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第二十七話 攻城戦の開幕

 工房都市、グラスゴーより数キロの地点、モルドレッド軍陣営にて。

 モルドレッド軍は、夜明けとともに動き始めた。

 戦いに備え、糧食の配給が始まったのだ。


「おら、とっとともってけ!」

「傭兵どもは後だ! 先陣から配らせろ!」


 大勢の兵士が糧食担当に群がり、固焼きパンや温かいスープを受け取っていた。

 その様子を、小高い丘に設けられた本営から二人の騎士が見ていた。


「よろしかったのでしょうか? これだけの炊煙、敵に我らの動きが知られます」


 問いかけるのは若い騎士だった。

 これだけの兵に短時間で温かい食事を配れば、多くの火を熾すことになり、煙も増えるのは道理であった。

 そうなれば、グラスゴーの同盟軍はそれを見て戦いが近いことを察するのは明らかである。


「わたしに聞くな。団長の指示だ、わたしが知るはずないだろう!」


 少し、余裕のない調子で答えるのは壮年の騎士だった。

 すると、二人のやり取りを見て、立派な装飾の施された鎧を纏う騎士が近づいた。


「こ、これは……団長!」


 そう、この他の騎士よりも一回り大きく、よくも悪くもいかめしい顔立ちの男こそ、王国最強の騎士団の長にして、王国最強の騎士、アンドレア・バントックである。


「…………」


 アンドレアは、その獅子すら射殺すような眼光を二人の騎士に向けた。


「だ、団長! あの、先ほどの失言を発したのはこの若造であり、わたしはそれをいさめようと!」


 壮年の騎士は、先ほどの若騎士の発言が団長の怒りに触れたと思い、必死に無罪を取り繕う。

 それを見た若騎士は、焦りの表情を浮かべ、軽蔑の眼差しを壮年の騎士に向けた。


「それは、真か?」


 地鳴りのように低く響くアンドレアの声に、壮年の騎士はさらに委縮する。


「は、はいぃぃ!」


 すると、アンドレアは若騎士に近づき、その木の幹のような右腕を上げる。

 恐怖の感情が若騎士に浮かぶが、それを押し殺し若騎士はアンドレアを見た。


「よくぞ気付いた」


 アンドレアはそう言うと、その掌で若騎士の肩を叩く。


「は……?」


 それに驚いたのは若騎士ではなく壮年の騎士だった。


「お前の指摘通り、この炊煙を見た敵は我等の動きを察するだろう。だが、それでいい」


 アンドレアは語る、今回の作戦を。


「どちらにせよ我等が近づけば敵は迎撃の準備を整える。それが遅いか速いかの違いしかない」


 若騎士は、真剣な表情でそれに聞き入る。対して、壮年の騎士はまだ驚きの表情が崩れない。


「敵方が準備を始めれば、それは都市に忍び込んだ味方に伝わる」


 そこまで、言ってアンドレアは語るのをやめた。それに対して若騎士は、確認するように言う。


「つまり、我々の攻撃にあわせて潜入した味方が門を開いてくれるのですね?我々と向こうの味方は直接連絡を取れない、ですが、敵の動きを介することで間接的に時期を知らせる、と」


 アンドレアは頷き、言った。


「そういうことだ。お前は見込みがある」


 それだけ言うと、アンドレアはその場を離れた。

 事態の把握できない壮年の騎士は突っ立ったままなのに対し、若騎士は立ち去るアンドレアに不動の敬礼をするのだった。

 陣内の奥に戻ったアンドレアに、副官が話しかけた。


「団長、今のところは問題ありません」

「そうか」

「何か不安でも? やはり、帝国傭兵ですか?」


 アンドレアは傭兵という職を、はっきり言えば嫌っていた。

 王国最強の騎士は、王国で最も騎士らしい騎士。金で雇われて己の力を振るい、義理も何もなく。時には略奪さえもする傭兵を好むはずがない。

 騎士と傭兵、対極に位置する二つの存在は相いれなかった。

 だが、彼は決して傭兵を見下してなどいない。その生き方を否定することはなく、私情を作戦に挟むこともなかった。


「いや、それではない」


 アンドレアの言に、副官は思い出したように言った。


「海上封鎖に失敗して援軍が入っていましたな。エルフ、同盟軍、そして裏切りの騎士たち」

「……そうだな。おそらく、いるだろうな」


 エルフ領の戦いの顛末は、アンドレアの耳にも入っていた。

 サリヴァンの活躍も、である。

 アンドレアの様子から何かを察した副官が言う。


「ですから今回の策に乗り気ではないのですか?」


 副官の言葉を、アンドレアは否定する。


「いや、作戦に文句はない。見事、と言っておこう。わしは、謀(はかりごと)には疎いからな」


 確かに、歴史に名を刻むほどの戦略家と比べれば戦略眼の面でアンドレアは劣っていた。

 だが、それは偉人と比べた場合。アンドレアの言が過小評価以外の何物でもないのは副官には明らかだった。


「何をおっしゃられますか。いずれにせよ、策が失敗したとしても我らにさしたる被害はありません。団長には、存分に武勇を振るっていただきたく思います」


 副官の言葉にアンドレアは苦笑する。


「わしももう年だ。団長職もそろそろ引退と考えていたんだがな。誰に引き継がせるか、こいつも含めて」


 そういうと、アンドレアは腰に下げた剣を叩いた。


「“竜切り”アスカロンですか」


 それは、王室親衛騎士団設立以来、団長職とともに受け継がれてきた聖剣であった。


「わしはとうとうその真の力を発揮できなかった」


 アンドレアは、そういうと陣の外に目を向けた。


「ふっ、もはや詮無い事だ。さて、そろそろか」


 アンドレアの視線の先には、グラスゴーが映っていた。


「さぁ、どうするか……わしを超えるか? サリヴァンよ」


 決戦から、二時間ほど前の出来事であった。



 外のモルドレッド軍の動きを察した、グラスゴー内の潜入者たちが動き始める。

 城壁から少し離れた町中にその姿があった。


「ディート様、そろそろかと」


 潜入者の数は十五人。いずれも、フードで顔を隠し、マントを羽織っていた。だが、いずれもその体格から女であることが察せられる。

 その中に一人、異様な雰囲気を醸し出すものがいた。

 ディートと呼ばれたその者は、狂気に満ちた笑みを浮かべて言った。


「キヒヒ……長かったね、長かったよね。はやく、殺したい……!」


 それは、サリヴァンがグラスゴーに向かっている最中に遭遇した、教団関係者と目される女だった。


「落ち着いてください。間もなく、外の味方が攻め寄せます。それに合わせて、我らは門を開きます」

「ヒヒ! ……わたしは好きにするよ、好きにやるよ!」


 そう言うとディートは、懐から取り出した短剣を、その蛇のような舌で舐める。


「構いません、ディート様が暴れて注意を引いている隙に門の魔法具を起動させます」


 グラスゴーの門は魔法具によって開閉されていた。

 少ない人数で開閉できるのは利点だが。今回に限っては欠点と言えた。


「キヒヒ……じゃ、行こうか!」

 ディートが駆け出すと、残りが後に続こうとしたが、出来なかった。


「キヒヒ……? どうしたのかな、どうしたのかな……?」


 十四人のうち、二人が立ち止ったまま動かなかった。

 不審に思った残りの内の二人が、その肩に触れようとする。


「どうし――――――っ!?」


 その瞬間、二人は前のめりに倒れこんだ。

 彼女らの背には、数本の矢が突き刺さっていた。


「キヒヒ……来る来る……」


 直後、無数の矢が次々と放たれた。

 ディートたちはそれを巧みにかわすと、矢の放たれた方向を見た。

 その先には、エルフの長弓隊を率いるアテネの姿があった。


「絶え間なく射掛けよ! 侵入者を逃すな!」


 アテネの号令一下、無数の矢がディートたちに降り注いだ。

 ディートたちは、矢を避け、切り払うなどしその場にくぎ付けとなる。


「敵を打ち払う! 我に続け!」


 ロングスピアを持ったアテネが、エルフの槍隊を率いてディートたちに突撃を仕掛けた。

 なおも、長弓隊の攻撃は続いており、矢は味方に当たることなく敵を襲う。


「キヒヒ……! いいね、いいね……活きがいい」


 自分たちの策を見破られ、危機に陥っているというのにディートの笑みは耐えることはなかった。



 アテネが、侵入者の排除に動く一方。

 城門では、サミュエルの指揮の下、敵軍の襲撃に備えていた。


「弓隊、銃兵隊は指示が出るまで動かないように。敵に攻城兵器はない、慌てなくていいからね」


 城壁の上では、すでに兵の配置は完了していた。

 人間族、ドワーフ族、エルフ族の入り混じった軍隊だったが、その意志は一つに統一され無駄のない動きを見せていた。


「さてさて、大分近づいて来たね」


 サミュエルは、落ち着き払った様子で敵に目を向ける。

 そこに、伝令の兵士が走ってきた。


「報告します! アテネ将軍は侵入者との戦闘に入りました!」


 それを聞いたサミュエルは、わずかに笑みを浮かべた。


「よしよし、順調だね。ジル卿の用意も出来た。あとは敵が寄せてきてからだ」


 すると、城壁の先から雄叫びが上がる。

 先陣から次々と走りだし、土煙を上げながらグラスゴーへと近づき始めた。


「来たね。布陣も予想通り。あの様子だと、ばれてないかな」


 モルドレッド軍は、さらに加速しグラスゴーへと迫る。

 そして、サミュエルは城壁の端に立つと振り返り、言った。


「敵はたったの一万程度だ! 恐れることはない! 網にかかれば打ち取るだけ、容易いものだ!」


 そして、再び敵方に向くと言った。


「じゃ、行こうか! 銃兵隊、構え!」


 サミュエルの号令の下、ドワーフと人間族で構成された銃兵たちが次々とマスケットを構え、敵に向けた。


「火蓋切れ!」


 マッチロック式マスケットを構えた銃兵が次々に火蓋を切る。

 焦った何人かが、震えながら狙いを敵に合わせ始める。


「まだまだ、十分引き付けるよ! …………狙え!」


 ようやく、敵に狙いを定め始める。

 すでに、敵との距離は百を切ろうとしていた。


「放てぇぇ!!」


 そして、数百の銃口から、爆音とともに鉛玉が飛び出した。

 飛び出した銃弾のは、鉛の雨となって敵に降り注いだ。


「ぐぁぁ……!!」

「くそ、止まるな! 突撃ぃぃ!!」


 多くの兵が銃弾に倒れるが、モルドレッド軍の進撃は止まらない。


「こちらもやり返すぞ!」


 モルドレッド軍の指揮官の下、長弓隊が城壁の上に向けて矢を放つ。

 その中には、ミスリルメイルを着込んだ聖騎士隊の姿があった。


「装填急げ! 長弓隊は援護攻撃! 各個に矢を射よ!」


 サミュエルの指示で、エルフの長弓隊が矢を放った。

 それらの矢は、正確に敵を打ち抜いた。

 しかし、モルドレッド軍の反撃に倒れるものもいた。


「うわぁぁ!」

「くっ、隊長がやられた!」


 追尾魔法の施されたミスリル矢は百発百中で同盟軍兵士を射貫いた。

 サミュエルは、死体に刺さったミスリル矢を引き抜くと、長弓を構えそれをつがえた。


「ふっ!」


 放たれたミスリル矢は、敵軍中央へと飛翔した。

 その先には、馬にまたがり、指揮を執る騎士団長アンドレアの姿があった。


「…………!」


 アンドレアは、飛来したミスリル矢の軌道を読み、命中の寸前に右手でそれを握り、受け止めた。


「団長!」


 周囲の騎士が驚く中、アンドレアはそれを片手で制した。


「無用」


 アンドレアは握力で矢を二つに折ると号令を発する。


「ここで、消耗するな。我らの策はまだ成っていない」


 いまだ、作戦を見破られていないと思っていたモルドレッド軍は、城壁内の味方が門を開け放つのを待った。

 しかし、モルドレッド軍の策はすでに破られていた。

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