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第十七話 反撃の咆哮

 モルドレッド軍は一先ずの勝利に士気が大いに上がっていた。


「エルフ軍退却!」

「やったぞぉぉぉぉ!」

「このまま一気に領とまで進むぞ!」


 損害自体が軽微な事もあり、隊列を組み直しすぐに追撃戦に突入した。

 しかし、指揮官である第二騎士小隊隊長はエルフ軍の敗走に不信感を覚えた。


「上手く事が運び過ぎているな。やはり、副隊長の言った通り罠か?」


 少数で先端を開くというならば、勝算があってのことだと考えられる。そのエルフ軍が何もできずに後退するというのが解せない様子である。


「この先に我々をおびき寄せたいのか? ならば、このまま追いかけるのは得策ではないか……。しかし、エルフ軍を叩く絶好の好機を逃すわけには……」


 追撃戦は敵を殲滅する絶好の機会である。ここでエルフ軍を壊滅せしめれば一気にキャメロットを制圧出来るだろう。だからこそ、指揮官の彼は迷うのだ。


 仮に、この敗走が罠だとして兵力で劣るエルフ軍にいかほどの事が出来ようか? 仮に奇襲を受けたとして、この兵力ならば押し切れるのではないかという思いが、指揮官の脳裏によぎる。こうして、考え込んでいる時間にもエルフ軍はどんどん離れて行ってしまう。焦りが、指揮官の思考を鈍らせていく。


「前衛部隊の一部が、エルフ軍の追撃を開始!」


 方針を決めかねていると、指揮官の命令を待たず前衛部隊が独自の行動を始めるのであった。


「功を焦って勝手に動き出したか……!」


 一部の部隊の独断専行に、他の部隊もつられて動き始めるのであった。


「前衛部隊のすべてが追撃を開始しました!」

「仕方あるまい……。この好機を逃すな! エルフ軍を撃滅するぞ!」


 そして、モルドレッド軍は追撃戦を展開するのであった。

 それが、エルフ軍の狙いと知らずに。




 必死の撤退をするエルフ軍は、モルドレッド軍の猛攻にさらされていた。


「防護魔法を絶やすな! 余裕のあるものは攻撃魔法を展開し、敵の足を止めよ!」


 アテネ将軍の指示のもと、エルフ軍は抵抗を試みるもその被害は少しずつ増えていた。

 撤退戦は逃げる側が圧倒的に不利であった。ましてや、士気の差も兵力の差も歴然である。それでも、兵の統率がとれているのはアテネ将軍の的確な指示と、それを忠実に実行する兵の練度のおかげであった。


「もう少し、もう少しだ!」


 最後尾の殿軍部隊を直接指揮するサリヴァンは、兵士たちをそう励ましていた。彼の想定通りに事は運んでおり、予定地点まであと少しの所まで来ていた。


「敵の隊列は乱れている、攻撃も散漫で指揮が届いていない! 組織的な行動は崩れつつある!」


 サリヴァンの狙いはこれであった。

 敵の主力は元反乱軍。彼らは粛清を恐れて戦果を上げるために必死になっている。その余裕の無さと、高まった士気、そして目前の餌。いま、彼らは冷静な思考をする力を喪失している。否、喪失させられている。彼らが追撃を開始する際、命令を待たず抜け駆けをした部隊が出たのがそれをさらに加速させた。手柄を奪われる、奴らに後れを取るな、王国に忠誠を見せる好機はいまだ。

 様々な思惑の元、彼らは走り出したのだ。

 隊列は乱れ、味方で競い合い、指揮官の指示も意味をなさない。この状態を作り上げる事が作戦の肝であった。

 そしていま、戦いの決定打が打たれる。


 エルフ軍の進行方向に、魔法士の集団があった。その先頭に立つのはまだ幼さの残るエルフの少女、シルフィアーナである。


「我らが住まう地を守護する大地の精霊よ。今こそ我らに力をお貸しください。侵略者の払う力を、我が兄弟たちを救う力を……」


 四大精霊の一角、地精霊に祝詞の言葉が捧げられる。

 すると、エルフ軍の進行方向に街道の幅と同じ大きさの魔法陣が浮かび上がる。


「一気に駆け抜けろ! 行けぇぇぇぇ!!」


 アテネ将軍の掛け声の下、エルフ軍は走る速度を上げ敵軍との距離を空けていく。

 距離が離れ始め、モルドレッド軍も慌てて追いかけ始める。エルフ軍の起こした土煙りに紛れて大地の魔法陣には気付くことは無かった。

 エルフ軍は、詠唱を続けるシルフィアーナ達魔法士隊を避けて、魔法陣を駆け抜ける。


「よし、抜けたぞ。やってくれ!」


 最後尾のサリヴァンが通過したところで、詠唱しているシルフィアーナに叫んだ。


「侵略者を阻む、壁を!!」


 直後、エルフ軍とモルドレッド軍の間の魔法陣の描かれた台地が盛り上がり街道に土壁が出来上がった。


「何だ、これは!? 止まれ、止ま……やめろぉぉ!!」


 突如現れた土壁にモルドレッド軍前衛集団は止まり切れず追突する。さらに、続く兵士たちも止まり切れず前衛に次々とぶつかっていく。


「落ち着け! 全軍、一度隊列を組み直せ!」


 後方にて指揮していた為に事なきを得た指揮官が、混乱する前衛を立て直そうと指示を飛ばすが、その指示が意味を成す前に次の混乱が発生する。


 モルドレッド軍の進行方向左側の森の中に、エルフ軍の別働隊が潜んでいた。銃兵隊二個小隊、弓隊一個小隊の総数約百五十である。一個中隊程度の兵力ながら、槍兵隊を削り火力に特化した編成のためその攻撃力は高い。

 その銃兵隊の一小隊にジル・エンフィールドの姿があった。


「よし、敵は混乱しているな……」


 エルフ軍の銃兵隊が装備するのは大陸本土でも広く普及しているマッチロック式のマスケットである。火縄によって火皿の火薬に引火させることにより、薬室内の火薬を爆発させ鉛玉を打ち出す方式である。構造が複雑で動作不良の起こしやすいホイールロック式と違い、構造が簡素であり大量生産に向くのが特徴である。

 欠点としては引火方法が火縄である点にある。硝石を吸収させた縄が火縄であるが、縄を燃焼させるため雨天時には火縄の火が消え、運用が困難となる。燃焼により連射が難しく、また燃焼時の煙と臭気により待ち伏せアンブッシュに不向きであるのも戦術の幅を狭める。

 しかし、その欠点を補う方法がある。


「火縄に火をつけろ! 火蓋を切れ!」


 一般的に、アルビオン王国でマスケットを扱うのは魔法を使えない、使う術を知らない兵士である。

 魔法は、一朝一夕で身につくモノではなく、しかるべき訓練と教育の必要がある。王国では魔法学校という施設があり、そこに通う事で習得するのが一般的である。主に貴族や、王国から許可を得た一部の平民のみ通う事が許されているのが現状である。

 魔法は強力な力であり、その力の悪用を防ぐための処置だ。また、魔法具を起動させるための魔力の制御術のみは比較的に短期間で習得可能であるため、騎士学校等で身につける技能である。これは、魔法先進国であるアルビオン王国だからこそ、可能なのであった。

 さて、マスケットは魔法を扱えぬものの武器、というのが一般的であるが魔法に長けたエルフ族が使用する意味は魔法にある。魔法を使用しての火縄の着火が可能なのだ。地味ではあるが重要な事でもある。

 今回のように待ち伏せ戦法において、限界まで火をつけることなく待機する事が可能だからである。


「敵は密集している、前に撃てば当たる! 構え!」


 百の銃身が、土壁に阻まれる騎士の集団に向けられる。


「撃てぇぇぇぇ!!」


 砲火と供に耳を割くほどの爆音が鳴り響く。

 撃ちだされた鉛の玉は、騎士たちに襲いかかりその堅牢な鎧を容易く貫き、その命を穿つ。

 マスケットの長所はこの威力である。長弓は、熟練者が使う事で命中精度も連射能力も格段に向上する。しかし、威力はマスケットに劣る。確かに、ミスリルにこそ通用しないが、鋼鉄の鎧を容易く撃ち抜くその威力は脅威である。

 だが、マスケットの利点はそれだけでない。その一つがこの音だ。マスケットの銃声は火竜かりゅうの咆哮に例えられる。個において最強の魔法生物であり、捕食者の頂点に君臨する竜族。その中でも、獰猛な種として知られるのが火竜、ファイア・ドラゴンである。竜族において最強の一角に分類されるその業火は、すべての敵を焼き払う。その、火竜の咆哮に例えられるほどの爆音を放つのがマスケットだ。

 戦場においては、兵も騎士も将軍も声を出す。己を奮い立たせ、仲間を鼓舞し、敵を委縮させる。ただの叫びにあらず。戦場で発せられる声は武器なのだ。

だが、マスケットの銃声は容易くそれをかき消す。どの兵士よりも大きな音を、発するのだ。

 それは、ただの音ではない。その音には意味がある。敵にはこう聞こえる。お前を狙っている。次に死ぬのはお前だ。お前を殺す。味方にはこう聞こえる。敵を狙う。助けに来たぞ。一緒に倒すぞ。マスケットの音は、戦場のどの声よりも大きく。そして分かりやすい。だが、アルビオン王国ではそれを理解しているものは少ない。

 しかし、少なくとも三人はここに居る。アルトリア・オブ・アルビオン、サリヴァン・カルヴァート。そして、ジル・ヴァネッサ・ペリアノ・パーシヴァル・エンフィールドである。



 マスケットの一斉攻撃にモルドレッド軍は大打撃を受ける。


「左翼より敵! 敵の伏兵―――ぐぁぁああ!!」

「防御! 防御術式を左側に!」

「うわぁぁぁあああ!!」


 隊列の乱れ切ったところへの突然の攻撃にモルドレッド軍は混乱が広がった。とくに、モルドレッド軍から向かって左側の部隊は突然の攻撃に対抗出来ずに多くの騎士が鉛玉に倒れる。


「何をしている! 騎士たちは防護術式を展開! 鉛玉など、魔法に比べればどうという事はないだろ!」


 指揮官の怒号が飛ぶ。

 彼は焦っていたのだ。まんまとエルフ軍の罠に嵌ってしまったと。それも、雑兵の武器と侮っているマスケットに自身の軍が崩されているからだ。


「副隊長は何をしている! 何のために別行動をしているんだ!」


 怒りを露わにしつつも、奇襲への対応のために指示を出していくが、エルフ軍は次の行動に出る。


「エルフ軍! 今度は右から攻撃です!」


 左翼への注意を引いてからの右翼からの攻撃。当然、右翼への警戒命令は出されていたが、それが行きわたる前に次の攻撃が始まってしまう。


「次から次へと……。防護術式、急がせろ! 後方への注意を―――」

「正面、土壁が消えます!」


 崩れつつある土壁の向こう側、エルフ軍の中に不敵に笑う一人の男。今回の策を練ったサリヴァン・カルヴァートである。

「すでに陣形は組み直して兵は銃兵装備に変更済みだ。アテネ将軍、仕上げを……」

「うむ」


 銃兵隊の中心に立ったアテネが、槍を構え叫ぶ。


「敵は混乱の極みにある! ここで侵略者どもにトドメをさす! 総員、構え!」


 百の銃口が、土壁に向けられる。狙うはその向こうの侵略者たち。


「土壁、消えます!」

「放てぇぇええ!!」


 左右からの銃撃の対応に奔走するモルドレッド軍に、火竜の咆哮が襲いかかった。三方からの攻撃と、それに対する防御命令が飛び交い、モルドレッド軍は大混乱に陥った。


「元反乱軍は保守派貴族の私兵たちだ。魔法至上主義の奴らは魔法への対応は考えていても、雑兵の武器と侮るマスケットには関心がない。単純な伏兵戦法だったが、上手くいったようだ」


 自身もマスケットを構えて射撃をしつつそうつぶやくサリヴァン。その視線は、自身から見て右側のジルの配置された部隊を見据えていた。その隊には、ジルのみならず彼の主であるアルトリアも居た。


「すでに三回目か」


 ジルの部隊は最初に射撃を開始した部隊であり、斉射の回数は三回目に入っていた。マスケットの射撃は薬室の掃除、火薬の補充、装弾、構え、狙い、撃つ。これらの動作が必要であり、毎分一発程度、よく訓練された兵士で二発が限界であった。そして、エルフ軍はよく訓練された兵士であった。


「次弾斉射の後に別働隊と陣形を組む! 隊列を変更!」


 アテネの指示が飛び、兵士たちが射撃の後に移動を開始した。その動きに同調して別働隊も動き始める。


「半包囲陣形に移行しつつ各個射撃! 敵軍を押し返す!」


 エルフ軍は数で劣っていた。三百のマスケットの射撃にも装填による隙が生まれる。当然、モルドレッド軍の各隊長はその隙を逃さない。


「射撃が止んだ! 距離を詰めて接近戦に持ち込む、数ではこちらが勝っている!」


 だが、その隙を埋めるために残りの弓隊が居るのである。

 アテネの指揮のもと、エルフたちが長弓を構える。


「狙うは敵の指揮官だ! 討てぇぇええ!」


 長弓を構えたエルフの射手達が一斉に矢を放つ。その矢は、吸い込まれるように敵の指揮官の鎧の隙間を射抜いた。


「ぐぁああ!!」

「隊長が!? 衛生兵を呼べ! 他の者は壁を作れ!」


 弓術において、エルフの右に出る種族なし。それは、大陸の共通認識であった。精霊に近しい生活を送る彼らは、風精霊のように風を読み、地精霊のように地を踏みしめ、水精霊のように心を鎮め、火精霊のように強い一撃を放つ。

 一射一殺。彼らの弓に二射目は要らず。エルフの弓術を表現した言葉である。


 指揮官を失った敵部隊は統率が取れぬまま鉛玉に次々倒れる。一人、また一人。銃声と共に次々と仲間が倒れる。

 彼らの脳裏に浮かぶのは、己が倒れる姿。次は自分だ、自分が死ぬ。

 そう思った彼らの行動は早かった。


「む、無理だ……俺は逃げる!」

「こんなところで死にたくない!」


 元反乱軍の騎士たちは次々に逃げ出した。

 指揮系統が混乱し、味方が次々と倒れる中、抗戦の意志を保ち続けるのは難しい。


「さぁ、もはや奴らは軍隊ではない。ただの烏合の衆だ。攻撃をやめるな、このまま突き崩す!」


 サリヴァンの掛け声とともに、攻撃は一層激しさを増す。矢、鉛玉、魔法。持ちえるすべての手段で攻撃を加える。

 もはや、エルフ軍の勝利は明らかであった。


「逃げるな! 戦え!」

「閣下、すでに味方は独断で撤退を始めています!組織的行動はもはや……」

「く、何たるざまか……。しかし、このままでは……」


 そして、決断を下す。


「やむを得ん! 撤退だ!」


 モルドレッド軍指揮官の掛け声の下、撤退が開始される。どの部隊も殿軍を務めようとしない。地獄の撤退戦の始まりであった。

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