最後の物語
ある森の奥深くに、まっ白なレンガでできた美しい施設「楽園の館」がありました。そこは、悩みを抱えた動物たちが「正しい幸せ」を学ぶ場所。
不揃いな長い耳がコンプレックスのうさぎのトトは、優しい白フクロウの館長に迎え入れられました。
「ここへおいで。君のその耳は『間違った個性』だ。私たちが直してあげよう」
トトに与えられたのは、窓のないまっ白な部屋。天井からは、チリン……チリン……と、1秒刻みで銀の鈴の音が響いています。
館のルールは絶対でした。朝は「私は幸せです」と100回唱え、昼は館長への感謝の詩を書き、夜は自分の悪いところを書き出す。従わなければ食事を抜かれ、冷たい部屋に閉じ込められました。
「すべては君のためだよ」と微笑む館長に、トトは次第に依存していきました。
数ヶ月後、隣の部屋に青い鳥のルルがやってきました。ルルはかつて美しい声で鳴いていましたが、今はガラス玉のような目で、うつろに微笑むだけです。
「外の森は危険。館長がいないと私たちは生きていけない。私は青くない、ただの白い鳥」
ルルは完全に「白」に染まっていました。その姿に、トトはかすかな恐怖を覚えました。
ある夜、激しい嵐で館の時計が壊れ、銀の鈴の音がピタリと止まりました。
訪れた静寂の中で、トトは自分の耳の奥から、かつてお母さんが耳を撫でてくれたときの温かい心臓の音を思い出しました。
「ぼくの耳は、ぼくだけのものだ。ここは狂っている!」
トトはルルの手を引き、施設を抜け出そうと廊下を走りました。
しかし、正面玄関には館長が立ちはだかっていました。館長は激しく鈴を鳴らします。
「どこへ行くんだい? 外の世界は冷たく、誰も君たちを愛さない。ここにいれば一生傷つかずに済むんだよ!」
その言葉に、ルルは怯えてその場に座り込みました。「私は白い鳥、ここにいる」とブツブツ呟き始め、トトの手を振り払います。ルルの心はもう手遅れでした。
トトは絶望しながらも、一人でまっ白なガラス窓へと飛び込みました。
パリン! と音がして、トトは夜の森へと落ちていきました。
激しい雨と風がトトを打ちつけます。お母さんのいた家を探して、トトは必死に走りました。しかし、かつての我が家はとうに荒れ果て、お母さんの姿はどこにもありません。冷たい雨の中、トトは自分が完全に一人ぼっちになったことを知りました。
森の木々は不気味にざわめき、冷気と飢えがトトを襲います。自由になったはずのトトの頭の中に、なぜかあの音が響き始めました。
チリン……チリン……。
「……私は、幸せです」
トトは暗闇の中で、ガタガタと震えながら呟きました。館長に教え込まれた言葉しか、もう自分の心を満たすものが残っていなかったのです。
トトは自ら泥まみれの足で、再びまっ白な館へと歩き始めました。
誰も救われないその館の窓からは、今夜も美しい銀の鈴の音だけが、静かに響いていました。




