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『伝説の英雄たちは田舎で静かに暮らしたい ~25年前に魔王を倒した俺たち、村の子供を普通に鍛えたつもりが全員規格外になっていた~』  作者: オレンジペコ


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15/53

第15話 120歳の逃亡者

 町の南に広がる森。


 ルークたちは、月白草の採取依頼をこなしていた。


「あと6株」


 ノアが袋の中を確認する。


「思ったより早いね」


 ミナが言う。


「昼までには終わりそう」


「じゃあ帰りに何か食おう」


 ルークが立ち上がる。


「また食べる話?」


「腹減るだろ」


「まだ昼前だよ」


「歩いたら減る」


 エマが笑った。


「元気だね」


「昨日より腕も軽いしな」


「模擬戦の後、ちょっと痛そうだったじゃん」


「もう平気」


 そんな話をしながら、4人は森の奥へ進んでいく。


 その時だった。


 ノアが足を止める。


「待って」


 3人もすぐ止まった。


「何?」


「走ってくる」


 ノアが森の奥を見る。


 まだ姿は見えない。


 だが。


 数秒後。


 枝が折れる音。


 荒い息。


 何かがこちらへ向かってくる。


「人?」


 ミナが聞く。


「たぶん」


 エマが剣へ手を置いた。


 茂みが大きく揺れる。


 そこから飛び出してきたのは、1人の少女だった。


「……え?」


 ルークが目を丸くする。


 黒い髪。


 小柄な身体。


 見た目は12歳くらい。


 服は泥と血で汚れている。


 左脇腹。


 右腕。


 脚にも傷。


 そして。


 髪の間から、小さな黒い角が2本伸びていた。


 少女も4人を見た。


 その瞬間。


 顔が強張る。


「……人間」


 一歩下がった。


「待って」


 エマが手を上げる。


「何もしないよ」


「近づかないで」


「分かった」


 誰も動かない。


 ノアだけが少女の傷を見る。


「かなり血が出てる」


「平気」


「平気には見えない」


「……」


「触らないから」


 ノアが自分の腕を指す。


「右腕、傷の少し上を押さえて」


「何?」


「血が出すぎてる」


 少女は警戒したままノアを見る。


「早く」


 少し迷い。


 言われた通りに傷の上を押さえた。


「それでいい」


 ノアが頷く。


 少女が呟く。


「……子供のくせに」


「僕14だけど」


「子供でしょ」


「?」


 ノアが首を傾げた。


 その直後。


 森の奥から低い咆哮が響いた。


 少女の顔色が変わる。


「逃げなさい!」


「何が来る?」


 ルークが聞く。


「早く!」


 重い足音。


 複数。


 木々が揺れる。


 ノアが耳を澄ます。


「6」


「分かるの?」


 少女が驚く。


「たぶん」


「たぶんで6って――」


 言葉が終わる前に。


 黒い影が森から飛び出した。


 人間より大きい。


 長い腕。


 鋭い爪。


 犬と猿を混ぜたような顔。


 黒い毛。


 6体。


 少女が息を呑む。


「黒牙猿……!」


「知ってるの?」


 ミナが聞く。


「知ってるに決まってるでしょ! 逃げ――」


 1体が地面を蹴った。


 ルークが前へ出る。


「来るぞ」


「だから逃げなさいって!」


 少女の声。


 だが。


 ルークは動かなかった。


 黒牙猿の爪が振り下ろされる。


 速い。


 地面を抉るほどの一撃。


 だが。


 ルークは半歩だけずれた。


 爪が身体の横を通る。


 そのまま懐へ入る。


「よっ」


 剣の腹。


 一撃。


 ドンッ!


 黒牙猿が横へ吹き飛んだ。


 木にぶつかり。


 そのまま動かなくなる。


「……え?」


 少女が止まった。


「結構重いな」


 ルークが言う。


「ルーク、次」


 ノアの声。


「おう!」


 2体。


 左右から。


 エマが前へ出る。


 右の爪。


 かわす。


 左。


 剣で逸らす。


 そのまま身体を沈める。


 膝裏。


 一閃。


 1体が崩れる。


 倒れる途中。


 喉へ。


 終わり。


 もう1体が横から飛び込む。


 エマは振り向かない。


「右」


 ノアの声。


 一歩。


 爪が空を切る。


 剣が返る。


 首元。


 一撃。


「硬いね」


 エマが言った。


「でも普通に斬れる」


「……普通?」


 少女が呟いた。


 残り3体。


 今度はまとまらない。


 1体がルーク。


 1体がエマ。


 最後の1体が大きく回り込む。


「ミナの方」


 ノアが言う。


「見えてる」


 ミナが杖を向けた。


「《風壁》」


 低い風。


 黒牙猿の脚だけを払う。


 巨体が崩れた。


 地面を滑る。


「重いな」


 ミナが言う。


「止められない?」


 ルークが聞く。


「止めなくていいでしょ」


「?」


「転ばせればいい」


 ミナが杖を少し動かす。


「《風弾》」


 起き上がろうとした黒牙猿の頭が横へ流れる。


 そのまま地面へ。


「なるほど」


「感心してないで前!」


「はいはい!」


 少女は呆然としていた。


 黒牙猿は。


 傷ついた状態で1人で相手をするなら、逃げるのが当然の魔獣だ。


 まして6体。


 自分は数日前から追跡され続け。


 ほとんど眠れていない。


 途中で2度戦い。


 傷を負い。


 魔力も残り少ない。


 だから逃げていた。


 それなのに。


 この4人は。


 会話をしながら戦っている。


「何なの……」


 少女が呟いた。


 残り2体。


 そのうち1体が急に向きを変える。


 狙いは少女。


「来る!」


 少女が立ち上がろうとする。


 脚に力が入らない。


「っ」


 黒牙猿が迫る。


 その前へ。


 ノアが出た。


「どいて!」


「動かないで」


「何して――」


 ノアは短剣を抜いた。


 黒牙猿の肩を見る。


 踏み込み。


 腕。


 爪。


「右」


 半歩。


 爪が顔の横を通る。


 ノアの短剣が腕の内側へ入る。


「ギャッ!」


 動きが止まる。


「ルーク」


「おう」


 横から一撃。


 黒牙猿が倒れる。


 最後の1体はエマが仕留めた。


 静かになった。


「終わり?」


 ルークが周囲を見る。


 ノアも確認する。


「今はもういないと思う」


「怪我は?」


 エマが聞く。


「ない」


「私も」


「大丈夫」


「僕も」


 4人はいつものように確認する。


 少女だけが黙っていた。


「……」


「どうした?」


 ルークが聞く。


「何なの、あなたたち」


「冒険者」


「それは分かる」


「じゃあ何?」


「ランク」


「E」


 少女が固まる。


「……E?」


「うん」


「嘘」


「本当だぞ」


 ルークが冒険者証を見せる。


 少女が見る。


 確かにE。


「……」


「何?」


「最近の人間って、みんなこんななの?」


「違うと思う」


 エマが答える。


「私たちも最近、結構強い方みたいだって分かってきた」


「結構?」


 少女は倒れた黒牙猿6体を見る。


「……結構ね」


「?」


 4人は意味が分からない。


「それより」


 ノアが少女を見る。


「傷、治していい?」


「……」


「嫌ならやめる」


 少女は迷った。


 だが。


 先ほど自分を守った少年を見る。


「……お願い」


「うん」


 ノアが近づく。


 まず傷を見る。


「いつから追われてる?」


「3日くらい」


「その間に戦った?」


「2回」


「寝た?」


「ほとんど」


「魔力は?」


「残り少ない」


「じゃあ先に止血」


「治さないの?」


「一気に治したら疲れるでしょ」


「……」


 少女の目が少し変わる。


「分かるの?」


「顔色と魔力の流れ」


「……そう」


 ノアは淡い治癒の光を使う。


 大きな傷だけを塞ぐ。


「今日はこれくらい」


「全部治さないの?」


「休んでから」


「治せるのに?」


「うん」


「……変なの」


「そう?」


「普通、できるなら治すでしょ」


「セリアに怒られる」


「誰?」


「先生」


 少女はそれ以上聞かなかった。


 少し休む。


 少女の呼吸が落ち着いてきたところで。


 エマが聞いた。


「あなた、魔族?」


 少女の目が鋭くなる。


「……そうよ」


「やっぱり」


「怖くないの?」


「何が?」


「私が魔族なの」


 ルークが少女を見る。


「今のところは別に」


「別に?」


「俺たちに何かした?」


「してない」


「じゃあ敵じゃないだろ」


「……」


 ミナも頷く。


「さっきも逃げてただけだし」


「魔族なのよ?」


「聞いたよ」


「人間と戦争してた種族よ?」


「29年前でしょ?」


 ルークが答える。


「俺たち生まれてないし」


 少女が何も言えなくなる。


「……変な人間」


「それ最近よく言われる」


 ルークが笑った。


「ところで」


 ミナが少女を見る。


「何歳?」


「私?」


「うん」


「何歳に見える?」


「12くらい」


 少女の眉が動く。


「120」


「……」


 4人が止まる。


「え?」


 ルークが聞き返す。


「120歳」


「百二十?」


「そう」


「すご」


「何が?」


「長生き」


「魔族なら普通よ」


 ルークが急に姿勢を正した。


「すみません」


「何で敬語になるの」


「年上だから」


「急にやめて!」


「じゃあ普通でいい?」


「好きにして!」


 エマが笑う。


「魔族ってそんなに長生きなんだ」


「種族によるけどね」


「120歳って魔族だと大人?」


「若い方」


「でも戦える?」


 少女がルークを見る。


「当たり前でしょ」


 少しだけ苛立ったように答える。


「29年前も戦場にいたわ」


 4人の表情が変わった。


「魔王との戦争?」


「そう」


「戦ったの?」


「兵士としてね」


 少女は木にもたれる。


「あの頃はまだ若かったけど、戦場に出るくらいは普通だった」


「魔王が倒された時もいた?」


 ノアが聞く。


「いた」


 少女の表情が少し暗くなる。


「最後までじゃないけど」


「どういうこと?」


「途中で撤退した」


 少女は少し遠くを見る。


「魔王軍の陣地が崩れたから」


「そんなに負けてたの?」


「最初は違った」


 少女が言う。


「人間側が押されてた場所もあった」


「じゃあ何で?」


「4人」


 少女の声が少し低くなる。


「4人の人間が来た」


 ルークたちが聞く。


「たった4人?」


「そう」


「強かった?」


 少女がルークを見る。


「強いなんてものじゃなかった」


 軽い口調が消える。


「私たちの隊が前にいた。数もこっちがずっと多かった」


「それで?」


「止められなかった」


 少女は自分の手を見る。


「あの4人が進むところだけ、魔王軍が割れていった」


「4人とも?」


「そう」


 少し間。


「魔族の間では今でも呼ばれてる」


「何て?」


 少女は答える。


「――“魔王殺しの四人”」


 4人が黙る。


「魔王を倒した人たち?」


「そう」


「顔も見た?」


 エマが聞く。


「見た」


「近くで?」


「戦場でね。直接戦ってはいないけど」


 少女の表情が少し硬くなる。


「忘れるような顔じゃない」


「そんなに怖かったんだ」


「怖かったわよ」


 少女が即答した。


「魔族の中には今でも、あの4人が生きてるかもしれないって話を嫌がる者もいる」


「へえ……」


 ルークは純粋に感心していた。


「先生たちも強いけど、昔はそんな人たちもいたんだな」


「……」


 少女がルークを見る。


「先生?」


「うん」


「強いの?」


「めちゃくちゃ」


「どのくらい?」


 ルークたちが顔を見合わせる。


「分からない」


「は?」


「勝ったことないから」


「4人とも?」


「うん」


「……そう」


 少女は少しだけ興味を持った。


 だが。


 それ以上でもなかった。


 世界は広い。


 人間の中に強い者がいても不思議ではない。


 少なくとも。


 そう思った。


「それで」


 エマが聞く。


「どうして追われてるの?」


 少女の表情が変わった。


 少し黙る。


「……昔の魔王軍の残党が動き始めた」


「残党?」


「戦争が終わってからも、人間との戦いを諦めなかった連中」


「今まで何してたの?」


「隠れてた。力を蓄えてた。仲間を集めてた」


「あなたもその仲間?」


「違う」


 少女ははっきり否定した。


「私の集落は戦争をやめた」


「じゃあ何で狙われるの?」


「道を知ってるから」


「道?」


「人間領へ入れる古い抜け道」


 少女が答える。


「私たちの集落は山の中で暮らしてた。その道を代々使ってた」


「残党が使いたがった?」


「そう」


「断ったの?」


「長が断った」


 短い沈黙。


「殺された」


 4人が静かになる。


「その後、何人か連れていかれた」


「あなたは?」


「私も案内しろって言われた」


「断った?」


「逃げた」


 少女は自分の傷を見る。


「追っ手を何度か倒した。でも、数が多すぎた」


「黒牙猿も?」


「追跡用に使われてる。私を殺すんじゃなく、弱らせて捕まえるため」


「だからずっと追われてた」


「そう」


 話はつながった。


「これからどうするの?」


 ノアが聞く。


「……分からない」


「集落には?」


「戻れない」


「町は?」


「魔族が普通に入れると思う?」


「角隠せない?」


「できる。でもずっとは無理」


「ギルドは?」


「信用できない」


「じゃあ」


 4人が黙る。


 このまま森に置いていく。


 それはない。


 追手が来る。


 町も難しい。


 普通の村なら、魔族だと分かった時点で騒ぎになるかもしれない。


 ミナが言った。


「先生たちの村は?」


 ルークがすぐ反応した。


「あ」


「それだ」


 エマも頷く。


「確かに」


 ノアも。


「一番いいと思う」


 少女が4人を見る。


「何が?」


「俺たちの村」


「人間の村でしょ?」


「そう」


「私、魔族だけど」


「知ってる」


「追われてるんだけど」


「それも聞いた」


「昔の魔王軍まで関わってる」


「だから先生たちに相談するんだよ」


 ルークが当然のように答えた。


「先生たちなら、悪いことしてない相手を追い出したりしない」


「何で言い切れるの?」


 ルークは少し考える。


「先生たちだから」


「またそれ?」


「でも本当にそう」


 エマが笑う。


「少なくとも、話は聞いてくれると思う」


「セリアなら傷もちゃんと治せるし」


 ノアが言う。


「アルドなら追手のことも相談できる」


 ミナも続ける。


「バルクはたぶん何も気にしない」


「レイも」


「たぶん」


 少女が顔をしかめる。


「最後だけ急に雑ね」


 4人が笑った。


「遠い?」


「歩いて2日くらい」


 少女は少し考える。


 戻る場所はない。


 追手はいる。


 傷もある。


 そして。


 目の前の4人。


 黒牙猿6体を。


 まるで大したことではないように倒した人間たち。


「……その先生たち」


「うん?」


「本当にあなたたちより強いの?」


「うん」


 4人とも即答だった。


 少女が少し黙る。


「どれくらい?」


「だから分からないって」


「1回も勝てないから」


「……」


 少女はため息をついた。


「分かった」


「来る?」


「他に行くところもないし」


 立ち上がる。


「ただし」


「何?」


「危ないと思ったら、すぐ出ていく」


「分かった」


「それと」


「うん?」


「子供扱いしないで」


 ルークが少女を見る。


「120歳だもんな」


「そうよ」


「じゃあ荷物持てる?」


「持てるわよ!」


「怪我人に持たせるな」


 エマがルークの頭を叩いた。


「痛っ!」


 少女が。


 ほんの少しだけ笑った。


 月白草の依頼は、一度後回しにした。


 4人は少女を連れ。


 先生たちのいる村へ向かう。


 ルークたちにとっては。


 困っている魔族を連れて帰る。


 それだけだった。


 少女にとっても。


 少し変わった人間たちの先生に会いに行く。


 その程度だった。


 まだ誰も。


 そこで29年前の戦場が。


 もう一度つながるとは知らなかった。

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