第11話 Eランクの初討伐
Eランクになった翌朝。
ルークたちは、いつもより少し早くギルドへ来ていた。
「これにしよう」
依頼板の前で、ルークが1枚の依頼書を取る。
内容は、町の北にある農地周辺での角兎討伐。
目標は10匹。
「やっぱり討伐選ぶんだ」
エマが呆れたように言った。
「Eランクになったんだから、そろそろ魔物も倒したいだろ」
「昨日まで荷運びしてたのに」
「荷運びもちゃんとやっただろ」
「やったけど」
ミナが依頼書を覗き込む。
「角兎なら村の近くにもいたね」
「うん」
ノアも頷いた。
「ただ、先生たちにはほとんど戦わせてもらえなかったけど」
「必要がなかったからな」
ルークが言う。
「でも今日は依頼だ」
4人の意見はまとまった。
受付へ依頼書を持っていく。
「角兎の討伐ですね」
受付の女性が内容を確認した。
「Eランクになって初めての討伐依頼になります」
「はい」
「角兎はそれほど危険な魔物ではありませんが、角を正面から受けるのは避けてください」
「分かりました」
「それと、群れが大きすぎる場合は無理をしないこと。20匹以上まとまっていたら、一度戻ってきてください」
「20匹ですね」
「はい」
ルークはしっかり覚えた。
依頼を受け、4人は町を出た。
北の農地へ着くと、依頼主の老人が畑を案内してくれた。
「ここ数日、随分やられてな」
畑の一角。
野菜が食い荒らされ、柵の下には小さな穴が空いている。
「夜に来ます?」
ノアが聞く。
「明け方が多いな」
「どっちから?」
「北の草原だ」
ルークは柵の外にしゃがんだ。
「足跡ある」
エマも隣に来る。
「大きいね」
「村の近くにいた角兎より大きいかも」
ミナが言った。
「ここの餌がいいんじゃない?」
「野菜いっぱい食べてるしな」
ルークが立ち上がる。
誰も、それ以上は気にしなかった。
角兎にも大きな個体くらいいる。
それだけのことだと思った。
足跡を追って草原へ入る。
しばらくすると、ノアが手を上げた。
「いる」
4人が足を止める。
草の向こう。
灰色の魔物が何匹も集まっていた。
長い耳。
額から伸びた角。
見た目は確かに角兎だ。
ただし、大きい。
「でかいな」
ルークが小声で言う。
「村にいたやつの倍くらいない?」
「そこまではないでしょ」
エマが答える。
「でも大きいね」
ノアが数える。
「1、2……12匹」
「20はいないな」
ルークが言った。
「じゃあ大丈夫か」
「一気に来たら無理しないよ」
「分かってる」
4人は位置を決めた。
ルークとエマが前。
ミナが後ろ。
ノアが全体を見る。
「行くよ」
ルークが剣を抜いた。
こちらに気づいた1匹が、顔を上げた。
次の瞬間。
地面を蹴る。
ドンッ、と土が弾けた。
「速い」
ミナが言う。
それでも。
ルークは避けた。
半歩。
ただそれだけ。
太い角が身体の横を通り過ぎる。
その瞬間、剣を振った。
首元。
一撃。
魔物が地面へ転がる。
「大きい割には普通だな」
ルークが言った。
「油断しない」
「してないって」
今度は3匹が走ってくる。
エマが1匹を見る。
突進。
速い。
だが、レイと比べれば遅い。
横へずれる。
角をかわす。
すれ違う一瞬に、喉元へ剣を入れた。
2匹目が来る。
エマは剣を戻さない。
そのまま身体を回し、斬る。
倒れる。
「エマ、左」
ノアの声。
「分かってる」
3匹目。
一歩踏み込む前から、ノアには動きが見えていた。
後ろ脚に力が入る。
頭が下がる。
角の向きが変わる。
「今」
エマが動く。
突進が始まるより早く、進路から外れる。
剣が走った。
3匹目も倒れた。
「右から4匹」
ノアが言う。
「ミナ」
「うん」
杖を向ける。
「《風壁》」
風が地面すれすれを走った。
4匹を吹き飛ばすほど強い術ではない。
ただ、突進する脚をわずかにずらす。
それだけで十分だった。
先頭の1匹が転ぶ。
後ろの2匹が避ける。
最後の1匹が大きく外へ流れる。
「ばらけた」
「行くぞ」
ルークが飛び込む。
1匹。
首。
2匹目。
脚を避け、喉。
3匹目が横から迫る。
「ルーク、下がって」
ノアの声。
ルークが一歩退く。
その場所を角が通過する。
「助かった」
「次も来るよ」
「了解」
魔物の数は減っていく。
誰も焦らない。
誰も傷を負わない。
4人にとっては、4年間繰り返してきた訓練よりずっと分かりやすい戦いだった。
残り3匹。
今度は左右へ分かれた。
「挟むつもりかな」
ミナが言う。
「角兎ってそんな動きするんだ」
「頭いいんじゃない?」
「大きいから?」
「それ関係ある?」
「知らない」
話している間にも、2匹が回り込む。
「ミナの方に1匹」
「見えてる」
杖を構える。
だが、魔物は速かった。
風弾を作るより先に距離を詰めてくる。
ミナは術をやめた。
杖を左手へ。
右手で腰の短剣を抜く。
突進。
半歩外れる。
角が横を通る。
短剣で首元を斬った。
魔物が倒れる。
「やっぱり大きいだけだね」
ミナが言う。
「何が?」
「普通に斬れる」
「そりゃ斬れるだろ」
ルークが答える。
「魔物なんだから」
「そうだけど」
最後の2匹も、すぐに倒れた。
静かになった草原で、ルークが剣を鞘へ戻す。
「12匹」
「終わったね」
ノアが全員を見る。
「怪我は?」
「ない」
「私も」
「大丈夫」
「うん」
ノアも自分を確認する。
問題なし。
ルークが倒れた角兎の1匹を見た。
「やっぱりでかいな」
「重そう」
「持って帰る?」
「全部は無理」
「討伐証明だけでいいでしょ」
右耳を集める。
12枚。
ルークはそのうち1匹の角を掴んだ。
「これ、1本だけ持って帰ろうかな」
「何するの?」
「バルクに見せる」
「初討伐の記念?」
「そう」
エマが笑う。
「絶対『もっとでかいのいるぞ』って言われるよ」
「それでもいい」
ルークは角を背負った。
初めて受けた討伐依頼。
12匹。
全員無傷。
4人としては、十分満足できる結果だった。
夕方。
ギルドへ戻る。
「戻りました」
受付の女性が顔を上げた。
「角兎討伐ですね」
「はい。12匹いました」
「12匹ですか。規定数を超えていますね」
ルークが袋を置く。
「耳です」
「確認します」
受付の女性が袋を開く。
1枚取り出す。
手が止まった。
「……」
もう1枚。
裏返す。
3枚目。
「どうしました?」
ミナが聞いた。
「少し待ってください」
受付の女性が奥へ向かった。
4人が顔を見合わせる。
「何か間違えた?」
「右耳だよね?」
「右だった」
「12枚ある」
「じゃあ何だろ」
しばらくして、別の職員がやってきた。
昨日も話した男だった。
「見せてくれ」
袋の中を見る。
表情が変わる。
「これはどこで?」
「依頼に書いてあった北の草原です」
「全部これか?」
「はい」
「12匹全部?」
「はい」
職員はルークが背負っている角に気づいた。
「それも今日のか?」
「はい」
「貸してくれ」
ルークが角を渡す。
職員は根元を見る。
次に先端。
少し力を入れて確かめる。
「やっぱりそうだ」
「何がですか?」
ルークが聞く。
「これは普通の角兎じゃない」
「え?」
「剛角兎だ」
「ごうかくうさぎ?」
「角兎の変異種」
4人が顔を見合わせた。
ミナが首を傾げる。
「大きい角兎じゃないんですか?」
「違う」
職員が即答した。
「見た目は似てるが、危険度がまるで違う」
「そうなんですか?」
「そうなんですか、じゃない」
職員は思わず言ってから、少し息を吐いた。
「剛角兎はDランク指定だ」
4人が止まる。
「D?」
ルークが聞き返した。
「1匹で?」
「単体でもな。普通の角兎と同じ感覚で近づくと危険だ」
職員は角を机に置く。
「突進の速さも、角の威力も桁が違う。正面からまともに食らえば、Eランクの冒険者なら命に関わる」
「ああ」
ルークが納得した。
「確かに速かったです」
「……」
「でも避けられました」
「それで12匹?」
「はい」
「4人で?」
「はい」
「怪我は?」
「ないです」
職員が黙った。
今度は受付の女性が4人を見る。
「本当に、苦戦しなかったんですか?」
エマが少し考える。
「普通の角兎よりは速かったです」
「あと大きかった」
ミナが言う。
「角も太かったね」
ノアも続ける。
「でも……」
ルークが困ったように言った。
「そこまで強くはなかったです」
「……」
職員が4人を見る。
何か言おうとして、やめた。
「何だ?」
後ろから声がした。
振り返る。
ダリオだった。
カレンたちも一緒にいる。
「何かあったのか?」
職員が机の角を指した。
「これを見てくれ」
ダリオが手に取る。
「剛角兎か」
「12匹」
「群れ?」
「この4人が倒した」
ダリオの視線が止まる。
「……お前らが?」
「はい」
ルークが答える。
「角兎の依頼だったんですけど、こいつらがいて」
「剛角兎だと分かってたのか?」
「今知りました」
「……」
ダリオが角を見る。
ルークを見る。
「12匹?」
「はい」
「同時に?」
「最初は何匹かずつでしたけど、途中からまとめて来ました」
「逃げようとは思わなかった?」
ルークが考える。
「20匹以上なら戻ってって言われてたので」
「12だったから?」
「はい」
ダリオが少しだけ天井を見る。
カレンが横で吹き出した。
「そこ守るのね」
「だって言われたので」
エマが普通に答える。
「それで、12匹倒して怪我なし?」
「はい」
ダリオが今度は真面目な顔になる。
「どうやった?」
「普通に?」
ルークが答える。
「普通って何だ」
「来たの避けて、斬りました」
「……そうか」
ダリオはそれ以上聞かなかった。
少なくとも。
本人たちにとっては、本当にそれだけなのだと分かったからだ。
「これ、Dランクなんですよね?」
ミナが聞いた。
「ああ」
ダリオが答える。
「そんなに危ないんですか?」
「危ない」
「でも、先生たちとの訓練の方が大変だったよね」
エマが言う。
「うん」
ノアも頷く。
「バルクの方が速いし」
「レイの方が避けにくい」
「アルドなんてどこから魔法来るか分からないし」
「セリアも逃げ道塞ぐの上手いよ」
4人が普通に話している。
ダリオはしばらく黙っていた。
「……その先生たち」
「はい?」
「やっぱり一度会ってみたいな」
「村にいますよ」
「そうだろうな」
ルークが笑う。
「普通のおじさんとおばさんですけど」
ダリオは返事をしなかった。
カレンも。
フィンも。
ユナも。
誰も、その言葉だけは信じなかった。




