【神話生物】事件 後編 11
side 須藤与一
境界斬りの攻略方法がない。
全てを切断するあの悪夢のような技を攻略しなければ、何も始まらない。
「ひとみ! どうだ!」
「『過分に呪詛は吸い取っているはずですわ旦那様! ですが、今のところ何も変化はありません! 流石と言わざるを得ません』」
俺と距離をとりながら、骸骨の行進を何度も行い呪詛を流し込んでいるひとみ。餓者髑髏にダメージが入る以上、深追いはしていなかった。
「いろは!」
「幻覚は効いています。でも、あの技が裏世界まで効くなら不用意な幻覚は犠牲者が……」
「ちっ」
いろはは声だけが聞こえる。
俺は一切その姿を視界に入れていない。だが、なんとなく場所は分かっていた。
「……銀子さんは?」
「『急にテンション下がるのやめてください!!! 私はとても喜びに満ちています!!! ただ、私からは……。嫌がらせはできても命には届かないでしょう。痛覚共有も通信も、結界斬りによって断ち切られました。ここからはお互い消耗戦。崩れた方が負け。不利はこちらです』」
「? なんでだ? 数は有利だろ?」
「『だって、与一様が死んだら私たちが崩れる。私たちが死んだら、与一様が崩れる。一人も欠けてはいけません。対して向こうは不定形。疲労とは無縁の可能性がありましょう』」
「えっぐ」
銀子さん。仕事は出来るんだよな……。
でも確かに、誰か一人が崩れたら俺たちは絶対に崩れる自信がある。
……ちっ。殺されてたまるかよ。
宙を飛び交う銀子さんを尻目に、俺はぬらりひょんを観察する。
刀を振る。
骨が飛び散る。
刀を振る。
五行の術が吹き飛ばされる。
……その繰り返しだ。
鞭のようにしなる腕は、リーチを完全に誤認してしまう。
人に不可能な体勢からですら刀が振られる。
ただの剣道技では、攻略不可能だ。
「勝てる、勝てるぞ、貴様ら全員、技に追い付かないのぅ!!! さらばだ式神ども! さらばだ、須藤与一!!! これで終わーーー」
ぶしゃり、と血が噴き出る。
それは黒く、腐臭にみちた液体だった。
「何ーーーーーッ」
ぬらりひょんの肩に、斬り傷ができている。
「なんだ、今何を……須藤与一、いや違う、いや、なんだ、なにをされ」
ぶしゃり、再び足元から血が噴き出る。
「な、なんだとぉ!?!?!?」
「好機!!!」
俺は一気に駆け上がって思いっきり刀を振った。
「!? くっ、殺ァアアアアアアアアア!!!」
響き渡る金属音。
鍔迫り合いによる火花を散らしながら、再びぬらりひょんに斬り傷が増える。
「ちっ、なんの策だ此れは……儂を斬っているのは、なんだ!?」
「俺が知ったこっちゃねぇ! お前の古傷でも開いてるんじゃねぇか!!」
「そんなわけがッ!! ……。…………、まさかッ!!!!」
ぬらりひょんが突然後方に飛び上がる。
その瞬間、ぬらりひょんが今まで居た地面に長い切れ込みが作られた。
……この、傷のリーチ。日本刀のものではない。
「……、薙刀?」
ぞっとした。
まさか。
そんなことがあるのか?
まさか、嘘だろ???
幼馴染ちゃんが、やってるのか……?
裏世界から表世界へ斬っていたぬらりひょん。
その、逆を……、今、幼馴染ちゃんがやっている?
「あ、あり得ない……、見えてないはず。なのに、どうして……」
「まさか、表の世界から斬撃を飛ばしているのか!? 一体どうや、……、いや、待て……、違うのか? ニャルラトホテプ様は仰った。天才どもに多くの技を見せるなと。容易に真似されてしまうからと。まさか、儂の……儂の境界斬りは、表世界に干渉していた? それを、斬撃痕だけ見て……真似られたのか……?」
「っ」
こ、こいつ。自覚無かったのか!?
「そうかっ、表世界のこやつは……裏世界からの斬撃を受けて、儂の動きを読み取り攻撃を当てているというのか!!!!?」
ぬらりひょんが叫ぶ。そうか、幼馴染ちゃんはなんらかの方法で裏世界の攻撃を受けて、読み取ったのか。敵の情報を、その動きを!
ぬらりひょんが息を飲む。
「っ、なるほどのう……不用意に境界斬りを連発するとこのような不可思議な状況も発生するのか。これができそうな人間は一人だろうに……蘆屋の娘子、本物の天才かっ!!!!!」
ぬらりひょんが再度境界斬りを乱発する。
それは、俺たち全員を狙ったものだった。
直後、”俺に向けられた”境界斬りの斬撃が、打ち消される。
「『なっ!? ちぃ!!!』」
「『露骨すぎますっ!!?』」
ひとみと銀子さんは各自で回避行動を行う。
ーーまさか。俺の動きも把握してるのか?
それこそ無理だ……。
俺は、表世界へ影響の出ることなんて一つもしていない!!?
なのに、なんで……。
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「わかるよー。与一くん」
蘆屋が笑う。
ステージ上に一人きり、切り刻まれていく会場の中で、微笑んでいた。
「だって、私与一くんの幼馴染なんだもん。目を瞑ってたって分かるよー。今どこにいて、どんな姿勢で構えてて、どんな顔をしていて、今何歩動いて、今何回呼吸して、今何を考えて、何をしようとしているのか、全部わかるよ。大丈夫、大丈夫だよ与一くん」
その微笑みは、神があまねく光を照らさんとしているような神々しさがあった。
「私が助けるからねー。終わったら一緒に、デートしようね」
それは、見えない須藤与一と背中合わせをしている立ち姿。
裏世界で立ちすくむ彼を守る為に、背中は、彼女が守らんと力を込めて。
そして、再び薙刀を振りぬこうとして。
「--与一くん?」
少し怯えたように、見えない男の顔を窺った。
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何故か。
俺は。
心にささくれのようなものが出来ていた。
いや、違う。
俺は、苛立っていた。
なんだそれ。
いや、そうだろうな。
蘆屋緋恋なら、それができるんだ。
できるんだから、対処もできる。
はは、ははは。
ふざけるな。
ふざけるなよ。
何勝手に混ざって戦おうとしてんだよ。
何勝手に、俺たちの戦いにちょっかいかけて勝とうとしてるんだよ。
分かってる。
合理的に考えるなら勝てる最善を尽くした方がいいのは分かってる。
だが、なんだ。
嫌だ。
全てが気に食わない。
ーーなんだろうな。
ぬらりひょんを見た。
こいつは、強いなぁ。
でも、ただ強いだけじゃない。
滅茶苦茶、剣を振ってきたんだろうなぁ。
分かるよ。お前多分弱かったんだろ。
だってその剣、努力の剣だ。
人間の技を真剣に学んで、自分の体に合わせて今生き生きと動いてる。
ーー【獅子王】が震える。
ごめんな。俺が使いこなせなくて。
あぁ、コンプレックスが止まらない。
そうか。
ぬらりひょん。
俺お前のこと好きかもしれない。
俺みたいにさ、途中で陰陽師の世界から抜けちまって戦うことをやめた人間と違う。
剣に一途に、お前なりに挑んだんだろう。
だから、俺は俺の戦いで、【陰陽師】として答えたかったんだろうな。
そうだ。
ついでに思い出した。
そうだよな。
俺の目的。すっかり忘れてたわ。
ニャルラトホテプのせいだ。
俺が本当にやりたかったこと、あるんだよ。
ーーそれは。
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回想
「俺さ」
「はい」
俺は、【陰陽王子】に背を向けて、彼女の眼を見た。
とても、綺麗だった。
「陰陽師になりたかった」
「……」
「才能は無かった。最初の願いは、こんな妖怪とか怪異とかがありふれた世界で、死にたくなかっただけなんだ。……でも、頑張ってみたかった。諦めきれずに刀を振ってはいた。……中学卒業して、普通の学校に行くことになった。もう、陰陽師になるなと言われた。言われたんだよ。……俺さぁ、良いのか悪いのか分かんなかった。あぁ、やっと夢に踏ん切りがつけれるとも思った。幼馴染ちゃんは抗議してくれたけど、なんかさ、もういいんじゃないかってなった。なったんだよ」
「はい」
「……才能無いって、分かってるくせにさぁ。こういう舞台に立つと、一瞬でも思っちまうんだよ。【俺に、チートが目覚める時がくるんじゃないか】って! 自分が特別な存在な気がして、たった、たった1秒でも天才を上回るような飛び級の才能があるような気がしてっ、だから、だから余計つらいんだよな! そんなことないって分かってんのに!」
「……はい」
「ーーお前らと出会って。お前らと戦って。お前らと……一緒に過ごしてさ。もしかしたらって、なんか、一個だけ、本当に一個だけ……お前らと叶えたい欲望が、一個だけあったんだ」
「……その欲望とは?」
「……」
ずっと。
ずっと、追いかけられ回されて。
馬鹿にされたこともあって。
でも、それが嫌で。
だから。
ーーこの瞬間だけでも、俺から、追いかけたかった。
「幼馴染ちゃんを、一度でいいからボコボコにしたい……」
あぁ、そうか。
俺、ずっと負けっぱなしだったの、悔しかったんだ。
だから、トーナメント出てもいいみたいな気持ちになったのか。
だから、一方的に終わった陰陽師の道に戻すような訓練も、やってみようと思ったのか。
そっか。
俺、やっぱ負けたくないんだ。
ずっと近くにいた、幼馴染。
天才で、誰も勝てない、すごいやつと俺は仲が良かった。
だけど、悔しかったんだ。
俺、……悔しかったんだな。
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「……【獅子王】」
刀を強く握りしめる。
その力に、刀も振るえるように答えた気がした。
「ひとみ、いろは、銀子さん」
俺は、(背中になにかいるようなものをかき消すように)刀を振った。
「頼む。俺を、勝たせてくれ。陰陽師として、ぬらりひょんに、--あの、天才にっ!!! 俺も、プライドを捨てるぞッ!!! ぬらりひょんッ!!!!」
捨ててやる。
そして全部ぶっ倒してやる。
なにがぬらりひょんだ。なにが蘆屋緋恋だ。
それを越えられるのなら。
今までの刀の振り方を、全部捨ててやる。
分かっていた。
分かっていたんだ。
今のままでは勝てないんだ。
全部使うんだ。
俺が嫌がってるものも、俺が本当にしたいと願っていることも。
全部全部、今、この瞬間の為にーーーーーー。
その構えは、今までのような正中線に構える刀の持ち方ではなかった。
だらりと、刀を持って、手を下げている。
刀の鞘と、【獅子王】を両手に握る。
ーーその構えは、まるで。
かつて見た、日本画のような。
ぬらりひょんが、呟いた。
「----むさし?」
どしん、と地が揺れた。
俺の足から地面が揺れた。
あぁ、全部他人事だ。
合理性を、術理を、全部捨てる。
「!? なんっ」
ぬらりひょんの刀が目の前に来る。
俺の一歩は、気付けばかなりの距離を飛ばしてくれていて。
ぬらりひょんの懐に入っていた。
そうだよ。あの技は、食らってるんだから、憶えてる。
「----永弓」
「馬鹿なッ!?!!??!」
ぬらりひょんの刀を、鞘で弾き。
「永弓・二連」
【獅子王】が、ぬらりひょんの体を袈裟に斬った。
ぬらりひょんが必死に体を引く。
あぁ。あぁ。
長かった。
ようやく、薄皮一枚斬ってやったぞ。
「なんだその動き、まるで……、まるでッ」
「『よそ見厳禁ですわ』」
「っ!?」
骸がぬらりひょんの体にまとわりつく。
「ッ、なぁめるなぁよぉ、ガキども!!!!」
白骨が吹き飛ばされる。
俺は鞘と刀を握り、下から上に振り翳す。
ぬらりひょんも反応して、防ごうと刀を振るう。
そのまま。
俺は。
”鞘と刀を宙に投げた”。
「--は?」
「我が肉体は爆発する」
徒手に気力を込めて、胸元に手を添える。
「【零断ち】」
「ぎゃっ!??!?!?!」
不定形の体があらわになるほど、体が波を打つ。
吹き飛ぶぬらりひょん。
「『夜長の暇、鈴虫の鳴動、夏の殺意の余韻が玉響に。』
『第72幕、乙女心中』」
月下美人が、揺れていく。
「『水面に反響、月に鐘』」
ぬらりひょんが、突然逆再生のように元の場所に戻り、再び【零断ち】を食らったように吹っ飛んだ。
受けた痛みの再現が、「水面に反響、月に鐘」の能力だ。
ぬらりひょんはこれで二度【零断ち】のダメージを受けた。
「ガッ、ぁ、ぁあ!? なん、その、わz、ご、が、ぁあああ!?」
「ぬらりひょん」
俺は宙から落ちてきた鞘と刀を手に取る。
「笑ってくれよ。俺は、本当に愚かなやつなんだ」
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それは。
準決勝前日のことだった。
「須藤与一さん。おそらくなんですが、小さいとき、例えば中学生くらいから剣が弱くなってませんか?」
「えっ」
【寺生まれのG】東 呉十郎が真剣な表情で、俺に語り掛けた。
「なん、その。いや……」
「……」
「ぁ、あぁ。そう、だな。いや、でもそれは、周りが上手くなって……」
「なるほど! 与一さん。貴方はどうも認識が歪んでいるようです!」
「えっ」
デリカシーがない発言だと思ったが、東は本気で俺の事を思って指導してくれていたらしい。
「はっきり言いましょう。おそらくこれからも剣は弱くなるでしょう! 周囲は気付かない弱点です。ですが、僕が教えれば戦闘力は跳ね上がる。それだけは断言しておきましょう!」
「なっ、なん、え? ど、どういうこった?」
「その為に与一さん。僕と徒手にて組手を行いましょう!」
「え、剣とはそれは関係なーー」
「破ッ!!!!」
不意を衝かれた一撃。必死に躱して怒鳴り散らした。
「おい、何すんだ!!!!」
「もうわかったんじゃないですか?」
「……え?」
「なるほど。では木刀を持ってください」
「……?」
「破ッ!!!!」
再び素早い拳が飛んできた。
俺は木刀で捌こうとして……。
「痛っ!?」
普通に、殴られた。
「いぃいっ、痛ぁ……、なに、すんだ……親父にもぶん殴られたことな、あるわごめん……」
「与一さん。なぜ貴方がフィジカルギフテッドであるのに弱いのか。それは、刀が原因です。いえ、今まで学んできた剣術が原因です!」
「--、え?」
「理由はなんとなく分かりました。おそらく蘆屋緋恋さんです。天才を倒すために努力を重ねたと思います。ですが、適切な練習相手にならなかったんです。貴方の動きは逃げ腰で、強すぎる相手と戦い続けた人間の動き。勝ち癖がない。そのくせ、剣に対するこだわりが強すぎます。体で避ければいい攻撃も、剣でなんとかしたいという欲望が強い。それをやめるだけで、貴方はもっと強くなるのに」
「……」
「剣術には型があります。型が無ければ型無しになる。なので型を学び、守り、破り、離れる。それが理想です。ですが、貴方は不安から破れない。初心者のミスです。脳みそが「その動きはこの場面の正解だが正しい動きではないからやらない」と拒否して、体が「もっとこんな動きができるのに、刀でなんとかしないといけないから」と余計なノイズが入って反応も動きもワンテンポ遅れているんです。試合形式の練習や実践で「自らの体に合わせた剣術」に変わっていくはずですが、……それができていないんです。蘆屋緋恋さんのような強敵ばかり相手にしているとそうなります」
「な、なん」
「おそらくですが、純粋に何も考えず剣を振っていた、7歳くらいが一番強かったのではないでしょうか。大人になってくる過程で、知識や知恵が貴方の邪魔になっていたような気がします」
「……」
確かに。
そんな、気がしてきた。
俺はいつも、幼馴染ちゃんと練習していた。
でもそれは、いつも追い掛け回されて、鬼ごっこみたいになって。
その、剣術が。
俺の成長の妨げになっていた……?
で、でも。
でもさ!!
俺の剣術は……。
原作主人公の、最強の……剣を真似して……。
「その剣技は貴方の為の技ではないです。体に身をゆだねてください。体が望む動きをしましょう。今まで刀を振ってきた基礎力が高いならば、剣術は補助してくれる道具。刀を使うのではなく、体の一部として刀を振るってください。さぁ! それでは実戦です! 本気で行くので頑張ってください!」
俺は。
ーー俺は。
剣術を振るえば、ボコボコにされて。
体に身をゆだねて剣を振ったら……。
「……お見事です」
東にも、勝てるようになってきた。
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こだわっていたのだ。
原作主人公への憧れ。
あんな風になりたいという思い。
ーー転生者だからこそ、原作のゲームがあるからこそ、あんな風に強く在りたいという、願い。
あるよな。
原作主人公の隣で戦いたいとか。
そいつよりも上に立って立ちふさがる壁になりたいとか。
ーーあぁ、すごいなぁ。
強いなぁ。かっこいいなぁ。
あの剣を、あの剣が振れたなら……。
陰陽師の才能が、少しでもあったらなぁ。
ずっとそう思ってた。
でも、残念だけど。
俺にその才能は、無かったらしい。
体に委ねる。
今まで見て、感じて、味わった技も、今の俺なら雑に再現できる。
ーーさようなら、【最強】の剣。
ここから先は、
俺の剣だ。
「--それだ」
ぬらりひょんが悦に浸る。
「それだ、その剣だ。その剣だッ!!!!!! 儂が強く脳に焼き付いて焦がれた、恐ろしい剣はッ!!! その剣を見て儂も狂ったッ!!!!! あのように自由に動けたらと、儂にアイデアを振らせた!!!! ーーその剣を、見たかったぞッ!!! 須藤与一ぃいいいいいいいいいいい!!!!!」
「ぬらりひょおおおおおおおおおんッ!!!!!!」
ぬらりひょんが境界斬りを俺に放つ。
俺は自然と膝を曲げ、跳躍する。
地面と平行になる体。
数回回転しながら、刀がぬらりひょんに向かっていく。
しかし切り返すように、二度目の境界斬りが俺を襲う。
「ーー燕返しッ!!!!」
ぬらりひょんがそのまま剣を五芒星を描くように振る。
「5連ッ!!!!」
地面にたどり着けない。だが、それでもいい、
剣の鞘を、地面に立てるように突き出して、それを軸に片手で逆立ちになり、鞘と握る手を、膝のように折り曲げて全て躱す。
その境界斬りに反応したように、地面が再び傷ついていく。
幼馴染ちゃんだ。
ーーだが、理由は分からないが。
俺も、斬られた。
なるほど。あいつはきっと、ぬらりひょんの剣をイメージして俺がどう動いてるか予想しているんだ。
つまり、斬られたということは。
今俺は、幼馴染の予想を超えた動きをしているという証拠。
滾る。
血が、滾る。
目が、視界が徐々に加速していく。
息が、乱れる。
幼馴染ちゃんに鼻先を斬られた。
ぬらりひょんに腕を裂かれた。
ごめん幼馴染ちゃん。
おそらくぬらりひょんを斬ってるつもりなんだろうな。
俺のレベルが上がれば上がるほど、ぬらりひょんに斬ったつもりの斬撃が俺に当たっていく。
味方じゃない。
敵か、ステージギミック。
ぬらりひょんにやられるか、幼馴染ちゃんにやられるか。
どちらも違えど神の使い。
超える。
何でもいい。
僅か一歩でも前に出るだけでもいい。
何か一つでも優れたところをぶつければいい。
ーー限界を超えろ。一瞬で良い。
あの剣豪と天才を、みんなと一緒に超えてやるッ!!!!
「がぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
陰陽の術の才能がなかった。
周りには天才がいた。
気合と根性でついていって、それでも道は閉ざされた。
「『旦那様ッ』」
ひとみの声が聴こえる。
あぁ、彼女のお陰で、俺の道は再び陰陽師に戻ることができた。
ありがとう。
「与一さん!」
いろはの声が聴こえる。
彼女のお陰で、俺は家族が増えた。
ありがとう。
「『与一様!!!』」
銀子さんの声が聴こえる。
ーーきっと、直接は言わなかったけど。
へへ、初恋だったんだぜ。きっと。
なぁ。ぬらりひょん。
お前ならどうする?
俺は、チート無しで鬱すぎる現代和風同人ギャルゲーの世界にモブ転生しちまったと思うんだけど、どうすればいい?
お前なら、どうするんだ?
俺は天才じゃない。チートも無ければ負けばかり。
そんな俺が、こんな世界で生きるには。
どうすればいい?
分かってる。
お前は答えない。
ーーその剣が、お前の答えなんだから。
幼馴染ちゃんの薙刀の斬撃が、飛ぶ。
俺は、なんだろう。
その斬撃が、なんでだろうか。少しずつ。
視えるようになってきた。
「ふざけろ……須藤与一ッ!!」
怒りに震える、ぬらりひょん。
「まだ完全に剣で攻めようとしていないッ!!! 何故だ!!! ……儂では、足らぬと申すか!!!」
「……」
すげぇな。お前は。
分かってたのか。
「悪いなぬらりひょん。これは剣豪vs剣豪じゃない。剣豪vs陰陽師なんだ。俺は、バカみたいで、あほくさくて、どうでもいいようなハッピーエンド狙いなんだよッ!!!!!」
「ぬかせ!!! 何がハッピーエンドだ!!! そんなもの、斬って捨てて」
ぼとり、と。
ぬらりひょんの右腕が液状化して落ちた。
「--やっと、罹った」
長かった。
ようやく、待ちわびた瞬間が来た。
「これは、一体……」
「『素晴らしいです。後でほめてあげましょう、いろは』」
ひとみが、骨で出来た白無垢を身にまといながら、妖艶に笑った。
「なにが、く、これは……、何をした?」
「『教えて差し上げましょう。私の力』」
【浄土穢れ地獄渡り彼岸花咲きし丘】。
それが彼女の能力である。
その能力は、餓者髑髏を中心に、彼岸が咲き誇る丘が形成され、その周囲を、呪力で構成された液体を流し続けること。
液体は怨念がこめられ、触れるもの皆殺す毒になる。
そう。
ここに丘は見えない。
彼岸花が、ただ咲くばかり。
それはあり得ないことだった。
彼岸花を踏みつぶせば呪詛が振りまかれる。
ここら一帯がすべて、呪詛まみれになるはずだった。
「だから幻覚の力をフル活用しました。もうここは異界です。」
いろはの笑い声が響く。
銀子が、俺の隣に立つ。
「『見るがいいぬらりひょん。ここら一帯は、花の丘である』」
ぬらりひょんの目が覚めた。
別に寝ていたわけではない。
ただ永遠に、意識をそらされ続けたのだ。
対等な戦場だったはずだ。
平らでお互いに同じ条件の、ステージ上だったはずだ。
今、ここは。
ステージ上から裏世界の現実を塗り替えた異界。
「『【浄土穢れ地獄渡り彼岸花咲きし丘】。及び』」
空には穴が開き、赤くおぞまじい液体が、会場内に零れ続ける。
丘の上に立つぬらりひょんの足元は、彼岸花にまみれており、今ようやく痛みに気が付いた。
死穢れが、ショゴスという肉体を遂に満たしたのだ。
ーー神話生物の狂気を、超える呪いを。
「だ、だが。儂は……神話生物。並の呪詛では、わが身は侵されることすら」
「『及びと言ったではありませんか』」
ひとみが視線を向ける。
そこに立つのは、巫女服を纏う金色の耳と九の尾を揺らす女。
彼岸花に紛れるように、或いは塗りつぶすように、月下美人が咲き誇る。
それはどこか、お互いの花の自己主張の戦争のようだった。
どちらも美しいが、主張しすぎて下品なまでに。
「『ご覧くださいまし。こちらが私の能力。【禊精霊蝶よ花よ勺惚ゆらり】。与一様と咲かせた月下美人の花は、とても私向きの力でございました。私の戦闘能力は、五行の術の全て。禁術。自らの半生を具現化させ独自のルールで押し付ける傾国御伽噺。それらすべてーーーー、無限に、無制限に、デメリットを全て消し、敵の耐性を無効にさせながら押し付けることができる能力です。特に気に入っているのは……、はい。相手が無条件で全てを受け入れてくれる、愛の呪い。貴方も無残に受け入れてしまっていたんですよ、ぬらりひょん』」
「----」
ぬらりひょんの口から無茶苦茶だ、という言葉が出かかったような印象を受ける。
「俺たちが考えた作戦はこうだ。プランAは銀子なしパターン。幻覚の俺と戦わせて永遠に呪詛の嵌め技で倒すこと。プランBは銀子ありパターン。俺が真正面で戦いおとりになってる間に、ひとみが呪詛を展開。銀子さんが敵の耐性をゼロにする。しかしそれには条件があった。いろはだ」
いろはの姿は、見えることはない。
「いろはの幻覚の力は、人間には有効だが妖怪には耐性がある。特に呪力が同等の存在には効きづらい。お前は効きづらく、なおかつ銀子さんの能力で効いていても、……呪詛が溜まったことや、異界について見破ってくる。だから違和感を感じさせないように、近くで、違和感の芽を幻覚で全て潰す戦法をしなくちゃいけなかった。しかも、俺も同じ幻覚を見てるからな。お前が俺にこだわってるってネタバレ見たからな。俺と同じものを見ていれば、幻覚の違和感は消える。条件はフェアに、死ぬ可能性は全然あった。だが俺以上にいろはは、命を懸けていた」
なにせ、いろははずっと俺の後ろにいたんだから。
「……、お主の、動きが100%の攻めに転じなかったのは……」
「あぁ。そうだ。俺はずっと守る戦いをしてたんだ」




