5-1
星に出会った次の日、ジャンティは隊商宿で馬車の整備をしていた。鍛冶屋の腕を振るうのがジャンティの仕事だ。長い距離を移動しているとどうしても金属部品にも疲労が表れる。手慣れたものでジャンティは器用に直していく。
隊の皆は朝から商売に出かけていた。キニロサで仕入れたものの半分から3分の2をここで売る。その売り上げの半分でカンタラの特産品や名産品を仕入れる。その後ここから2日ほど行ったところにある沿岸の街ジーナで残りを売りさばいて海産品を大量に仕入れる。カンタラの名品や東方の海でしか取れない海産品はキニロサで高く売れた。カンタラからジーナまではわずか2日だからこの街でも入手は可能だが、現地へ行けばその分安く買えるのだ。
隊長が出がけに宿の主に頼んで、ジャンティへ鋳掛けの仕事をいくつか回してもらっていた。それらも次々とこなしていく。ただし宿の主が鋳掛けの手間賃は隊長へ支払うと言う。ジャンティへは隊長から手渡されることになっているとのことだった。ちゃっかりしている。
ジャンティは仕事をこなしながら星の言葉を思い出していた。
*
「その剣がレッドソードならば、あなたはその剣に選ばれたのです。」
ジャンティの背負っている剣に視線を向けて星は言った。
ジャンティは困惑した。聖剣の言い伝えを知っている人を探しにきただけなのに、いきなり第3の聖剣を見せられ、過去の勇者の伝承を聞かされ、その上で自分が選ばれたとか言われたのだ。想定を超えた急展開に頭が着いてこなかった。ノイレンが心配するようにジャンティの肩に手を置いた。彼女の手の温かさだけが唯一確かなものだった。
ジャンティは必死にあの日の出来事を思い出していた。
確かにあの日、アデナが野盗に襲われた日、ジャンティは聖剣の前にいた。いつものように仕事の合間に聖剣を眺めに教会へ立ち寄った。司祭からは毎度手を触れぬよう堅く言われていたが、その日は何かがいつもとは違ったのだ。
ジャンティに霊感は全くないが、剣を見たとき柄の紅い石が自分を呼んでいる、何かを訴えかけているような不思議な感覚に囚われ、惹きつけられた。石に吸い寄せられるように顔を近づけ、指先でつい触れてしまった。その直後ーー。
「レッドソードのありかを知った『魔』がアデナに自らの分身を送り込んだのでしょう。そしてその剣と剣に関わる者全てを根絶やしにしようとした。」
星はその視線でジャンティを射貫くように見つめて問いかけた。
「あなたはアデナで何か大切なものを失いませんでしたか。」
ジャンティは強ばった表情でリーミンを思い浮かべた。星の視線にすっかり射すくめられてしまった様子だ。
星は自分の勘に確信を得て、
「あるのですね。それは『魔』があなたから奪い去ったと言っていいでしょう。」
「じゃ、じゃあ、リーミンは生きているんですね。」
ジャンティは星に詰め寄る。星は彼が「奪い去った」を違う意味で捉えていることに気付き、詳しく話してと促した。
ジャンティはリーミンが忽然と姿を消したときのことを話して聞かせた。キニロサで既にそのことを聞いていたノイレンはやるせない気持ちで耳を傾けている。
「リーミンは僕の目の前で消えた。いきなり姿を消したんです。」
『魔』が大切な人を殺さず、人質にしたらしいことを聞いて星は内心驚いた。
「その、リーミンとかいう人のかけらは何かお持ちですか。」
「かけら?」
「はい、髪の毛でも、身につけていたものでもかまいません。その人の存在を感じるかけらです。」
ジャンティは下を向いた。アデナからキニロサまでは着の身着のままレッドソードだけを持ってやって来た。リーミンの形見のようなものは何も持っていなかった。
「かけらがあれば、私もその人を感じることができるのですが、残念です。」
掴みかけたリーミンの消息の糸が途切れたことに落胆して椅子に腰を落としたジャンティを慰めるように、星はこう続けた。
「でもその人が神隠しのように消えたというのであれば生きているに違いありません。聖剣を、そしてそれを持つ我々を葬るための人質として。」
それを聞いてノイレンが星に厳しい視線を向けて口を挟む。
「ウソじゃないだろうね。ジャンティは今までさんざん傷ついてきたんだ。ただの気休めだったら私が承知しないよ。」
「私の霊感は外れません。」
星がきっぱりと言った。そしておもむろに立ち上がり、二人に向かって、
「私の処に来るまでにあなた方は何度か『魔』の分身と遭遇したはずです。そう、魔物のような、人間とは思えないものに遭いませんでしたか?」
二人は黒い霧となって消えた野盗を思い出した。
「遭ったのですね。それはどんな姿をしていようと『魔』の分身です。」
何もかも見透かしたように述べる星に気味悪さを覚えたノイレンは、
「それもこれも全て占いで分かったとか言うのかい?それともご先祖様の言い伝えかい?」
「そのどちらとも言えます。」
テーブルに置いた第3の聖剣を手で指し示し、
「この剣、ワグソードを代々受け継いできた者は全て並外れた霊感を有し、今まで人々の役に立ててきました。」
「さすがに私の勘でも今現在聖剣を持つ人の名前や性別までは分かりませんが、その人が私に近づいてくれば胸がざわつきますし、私の視界に入ればそれと確信が持てるのです。全て代々受け継いできた力による啓示です。」
「今日あなた方がここへいらっしゃることもしっかりと感じていました。」
星はもう一度二人を交互に見て、
「私には分かります。お二人はいずれも聖剣に選ばれた人です。その剣を手にしたいきさつはどうあれ、今ご自身の手元にあるのは必然以外の何者でもありません。」
ジャンティは仕事の手を止め、壁に立てかけてあるレッドソードの紅い石を見つめた。
*
パシーン!!
厚さが1センチほどある教科書の背が、机に伏して居眠りしている弥の後頭部へクリーンヒットした。
一瞬にして目が覚める。弥は両手で後頭部を押さえながら「暴力反対」と呟くと志摩津先生がぬぅ~と顔を近づけて、「懲りずに居眠りしているヤツには『古き良きやり方』をお見舞いしてやる。」とつぶやき返してきた。そしてスっと背筋を伸ばして、
「澪、こやつを保健室に連れて行ってたんこぶに薬を塗ってやりなさい。」
「えーー、なんで私が?!」思わず反論する澪。
「お前のだんなだろう。」
真っ赤になる澪。
「授業中に居眠りするのやめてよね、何故か毎回私が恥ずかしい思いをするんだから、もう!」
一緒に廊下を歩きながら弥の後頭部へねこぱんちを入れる振りをする澪。
「やめれ!ホントに腫れてんだ。」
後頭部を庇いながらよける弥。
澪が真顔になって、
「で、またあの夢の続きを見ていたの?」
弥は静かに頷いた。