第9話 強いだけじゃ、冒険者じゃない
翌朝。
4人が冒険者ギルドへ入ると、受付の女性に呼び止められた。
「ちょうどよかった。今日は依頼を受ける前に、初心者講習へ参加しませんか?」
「初心者講習?」
ルークが聞き返す。
「Fランク向けの実地訓練です。参加は任意ですが、登録したばかりの人には勧めています」
「何するんですか?」
「武器の扱い方、隊列、依頼中の判断。それから、経験者との模擬戦ですね」
「模擬戦!」
ルークの目が輝いた。
「出ます!」
「ちょっと」
エマが袖を引く。
「内容を最後まで聞こうよ」
「もう聞いたじゃん」
「模擬戦しか聞いてないでしょ」
「ちゃんと隊列も聞いた」
「後から思い出したでしょ」
受付の女性が笑った。
「4人とも参加でいいですか?」
エマたちは顔を見合わせた。
「私は出る」
「私も」
「僕も」
「じゃあ決まりだな!」
ルークが嬉しそうに拳を握った。
訓練場には、すでに10人ほどの新人が集まっていた。
年齢はさまざまだ。
ルークたちと同じくらいの少年もいれば、20歳を超えていそうな者もいる。
「思ってたより多いね」
ミナが小声で言う。
「みんなFランクかな」
「たぶん」
ノアが周囲を見る。
剣士。
槍使い。
弓使い。
魔術師。
装備もばらばらだ。
「集まったな」
声が響いた。
訓練場へ入ってきた男を見て、ルークが目を見開いた。
「あっ!」
大剣を背負った男。
ダリオだった。
その後ろには、カレン、フィン、ユナもいる。
「Aランクの人たち!」
ミナも気づく。
周囲の新人たちもざわついた。
「ダリオだ」
「本当に来たのか」
「今日当たりじゃん」
ダリオは面倒そうに頭を掻いた。
「最初に言っとくが、今日は俺たちも仕事だ」
「え?」
新人の1人が声を上げる。
「講師じゃないんですか?」
「違う」
ダリオが即答する。
「新人講習の担当が魔物討伐で急に出た。それでギルドに捕まった」
「断ればよかったのに」
カレンが言う。
「断った」
「3回くらい?」
「4回だ」
「負けたのね」
「受付長が怖いんだよ」
何人かが笑う。
張っていた空気が少し緩んだ。
「まあ、引き受けた以上はやる」
ダリオが新人たちを見る。
「最初に1つだけ覚えとけ」
ルークも真剣な顔になる。
「強い冒険者ってのは、強い魔物を倒せるやつじゃない」
ダリオが言った。
「依頼を終わらせて、生きて帰ってくるやつだ」
4人が同時に顔を上げた。
「……また同じだ」
ミナが小声で呟く。
「先生たちと」
ノアも頷いた。
ダリオの耳には届いていなかった。
最初に行われたのは、隊列の訓練だった。
「4人組を作れ」
ダリオの指示で、新人たちが動く。
ルークたちは当然、そのまま4人で組んだ。
「前衛、後衛を決めろ」
「俺とエマが前」
「ミナが後ろ」
「僕はミナの近く」
すぐに位置が決まる。
ダリオが各組を見て回る。
「歩け」
新人たちが訓練場を進み始めた。
「前だけ見るな!」
すぐに声が飛ぶ。
「横も見ろ! 後衛も前衛の背中だけ見てたら意味がない!」
ルークたちも歩く。
ルークは前。
エマは斜め右。
ミナが中央寄り。
ノアが後ろ。
「止まれ」
ダリオの声。
全員が止まる。
「今、右から魔物が来た。どうする?」
ルークとエマが同時に右へ向いた。
ミナが一歩左へ。
ノアは後ろを確認する。
「……」
ダリオが少し見る。
「悪くない」
ルークの顔が明るくなる。
だが。
「じゃあ左からもう1匹」
「えっ」
ルークが振り向く。
エマも反応する。
その瞬間、前が空いた。
「前から3匹」
「うわっ!」
「遅い」
ダリオが言った。
「今ので前衛2人とも視線を切った」
ルークとエマが固まる。
「でも左にもいるなら――」
「だから全員で見るな」
ダリオが地面を指す。
「ルークは前を維持。エマが右。ノアが左を確認。ミナは全体を見ろ」
「あ……」
「敵を見つけたら全員がそっちを見る。新人がよくやる」
ダリオは次の組へ移った。
ルークが小声で言う。
「怒られた」
「当たり前でしょ」
エマも少し悔しそうだった。
「先生たちとの訓練だと、最初から相手がどこにいるか分かってること多かったもんね」
ノアが言う。
ミナも頷く。
「こういうのは違うね」
4人にとって、それは新鮮だった。
体の動かし方。
剣。
魔法。
治療。
森での行動。
いろいろ教わってきた。
それでも。
冒険者として知らないことは、まだたくさんある。
次は武器訓練だった。
ダリオは木製の大剣を持つ。
「前衛志望はこっち」
ルークを含む5人が集まった。
反対側ではカレンが剣士を。
フィンが魔術師を。
ユナが治療役を見ている。
「まず振ってみろ」
ダリオが木剣を渡す。
1人目。
力いっぱい振り下ろす。
「腕だけで振るな。腰使え」
2人目。
「踏み込みが深すぎる。外したら死ぬぞ」
3人目。
「力入れすぎだ」
そしてルークの番。
「お前か」
ダリオが覚えていた。
「昨日の」
「はい!」
「やってみろ」
「はい!」
ルークが構える。
木剣を振り下ろした。
ヒュッ。
風を切る音。
止める。
「もう1回」
「はい」
今度は横薙ぎ。
「もう1回」
踏み込みながら斜めに振る。
ダリオが腕を組んだ。
「誰に教わった?」
「バルクです」
「村の先生か」
「はい」
「力の使い方は悪くない」
「本当ですか?」
「ああ」
ルークが嬉しそうにする。
「ただし」
ダリオが木剣を取った。
「実戦なら、今ので2回死んでる」
「えっ」
「なんでか分かるか?」
ルークは考える。
「振りが遅い?」
「違う」
「踏み込みすぎ?」
「それも違う」
「じゃあ……」
分からない。
「相手しか見てない」
ダリオが言った。
「3回とも、斬る瞬間に周りが消えた」
「……」
「魔物が1匹ならいい。横から別のやつが来たら?」
「やられる」
「そういうことだ」
ダリオは木剣を返した。
「振る技術はある」
一拍置く。
「冒険者として戦う技術は、これから覚えろ」
ルークは木剣を握り直した。
「はい!」
その返事は、先ほどよりずっと真剣だった。
一方。
「もう1回」
カレンの前で、エマが木剣を振っていた。
「はい」
斬る。
戻す。
「もう1回」
斬る。
「……きれいね」
カレンが言った。
エマの顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「剣筋はね」
すぐに続いた。
「でも、きれいすぎる」
「え?」
「こうされたら?」
カレンが突然、木剣を低く振った。
エマが受ける。
そのまま押される。
「うっ」
「じゃあこれは?」
今度は途中で軌道が変わった。
エマが反応する。
しかし遅れる。
木剣が肩の前で止まった。
「……負けた」
「実戦の相手は、いつも正しい形で来てくれないわ」
カレンが笑う。
「むしろ崩れてる方が多い」
エマは肩に触れる。
「レイは、どんな体勢からでもちゃんと斬ってくる」
「先生?」
「はい」
「その人、相当上手いのね」
「すごく上手いです」
「だからか」
カレンはエマの構えを見る。
「形はかなりいい。でも、相手まできれいに動くと思わないことね」
「はい」
エマは大きく頷いた。
「次」
フィンが言う。
「標的3つ。順番は自由」
魔術師志望の新人たちが次々に術を撃つ。
ミナの番になった。
「全部倒すんですか?」
「いや。軽く当てればいい」
「分かりました」
ミナが杖を構える。
「《風弾》」
1つ目。
「《風弾》」
2つ目。
「《風弾》」
3つ目。
全て命中。
フィンが頷く。
「精度はかなり高いね」
「ありがとうございます」
「じゃあ」
フィンが3つの標的のうち1つを倒した。
「真ん中には味方がいる」
「はい」
「左の敵だけ動いてる。右は止まってる」
「はい」
「さあ」
ミナが杖を構える。
左。
しかし。
「待った」
フィンが止める。
「今、右見た?」
「え?」
「見てないよね」
「止まってるって言ったから……」
「僕がそう言っただけだよ」
「……あ」
「戦場では情報が変わる」
フィンが笑う。
「魔法そのものは上手い。でも、撃つ前にもう一度見た方がいい」
ミナは悔しそうに標的を見る。
「はい」
「先生はこういうの教えてくれなかった?」
「アルドは、術を組む時に周りも見ろって言ってました」
「じゃあ教わってるじゃない」
「……できてませんでした」
「だから練習するんだよ」
フィンは優しく言った。
ノアはユナの前にいた。
床には、怪我人役の新人が寝ている。
「腕を切られました」
ユナが言う。
「どうする?」
ノアはしゃがむ。
「意識ありますか?」
「ある」
「呼吸は?」
「正常」
「他に怪我は?」
「ない」
「出血は?」
「多くない」
「なら――」
「はい、止めて」
「え?」
ノアが顔を上げる。
「後ろから魔物が来た」
「えっ」
「どうする?」
ノアは一瞬、寝ている怪我人を見る。
次に後ろを見る。
「運べるなら安全な場所まで移動します」
「運べなかったら?」
「前衛を呼ぶ」
「前衛が戦闘中なら?」
「……」
ノアが詰まる。
ユナは急かさない。
「治療役はね」
静かに言う。
「怪我人だけ見てたら駄目なの」
ノアが聞く。
「治してる間に自分が死んだら、その後は誰が治す?」
「……いない」
「だから、自分も守る」
「はい」
「時には治療を途中で止めることもある」
「止めていいんですか?」
「止めなきゃ全員死ぬならね」
ノアは黙った。
「難しい?」
「はい」
「私も難しい」
ユナが笑った。
「今でも迷うよ」
「Aランクでも?」
「Aランクだから迷わない、なんてことはないよ」
ノアの表情が少し変わった。
目の前の人が、急に遠い存在ではなくなった気がした。
最後は4対4の模擬戦だった。
新人4人組が、ダリオたちから1分間逃げ切れば成功。
「1分!?」
ルークが聞き返す。
「短くないですか?」
ダリオが笑った。
「やってみろ」
「……分かりました」
4人は位置についた。
第5話の試験。
先生たちから10分逃げた経験がある。
「これならいけるんじゃない?」
ミナが小声で言う。
「油断しない」
エマが返す。
「先生たちよりは……」
ルークがそこまで言ってやめた。
「いや。比べるのやめよう」
「うん」
ノアも頷く。
「知らない相手だから」
ダリオの声。
「始め!」
10秒後。
「終わり」
「……え?」
ルークが地面に転がっていた。
木剣は少し離れた場所。
エマの首元にはカレンの木剣。
ミナの杖はフィンに押さえられ。
ノアの肩にはユナの手が置かれている。
「はやっ!」
ルークが叫んだ。
「何が起きた!?」
「真正面から来ると思ったでしょ」
ダリオが手を差し出す。
「……思いました」
「俺、最初からお前狙ってないぞ」
「え?」
「お前を抜いてミナへ行くふりをした」
「だから追いかけて……」
「そこでカレンに背中見せた」
「ああ!」
ルークが頭を抱える。
エマも悔しそうだった。
「カレンさん、私を見てたのに途中でルークの方に行った」
「敵が担当を守ってくれると思わないこと」
カレンが笑う。
フィンもミナへ杖を返した。
「僕は魔法、1回も使ってないよ」
「……そういえば」
「魔術師を見たら魔法が来る、って決めつけたね」
ミナが唇を尖らせる。
「悔しい」
ユナはノアを見る。
「あなたは3人を見すぎ」
「え?」
「みんなを助けようとして、私を見失った」
「……はい」
完全に負けた。
4人はしばらく言葉もなかった。
「もう1回お願いします!」
最初に言ったのはルークだった。
ダリオが眉を上げる。
「講習は終わりだぞ」
「じゃあ、今度会った時でもいいです!」
「負けず嫌いだな」
「先生たちにもずっと負けてるので」
「……ずっと?」
「はい」
「4年間、一度も勝ってない」
エマも言う。
「私も」
「私も」
「僕もです」
ダリオたち4人が、一瞬だけ顔を見合わせた。
「先生、強いんだな」
ダリオが言う。
「はい!」
ルークが即答する。
「めちゃくちゃ強いです!」
その顔には、悔しさより誇らしさがあった。
ダリオは少し笑った。
「じゃあ覚えとけ」
ルークたちを見る。
「先生から教わったことと、俺たちから教わること。どっちが正しいかなんて考えなくていい」
「え?」
「使えるもんは全部使え」
ダリオは大剣を背負い直す。
「生きて帰るためにな」
また同じ言葉だった。
ルークたちは揃って頷いた。
その日の帰り道。
「Aランク、すごかったね」
ミナが言った。
「10秒……」
ルークはまだ落ち込んでいる。
「先生たちなら?」
エマが聞いた。
4人が少し考える。
「……もっと早いかな」
「たぶん」
「5秒?」
「いや、バルクなら最初から俺の剣取る」
「レイなら始まった瞬間、私もう負けてると思う」
「アルドなら何かする前に杖なくなってそう」
「セリアも速いよ」
しばらく沈黙。
ルークが前を向いた。
「やっぱ俺たち、まだまだだな」
「うん」
誰も疑わなかった。
Aランクに10秒で負けた。
先生たちには、もっと早く負ける。
なら。
自分たちは、まだまだ弱い。
4人にとっては、どこまでも自然な結論だった。




