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『伝説の英雄たちは田舎で静かに暮らしたい ~25年前に魔王を倒した俺たち、村の子供を普通に鍛えたつもりが全員規格外になっていた~』  作者: オレンジペコ


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第16話 魔王殺しの四人

 村が見えたのは、翌日の昼を少し過ぎた頃だった。


「着いた!」


 ルークが丘の上から声を上げる。


 その先には、小さな村。


 畑。


 牧草地。


 ぽつぽつと建つ家。


 煙突から煙が上がり、村人が畑仕事をしている。


 少女は足を止めた。


「……ここ?」


「うん」


「あなたたちの先生がいる村?」


「そう」


 少女はもう一度、村を見た。


「普通ね」


「普通の村だからな」


「あなたたちがそれを言うと不安になるんだけど」


「なんで?」


「自覚ないの?」


「何の?」


「もういい」


 少女はため息をついた。


 道中、何度か同じような会話をしている。


 4人は自分たちが多少強いことには気づき始めていた。


 だが、その基準は相変わらずだった。


 どれだけ強くなっても。


 最後には必ず先生たちと比べる。


 少女には、それがよく分からなかった。


 村へ入る。


 最初に気づいたのは、畑にいた老人だった。


「おお、ルークたちじゃないか!」


「ただいま!」


「随分早いな。町はどうだった?」


「色々あった!」


「そうかそうか」


 老人の視線が少女へ向く。


 黒い角。


 一瞬だけ驚いた顔をした。


「その子は?」


「途中で会ったんだ」


「そうか」


 老人はそれ以上何も聞かなかった。


「セリアなら家の方にいるぞ。アルドは畑だ」


「ありがと!」


 4人が歩き出す。


 少女はその場に少し残った。


「……今の人」


「何?」


「私の角、見たわよね」


「見たと思う」


「何も言わなかった」


 エマが振り返る。


「気になる?」


「普通は気にするでしょ」


「うちの村、あんまりそういうのないから」


「魔族が来ても?」


「今まで来たことないけど」


「じゃあ何で平気だって言い切ったのよ」


 ルークが考えた。


「先生たちが平気だと思ったから」


「また先生」


 少女が呆れる。


「本当に何者なの、その人たち」


「だから村の人だって」


「絶対それだけじゃないでしょ」


 ルークたちは笑った。


 少女だけは笑えなかった。


「アルドー!」


 ルークが大声を出した。


「帰ったぞー!」


 畑の奥。


 麦わら帽子を被った男が顔を上げる。


「お前たち?」


 鍬を肩に担いで歩いてくる。


「予定より早いな」


「ちょっと相談」


「依頼で何かやらかしたか?」


「やらかしてない!」


「じゃあ何だ?」


 そこで。


 アルドの視線が少女へ向いた。


「その子か?」


「うん」


 少女はアルドを見る。


 土のついた服。


 麦わら帽子。


 鍬。


 どう見ても農夫だった。


「魔族なんだけど」


 ミナが言う。


「ああ」


 アルドは少女の角を見る。


「そうみたいだな」


「追われてる」


「誰に?」


「昔の魔王軍の残党らしい」


 アルドの目が、ほんの少しだけ変わった。


「……そうか」


 少女はその顔を見ていた。


 何か。


 胸の奥に引っかかった。


「?」


 アルドが気づく。


「どうした?」


「……別に」


 少女は目を逸らした。


 似ている。


 気がしただけだ。


 29年も前の記憶。


 それに。


 まさか。


 あの日の人間が、こんな場所で畑を耕しているはずがない。


「とりあえず座れ」


 アルドが言った。


「疲れてるだろ」


「……まあ」


「腹は?」


「減ってる」


「じゃあ飯だな」


 それだけだった。


 魔族だからと警戒もしない。


 問い詰めもしない。


「ルーク」


「何?」


「セリア呼んできてくれ。怪我も見てもらった方がいい」


「分かった!」


「ノアが一応治したよ」


 ミナが言う。


「ならセリアに見てもらえば、ノアの勉強にもなる」


「それもそうだ」


 ノアまで頷いた。


 少女は4人を見る。


「私の怪我で勉強しないでくれる?」


「嫌?」


「……別に嫌じゃないけど」


「じゃあいいじゃん」


「そういう問題じゃない」


 しばらくすると。


「おーい!」


 遠くから声が聞こえた。


 ルークが戻ってくる。


 その隣に、大柄な男がいた。


「バルクもいた!」


「何だよ、急に呼びやがって」


「相談!」


「お前ら、町で借金でも作ったか?」


「何でみんな俺たちが何かした前提なんだよ!」


 バルクが笑いながら近づいてくる。


 少女を見る。


「お」


 少女の表情が止まった。


 大きな身体。


 肩幅。


 歩き方。


 顔は記憶よりずっと年を重ねている。


 だが。


 胸の奥で。


 何かが強く引っかかった。


「魔族か?」


 バルクが聞く。


「……そう」


「へえ」


 それだけ。


「何よ」


「いや、初めて村に来たなと思って」


「怖くないの?」


「何が?」


「私が魔族なの」


 バルクが首を傾げた。


「俺を襲うのか?」


「襲わない」


「なら別にいいだろ」


「……」


 少女が黙る。


 ルークが嬉しそうに言った。


「ほらな?」


「何が『ほらな』よ」


 だが。


 少女はまだバルクを見ていた。


 29年前。


 魔王軍の兵を。


 正面から。


 何人まとめていたかも分からないほど吹き飛ばしていた男。


 似ている。


 やはり。


 似すぎている。


「ただいま」


 別の声。


 少女が振り向く。


 黒髪の女性。


 肩に獲物を担いでいる。


 腰には剣。


「レイ!」


 エマが駆け寄る。


「急に呼んでごめん」


「別にいいけど。何?」


「この子」


 レイが少女を見る。


 その瞬間。


 少女の背筋を何かが走った。


「……」


 記憶。


 血。


 悲鳴。


 崩れる前線。


 魔族の兵士たちの間を。


 音もなく抜けていく黒髪の女。


 剣が見えない。


 見えた時には。


 誰かが倒れている。


「……嘘」


 小さく漏れた。


「どうしたの?」


 エマが聞く。


 少女は答えない。


 レイの立ち方を見る。


 剣の位置。


 足。


 視線。


 戦場で見たものと。


 あまりにも同じだった。


「怪我した子って、この子?」


 今度は後ろから女性の声。


 セリアだった。


 ノアが隣を歩いている。


「うん」


「ノアが治してくれたんでしょう?」


「大きい傷だけ」


「見せてもらっていい?」


 少女は返事をしない。


 セリアを見る。


 柔らかな表情。


 穏やかな声。


 だが。


 覚えている。


 29年前。


 倒したはずの人間が。


 何度も。


 何度も立ち上がった。


 その中心にいた女。


「……」


「嫌なら無理には見ないわ」


 セリアが言う。


「……いい」


 少女が腕を差し出す。


 セリアが触れる。


 ほんの数秒。


「うん」


 離す。


「ノア」


「はい」


「処置は合ってるわ」


 ノアの顔が明るくなる。


「本当?」


「ええ。ただ、この傷」


 少女の脇腹を指す。


「もう少し深いところまで負担が残ってる」


「あ」


 ノアが触れる。


 集中。


「……本当だ」


「疲労が強い時は、表面だけじゃなく身体全体を見ること」


「分かった」


 セリアが少女へ手をかざす。


 淡い光。


 一瞬。


 少女の身体から。


 痛みが消えた。


「……え?」


 傷だけではない。


 数日まともに眠れず。


 魔力も消耗し。


 身体の奥に溜まっていた重さまで。


 消えている。


 少女が自分の手を見る。


「何……今の」


「疲れてたから」


 セリアが答える。


「一緒に戻しておいたわ」


「一緒に……?」


「まだ少し眠いと思うけど、それは寝た方がいいから残してる」


「……」


 少女はセリアを見る。


 間違いない。


 もう。


 偶然ではない。


 アルド。


 バルク。


 レイ。


 セリア。


 4人。


 目の前に揃っている。


 少女の呼吸が浅くなる。


「どうしたの?」


 ミナが聞いた。


 少女は答えず。


 4人を順番に見る。


「……あなたたち」


 アルドが眉を上げる。


「俺たち?」


「名前」


「え?」


「名前を教えて」


 ルークが不思議そうに少女を見る。


「言ってなかったっけ?」


「ちゃんとは聞いてない」


「アルド」


 ルークが指す。


「こっちがバルク」


 次。


「レイ」


 そして。


「セリア」


 少女が目を閉じた。


 最後の疑いが消えた。


 29年前。


 魔王軍の一員として。


 自分はあの戦場にいた。


 まだ若かった。


 だが兵士だった。


 武器を持ち。


 人間と戦った。


 そして。


 あの4人を見た。


 魔王軍の前線を。


 4人だけで突き破っていった人間たち。


 何十。


 何百。


 どれだけ兵を出しても、止まらなかった。


 少女は直接刃を交えてはいない。


 だが。


 忘れるはずがない。


 魔族の間で。


 今でも語られている。


 あの日の4人。


「……知ってる」


 少女が言った。


「先生たちを?」


 ルークが聞く。


「知ってる」


「どこで?」


 少女は4人から目を離さない。


「29年前」


 空気が止まった。


「私は魔王軍の兵士だった」


 ルークの笑顔が消える。


「……戦場にいたの?」


「いた」


 少女はレイを見る。


「この人の剣も見た」


 バルク。


「この人が魔王軍の正面を崩したところも」


 アルド。


「後ろにいた魔術部隊が、何もできずに潰されたところも」


 そして。


 セリア。


「倒したはずの人間が、この人の魔法で何度も立ち上がったところも」


 4人の弟子たちが。


 ゆっくり先生を見る。


 少女が続けた。


「魔族の間じゃ、今でもこの4人をそう呼ぶ」


 一拍。


「――“魔王殺しの四人”」


「……」


 ルークが口を開く。


 閉じる。


 もう一度。


「魔王……殺し?」


「29年前、魔王軍を破って」


 少女が言う。


「そのまま魔王を討った4人よ」


 沈黙。


 エマがレイを見る。


「……レイ」


「何?」


「29年前……魔王と戦った?」


「戦ったわね」


「勝った?」


「4人でね」


「……」


 ミナがアルドを見る。


「本当に?」


「ああ」


 ノアもセリアを見る。


「じゃあ……」


 セリアが少し困ったように笑った。


「黙していたつもりはないんだけど」


「いやいやいや!」


 ルークが叫んだ。


「言ってよ!」


「聞かれなかったからな」


 バルクが答えた。


「聞くわけないだろ!」


「『先生、昔魔王倒したことある?』って!?」


「そう言われると確かに聞かないな」


「納得するなよ!」


 ルークが頭を抱える。


 エマもレイを見たまま動かない。


「……剣聖って」


「ああ、その呼び方?」


 レイが少し嫌そうな顔をする。


「昔そう呼ぶ人がいたわね」


「本物だったの……?」


「本物というか、私だけど」


「だから勝てないんだ……」


 エマが座り込んだ。


 ミナもアルドを見る。


「じゃあアルドって、大賢者?」


「その呼び方もされたな」


「9個同時に魔法使うのって」


「今はもう少し――」


「そこまで!」


 ミナが止めた。


「今、聞いたら駄目な気がする!」


「そうか?」


「絶対そう!」


 ノアはセリアを見ている。


「聖女……?」


「昔はね」


「触っただけで怪我の場所分かるのも?」


「慣れれば――」


「それも今聞かない」


「どうして?」


「僕の基準がまた壊れそうだから」


 セリアは不思議そうだった。


 ルークはバルクを見る。


「じゃあ俺」


「何だ?」


「4年間ずっと」


「うん」


「魔王を倒した勇者相手に、木剣で勝とうとしてたの?」


「そうなるな」


 長い沈黙。


「……そりゃ勝てないわ」


 バルクが笑う。


「いや、お前がまだ未熟なのもあるぞ」


「今はそれ言わなくていいだろ!」


 村にルークの声が響いた。


 少し離れたところで。


 少女はその様子を呆然と見ていた。


「……あなたたち」


「何?」


 ルークが振り返る。


「この4人に教わってたの?」


「うん」


「どれくらい?」


「4年」


「4人とも?」


「うん」


「毎日?」


「ほとんど」


「……」


 少女は森での戦いを思い出した。


 黒牙猿6体。


 本来なら、少なくとも自分が消耗した状態で戦う相手ではなかった。


 それを。


 この4人は。


 ほとんど傷1つ負わず片づけた。


「……そりゃ強いわ」


「え?」


「何でもない」


「何だよ」


「何でもないって言ってるでしょ」


 少女は顔を逸らした。


「それで」


 アルドが声を戻す。


「昔の魔王軍の残党に追われてるんだったな」


 空気が変わった。


 少女も表情を戻す。


「そう」


「目的は?」


「人間領へ入るための道」


「お前はその道を知っている」


「知ってる」


「だから連れ戻そうとしている?」


「それだけじゃない」


 少女は少し迷った。


「私、連中が集まってる場所も見た」


「規模は?」


「正確には分からない。でも少なくない」


「指揮しているやつは?」


「見てない」


「名前は?」


「聞けなかった」


 アルドが頷く。


 質問はそれだけ。


「分かった」


「……それだけ?」


「何が?」


「もっと聞かないの?」


「疲れてるだろ」


「でも」


「今日中に追手が来る可能性は?」


 少女が考える。


「ある」


「じゃあ先にそっちだ」


 アルドがバルクを見る。


「村の外、一周見てきて」


「了解」


「レイは山側」


「分かった」


「セリアはこの子」


「ええ」


「俺は村周辺に薄く感知を張る」


 少女の顔が変わった。


「感知?」


「誰か入ってきたら分かる程度のやつ」


 アルドが何気なく片手を上げた。


 一瞬。


 少女の魔力感知が。


 空白になった。


「……え?」


 分からない。


 何をした?


 何かしたことだけは分かった。


 だが。


 術式も。


 魔力の流れも。


 発動の瞬間も。


 ほとんど捉えられなかった。


 29年前とは違う。


 あの頃のアルドの魔法は。


 圧倒的だった。


 だが、見えた。


 巨大な魔力。


 複雑な術式。


 恐ろしい威力。


 今は。


 何も見えない。


「どうした?」


 アルドが聞く。


「……今、魔法使った?」


「ああ」


「もう終わったの?」


「うん」


 少女が村の外を見る。


「どこまで?」


「村の周りくらい」


「……」


 アルドは何でもないように鍬を拾った。


「これで今日は大丈夫だろ」


「畑戻るの?」


「途中だったからな」


 少女は言葉を失った。


 29年前。


 魔族が恐れた“魔王殺しの四人”。


 その1人を。


 目の前の弟子たちは。


 さっきまで。


 ただの畑仕事をする先生だと思っていた。


 そして。


 少女だけが。


 もう1つ気づいた。


 29年前に見た時より。


 この4人は。


 明らかに、先へ進んでいる。

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