第53話 3秒だけ
魔王が残った魔力を一気に集め始めた。
広間の空気が震え、床に走った亀裂がさらに広がっていく。今までの攻撃とは明らかに違う。アルドもすぐに気づいた。
「全員、下がれ。次のはまともに受けたら危ない」
「逃がすと思うか」
魔王の身体から黒い魔力が噴き上がる。
ノアは治癒を続けながら、その魔力を見ていた。
傷ついた仲間を治す時、いつも感じているものがある。血の流れ。生命力の流れ。そして、その身体を巡る魔力。
魔王にも、それはあった。
ただし人間とは比較にならないほど巨大で、速い。
集めた魔石の力を全身へ巡らせ、それを身体能力、防御、再生、攻撃へ変えている。
「……これか」
ノアが呟いた。
魔王が強い理由そのもの。
なら、その流れを少しだけ狂わせたらどうなる。
「ノア?」
ミナが振り向く。
「やってみたいことがある」
「できるの?」
「分からない」
「分からないの!?」
「でも、このままよりはいい」
ノアは両手を魔王へ向けた。
治癒ではない。
これまでずっと、整えるために使ってきた感覚を逆に使う。
魔力の流れを探り、触れ、ほんの僅かだけずらす。
魔王の眉が動いた。
「何をしている」
「……やっぱり触れる」
ノアの額から汗が流れた。
重い。
人間の魔力を整えるのとはまるで違う。巨大な川を素手で曲げようとしているようだった。
それでも。
「先生!」
ノアが叫ぶ。
「こいつの魔力、一瞬だけなら乱せる!」
アルドの目が変わる。
「どれくらい保つ?」
ノアは歯を食いしばった。
「……3秒だけ」
「十分だ」
それだけで、全員が構えを変えた。
魔王が低く笑う。
「我を止めた程度で、勝てると思うか」
アルドが杖を向ける。
「止まったなら、その間に壊すだけだ」
「行くよ!」
ノアが魔力の流れへ干渉した。
魔王の身体が僅かに揺れる。
「……なっ」
腕が上がらない。
集めていた黒い魔力が乱れた。
「今!」
最初にアルド。
術式が魔王の全身へ絡みつき、再生へ回る魔力を封じる。
「再生止めた!」
次にミナ。
火球を真正面へ撃つ。
魔王の防壁が反応する。
その直前で風へ変え、側面へ回す。さらに一点へ圧縮し、防壁の薄い場所を穿った。
穴が開く。
そこへレイ。
剣が閃いた。
肩から胸へ、魔力の防御ごと切り裂く。
さらにエマが飛び込む。
レイが作った傷へは行かない。
崩れた姿勢から別の角度で斬り上げ、脇腹を深く裂いた。
「ぐっ……!」
魔王が無理やり動こうとする。
完全に止まっているわけではない。
だが遅い。
いつもの速度が出ない。
「まだ!」
バルクが正面から踏み込んだ。
短い一撃。
魔王の胸の奥で衝撃が爆ぜる。
巨体がのけぞった。
「ルーク!」
「分かってる!」
最後にルーク。
バルクと同じ場所ではない。
少し下。
これまで何度も衝撃を通し、再生を繰り返した場所。
拳が触れる。
一瞬遅れて。
魔王の身体の奥で、これまで最大の衝撃が爆ぜた。
「があっ――!」
初めて魔王の絶叫が響いた。
胸元に亀裂が走る。
黒い魔力が噴き出す。
「ノア!」
「もう無理!」
ノアが膝をついた。
干渉が切れる。
魔王の魔力が一気に戻った。
「……貴様らぁ!」
咆哮とともに衝撃波が広がる。
全員が吹き飛ばされた。
ルークは床を転がりながら顔を上げる。
「まだ……立つのかよ」
魔王は立っていた。
胸は裂け、脇腹から血を流し、再生も止まっている。
それでも倒れない。
黒い魔力が再び身体を包み始める。
「我は……魔王だ」
一歩。
前へ出る。
「この程度で……終わるものか」
アルドがゆっくり立ち上がる。
「だろうな」
バルクも。
レイも。
セリアも。
そしてルークたちも、傷だらけの身体を起こした。
倒し切れなかった。
だが。
魔王の胸に開いた傷だけは、もう塞がっていなかった。




