第二十一話 援兵の出航
スコットランドへ援軍として派遣されることになったサリヴァンは、部隊の指揮を執るアテネのもとを訪れていた。
「アテネ将軍、失礼します」
アテネら、エルフ軍の将校はバーミンガムの宿を借り上げていた。その宿の一室にサリヴァンは来ていた。
「騎士殿か。よく来てくれた」
室内にはアテネの他にもう一人、四十代の男性が居た。
鍛え上げられ、衰えの見えない肉体と、服の合間から見え隠れしている古傷が、歴戦の勇士であることを物語っている。
「あなたは……」
「久しぶりだな、若いの」
サリヴァンはその男の姿に見覚えがあった。
「ヴァレンシュタイン殿!」
アルブレヒト・ヴァレンシュタイン。
かつて、傭兵王の異名で呼ばれ、十万人の傭兵を率いた事もある伝説の傭兵隊長であった。
「わっはっは! わしを含めた帝国傭兵五百、あんたらの傘下に入るぜ!」
豪快に笑うヴァレンシュタインであったが、サリヴァンは何故彼がここに居るのか分からず、困惑の表情を浮かべていた。
「何故、あなたがここに?」
「ふっ、モルドレッドのやり方が気に入らなかったんでな。昔の部下たちに促されてこっちに付くことにした」
あっけからんと言ってのけたヴァレンシュタインにサリヴァンは面食らっている。
「よかったのですか? あなたには御家族もいらしたはずですし、ロンデニオンの酒場も……」
「良いんだよ。ここで何もしなかったら帝国からアルビオンに亡命した意味がねぇ。はっはっは!」
豪快な笑い声を上げ、剛毅な台詞を言っているヴァレンシュタインに、サリヴァンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「おほん、お二人が知り合い同士ならば紹介は必要ないな。早速本題に入りたいと思う」
咳払いの後にアテネが言った。
「そうだった、アテネ将軍。スコットランドへの援軍の話でしたか」
「ああ。カルヴァート家の部隊を預かる騎士殿、傭兵部隊の長ヴァレンシュタイン殿、そしてエルフ軍を率いるわたし。この場の三人が軍の司令部となる」
各部隊、五百ずつの合計千五百の陸戦部隊がスコットランドへの援軍となる。
「音に聞く傭兵王の采配が見られるのか……」
「はっ、わしなんざ時代遅れの老いぼれよ。だが、ここの軍隊も時代遅れだと思うがな」
大陸最大の国家である神聖ヴァイマル帝国は時代の最先端を走る軍事大国である。アルビオン王国と違い本格的な常備軍を持ち、常に対外戦争を行っている帝国は兵士の練度も、歩兵戦術も戦いの中で洗練されている。
「今回派兵される部隊、千五百という兵力は少なくは無いが、決して多いというわけでもない。だが、スコットランドではモルドレッド派の攻勢が激しいらしく、少しでも兵力が必要だとのことだ」
アテネは手にした資料を見ながら話を始めた。
「しかし、戦力の逐次投入は戦局を泥沼化させる。我々が援軍に行ったとして、勝算はあるのか?」
サリヴァンの疑問はもっともであった。千五百の兵士を援軍に送ったとして、勝ち目のない戦ならば失うものを増やすだけである。
「どうやら、反撃の用意があるらしい。銃を扱える兵を出来るだけ多く送ってほしいと聞いている」
「わしら傭兵部隊はその護衛だ。エルフ軍もカルヴァートの軍も銃兵のみの編成になる」
戦争は銃兵のみで行う事は無い。大陸では、銃兵が戦場の主役となりつつあるが、銃兵のみで勝てる戦は無い。護衛の槍隊も必要になれば、騎兵隊の機動力、突撃力が必要になる場面は多々ある。
「マスケットの集中運用か……。グラスゴーに立て籠るのだろうか?しかし、それでは戦には勝てない」
「この場で分かることではない。まずは、一刻も早くグラスゴーへ向かうのが先決だろう」
その後、細かな打ち合わせに入る。
「物資の補給要請は無いのか?」
サリヴァンの疑問にアテネが答えた。
「モルドレッド軍の持ち込んだ物資がある。それを活用させてもらおう」
「なるほど。モルドレッド軍二千人分の糧食をドレーク艦隊が運び込んでいたな」
サリヴァンは先日の、モルドレッド軍襲撃の件を思い出す。
「物資と軍の輸送と護衛はドレーク艦隊が引き受けてくれる」
「目的地は……グラスゴーの港か」
「そうだ。これだけの艦隊を収容できる港は限られるし、グラスゴー防衛が目的だからな。ドレーク提督はすでに出発準備を進めている。騎士殿にも、カルヴァート家の部隊の準備をお願いする」
その後も打ち合わせが続き、今日のところは解散となった。
数日後。
リバプール港にて、ドレーク艦隊を主力とした同盟軍艦隊が集結中であった。フランシスカ・ドレーク提督乗艦、ロンデニオン級戦列艦シェフィールドを旗艦とした軍艦十隻、武装ガレオン船二十隻、輸送ガレオン船三十隻からなる艦隊である。
輸送ガレオン船に次々と物資が運び込まれ、否応なく戦いが近いことが感じられる。
港の中に、戦の始まる前の独特の空気を感じている騎士達の姿があった。サリヴァン・カルヴァートら王室親衛騎士団離反者たちである。
「改めて確認しよう。これから向かうスコットランドでは敵軍の中に、王室親衛騎士団、騎士団長アンドレア・バントックと聖騎士隊の姿があると聞く」
そう言うのはこの騎士達の実質的リーダーとなったサリヴァン・カルヴァートである。
「騎士団長……。あの人が……」
ジル・エンフィールドは呟く。その顔には不安の色が見て取れた。
騎士団長、アンドレアは歴代騎士団長最強と名高い騎士であった。剣を振るえば右に出るモノは無し、采配を振るっても然り。精霊神樹より二物を与えられた当代一の傑物とまで言われている。自他共に厳しいその性格からか、騎士達から恐怖の代名詞として恐れられている。
「スコットランドはミスリル鉱石の国内最大産地にして、その加工を一手に引き受けているのが工房都市グラスゴー。モルドレッド軍もこの地の制圧には力を入れているのが分かりますね」
そう解説するのはサミュエル・レインウォーターである。
「グラスゴーは国内では珍しい亜人族と人間族が共に生活をしている都市ですから、モルドレッド軍に反発するのも無理は無いでしょう。だからこそ、モルドレッド軍もグラスゴー離反と同時に侵攻作戦に踏み切ったのです」
「敵軍の総数は把握できていないらしいが四千、五千か。あるいはそれ以上とも言われている」
北部のモルドレッド派貴族の私兵とロンデニオンから合流した騎士団が主力の軍である。
「対して、同盟軍は二千五百。予備役を集めればもう少し揃うそうだがな」
「だが、どちらにしてもモルドレッド軍の兵力には届かない。ドレーク艦隊の水兵が加わるなら話は別だが……」
ジルがそうつぶやくが、サリヴァンがそれに説明する。
「ドレーク艦隊は別の補給任務もある。俺たちを送り届けた後、アイルランド方面に向かうらしい」
アイルランド島では両軍の攻防が一進一退で繰り広げられており、予断を許さぬ状況が続いている。兵力こそ送れないものの、補給の面で少しでも援助したいのがアルトリアらの考えであった。
「いずれにせよ、ここで分かっていることは少ない。それに、何か策があるとい話を聞いている。我々に出来るのは戦いに備えて準備を怠らないことだ」
サリヴァンのその言葉を聞き、騎士達は解散した。
翌日、リバプールの港を出発したドレーク艦隊は粛々とグラスゴーへと向かっていた。
エルフ兵の中になれぬ船旅で体調を崩す者がおり、ちょっとした混乱があったものの順調に艦隊は進んでいた。
リバプールからグラスゴーまでは順調にいけば丸一日で到着する距離である。
だが、そうはいかなかった。日も傾き始めたその時、敵艦隊襲来の報が艦隊に走ったからだ。
「輸送船団は後方に待機させろ! さぁ、ドレーク艦隊の面目躍如だ! 野郎ども! 砲撃戦用意!」
フランシスカ・ドレークの激の下、シェフィールドの艦上、及び艦内では慌ただしく戦闘準備が進められる。
その中にサリヴァン、ジル、サミュエルの三騎士と、アテネ、シルフィアーナのエルフ二人、そしてヴァレンシュタインの姿があった。今回派兵される同盟軍の司令部がシェフィールドに乗船していたためである。
彼らもまた、マスケットや長弓を持ち戦いに備えていた。
敵艦隊もドレーク艦隊とほぼ同数。双方単縦陣形を取って、距離を縮めつつあった。このままいけば反航戦が始まる事だろう。
「よーし、一発かますかぁ!」
ドレークの言葉によって、艦上で動きが生じる。
「臼砲用意!」
「アイマム、臼砲用意!」
「臼砲用意、アイ!」
臼砲とは、肉厚で短い砲身を持つ曲射砲の一種である。命中精度は低いため主に要塞攻略に使用される砲である。
「当たればよし、外れたら仕方ねぇ。ま、いいさね。目標敵艦隊先頭!」
「アイマム、目標敵艦隊先頭!」
慌ただしく火薬と砲弾を詰められた砲が敵に向けて砲身を調整される。数は四門。それらが敵の頭上を狙う。
「派手にいくぜ! 発射ぁぁぁ!」
「臼砲発射、アイ!」
爆音と共に砲弾が宙に飛び立つ。弧を描いた砲弾は敵艦隊の真上に向かう。
「命中!!」
四発の内、三発の砲弾が外れたものの、一発の砲弾が敵艦隊の先頭の船、そのマストに命中しへし折った。
「進めぇぇぇ! フルセイルだ!」
敵の先頭艦の動きが鈍くなったところで、帆を全開にして一気に距離を詰めに入る。
マストの上を器用に飛び回り、水兵たちは帆を展開していく。
そして、双方の先頭集団が交わり、砲撃戦が開始される。砲弾が双方を飛び交い、船の艤装を、水兵を吹き飛ばしていく。
「撃ちまくれぇぇぇ! ドレーク艦隊の力を思い知らせろ!」
お互いの戦列は徐々に縮まり、マスケットでの銃撃戦も展開された。
その中には、騎士達の姿もあった。




