第52話 それでも立つ
魔王の傷は、確かに残り始めていた。
胸の内部にはルークの衝撃。脇腹にはエマの斬撃。肩にはレイの傷。アルドの術式が再生を乱し、ミナの攻撃がその隙を広げている。
それでも、魔王の魔力はまだ落ちない。
「これだけ戦って、まだこんなに魔力が残ってるの?」
ミナが息を整えながら呟く。
アルドが魔王を見たまま答える。
「魔石をどれだけ集めたんだ、あいつ」
「お前たち4人を、確実に殺せるだけだ」
魔王が低く言った。
次の瞬間、床が沈む。
魔力が一気に圧縮された。
「来るぞ!」
バルクが叫ぶ。
黒い光が広間を埋めた。
アルドの障壁。
セリアの防壁。
ミナとフィンも重ねる。
4枚。
それでも押し込まれる。
「ぐっ……!」
ミナの膝が落ちた。
「ミナ!」
ノアの治癒がすぐに飛ぶ。
だが魔王は止めない。
さらに出力を上げる。
障壁が1枚砕けた。
続いて2枚目。
「これ、保たない!」
フィンが叫ぶ。
「分かってる!」
アルドが杖を握り直す。
「バルク!」
「任せろ!」
バルクが障壁の内側から飛び出した。
黒い魔力を真正面から突破する。
全身が裂ける。
それでも止まらない。
セリアの治癒が先に重なっている。
バルクの拳が魔王の胸へ入った。
衝撃。
魔王の身体が初めて大きく後ろへ滑る。
「今だ!」
レイが追う。
最短の一閃。
魔王の肩が深く裂けた。
そのままエマも入る。
同じ傷を狙わない。
低い姿勢から脇腹へ。
もう一太刀。
「ぐっ……!」
魔王が腕を振る。
エマが吹き飛ぶ。
ノアの治癒が先に届いていた。
完全には治らない。
それでもエマは立つ。
「まだ!」
魔王の表情が変わる。
今までなら、この一撃で止まった。
だが止まらない。
傷ついても。
吹き飛ばされても。
また来る。
「なぜだ」
魔王の声に苛立ちが混じる。
「なぜ、倒れぬ」
ルークが立ち上がる。
口元から血が落ちる。
「倒れてるよ」
「何?」
「何回も」
拳を握る。
「でも、また立ってるだけだ」
隣でバルクが笑った。
「いいこと言うようになったな」
「先生、今それ言う?」
「今だからだろ」
魔王が咆哮する。
再び魔力が膨れ上がる。
今度は広間全体ではない。
1人を確実に潰すための集中攻撃。
狙いはアルド。
「まず貴様からだ!」
黒い槍のような魔力が撃ち出される。
速い。
アルドが障壁を張る。
貫かれる。
「アルド!」
セリアの治癒が飛ぶ。
だが間に合わない。
魔力槍が胸へ迫る。
その前へ。
ルークが飛び込んだ。
「おおっ!」
拳で軌道を逸らす。
完全には止められない。
魔力槍がルークの脇腹を抉った。
「ルーク!」
ノアの治癒は、もうそこにあった。
ルークがアルドを庇うと読んでいた。
傷が広がる前に、治癒が食いつく。
だが。
「……っ!」
ルークの膝が落ちた。
「治しきれない!」
ノアが叫ぶ。
血が止まりきらない。
傷が深い。
セリアもすぐに重ねる。
「下がって!」
「まだ……」
「今は下がって!」
ルークは悔しそうに拳を握った。
魔王が笑う。
「ようやく1人」
その言葉に、レイの目が細くなる。
「違う」
「何?」
「まだ1人も終わってない」
エマがルークの前に出る。
ミナも杖を構える。
ノアは治癒を続けたまま顔を上げる。
バルク、レイ、アルド、セリア。
4人も並ぶ。
全員、傷だらけ。
それでも誰も倒れていない。
魔王の顔から笑みが消えた。
「……ならば」
さらに魔力が集まる。
広間そのものが震え始める。
アルドの表情が変わった。
「まずい」
今までとは違う。
魔王が、残った魔力を一気に使おうとしている。
「次で全部潰す気だ」
ノアは仲間を見る。
ルーク。
エマ。
ミナ。
先生たち4人。
誰がどこまで動けるか。
誰が何をしようとしているか。
そして。
このままぶつかれば、間に合わない。
「……少しだけ」
ノアが呟く。
「もう少しだけ、先が見えれば」
その瞬間。
周囲の音が、僅かに遠くなった。




