【神話生物】事件 中編 1
中編スタートです。
side ???
それはかつてあったはずの、ある暮れの日。
明晴学園の実験室。
白衣を着た迫野 小登里が、未だに実験を繰り返した時のことだ。
無造作に扉が横に開かれる。
「失礼。まだ帰宅していない生徒はいるか。……迫野くん。まだ帰っていなかったのかね」
「……」
「迫野くん」
「……ん? うわっち!? な、なんだよぉ〜……、あ。かいちょー?」
「はぁ……。精が出るな、迫野くん。実験は上手くいっているかね」
迫野が見たのは、襟も裾もキッチリと仕上げ、帯刀した刀の鞘も美しく手入れされており、キリッとした吊り目が、男らしさを感じさせる男性。
生徒会長、渡辺 捧であった。
「い、いやぁ。その。……えへへー」
「なんにせよもう下校時間だ。無理はするものではない。君の頑張りは重々承知の上だ。だが君も休息を取らねば」
「……はぁい……へへ」
「……。はぁ。どうせここで撒ければ実験し放題とでも思っているのだろう」
「げぇ!!? な、なんで分かったんすかぁ……」
「君もまた、陰陽師だからだ。実験の成果が出れば、救われる陰陽師たちがいる。……君が戯けた拍子で動こうが、君の善性は揺るがないだろう」
「そ、そんな。へへ、いやーやだなーかいちょー。私がそんな、そんな……」
「取り繕わなくていい。何度も言うが君は良くやっている。人々の為に励むその姿勢は感服だ。だが休んでくれ給え。君が倒れると、……俺も胸が苦しい」
「!? か、かいちょー。それって……」
「むっ。す、すまない。余計なことを言った。忘れてくれ!で、では!」
「あっ」
そそくさと去っていく渡辺捧。
その後ろ姿を、顔を赤らめて見つめる少女。
「……世のため人のため、じゃないです。かいちょーに、死んでほしくないだけなんです」
白衣を纏う高校2年生、迫野 小登里。
それが彼女のゲーム本編での設定。
なのに、どう言うわけかニャルラトホテプの介入により、中学2年生の姿で、高校生に飛び級しトーナメントに出ている。
それが、須藤与一の疑問であった。
その答えは、トーナメントにて明かされる。
はずだった。
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side ニャルラトホテプ
「あ、がっ、ぇ?」
彼女の魔法少女モードに弱点はない。
相手の術式を瞬時に看破し、自身が作成した「擬似・八咫鏡」を用いて構成要素を分解、解析、再現を行う。その後「偽典・勾玉」を使い術式をミサイルという形に変換して相手の上位互換の技を叩き込む。
弱点は、無かったはずだった。
【宴夜航路】迫野 小登里。
彼女は今、氷になっていた。
いや。
結界内全てが氷漬けにされていたが近い。
「慢心でしたわね。言ったはずですよ、ごきげんようと。最初から情報が出ているのであれば対策は余裕です。コピーするのであれば術式を見せる前に、一瞬で終わらせて仕舞えばいい。意識も刈り取り、四肢を動かなくさせ、その道具の命を停止させる。以上が私、六波羅学園並びに小笠原家唯一の代表、小笠原雹香の結論です。如何でしたでしょうか皆様」
「「「「「う、うううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
「瞬殺ぅうううううう!!! 小笠原家からの天才、小笠原雹香!!!!! 第一試合よりも素早い、1秒での瞬殺劇ぃいいいいいいいいい!!!!! 他者のプライドを全てへし折ってでも突き通すという小笠原家の意地を見たぁああああああ!!!!」
セコンドに立っていた先生、ニャルラトホテプは肩をすくめた。
「えー? この時代のパワーバランスおかしくない? 流石に予想できなかったネこれ。そっかぁ。もっと難易度を上げても良かったかぁ」
周囲は瞬殺劇に驚いているが、ニャルラトホテプが一番驚いているのは“判断”だ。
五星附属術浄学園の情報はそもそも外に出していなかった。あったとしても当日出した情報ばかりである。
にもかかわらず、情報源としてアナウンサーの紹介程度の情報を信じきり、相手の術式への対抗策を叩き出し、完璧な打開に成功した。
一切の手も足も出させず【宴夜航路】迫野 小登里を攻略したのだ。
評価すべきはその頭脳と決断力、結界内を一瞬で凍らせる陰陽術の精度。
「……くすくすくす、ひどいなぁ! まるで出オチだぁ! ……、ま、いっか。このルートに入るなら、よりエグ味のあるEDになるだけだしネ」
そう言って微笑みながら、彼は“彼女”を見つめた。
そう、この国の太陽を。
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side 須藤頼重
「あやつは何者じゃ?」
日輪の声が貴賓室に響く。
誰もが言葉を発さない中、諦めたように宮内庁代表 小笠原 遊里が問い直す。
宮内庁の代表という素晴らしい実績を持ち、小笠原の名前のもとそれはもう偉そうに鼻のひげをつまんで撫でた。
「それは、我らが小笠原の娘の話ですか? それとも、あの教員のことでしょうか?」
「教員じゃ」
「成程。はぁ、小笠原をアピールする良い機会だったのでございますがね。土御門博士、ご回答を」
いつも元気な土御門グレゴールが飛び跳ねた。
「はぁ!? なんで儂なんじゃ!!?」
「……五星局管轄の学園だからに決まっておりますれば」
「あぁ、そういやそうだったな」
「もーこれだから五星局とかいう研究だけやってれば良いとか思っちゃってる機関は……よろしくないですよ〜ホント」
「がっはっは。すまんな。……だがしかし」
ぶっちゃけて砕けた小笠原遊里を尻目に、土御門グレゴールは訝しんだ。
「儂は研究しかしとらんからな。大まかに前情報しか聞いとらん。……だが。若干今回のメンバー選出については元々きな臭さがあったと聞いている。菫子」
「りょ!」
安倍菫子が資料をかばんから取り出す。
「えーとですねー。今回のメンバー選出3名は元々中学生の子をスカウトする形で飛び級入学させてます。正味それヤバくね?ってことでウチと教授は拒否った意見提出してます。でもー、相手の学園長と理事長が突っぱねたんすよね! 正気じゃ無いくらいの勢いで、お家騒動の政治まで持ち出してきて。……その時っすかね? 教員も1名スカウトされてますね。それがあの男です。名前は……若流 夏」
「若流 夏」
小笠原遊里が復唱する。
「……若流 夏」
土御門グレゴールも復唱する。
安倍 邑楽、【陰陽王子】安倍時晴の実の母が突っ込んだ。
「いや、偽名でしょうどう考えても。もう今すぐ捉えて吐かせましょうか? 疑わしきは罪です。私がやりましょう今すぐに」
「い、いやそこまでせずとも。もーコレだから政治の分からない安倍の脳筋ちゃんはー」
小笠原遊里が必死に止める最中、グレゴールが安倍菫子に囁いた。
「あれ絶対息子が須藤のせがれに負けて荒れとるじゃろ」
「まぁ、息子ちゃんが運動会でボロ負けしたらなんかもう無性に腹立っちゃいますよねー。しかもあんまり試合観れませんでしたし」
「あ“? 何か言いましたか????」
「「何も言ってませんです」」
わちゃわちゃとした空気感の中、日輪だけが、神妙にしていた。
「……あれは、本当に人か?」
その言葉が聞こえたのは、じぃじと、須藤頼重のみだった。
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side 須藤与一
俺こと須藤与一は困惑していた。
え?
ま、負けた?
あんな、あんな黒幕っぽく登場しておいて、冒涜的な装備をした原作ヒロインを用意して、魔法少女に魔改造した挙句、負けた?
は?????????
な、なんで?
いや、え?
手を抜いて……、いや、ノータイムの敗北だ。こればかりは……。
ニャルラトホテプのシナリオを、小笠原雹香が上回った……?
「ーーおや? まぁまぁどうしましたか? ここでたむろしていても、意味なんてないでしょうに。ネ? 須藤、与一くん」
生徒を置き去りに、一足先にフィールドから戻ってきたニャルラトホテプ。
邪神/先生は美しい顔で微笑んだ。
「どういう、つもりだ。ニャルラトホテプ!」
ひとみといろはが俺の側に寄る。
「与一さん、これは一体?」
「あの、この人ーー」
「邪魔ですよ」
パチン、と指を鳴らす邪神/先生。
時間が止まったように、二人は動きを止めた。
それだけではない。
世界が、グレーになったような、錯覚すら……。
その技を、俺は知っている。
「ーー【無貌にて這い寄る使者】。この瞬間、議論や問答を深め、PL、人間に対して決断を求める、このゲームにおけるニャルラトホテプの能力。その試練を乗り越えれば莫大なる報酬を。乗り越えなければ……最悪のバッドエンドに叩き込む悪意の強制!」
「ふむ。やはりお詳しい様子。しかししかし……非常に面白い。そして素晴らしい。この会場において、私に怖れを抱くものはいなかった。貴方だけはーー、正しく、そして誤った私の脅威度を測っている」
く、くそったれ。
ダメだ、マジで最悪だ。
この技は、【人間は回避できない】ものであり、【一度発動すれば誰も干渉できない】のだ。
ひとみも、いろはも、おそらく俺を救出することはできない。
ーー逆に、言えば。
こいつも、俺に試練を提示しなければ、解除できない。
こいつは俺に、攻撃するという選択肢が使えないのだ。
ゲーム通りであれば、であるが。
「おっしゃる通り。【厄モノガタリ~花咲き月夜に滅ぶ世界~】でしたか。よくもまぁ私の個人情報をツラツラと記載したものです。販売中止も……まぁ、私が出るのです。やむを得なかったでしょうねぇ。殺(さぁ~つ)人事件まで起きてしまったのですから。ネ?」
「--っ、ふざ、けるなよ……! な、なんで」
「理由をお聞きしたい!? 私から!? 不敬ですねぇ~。神から聞くのであれば、試練を受けていただきますがーー、まぁ、いいでしょう! 貴方は……素敵なお客人として扱わなければ」
「……?」
「それでは、参りましょうか」
「……どこへ」
「--デートですよ、デート」
「うげっ、うごぇぇぇ、え”ぇ”う”っ”(本心からのゲロ)」
「はっはっは!!! 素直ですネ! しかし、貴方には付き合ってもらわなければ。時は遡りあの日まで。貴方が”九尾の狐”を、いえ……」
勿体つけるように、彼は嗤った。
見えない表情。
だが、嗤ったのだ。
「--若干7歳にして”九尾の狐”の単独討伐に成功した貴方と話したいのですよ、須藤与一くん」




