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第二十二話 狂逸な襲撃者

 砲撃戦はドレーク艦隊の有利に終わった。

 双方の装備に決定的な差は無い。唯一あげるならば旗艦シェフィールドの存在だが、一隻の船に大局を左右するほどの影響力は無い。海戦において最も重要なのは風上に陣取る事であるが、今回は風も弱くそれほどの影響は少ない。

 ならば、何が違うのか?

 答えは人である。

 世界を一周し、多くの敵と戦いを繰り広げてきたドレーク艦隊の水兵たちは屈強であり、また、フランシスカ・ドレークは彼らをよく率いている。水兵の練度、動き、士気において敵に勝っていたのがこの優勢の要因である。


「ブドウ弾込めぇぇぇ!」


 すでに敵艦隊の多くが航行に影響が出るほどの損害を出していた。艦列は乱れ、すでに乱戦に移行している。

 その中で、旗艦シェフィールドは敵艦隊の旗艦と思しき船に近接戦を仕掛けようとしていた。


「ブドウ弾用意、アイ!」


 ブドウ弾が大砲に装填されていく。これは敵船にダメージを与えるためのモノではない。次の戦いを優位にするために放たれるのだ。


「撃てぇぇぇ!」


 火薬のはじける音が響き、同時に無数の玉が敵船の艦上に降り注ぐ。敵水兵の多くがブドウ弾の餌食となり、甲板上を赤く染める。


「いくぜ野郎ども! 乗り移れ、白兵戦だ!」


 ドレークの号令と共に敵船への接舷が開始される。すでにマストから敵船に切り込む者も出ていた。

 移乗攻撃の目的は敵船の拿捕、及び物資の略奪にある。今回の場合は敵司令官の捕獲と言っていいだろう。

 ドレーク艦隊の前身は私掠船団である。接舷戦術は彼らの得意分野、むしろ本業と言っても良い。水兵たちの士気は否応なく高くなる。そして、水兵たちは叫ぶ。


「ドレーク艦隊の面目躍如だ!」

「おうさ! お嬢に勝利を!」

「勝利を!」


 接舷されると、敵船に水兵たちが一気に乗り移る。その中にはサリヴァン・カルヴァートの姿もあった。以前の様な間に合わせの装備ではなく、前回の戦いで鹵獲されたミスリル鎧とミスリル剣を装備し、義手も戦闘用に改めていた。


「この! 邪魔だ!」


 乗り移ると同時に敵兵を切り伏せたサリヴァンは、周囲の状況に目をやる。


「すでに混戦になりつつあるか。だが、敵司令官を抑えればこいつらも降伏するな」


 サリヴァンらには戦闘を早期に終結させたいという認識があった。

 スコットランドへの到着が遅れるのを避けるためだ。すでに、出発の準備に時間をかけていた彼らはこれ以上の遅れは避けたかった。


「まずは船内に――――っ!?」


 サリヴァンの背後を敵兵が急襲する。

 しかし、それに気付いたサリヴァンは敵のサーベルをミスリル剣で受け止めた。


「ちっ!」


 敵水兵はいらつきの声を出すとサーベルに体重を乗せ、押し込みにかかる。それに対して、サリヴァンはミスリル剣に魔力を籠めた。

 魔力を帯びたミスリル合金の剣身が光を発し始めると、競り合いをしていたサーベルの剣先にひびが入る。


「ここだ!」


 その瞬間、サリヴァンは敵を押し返すように力を入れた。

 直後、細身のサーベルは折れミスリルの剣身が敵兵の首を刈り取った。


「この野郎!」


 サリヴァンの背後に新たな敵が現れた、数は二人。


「ふっ!!」


 振り向きざまに振るった銀の刃が一閃する。

 敵兵の一人を切り伏せた


「くそっ――――っぐぁぁあ!?」


 さらに二人目と狙おうとしたところで、二人目の敵兵は飛来してきた矢にこめかみを討ち抜かれた。

 サリヴァンが矢の飛んできた方向を見ると、シェフィールド艦上でシルフィアーナが弓を構えていた。

 銃弾と怒号が飛び交う戦場で二人の視線が交差する。サリヴァンとシルフィアーナは一瞬時が止まったかのような感覚に陥る。

 しかし、今は戦闘中である。お互いに気を引き締め直し、軽く頷き合うと双方次の敵と相対する。

 数人を切り伏せたところで、艦上を確認する。艦上には、敵指揮官の姿が見られなかった。


「ジル! 艦内に突入する!」


 指揮官を抑えるため、サリヴァンは艦内への入り口に向かった


「了解だ! サミュエル卿、援護を!」


 それにジルが続き、サミュエルは入り口付近に控え、敵を寄せ付けぬよう守りに入った。


 艦内に突入した二人は、眼前の光景に戦慄していた。


「これは……!」


 艦内では、先に突入していたであろう味方の水兵の死体が転がっていた。首元の急所を掻き切られ、飛び散った鮮血により艦内を赤く染めている。

 その血の海に一つの影が佇んでいた。返り血に染まったフードをかぶったその者の口元は、不敵な笑みに歪んでいた。


「貴様……!」


 ジルはフードの人物に剣を向けた。

 その瞬間、影は動く。

 ジルに短剣を投げつけると同時にサリヴァンに肉薄、繰り出された剣戟は身を伏せて躱し、立ち上がると同時にサリヴァンの懐に飛び込んだ。

 そして、手にした短剣を構える。短剣は、振るうのではなく刺突される。短剣には切るための刃はなく、鎧の隙間を抜くために細く、鋭利にとがっていた。

 最小限の動きを最速で、的確に最も有効な急所に向けられる。


「くっ……!?」


 紙一重で刺突を避けたサリヴァンに対して追撃は続いた。

サリヴァンに飛び込んだ勢いを利用し、その体を押し倒し、床に組み伏せた。右手の短剣を逆手に持ち直し、振り上げる。

 それに対しサリヴァンは右手の剣を振るおうとするがそれより早く。敵の短剣がサリヴァンの右腕、関節部の鎧の隙間に突き刺される。


「ぐぅっ……!?」


 右腕の力が抜け、剣がサリヴァンの手を離れる。突き刺された短剣は乱暴に引き抜かれ再び振り上げられる。

 その時、フードに隠れていた顔がサリヴァンの視界に映り込んだ。


(女……だと……? しかし、これは……!)


 幼さすら感じられる彼女の素顔をみてサリヴァンは面食らう。自分を組み伏せた相手が女性であったことにではない。その狂気に満ちた笑顔に、である。


「サリー!」


 サリヴァンに向けて短剣が振り下ろされんとしていたその時、ジルの助けが入る。サリヴァンにまたがるフードの女に対して、ジルの剣が振るわれる。

 しかし、刃は空を切る。女はジルの攻撃の前にサリヴァンから離れたのだ。


「大丈夫か!?」


 ジルがすぐに駆け寄り、傷口を確かめる。


「すぐに止血を」


 サリヴァンは、腰袋から魔法薬を取り出すと治療を開始する。

 その間、ジルはフードの女と対峙する。


「キヒヒ……ヒヒヒ……」


 フードの女が奇怪な笑い声を漏らす。姿勢は低く、しかし獲物は確実に視界に収めている。

 その様子を見て、ジルは考えを巡らせる。


(水兵の戦い方ではない…。騎士であるはずもなし。これは……この相手は知らない。いや、一人似ているとすれば……あの時のフードの男……、教団の関係者…)


 そこまで考えたところでジルが動く。剣の間合いまで相手との距離を詰める。


(この敵は普通とは違う。隙を見せれば一撃で狩られる!)


 ジルは振りの大きい斬撃ではなく、刺突で攻撃を加えていく。

 しかし、女はそのすべてを避けていく。


「ヒヒヒ……!」


 うすら寒い声とともに女が反撃に移る。

 ジルの刺突を巧みにかわして、間合いの内側に入ったのだ。


「速い!?」


 女はジルの両腕を掴み、動きを抑えると、自身の足をジルの足に絡めると、それを一気に後ろに引いた。するとジルは体勢崩し、倒れこんだ。


(馬鹿な……!? こうも容易く組み敷かれるなど…!)


 しかし、女はすぐにジルから離れる。サリヴァンが援護の動きを見せたからだ。


「ヒヒヒ……」


 女は薄ら笑いを止めない。

 二対一という不利な状況である中、女は笑い続ける。


「弱いよね……弱すぎるよね……騎士ってやっぱり単純だよね……」


 女は呟く。


「この分じゃ……サリヴァンってやつも期待できないかな、できないよね」


 女の言葉に、サリヴァンが答える。


「俺に何か用か……?」


 警戒しつつ、そして、女が何者か考えつつサリヴァンは女に対峙する。


「君がサリヴァン……湖の騎士の後継者……!」


 狂ったような笑みでさらに顔を歪める女に、サリヴァンは身じろぎする。


「ねぇねぇ、見せてよ君の聖剣……! 見たいな見たいな聖剣……!」


 サリヴァンは女の意図を計っていた。


(アロンダイトを知っている? あの剣を知っている敵で、その情報を流せるのは二人。乙女の湖で戦った二人だ。ジェラルドとフードの男。ならばこいつは……!)


「だけどだけど……あんまり時間ないよね……。このままだと帰れなくなるし……」


 その言葉に、二人が反応する。

 この敵は普通の敵とは違う。ジェラルドや教団に近しい者かもしれない。その相手が、逃走を考えている。逃がすわけにはいかない。

 しかし、同時にこうも考えていた。下手に飛び込めば返り討ちにあうかもしれない。この敵は手練れだ、焦りは禁物である。そもそも、ここは海の上、船の中である。逃げ場などどこにあろうかと。


「でもでも、姿を見られちゃったしなぁ……どうしようかな、どうしようかな」


 女は、さらに五本の短剣を取り出すと、計六本の短剣を投げては受け止め、投げては受け止めと、宙に舞わせた。

 その隙だらけの姿を見た二人が動く。サリヴァンとジルは、挟み込むように両脇から同時に攻撃を仕掛けた。


「キヒヒ……!」


 それに対して女は、それぞれに三本ずつ舞わせていた短剣を投げつけた。

 サリヴァンは、よけきれないと思ったのか投げつけられた短剣を切り払った。


「くっ……!」


 対してジルは、最小限の動きで短剣の軌道を縫うようにかわす。短剣がジルの頭をかすめ、その赤い髪をわずかに切り裂く。

 しかし、ジルは止まらない。それにより、サリヴァンとの連携にずれが生じた。


「だとしても!」


 剣先をまっすぐ敵に向け、ジルは迫っていく。

 間合いに入ったところで、ジルは剣を突き出した。


「ヒヒヒ……」


 剣先が女の体に届く寸前で、女は身を翻してそれをかわした。回転とともに、ジルの脇に迫る。腕を前に突き出して無防備な脇をさらしたジルを、女は逃さなかった。


「しまっ……!!」


 新たに手にした短剣を、ジルに突き刺そうと構えた。


「させるかぁ!」


 だが、その刃がジルを貫くよりも早く、サリヴァンの刃が女を狙った。


「ヒヒ!」


 振りかざされた剣を、女は両手の短剣で受け止めようとした。


「はぁぁああああ!!」


 ようやく捉えたその瞬間を、サリヴァンは逃さない。剣に魔力を込めると、その短剣ごと女に剣戟を浴びせた。


「浅かったか……!!」


 魔力を帯びたミスリル剣は、短剣を破壊するも女にはその切っ先による傷しか与えていなかった。


「キヒヒ……! やるねぇ……」


 不利を悟った女は、サリヴァンとジルから離れた。


「貴様!」


 すぐさまジルが追おうとするが、女の投げつけた短剣がそれを阻んだ。


「キヒヒ……!もう、時間切れ……。この続きは……またあとでね」


 すると女は、船内の闇の中へと消えていった。


「逃がさん!」


 そう言って、女を追いかけようとするジルをサリヴァンは制止する。


「無策で追うな。味方を連れて、追えばいい」


 女にやられっ放しであったジルは、苦々しい顔をするとそれに従った。


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