【神話生物】事件 後編 12
準決勝前夜。
【六波羅警邏 3番隊副長】常盤 夢人が見たものは、倒れている東と、息を乱しながら水を飲む須藤与一、冷やし濡らしたタオルを差し出す銀子だった。
「おう、悪い。1時間で教えるって話だったんだが熱入ったっぽいか? 今何時? 遅くなった?」
「……。いえ。まだ55分と記憶しています。いや、もう業務ではないか。砕けた口調でもいいか?」
「お? いいぜ」
常盤が月を見上げる。今日は一段と綺麗な月だった。
常盤 夢人が出したのは特殊警棒。
これが彼の武器だ。
「それが武器?」
「いや。これ以外も使う。俺の本懐は警備だ。要人も民衆も守る為に手段は多ければ多いほどいい」
「警備かぁ。すげーよな。若いのにもう働いてて」
「……。俺はむしろ君に敬意を覚えている。無才ながらこの舞台で結果を残している。それは、とてつもないものの積み重ねだろう。俺からは一つ、提案したい戦い方がある。聞いてくれないか?」
「それも、あれか? 安倍怜音が命令した奴か?」
「必死だった。だから乗った。……むしろ、知っていたのか?」
「あぁ。実は……」
与一は、なんとなくこの男は信用できると思い、全てを伝えた。
ニャルラトホテプについて。
俺が情報得る為に、行ったことについて。
「君は……。バカなのか? そこまでする必要は、あったのか?」
「いや、でも結構いい手だったと思うんだよ。実際これで情報めっちゃ集まったしさ」
「……自分を未来に奉げ過ぎだ。須藤与一。俺たちは恩を返したい。体を張って未来を作ったお前に報いよう。何か一つでも、お前に与えたい。須藤いろはを呼んではくれまいか」
「護衛?」
いろはの素っ頓狂な声を肯定するように常盤はうなずいた。
「うむ。須藤与一の後ろでちょろちょろしすぎている動きが試合で良く見られていた。おそらく動きについてリハーサルが済んでいないのだろう。あの場に立っているということは役割があるということは察して余りある。なので、須藤与一を護衛、須藤いろはを要人と仮定し、要人警護の戦闘スタイルを意識するのがいいと考える。守る、守られるというのは技術だ。これで戦闘の幅は大きく変わると考える」
「でもよぉ、それだと俺が積極的に動けないんじゃ」
須藤与一の言葉に、常盤は首を横に振った。
「単独行動は、各個撃破の的だ。俺なら積極的に浮いた駒を狙う。だから、守れ。彼女を守る意識があることで、冷静さを手に入れられる。常に戦場全体を見渡し、合理的に今何をすべきかが明確になる。最善に立てばたつほど、戦闘に夢中になる。だが個人戦で勝てても作戦が失敗することは多々ある。そして式神使いの君ならば、式神と自分の役割を明確にすることで、誰がどう動くか頭に入っていることで、誰よりも自由に戦える。そんなスタイルだが、学ぶ価値はあるだろうか?」
須藤与一と須藤いろははお互いに顔を見合わせて。
「やろう!」
「やりましょう!」
大きな声を上げた。
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蘆屋緋恋が違和感に気が付いたのは、ついさっきだった。
ぬらりひょんの剣戟のパターンが変わってきているのだ。
さっきまでの試合は理解できる。
ぬらりひょんが何度も裏世界から斬撃を飛ばしてきた。
だからこそ位置も特定できたし、須藤与一の行動パターンが読めた。
だが、徐々に。
理解のできない、目的のある攻撃が増えた。
まるで追い詰められた獣のような攻撃だった。
追い詰めている人間がいる。
小笠原ひとみ?
いや、彼女の行動パターンではない。
銀子?
いや、ならばもっと荒々しい。
……須藤、与一?
一度、見に回る。
すると、ぬらりひょんの攻撃から見える須藤与一が、明らかに……。
常軌を逸した攻撃パターンに、変化してきている。
「----うそ、そんな攻撃、……できるんだ?」
蘆屋緋恋の力が、大地を震わせ、大気を軋ませる。
「あ、あは。あははー、あははははー、うそ、信じられない、私が本気出してるのに、それを……上回った行動してる。ごめんね与一くん、多分何回か斬っちゃったよね。あとで謝るね。でも、でも与一くん」
涙が、零れる。
蘆屋緋恋の、涙が。
「やっぱり与一くんしかいないんだよ。私は、見ただけで相手の力が大体わかっちゃう。戦いの予想も大体ついちゃう。こうすればケガさせないとか分かる。油断しなければ、誰にも負けない。でも、でもね? 私が本気で挑んでも、その想像を上回ってくれるのは、与一くんだけなんだ。与一くんだけが、まるで未来が全部決まっているような錯覚を、私の運命を少しでも変えてくれる予感をさせてくれる。すごい、すごいよ与一くん。ありがとう、ありがとうーーーでもね」
再び、蘆屋緋恋が宙を斬った。
「--私から逃げようとしてるよね。だめ、絶対逃がさない。私の、与一くん。逃げないで。ずっと隣にいて。これ以上は私の想像を超えないで。遠くに行かないで。だから……。先に、私がぬらりひょんを斬るね」
薙刀を突き出す。
これで、おそらく終わるはずだと。
がきんっ。
「えっ」
蘆屋緋恋の攻撃が、何故か、弾かれたような感覚。
「うそ。”どっち”?」
ぬらりひょんか、須藤与一か。
どちらかが、薙刀を弾いた。
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「ごふっ、ごふっ……。不思議じゃのう。須藤与一……。」
「……」
なんだと。
ぬらりひょんのやつ。
急に剣を振ったかと思えば、金属音が鳴った。
まさか、そんな。
俺も見るのが精いっぱいな、幼馴染ちゃんの攻撃を……。
弾いたのか?
至ったのか。武の高みに。
「はぁ……はぁ……。死にかけで、ようやく……至るのは……。がはっ……。むなしい、のぉ。……命は、残すところ10分といったところか。くっ、くくっ、短い、人生じゃったのぅ。剣に捧げた人生で。これで、終わりか。思えば、……あぁ、あの老人も、戦い敗れ、敵の弟子が……殺したか。運命か。同じような、状況だ……」
「……」
「じゃが、まだ動けそうじゃな。ならば。であるなばっ!!!!!」
ぬらりひょんは。
仕込み刀を。
飲み込んだ。
「!?」
理解のできない行動。
やってることはテレビで見かけるマジシャンみたいなもんだ。
喉にまで剣が入っていく。
いや、なんだ。
捕食している、のか?
「が、ん、ぐふ、……。ふぅ。……これで、儂の体に、核が埋め込まれた」
「……」
「なぁに、安心せよ。儂は……貴様らの策で死ぬ。無様に死ぬのだ。……じゃが、じゃがのう。儂は、この命10分もいらぬ。さぁ、核は我が身にあるぞ。儂の核を砕けば、殺せるようになった。あの時と同じように。そうじゃろう? 狐、須藤与一」
あの日、俺が木刀で砕いたような、あの感触。
やけに鮮明に、思い出してきた。
「儂は、ニセモノの人生を歩んだ。佐々木小次郎という老人は、おそらく佐々木小次郎という名前ではないそうだ。後世の人間が作った名前という。その姿を真似て、ニセモノの名前を呼び、しまいにはぬらりひょんという違う存在としてあの牢に入り続けた。別に牢に入るつもりはなかった。ニャルラトホテプ様が、入り続けろという指令を出さなければ逃げていた。無様に、生きてきた。だが、ーーーーー」
一歩、ぬらりひょんが進む。
「此度の闘争、誠に、幸せじゃった」
「……ぬらりひょん」
「じゃから、最後じゃ」
「最後?」
「あぁ。すまんな、式神の嬢ちゃんたちも。だが、最後まで、付き合ってもらうぞ。儂は今から、この姿すら捨てる」
「!?」
「ぬらりひょんという姿はもう、使えそうにない。故にショゴスとして貴様らに挑む。激しく動けば、1分で死ぬじゃろう。だが、1分でいい。この1分で、儂はーー、本物として」
「……分かった」
俺は刀を構える。
「なぁぬらりひょん。本名はあんのか? その名前、覚えておく」
「--てけり・り」
「? てけり・り?」
「はは。分からんよなぁ。人間には。……人間には、発音できん。聞き取れもせん。じゃから、名前は不要。姿かたちも覚えずともよい」
右手が、刃になっていく。
体が、黒くどろどろとした不定形になっていく。
伸びた触手全てが、刀になっていく。
「一つだけ、須藤与一。憶えてほしいことがある」
「……、なんだよ」
全身が、既にスライムのようになり。
顔だけが、頭の長い老人の顔をしていた。
どこか、蛸のような見た目だった。
しかし。その目は既に、殺意は無く。
「境界斬りで、とどめを刺せ」
「!? な、なにを!!!!?」
「儂の技じゃ。これしか知らん。じゃから、憶えておくれ。この一分で。良いじゃろ別に。……境界斬りくらい、真似てくれ。そして儂の屍を超えていけ。儂を殺した……【陰陽師】須藤与一」
その言葉は、とても重かった。
「--、……。っ……。……、……。っ、ふぅ……。分かった。一分だな」
「--それでこそ、我が好敵手」
「っ、俺の名前は須藤与一っ!!!!! そして式神には、小笠原ひとみ、須藤いろは、銀子!!!! 陰陽師として、一人の剣豪に勝負を挑む!!」
「良いだろう須藤与一!!! 儂は巌流島より産まれ、名前もなく、親もなく、友もなく、島に流れ着いた剣客に焦がれ、剣を振るった名無しのショゴス!!!!! 生命幾ばくもなく、何の証も残せぬ流浪の剣!!!! されどこの一戦に我が人生の全てを賭け、彼岸の彼方の肴とする!!! 生きててよかった!!!! まことに、良かったのだ!!!!!! いざ、尋常にッ!!!!!!!!!」
「勝負ッ!!!!!!!!!!!」




