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妖精の丘の魔女ファムナッハは悪妻をやめる  作者: 麦色 ろっこ


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常若の国の恋人たち 4

 エーディーンが吹き飛び、無惨に暴風で荒らされた花園で、オェングスは茫然と膝をついた。


 彼の目の前には片目のない無惨な女の首が転がっており、それと同じ顔の自分が彼を見下ろしている。


「……なぜ?」


 呟くオェングスに、私は淡々と答えた。


「聞くまでもないでしょう? 

あなたは私の口を封じようとした。

ミデールがそう簡単にエーディーンを諦めるとは思えなかったし、あなたはエーディーンとの愛に満ちた暮らしを守りたかったのよね?

手土産に私の首を用意するくらいだから、ミデールには『嫉妬に狂ったファムナッハが彼女を殺してしまった——』とでも言うつもりだった?」


「……あなたは分別はないが、察しはいい」


 オェングスの言葉に、私は鼻を鳴らした。


「——ふん。私を殺そうとした癖に、知った風な口をきかないでちょうだい」


 オェングスは力無く笑ってみせたものの、突然愛する者を失ったのだ。

 混乱しているのか、目の焦点も合っていない。


「そうだ、その私の首……。せっかくだから活用してくれない? ミデールに見せて私は死んだと言ってちょうだい。『せっかく見つけたエーディーンをファムナッハが吹き飛ばしたから、頭に血が上って首を刎ねた——』と言えばいいわ」


「——そんなことをして、私に何の得がある?」


「そうね……例えばいつか、新しい恋を探したい時がきたら——あなたの新しい恋人を探してあげる、とかはどう?」


 オェングスは額に片手をついて、「ハッ——」と嘲笑を溢しながら私を睨んだ。


「新しい——恋か? それが……たった今、恋を失ったばかりの男に言うことか?」


「その恋は、あなたにとって——ミデールのように長い年月をかけて再び掴もうとするほどの価値はなかったようだけど?」


 オェングスの瞳に私が見たものは——悲哀、未練……そういった感情。

 ミデールの瞳にあったような大きな情熱や執着の色はない。


 それを見てとった私の言葉に、改めて自らの感情に気付かされた——とでもいうように、ぼうっとしていた彼の瞳が焦点を結んだ。


「あなたが恋と称したものは、その程度のものだったということよ……。せいぜい養母の首を落とす価値ほどの——ね。だから自己憐憫に浸るのは、ほどほどにしておいた方がいいわ」


 ——その時、背筋に冷たいものが走った。

 上空の方に微かにミデールの神気が漂っている。

 常に頭の中で警戒していたからこそ、気付いた彼の気配——。

 ——彼が近くに来ている……。


 私が身体をびくりと震わせるのを、オェングスが黙って見つめた。

 また捕まったら、どうなるだろう?

 もしも、オェングスによってミデールの眼前に突き出されたら?


 また地下牢で悠久の時を過ごさなければならなくなるかもしれない……。

 そう考えると、足が震えてくる。

 青褪める私の顔を見て、オェングスは呟いた。


「父上か……。久しく目通りしていなかったが、あなたが消えたことに気付いたのか——?

地下牢に残った私の神気の残滓からここへ来たか——」


 彼は私の顔と足元に転がる首を見比べた。

 しばらくして——彼は口を開いた。


「——いいだろう。ファムナッハは死んだことにする。そして、あなたはたった今から別人として生きていく。私の権能で、若さを取り戻し不死の身となって。そうすれば……いつか——どこかで、エーディーンの術を解くことも叶うかもしれない」


 そのオェングスの言葉を聞いて安堵すると同時に、私の胸には、おかしさが湧き上がった。


「随分と気前のいいことね。あなたの前に跪いてそれを願う者は数多いるでしょう。

私はそれを望んだことはなかったけど、新しく生まれ直して生きるのもいいかもしれないわね。

恩にきるわ。では、またどこかで——」


 別れの言葉を口にするや否や、ミデールと顔を合わせるのを避けるため、私は魔術で素早くその場を逃げ去った。


 彼を振り返ることもしなかった。

 過去を振り返ることもしない。

 ——これからは前だけを見て進む。

 そう、決意を込めて自分に誓った。


 さて、今からどこに向かおうか?

 とりあえず飛び出してきたものの、養父のところにいれば、見つかる可能性は大きい。

 ボイニ川沿いの道を歩きながら、考えを巡らせることにした。

 ミデールに見つからないように、マントのフードを引きおろし、魔術で気配を消した。


 しばらくすると、上空に漂うミデールの神気が色濃くなり、それがオェングスの宮殿へ向かっていくのが分かった。

 とにかく少しでもここから遠くに向かわなければ。

 焦燥感でひたすら足を動かしていたけれど、少しして、地響きの後、足元の大地が大きく揺れた。

 ——視界が揺れて、転んでしまった。


「——痛っ……」


 きっとミデールがエーディーンのことを知って、衝撃を受けたのだろう。

 かなり派手に嘆いているようだ。

 乾いた笑い声が口から漏れた。

 彼の不幸に同情する気にはなれない。


 不意に、喉の渇きを覚えた。

 川の水を手のひらで掬うと、その水を口に含み、喉を潤した。

 オェングスの居所の近くだからなのか、水が甘い。

 その水で顔も洗った。


 ——あ……。

 手でなぞった瞼の膨らみ。

 つい先ほどまで落ち窪んでいたその部分に、厚みを感じた。

 奪われたはずの私の目が戻ってきたようだ。

 瞼を開くと確かに両の目で物を見ることができた。

 そして、よく見ると——濡れた手も腕も、艶めいていて、張りがある。

 川の水面を覗き込んでみた。

 ——そこには、もう何十年と目にしていなかった若い頃の自分が映っていた。

 ふっくらとした頬、曇りのない翠色の瞳、すっと通った鼻筋に弓形の唇も艶めいて見えた。


 オェングスは一瞬で私の命を刈り取るほど酷薄なのに、与えてくれる時は本当に、大盤振る舞いね。

 ここにいる私が、嫉妬で恋敵を追いやった老女だとは誰も気付かないわね……。


「ふふっ……」


 さて、これからどこでどう生きようかしら?


 




 

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