第32話 伝説の、その先
村の外れにある訓練場。
いつもならルークたちが使う場所に、今日は4人の英雄が立っていた。
見物人は弟子4人。それと、なぜかダリオたち4人までいる。
「何でいるの?」
ルークが聞くと、ダリオは即答した。
「帰れるか。29年前の魔王討伐で使った技を、本人たちが見せるんだぞ」
カレンも当然のように頷く。
「そりゃ見るでしょ」
フィンに至っては、完全に観客の顔だった。
「記録に残ってる術式と実物を比較できる機会なんて、多分一生ない」
「仕事は?」
「今日は休みだ」
「取ったの?」
「取った」
「わざわざ?」
「取った」
ルークが少し引く。
「本気だ……」
「じゃあ、誰からやる?」
アルドが聞く。
「バルク!」
ルークは即答した。
「早いな」
「見たい!」
「分かった分かった」
バルクが前へ出る。
訓練場の端には、人の背丈より高い大岩が置かれていた。
「29年前、魔王の外殻を割った時のやつだ」
「それ!」
ルークが身を乗り出し、ダリオたちまで黙る。
勇者バルクの一撃。
伝承では、魔王の防御を正面から打ち砕いたとされる技だ。
「昔はな」
バルクが腰を落とす。
脚、腰、背中、肩、腕。全身に一気に力が入り、足元の地面がわずかに沈んだ。
「うわ……」
ルークの顔が変わる。
「これで不完全?」
「見てろ」
バルクが一歩踏み込み、そのまま拳を叩き込んだ。
ドンッ!!
爆音とともに、大岩が粉々に砕ける。破片が訓練場中へ飛び散り、全員がしばらく黙った。
「すっげえ……」
「これが18歳?」
ダリオも引いている。
「そりゃ魔王軍負けるわ……」
ところが、当のバルクは自分の拳を見て首を傾げた。
「やっぱり無駄多いな」
「どこが!?」
「全部」
「全部!?」
「力入れすぎなんだよ」
バルクは近くにあった別の岩へ向かう。
「じゃあ今のやるぞ」
「同じ岩ないけど」
「別にいい」
今度は構えない。拳も強く握らない。
ただ一歩近づき、軽く拳を当てた。
コツン。
「……終わり?」
「終わり」
何も起きない。
ルークが岩を見る。
「失敗?」
「触ってみろ」
「え?」
近づいて指を当てた瞬間。
ザラッ。
「うわっ!」
岩が内側から崩れ落ちた。
表面はほとんど割れていない。それなのに中だけが完全に砕けている。
「何したんですか」
ダリオが聞く。
「力を外に逃がさなかっただけ」
「だけ?」
「昔は全部ぶつけてた。今は必要な分だけ中へ通す」
ルークは崩れた岩を見つめる。
18歳のバルクは、大岩を派手に粉砕した。
今のバルクは、それより小さな動きで、もっと無駄なく壊した。
「これ、俺にもできる?」
「そのままは無理だな」
「やっぱり?」
「お前、俺より軽いし、腕力で押す必要もない」
バルクがルークの胸を指で突く。
「お前は体ごと使え。ただし、昔の俺みたいに全部力むな」
ルークが真剣な顔で頷いた。
「次、私?」
レイが前へ出る。
エマの背筋が伸びた。
「お願いします!」
「そんな畏まらなくていいわよ」
「いや無理!」
レイが剣を抜く。
少し離れたところには、先端に小さな布を結んだ細い木の棒が立てられている。
「29年前、魔王の腕を落とした斬撃」
「それ!」
「記録だと《月閃》って呼ばれてるやつね」
「名前までかっこいい!」
「私は付けてないけど」
「え?」
「後から誰かが付けたのよ」
「そうなの!?」
レイが構える。
次の瞬間。
シャッ!
布が地面へ落ちた。
エマには、ほとんど何も見えなかった。
「……速」
「今のが昔」
「これで?」
「踏み込みが大きいし、肩も上がってる」
「どこが?」
「ここ」
「分からない……」
レイは同じ場所へ戻る。
「じゃあ今」
今度は、立っているだけに見えた。
大きく構えもしない。
それでも次の瞬間、布がまた落ちた。
「……え?」
エマが瞬きをする。
「今、斬った?」
「斬ったわよ」
「見えなかった!」
「昔より遅いわよ」
「嘘!」
「本当」
見ると、布だけではない。木の棒の表面が、薄皮1枚分だけ真っ直ぐ切れていた。
「必要なところだけ斬るの。速さを出すんじゃなくて、余計な動きをなくす」
エマは自分の剣を見る。
「でも私、レイみたいに完璧な姿勢できない」
「知ってる」
「……」
「だから同じにしなくていいのよ」
レイが笑った。
「崩れた姿勢から斬れる方が、あなたには合ってる」
「それでいいの?」
「むしろ、そっちを伸ばしなさい。完璧に立てないなら、どんな姿勢でも斬ればいい」
エマの顔が変わる。
レイのコピーではない。
自分の剣。
初めて、その形が少し見えた。
「次、俺か」
アルドが前へ出る。
ミナがすぐ杖を握った。
「お願いします!」
「これ、再現するのちょっと面倒なんだよな」
「そんなに違う?」
「かなり」
アルドが指を上げる。
火。
風。
雷。
水。
4つの巨大な魔法陣が展開した。
「……」
フィンが思わず立ち上がる。
「待って。これ、4つ同時?」
「昔はな」
「昔は!?」
「魔王の障壁を破った時のやつ」
アルドが手を振る。
4属性が一斉に放たれた。
轟音。
訓練場の先の地面が大きく抉れ、土煙と風圧が一気に広がる。
「これ18歳!?」
ダリオが顔を覆う。
「うるさいな。恥ずかしいんだから」
「どこが恥ずかしいんですか!」
「術式大きすぎるし、魔力も漏れてる。起動も遅い。4つ別々に制御してるから面倒なんだよ」
フィンが頭を抱える。
「面倒でこれ……」
「じゃあ今」
アルドがもう一度指を上げる。
今度は小さな魔法陣が1つだけ。
そこから放たれた魔法は、最初は火だった。
途中で風に変わる。
さらに雷。
最後には薄い障壁をまとい、そのまま地面へ突き刺さった。
ドンッ!
さっきより音は小さい。
だが、開いた穴は深い。
「同じ魔法?」
ミナが聞く。
「同じじゃない」
「じゃあ?」
「同じ術式」
「え?」
「必要なところで中身を変えてる」
ミナの目が大きくなる。
「途中で?」
「うん」
「そんなことできるの?」
「できる」
「4つ同時じゃなくて?」
「同時に4つ作る必要ないだろ」
ミナはしばらく黙っていたが、やがて杖を握り直した。
「先生。それ、私に合うかも」
アルドが少し笑う。
「俺もそう思ってた。お前、俺みたいに大量並列するより、1つを途中で変える方が得意そうだからな」
ミナの顔が一気に明るくなった。
「最後、私ね」
セリアが前へ出る。
ノアが少し緊張する。
「魔王戦の治癒って」
「どれ?」
「どれ?」
「結構やったから」
「伝説になってるやつ!」
「全部伝説になってるらしいのよね……」
セリアは少し困った顔をしてから、バルクを見る。
「腕貸して」
「また?」
「浅くでいいから」
「分かった」
バルクが自分の腕を軽く切る。
ダリオが反射的に声を上げた。
「毎回それやるんですか!?」
「分かりやすいから」
血が滲む。
セリアが手を向けると、光が傷を包み、一瞬で消えた。
「すごい」
ノアが呟く。
「これでも?」
「もちろん」
「でも遅いわ」
「これで?」
「怪我してから治してるでしょう?」
セリアはもう一度バルクを見る。
「次」
今度は切る前に、先に魔法をかけた。
「いいわよ」
バルクが腕を切る。
血が、ほとんど出ない。
「え?」
ノアが近づく。
傷は確かにある。
だが、切れた瞬間からもう塞がり始めていた。
「何これ」
「先に身体の状態を整えておくの」
「治癒?」
「半分は。残りは強化」
「怪我してから治すんじゃなくて」
「怪我した瞬間から戻すの」
「そう。もっと慣れれば、怪我しにくい身体の使い方まで誘導できるわ」
ノアは完全に黙った。
4人分、全て見終わった。
しばらく誰も話さない。
29年前。
18歳。
魔王を倒した4人。
その技だけでも十分すぎるほど規格外だった。
世界が伝説にしたのも当然だ。
それなのに本人たちは、そこから29年間、止まっていなかった。
磨いた。
削った。
失敗した。
直した。
そして今もまだ、変え続けている。
「……先生」
ルークが口を開く。
「何だ?」
「今の方が、全然強い?」
バルクが少し考えてから答えた。
「そりゃそうだろ。29年近くあったんだぞ。何もしてなかったわけじゃない」
ルークたち4人が顔を見合わせる。
ダリオは遠くを見た。
「何なんだ、この村……」
「慣れたと思ってた」
カレンが言う。
「無理だった」
フィンも頷く。
「18歳の伝説を見せられたあとに、今の方が普通に強いって言われてもな」
ユナだけが少し笑っていた。
「でも、いいんじゃない?」
「何が?」
「この子たちにとっては。先生たちだって完成してなかったって分かったんだから」
ダリオが少しだけ表情を変える。
ルークが拳を握った。
「じゃあ俺、先生の今の技を練習する」
「そのままじゃないぞ」
「分かってる」
エマも剣を持つ。
「私は、崩れた姿勢からでも斬れるようにする」
ミナは杖を見る。
「私は、1つの術式を途中で変える」
ノアも頷いた。
「僕は、治す前から戦い全体を見る」
4人の英雄が少しだけ笑う。
「それでいい」
アルドが言った。
「俺たちになる必要はない」
「うん」
ルークが笑う。
「先生たちに勝つなら、俺たちのやり方じゃないと無理だし」
バルクの眉が動いた。
「俺に勝つつもりなのか?」
「いつか」
「いいな」
バルクも笑う。
「じゃあ教えるか」
その日から。
4人の弟子は、伝説の技そのものを覚えるのではなく。
伝説を超えて変わり続けた4人から、自分たちだけの技を作り始めた。




