見て、不安を感じていた副官が安堵する。


「ようやくですな。これで、グラスゴーを落とし、ミスリルを陛下に献上できます」

「…………」


 副官の言葉にアンドレアは答えない。

 彼の表情は、まだ緩んではいなかった。


「解せぬ……何かが引っかかる」


 アンドレアは、ようやく開いた城門に、嫌な予感を覚えていた。


「団長? いかがされましたか?」


 副官の声はアンドレアには届かなかった。彼は、城門の上をじっと見据えていた。

 視線の先に、わずかに見えたのは城壁の端に立つ騎士の姿だった。


「城門が開いたというに敵に焦りが見えない……そして、あの騎士の姿……つっ――――!?」


 副官は見た、アンドレアの重苦しい表情が、一瞬にして驚きと焦りに変わるのを。

 アンドレアは目を見開き、口を開くと言った。


「これは罠だ! すぐに引かせろ!」


 アンドレアの突然の指示に、副官の反応が遅れる。


「何をしておるか! 突撃をやめさせよ! 我らの策は見破られたのだ!」

「し、しかし……! 城門は開いております! 見破られたのならば、なぜ……?」

「手遅れとなる前に引かせよと言った!!」


 アンドレアは、城壁に立つ騎士が何者か気付いた。そして、その表情が笑っていたことに。


「サミュエルか……、我らを謀ったな……!」


 すでに独自に城門に向かい始めたモルドレッド軍に、アンドレアの咄嗟の指示は、行き届くことは無かった。

 また、行き届いたもののそれを無視する者もいた。


「城門が開き、グラスゴーになだれ込む好機を、なぜ逃がさねばならぬのか!? 構わん!突撃せよ!」


 すでに、前衛の部隊は都市内に入ろうとしていた。

 彼らは、撤退命令が出たことにすら気づいていない。


「進め進め! 本城になだれ込むぞ!」


 大通りを直進する兵士たち。


「へっ、俺たちは金目の物をいただくぜ。報酬だけじゃ、一晩で消えちまわぁ!」


 略奪のため、市街地に至る支道を目指す傭兵たち。


「我らは城壁を抑える! 少しでも多くの味方を引き入れるのだ!」


 後ろに続く味方のため、城壁の制圧を目指す騎士たち。

 それぞれの目的を持ち、彼らは進む。

 だが、それを阻む者たちがいた。


「グラスゴーを支えし土精霊たちよ。今こそ我らにその力を貸したまえ」


 大通りの屋根の上、シルフィアーナを筆頭にエルフ魔法師隊が精霊に祈りをささげていた。

 一部の兵士はそれに気付くが、後ろを進む兵士に押され立ち止れないまま奥へと進んでいく。


「悪しき侵略者を阻む力を。我らを守る土壁を!」


 その直後、広場の大通り以外の道の入り口に、土壁が現れる。

 道に敷かれた石煉瓦が隆起し、侵入者たちを阻む壁となった。


「なんだ、これは!?」


 進路をふさがれ、立ち往生する者たちが出る中、事態を知らぬ城門の外の兵士たちは次々と突入してくる。

 行き場を失った広場の兵士たちは、大通りになだれ込む。

 しかし、大通りもまた、支道や路地に至る道は土壁に塞がれ、進むことができず、どんどん大通りの奥へと進んでいく。

 すると、大通りを塞ぐように傭兵の一団が待ち構えていた。


「へ、来やがったな!」


 ヴァレンシュタイン率いる、同盟軍傭兵部隊だった。

 敵を見つけたモルドレッド軍はそれに殺到する。

 だが、その刃が届く前に、同盟軍は動いた。


「策は成った! 撃ち方用意!!」


 大通りを塞ぐ傭兵部隊は勿論、大通りを挟む家屋の窓から次々と同盟軍マスケット隊が現れ、その銃口を敵軍に向けた。


「ま、待て! 止まれ! これは罠だ!」


 ようやく、事態に気付いたモルドレッド軍の指揮官がそう言ったが、すでに彼らは網の中に入っていた。


「気付くのがおせぇなぁ! 全軍、撃てぇぇぇぇ!!」


 ヴァレンシュタインの号令が、グラスゴーの町に響き渡る。

 直後、火竜の咆哮すら掻き消すほどの銃撃音が発せられる。


「ぐぁああああ!!」

「ぎゃああああ!!」


 モルドレッド軍を挟むように、千を超える銃口から鉛玉が発射される。

 鉛の暴雨がモルドレッド軍を襲い、兵士たちはその凶弾に倒れた。


「いいねぇ! この音、この匂い! 血が沸き立つようだ!」


 ヴァレンシュタインは、かつて自分がいた戦場を思いだした。

 その時もまた、地獄のような戦いであったが、今回のモルドレッド軍の様はそれに比肩した。


「くそ! 足無し共がぁ! 突撃だ、銃撃の隙をつけ!」


 マスケットの装填時間を狙い、生き残った敵が突撃を始める。

 しかし、それが傭兵部隊にたどり着く前に、阻まれる。


「装填時間は、わたしたちが稼ぎます!」


 シルフィアーナ率いる魔法師隊が、魔法攻撃を開始した。

 直上から降り注ぐ、風の刃や火の玉にモルドレッド軍は抵抗すらままならず次々と倒れていった。

 その様子を、サミュエルは城壁の上から見下ろしていた。


「すべて予定通り。すべて我が手の内。いいね、たまらないね」


 城壁内で起こる一方的な攻撃を知らないモルドレッド軍は、次々と城門をくぐり、打ち取られていった。


「敵の策は、潜入した味方が内から門を開けるというものだ。それにより、攻城兵器無しでの城攻めが可能だった。けど、それを逆手に取らせてもらった」


 サミュエルは、サリヴァンらが海上での戦いで、謎の敵と遭遇したことや、モルドレッド軍の陣容から 敵の策を読み切った。

 そのうえで、直前まで潜入した敵を放置し、敵に策が見破られたことを気付かせなかったのだ。


「そこから先は簡単だ。門が開くなら、その内に新たに壁を作ればいい。そのために魔法師隊を配置した。あとは敵が焦れて待ちきれなくなった時に門を開ければ、まるで流れる水のように敵が押し寄せてくる。そして、網にかけたらマスケットの集中砲火だ」


 サミュエルは自身の策がうまく運んだことに感動を覚えていた。

 そして、思うのだった。騎士よりも、向いているのではないかと。


「さて、流石にもう敵も飛び込んでこないだろうね。じゃ、次行こうか!」


 サミュエルの指示の下、二人の伝令が動く。

 モルドレッド軍を撃滅する次の一手が打たれようとしていた。


 城門近くの城壁の脇に、サリヴァン率いる部隊が控えていた。

 騎馬隊五百に槍隊五百のモルドレッド軍追撃部隊だった。


「そろそろか。ジル、用意はいいか?」

「無論だ。わたし以下、騎士小隊八名いつでも行ける」


 その中に、対騎士団長および聖騎士隊として行動する部隊は、サリヴァン含めミスリル鎧を着用した騎士たち九名と、エルフとドワーフで構成された特務隊を合わせた計五十名だ。

残りはすべて退却するであろうモルドレッド軍の追撃を目的とした兵士だ。


「アンドレア団長と聖騎士隊は確実に我々に立ちはだかるだろう。それさえ抑え込めれば、ほかの兵士は追撃に集中できる。そうすれば、敵はロンデニオンへの退却を余儀なくされる。スコットランドを開放できる!」


 サリヴァンの言葉に、追撃隊の面々は頷く。

 そして、いよいよサミュエルからの追撃命令が届くのだった。


「敵軍はすでに抵抗の力を失った! あとは追い立て、打ち取り、撃滅するのみ! 聖騎士隊は我に任せよ! 貴様らはただ、逃げる敵を確実に打ち取ればいい!」


 サリヴァンの言葉が、味方を鼓舞する。

 そして、彼らの前の土壁が消える。


「いくぞ、全軍突撃ぃぃ!!」


 いよいよ、グラスグーを巡る戦いは決着を迎えようとしていた。


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