第二十六話 契りの相手は
モルドレッド軍が増援部隊と合流を始めたという一報がグラスゴーにもたらされた。
都市内では迎撃の用意が進められ、すでに住民の本城への避難も完了している。
慌しさが漂うグラスゴーだったが、その中に一人静かに佇む騎士の姿があった。
「…………」
同盟軍グラスゴー防衛隊指揮官の一人、サリヴァン・カルヴァートである。
サリヴァンは、次の一戦で自身に任された大役を全うすべく、城壁に立ち一人瞑想していた。
(騎士団長と対等に渡り合うためには、アロンダイトが必須。……今の俺が、あれを自在に使いこなせるか?)
サリヴァンは、二度のジェラルドとの対決を思い出す。
一度目はヴィヴィアンの助けがあったればこそ、アロンダイトと水精霊の魔力を引き出せたのだ、そして、二度目では。
(ジェラルドの攻撃を受け止めるだけで限界だった)
そして、サリヴァンは思い浮かべる。騎士団長アンドレアの実力を。
王国最強の騎士の実力は本物であった。
サリヴァンも、騎士団長とは幾度となく手合わせをしてきたが、一度としてその体に傷を付けたことはなかった。
「……ヴィヴィアン」
サリヴァンは、己の契約者である水精霊の名を呼んだ。
彼はこれまで、自身から彼女を呼ぶことは無かったが、ここで初めて自身からその名を口にした。
『呼んだかえ?』
サリヴァンも、読んで出てくるか否かは半々だと思っていたが、ヴィヴィアンは予想外にもすぐに返事をよこした。
「意外にあっさり出てきたな」
サリヴァンは正直な感想を述べると、ヴィヴィアンが少し笑いながら答える。
『くふふ、お主も妾も互いの魔力が適応し始めたからよの。今ならば、ほれ』
ヴィヴィアンがそういうと、サリヴァンの体から青白い魔力の光があふれ出てきた。
光は、サリヴァンの目の前に集まり始めると人に近い形を取り始めた。
「どうかえ?」
ヒト型の光の顔の部分が、笑ったような形を見せ、その光からヴィヴィアンの声が発せられた。
「ほう、魔力体になれるのか?」
「まぁの」
少々の驚きとともにサリヴァンは言い、ヴィヴィアンは誇らしげに答えた。
そして、サリヴァンは表情を改めると本題を切り出した。
「次の戦いでは、アロンダイトが必要になる」
「知っておるよ」
ヴィヴィアンは、そういうと光の手を前にかざした。
サリヴァンは、数歩後ろに下がりそれを見る。
「ふっ――――!!」
直後、ヴィヴィアンとサリヴァンからあふれ出た魔力が掌の前に集まり始める。魔力は、その性質を水に変え始める。
魔力の水は徐々に剣の形を取り、再びその性質をミスリルへと変わっていく。
「精霊剣アロンダイト……」
サリヴァンが呟くと、アロンダイトはその銀色に輝く剣身を現した。
サリヴァンは、顕現したアロンダイトに手を伸ばす。
「おっと、まだ渡さんえ」
しかし、アロンダイトはヴィヴィアンが自身の方に引き寄せる。
戸惑うサリヴァンに、ヴィヴィアンは言った。
「これを使う前に一つ問う。お主、騎士団長とやらに勝てるとおもっておらんな。ならば、なぜ戦おうとするのかえ?」
サリヴァンは、ヴィヴィアンが己の心中を見透かした発言に若干の驚きを見せるが、すぐにその問いに答えた。
「今回の戦いの勝利条件はあくまでも敵軍に打撃を与え、敗走させることだ。そのためには、騎士団長の動きを抑える必要がある」
「つまり、勝てずとも負けないように立ち回りその動きを抑えておけばいい、ということかえ?」
ヴィヴィアンの言葉に、サリヴァンは黙って頷く。
それを見たヴィヴィアンは、その表情を怒りに歪ませ言った。
「ならば、渡せんな」
ヴィヴィアンの意外な答えにサリヴァンは面食らった。
それに対して、ヴィヴィアンは言う。
「そのような愚かな真似をする者に、この剣は。この、聖剣を渡すわけにはいかん」
ヴィヴィアンは、あえて“聖剣”という言い方をした。
「よいか? このアロンダイトを含め、聖剣は少なからず存在しておる。それらを携える者は古今、すべからく騎士だった。騎士にふさわしい者が携えたのじゃ」
そう言われ、サリヴァンはかつてのジェラルドを思い出す。
今でこそ、堕ちたジェラルドだったが彼はまさしく立派な騎士だった。
「よいか、お主の先ほどの言は騎士ではなく、将の考えであったえ。それを間違っているとは言わん。しかし、お主がこれから対決しようと言うのは、聞けば王国最強の騎士ではないか。そんな、相手との対決をお主は時間稼ぎに徹するのかえ?」
サリヴァンは、ヴィヴィアンの話に真剣な表情で聞き入っていた。
「一騎打ちは騎士の誉れ、その勝負を汚すことは相手だけでなく、自身の騎士道をも侮辱する行為じゃ。そのために妾はアロンダイトを授けることは出来ん」
そういうと、ヴィヴィアンはアロンダイトを魔力に還元する。
光となったアロンダイトはヴィヴィアンの体に吸い込まれた。
それを見ていたサリヴァンは、意を決して言う。
「そうだな……。お前の言うとおりだ。俺は、騎士だ。そうだとも、俺は騎士道を貫く騎士だ。騎士は常に、誠実でなければならない。それは、自身にも相手にもだ。それを忘れるところだった」
サリヴァンの真剣な言葉を受け取ったヴィヴィアンが、その険しかった表情を緩めた。
「それでいい、最強の騎士が相手ならば自身も騎士として立ち向かえ。相手を超える騎士道を貫け。ならば、妾は力を授けよう」
そう言うヴィヴィアンに、サリヴァンは少し冗談めいた言い方をする。
「それは、手助けじゃないか、一騎打ちを邪魔することにならないか?」
「くふふ。精霊を従え、その力を引き出すのもその者の実力のうちよ」
ヴィヴィアンは、笑顔を浮かべてそう答える。
そして、改めてサリヴァンに向き合うと言った。
「さて、本題に移ろうかえ」
ヴィヴィアンのその言葉に、サリヴァンは不思議そうに言った。
「本題……か?」
「くふふ。隠す必要は無いえ。妾にはわかっておる」
それを聞いたサリヴァンは、降参の意を伝えるために両手をあげ、言った。
「お見通しか。ならば、ハッキリ言おう。俺は、子供の頃に乙女の湖で将来を誓い合った相手がいる」
「ああ、妾が見届け人であったな」
サリヴァンは、真剣な表情でヴィヴィアンに言う。
「一つ聞きたい。その約束を違えれば、何が起きる? もし、何か罰があるなら――」
「皆まで言わずとも良い」
すると、ヴィヴィアンは心の中で思案する。
(どうせ、罰があるなら自分が引き受けるとか言うのじゃろ。やはり、似ておるな)
そして、サリヴァンの不安と決意を読み取ったヴィヴィアンが言う。
「水精霊の前で交わされた約束は違えることは出来ない。と言われるが、妾にそんな力は無いえ。お主が心配することは何もない」
「そうか……」
何かを考え込むサリヴァンを見て、ヴィヴィアンは思った。
(どうせ、一人の人生を己が縛りつけてしまったのではないかと心配だったんじゃろ。もしそうなら、己を犠牲にして約束を破棄しようとも考えたか。全く、それは“杞憂”じゃというに……)
「それで、相手は誰か思い出したかえ?」
ヴィヴィアンの、確信を射た発言に、サリヴァンの肩が振るえる。
サリヴァンは痛いところを突かれていた。彼はまだ、自身が約束を交わした相手を思い出していなかった。
その様子を見て、ヴィヴィアンは確信する。
そして、茶化すように言った。
「将来を誓った相手も覚えておらんのか? 相手が知ればどれだけ悲しむかのぅ」
「う……」
(もっとも、その相手も覚えておらんようじゃがの)
ヴィヴィアンは心の中で補足するが、当然サリヴァンには聞こえない。
そんなサリヴァンは、己の不覚を悔いた。
「俺は……なんという不誠実な男なのだ……」
「悩んでも仕方なかろう」
ヴィヴィアンは、子供を諭すように言った。
「ま、今は目の前の敵に集中するがよいえ。戦いは近いのじゃからな」
「そう……だな」
サリヴァンは、気を取り直すとヴィヴィアンに向き合い、言った。
「次の戦いは負けられない。すまないが、力を貸してくれ」
「くふふ。力を貸せと、命令すればよい。それも、お主の力のうちじゃ」
サリヴァンが手を差し出すと、ヴィヴィアンの光の手がそれを握る。
二人がともに戦うことを誓ったその時だった。
「騎士様ぁー!!」
城壁の下、サリヴァンの眼下にシルフィアーナの姿があった。
「ほれ、呼んでおるぞ」
「そのようだ」
サリヴァンは、身を翻すとシルフィアーナの方に向けて歩き出した。
その背中を見ながら、ヴィヴィアンは小さな声で言う。
「くふふ。約束の相手はすぐ近くにおるというのに、気付かんものよな。“お互い”の」
ヴィヴィアンはそう呟くと、魔力の体を分解させ、サリヴァンの中に戻った。
そして、サリヴァンは自信を呼んだシルフィアーナに近づくと声をかけた。
「何か、問題でも起きたか?」
しかし、シルフィアーナは惚けた顔をして答えない。
その視線の先は、先ほどヴィヴィアンとサリヴァンが立っていたところを見ていた。
「どうかしたか?」
心配に思ったサリヴァンが、もう一度声をかけた。
すると、シルフィアーナははっとした表情を見せると、すぐに慌て顔になり答える。
「い、いえ! なんでもありません!」
不審に思ったサリヴァンが、その顔を覗き込む。
すると、シルフィアーナの顔はわずかに赤くなっていた。
その時、二人の視線が通い合った。
「――っ!」
「あ……」
一瞬、見つめ合った二人はすぐに顔を背ける。
サリヴァンは、自身の行動に戸惑っていた。
(くっ、何をしている俺は……)
シルフィアーナは、横目でサリヴァンを見ると、心の中で思った。
(やっぱり……もしかして……)
その後、気を取り直したサリヴァンが話しかけるまで、二人はお互いを意識したまましばらく惚けているのだった。




