第14話 攻略キャラと敵キャラ
私がロメオの呪いを道具に移す魔法をやり始めてから、二週間ほどが過ぎた。
痛みには慣れて……きてないけど、結構耐えられるようになってきた。
最近は魔法学校に朝早く登校して、図書室で授業が始まる前にロメオに会って一時間ほど呪いを移す魔法を行っている。
「っ……ふぅ」
今日も一時間ほどやり終わって、私は額に流れてきた汗を拭く。
「リオネ、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ」
「氷タオル、準備したから使って」
「いつもありがとう、ロメオ」
彼は水魔法の応用で氷を作ってくれて、その氷をタオルで巻いて渡してくれる。
それを目元や額に当てると、痛みが少しだけ和らぐのだ。
「当然のことをしているだけだよ」
「それでもお礼を言うのも当然のことでしょ」
「お礼を言いたいのはいつも僕のほうだけどね。二週間でだいぶ痛みが引いてきた」
「それは本当によかったわ」
今、ロメオには包帯を解いてもらっている。
呪いの証、黒い稲妻はまだ彼の目元に走っているが、その傷跡は薄くなっている。
ここ二週間で薄くなっているので、私の想定よりも早く呪いを移し終わるかもしれない。
移している魔道具、本は結構禍々しい魔力を帯び始めているけど。
そろそろ呪道具を壊す闇魔法も学ばないといけないわね。
「じゃあ、私は授業があるから行ってくるわね」
「ああ、わかった。また後でね」
「ええ」
そう言って私とロメオは別れて、私はAクラスの教室へ向かった。
前世を思い出してからAクラスの授業を結構受けてきたけど、授業には慣れてきた。
だけど、まだ慣れないことがいくつかある。
その一つが……。
「リオネお姫様、久しぶりだね。厳密にいえば昨日ぶりだ」
「おはようございます、マルクス様。姫ではありませんが」
「今日もお姫様と会うために学校に登校してよかったよ」
「光栄です」
マルクス・オッシアンという男性だ。
この方は私にだけじゃなく、いろんな女性を口説きまくっている。
よく言うとロマンチスト、悪く言えば軽薄な男性だ。
金色の髪は癖なのか緩くパーマになっていて、触ったら柔らかそうな感じだ。
顔立ちは綺麗な感じで、女装などをしたら似合いそう。
というかにあっていた気がする、今世では見たことないけど。
そう、マルクスは……このゲームの攻略対象の一人だ。
軽薄でロマンチストのマルクス、いろんな女性と遊んでいる遊び人。
でも本当は家庭環境に問題が少しあって、その寂しさを埋めるために遊んでいるという設定のはずだ。
そんな彼だが、やはりゲームの設定どおりの遊び人のようで……。
「――おはようレディ。今日も美しいね、この後は私と一緒にランチはどうだい?」
「――麗しの姫君、君はいつも見ても素敵だね。今日のディナーは君と乾杯したいな」
マルクスは私に挨拶をした後、いろんな令嬢に声をかけていた。
彼があんな遊び人ということはみんな知っているけど、何人かは頬を赤らめて承諾している。
まあ顔はいいからね、ゲームの攻略対象だし。
マルクスに声をかけられていない女性もいるけど、それはもうマルクスが遊び終わった女性達だった気がする。
遊び終わったというのは一回デートをして、それで飽きたからもう関わりを持たなくなった女性、という感じだ。
マルクスはだいたいの女性とは一回しかデートしないらしい。
何回かデートをしていたら気に入っているか、まだ飽きていないだけ。
私は声をかけられているけど、まだデートをしていないからだろう。
マルクスのストーリーは好ましいけど、あの遊び人という設定は実際に見るとあんまり好ましくないわね。
まあ半年後位にゲーム主人公のアリエスと出会って、落ち着いてくれるでしょ。
あれ、でもアリエスがどの攻略対象とくっつくかによるかも?
私的にはやっぱり推しのロメオとくっついてほしいと思っているけど。
そうなったらマルクスはずっとあの軟派な男のまま……。
ま、まあいつかは落ち着くでしょ、多分。
そんなことを考えていると、授業が始まった。
「リオネお姫様、お隣を失礼しても? あなたの隣には私のような男性が似合うかと思いますよ」
「席は決まっていないので、ご自由にどうぞ」
「ありがたき幸せ」
マルクスが隣に来てしまったけど、特に私から話すことはない。
そしてマルクスも授業中は意外と真面目なので、話してくることはない。
チラッと横目で彼を見ると、真剣な表情をした横顔が見えた。
いつもはニコニコした表情だけど、授業は真面目なのよね。
授業中は眼鏡もかけているから、周りの女性達も彼のことをチラチラと見ている。
マルクスは授業に集中しているから、気づいていないだろうけど。
彼の魅力はこういうギャップなのだろう。
眼鏡をかけた横顔は本当に綺麗ね。
これは横に座った女性の特権だから……私は少し周りの女性から睨まれている。
いや、私のせいじゃないでしょ、これは。
嫉妬の視線を無視して、私も授業に集中した。
そのまま何事もなく授業はひとまず終わって、昼休み。
「今日の授業も素晴らしかったね、リオネ姫。やはり全属性操れる君はまるでお姫様だ」
「ありがとうございます。お姫様じゃありませんが」
「そんな姫と一緒に昼食を過ごせるという権利を、私にくださいませんか?」
「他の方と約束していませんでしたか?」
「ああ、そうでした。ではまた明日にでも、姫」
マルクスはそう言って私にウインクをした後に、教室を出て行った。
やっぱり今のマルクスの軟派な感じはあまり好きじゃないわね……。
いろんな女性から嫉妬の視線を送られるし。
やっぱり一度ご飯を一緒に食べて、それで飽きられたほうがいいのかしら?
でも今の態度が苦手なだけで、マルクスはとてもいい人だ。
授業を真面目に受けるほど魔法が好きだし。
だから飽きられて興味を失われるのは避けたいけど……。
とりあえず、私もご飯を食べに行きましょう。
食堂へ向かうと、もう大勢の生徒で混雑していた。
座るところは……あった。
ご飯を受け取ってから四人席のテーブルに座る。
ちょうど前に食べてた人達がいなくなったのか、誰も座っていなかった。
私は座って静かに食べ始める。
うん、美味しい。魔法学校の昼食も最高ね。
やっぱりこの身体になってよかったのは、食事ができることね。
この食堂にいる生徒で昼食をここまで美味しく頂いているのは、私くらいだろう。
だから邪魔をされるのは嫌なんだけど……。
「やあ、一人かい?」
「……」
一緒に座った人に話しかけられてしまった。
全力で無視をしたかったのに。
この人も、私は知っている。
下の名前は忘れたけど、アルバロという男性。
伯爵家の令息で、金髪でまあまあカッコいい顔立ち。
「ご一緒してもいいかい?」
私に笑顔を向けているけど、薄っぺらい笑顔ね。
この男、アルバロはゲームの攻略対象――ではない。
下の名前を憶えていないのは、ゲームでは明かされていなかったから。
それだけ重要じゃないゲームのキャラということだ。
でも、私がこいつを知っていて嫌っている理由は――。
――こいつがゲーム内で、リオネ・アンティラを闇落ちさせた原因だからだ。
アルバロは、リオネと恋人になった人物。
だがそれは嘘の恋人で、アルバロはリオネの義姉のヘランと婚約関係にあるのだ。
ヘランの頼みを聞いて、アルバロはリオネと仲良くなって嘘の恋人関係になる。
ゲーム中のリオネは自分を好いてくれる優しい男性なんて初めてだったし、紳士で素敵なアルバロを本気で好きになるのだが……。
そんな彼に、リオネは裏切られるのだ。
付き合って三カ月記念とかで連れて行かれたお店で、暴露される。
リオネとは偽の恋人で、本当はヘランと婚約関係にあることを。
『ふふっ、ごめんなさいね、リオネ。彼は私のものなの』
『そういうことだ、リオネ嬢。俺は君のことが好きじゃない。むしろ嫌いだ』
ずっとリオネに見せていた優しい笑みは消えていて、アルバロ心底嫌そうな顔をしていた。
『うちの家は代々貴族主義者でね。平民の血が入った君なんて視界にも入れたくなかったよ』
『ごめんなさいね、アルバロ。私がお願いしたことだけど、平民出身のあの子と偽の恋人なんかさせてしまって』
『愛するヘランの頼みだからね、頑張ったよ。リオネ嬢と触れ合ったりした手はいつも帰った後に消毒していたよ。汚いものは嫌いなんだ』
『ふふっ、そうね。リオネは汚いから』
自分のことを虐げ続けてきたヘランとくっつきながら、自分を蔑むアルバロ。
好きになった相手が自分のことを本当は嫌いで、触れたくもないと思っていた。
そんな絶望をリオネは味わって、闇魔法を発現させたのだ。
確かゲーム内のリオネはその場で闇魔法を覚醒させて、そのままの衝動でヘランとアルバロを殺してしまったんだっけ。
それでそこから行方不明になって、数年後に辺境伯領を滅ぼしてラスボスとなる。
つまり、リオネが闇落ちしたラスボスになる原因は、今私の目の前にいるアルバロだ。




