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『伝説の英雄たちは田舎で静かに暮らしたい ~25年前に魔王を倒した俺たち、村の子供を普通に鍛えたつもりが全員規格外になっていた~』  作者: オレンジペコ


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第53話 3秒だけ

 魔王が残った魔力を一気に集め始めた。


 広間の空気が震え、床に走った亀裂がさらに広がっていく。今までの攻撃とは明らかに違う。アルドもすぐに気づいた。


「全員、下がれ。次のはまともに受けたら危ない」


「逃がすと思うか」


 魔王の身体から黒い魔力が噴き上がる。


 ノアは治癒を続けながら、その魔力を見ていた。


 傷ついた仲間を治す時、いつも感じているものがある。血の流れ。生命力の流れ。そして、その身体を巡る魔力。


 魔王にも、それはあった。


 ただし人間とは比較にならないほど巨大で、速い。


 集めた魔石の力を全身へ巡らせ、それを身体能力、防御、再生、攻撃へ変えている。


「……これか」


 ノアが呟いた。


 魔王が強い理由そのもの。


 なら、その流れを少しだけ狂わせたらどうなる。


「ノア?」


 ミナが振り向く。


「やってみたいことがある」


「できるの?」


「分からない」


「分からないの!?」


「でも、このままよりはいい」


 ノアは両手を魔王へ向けた。


 治癒ではない。


 これまでずっと、整えるために使ってきた感覚を逆に使う。


 魔力の流れを探り、触れ、ほんの僅かだけずらす。


 魔王の眉が動いた。


「何をしている」


「……やっぱり触れる」


 ノアの額から汗が流れた。


 重い。


 人間の魔力を整えるのとはまるで違う。巨大な川を素手で曲げようとしているようだった。


 それでも。


「先生!」


 ノアが叫ぶ。


「こいつの魔力、一瞬だけなら乱せる!」


 アルドの目が変わる。


「どれくらい保つ?」


 ノアは歯を食いしばった。


「……3秒だけ」


「十分だ」


 それだけで、全員が構えを変えた。


 魔王が低く笑う。


「我を止めた程度で、勝てると思うか」


 アルドが杖を向ける。


「止まったなら、その間に壊すだけだ」


「行くよ!」


 ノアが魔力の流れへ干渉した。


 魔王の身体が僅かに揺れる。


「……なっ」


 腕が上がらない。


 集めていた黒い魔力が乱れた。


「今!」


 最初にアルド。


 術式が魔王の全身へ絡みつき、再生へ回る魔力を封じる。


「再生止めた!」


 次にミナ。


 火球を真正面へ撃つ。


 魔王の防壁が反応する。


 その直前で風へ変え、側面へ回す。さらに一点へ圧縮し、防壁の薄い場所を穿った。


 穴が開く。


 そこへレイ。


 剣が閃いた。


 肩から胸へ、魔力の防御ごと切り裂く。


 さらにエマが飛び込む。


 レイが作った傷へは行かない。


 崩れた姿勢から別の角度で斬り上げ、脇腹を深く裂いた。


「ぐっ……!」


 魔王が無理やり動こうとする。


 完全に止まっているわけではない。


 だが遅い。


 いつもの速度が出ない。


「まだ!」


 バルクが正面から踏み込んだ。


 短い一撃。


 魔王の胸の奥で衝撃が爆ぜる。


 巨体がのけぞった。


「ルーク!」


「分かってる!」


 最後にルーク。


 バルクと同じ場所ではない。


 少し下。


 これまで何度も衝撃を通し、再生を繰り返した場所。


 拳が触れる。


 一瞬遅れて。


 魔王の身体の奥で、これまで最大の衝撃が爆ぜた。


「があっ――!」


 初めて魔王の絶叫が響いた。


 胸元に亀裂が走る。


 黒い魔力が噴き出す。


「ノア!」


「もう無理!」


 ノアが膝をついた。


 干渉が切れる。


 魔王の魔力が一気に戻った。


「……貴様らぁ!」


 咆哮とともに衝撃波が広がる。


 全員が吹き飛ばされた。


 ルークは床を転がりながら顔を上げる。


「まだ……立つのかよ」


 魔王は立っていた。


 胸は裂け、脇腹から血を流し、再生も止まっている。


 それでも倒れない。


 黒い魔力が再び身体を包み始める。


「我は……魔王だ」


 一歩。


 前へ出る。


「この程度で……終わるものか」


 アルドがゆっくり立ち上がる。


「だろうな」


 バルクも。


 レイも。


 セリアも。


 そしてルークたちも、傷だらけの身体を起こした。


 倒し切れなかった。


 だが。


 魔王の胸に開いた傷だけは、もう塞がっていなかった。

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