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聖剣伝説レッドソード  作者: 山田隆晴
覚悟

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10/44

5-2

 まだ昼下がりだというのにおやっさんの酒場がいつも以上に繁盛している。店の前を通り過ぎる人の誰もが中の賑やかさにチラリと視線を向けていく。

 ノイレンが約束通り踊っていた。ベリーダンス用としては少々露出過多の衣装、長身とスタイルの良さ、小刻みに揺れる胸と腰、後ろで結んでる腰まである長い髪が彼女の動きに少し遅れて着いてくる。それらが相まってそそられない男はいない。店内は昼間でも薄暗い。ステージにはランプがいくつも灯っているがそれでも細部まではっきり見えないから目を凝らして注目する。ランプの光でノイレンの肢体がところどころ妖しく照らし出される。そこがまた男どもの単純な下心をくすぐった。

 ダンスが終わると店中が歓声と拍手に包まれた。ステージから降りたノイレンは端の席から回って歩く。出演料はおやっさんから貰えるが、こうして客の顔を一人一人見て歩くと衣装の隙間に心付けを差し込んでくれる者がいた。わざと露出度の高い衣装を着ているのはこのためだ。布の部分が小さければ心付けを差し込む場所は必然と限られてくる。下心をくすぐれば鼻の下を伸ばした客は()()()()()()を期待して心付けをはずんでくれた。中には酒や肴といった現物までおごってくれる者もいた。

 全ての客に挨拶をしたあと、両手に酒と肴の盛られた皿を持ち、ステージから一番遠い奥でぽつねんとしていたジャンティの元へ来た。ノイレンの胸が一回り大きくなっているように見える。心付けの賜だ。

「冴えない顔してどうしたんだい?」

場にふさわしくない沈んだ顔をしているジャンティ。

「あの占い師の言ったこと気にしてるのかい?」

 テーブルに皿を置き、ジャンティに酒を勧めながら腰を下ろした。

「彼のいうことが全て本当だったとしたら、ジャンティはどうする気さ?」

「僕はリーミンを探し出したい。」そこまでで言葉が跡切れ、しばしのあと、

「でも、魔を打ち祓うとか世界を救うとかそんな大それたことをできるとは思えない。」

 ノイレンはもらったジョッキを一息に飲み干して、

「じゃあ、これからどうしようか。リーミンの、あんたの彼女の居場所をどうやって探す?」

 皿の肴を手で摘まんで口に運び、

「実に都合のいいよくできた話だけどさ、それに乗ってみるのも一つの手だ。彼女は死んだんじゃなく神隠しのように消えたんだろ?」

 指を舐めてジャンティを見た。

 ノイレンは凄腕の剣士だ。今までに幾度となく命のやりとりを経験してきた。だから(シン)の話を聞いても全く動じていない。ただ彼の霊感に基づいた自信たっぷりの話し方に不気味さを感じただけだ。それよりもむしろ彼の話の通りなら師匠の言ったことが自分をその気にさせるための口からのでまかせではなく、自分に託した剣が伝説の聖剣だということに心が躍っていた。別に英雄になりたいわけじゃないし、勇者と担がれたいわけでもない。ただ、一人の剣士として強大な相手がいるなら戦ってみたい、そいつに勝ちたいと気持ちが(たかぶ)った。

 だから煮え切らないジャンティの態度に同情しつつも少々苛立ちを覚えている。


    *


 数日が経った。

 この(かん)ノイレンはジャンティと少し距離を置いていた。彼女はおやっさんの酒場をはじめ、あちこちの酒場に呼ばれてダンスを披露するのに忙しくしていた。ノイレンにとってはそれも楽しくてたまらないことだったから、旅をしている時よりもむしろ生き生きとしていた。

 一方ジャンティは自分のなすべき仕事を黙々とこなすだけの日々を送っていた。


    *


 ジャンティにとって息が詰まりそうな日々だった。そんなある日、昼頃には頼まれた鍛治の仕事を終えて暇になった。だからジャンティは気晴らしに独りで街へ散策に出かけた。

 ノイレンとなら何度か出かけてはいるが独りでは初めてだった。2人の時は珍しいものに心がはしゃぐこともあったが、今はそんなこともない。

 とぼとぼとまずは大通りから歩き始め、途中の角を曲がる。ノイレンと行った酒場の前を通り越したところで足を止めた。しばらく酒場の店構えを眺める。中へ入る気にはなれなかった。

 かといってこのまま真っ直ぐ歩いていくと(シン)のいる占いの館に着いてしまう。それは今のジャンテイには気が重かった。彼には会いたくなかった。だからたまたま目についた薄暗い路地へ入った。知らない角を曲がって歩けば現実から逃げられそうな気がした。

 表通りとは違って日当たりが悪く、陰気臭い雰囲気の路地だ。そんな通りにも店はあるもので幾つか看板を見かけた。もちろん今はそんな場所にある店に入る気力などない。お上りさんのようにキョロキョロしながら歩いていくと、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。

()()()()じゃないか。」

 声のした方に首を振ってみるとこの町の門番のタイロスがいた。ジャンティは会釈だけして通り過ぎるつもりだったが、

「よそ者がこんな路地を歩いていると危ないぞ。」

 そう言ってジャンティと肩を組むかのように彼の肩を掴み、違う方向へ無理やり連れていく。今日は非番でとある買い物のために街中をうろついていた。そして歩きながらタイロスは教えてくれた。

「よそ者は薄暗い路地には入るな。身包(みぐる)み剥がされるぞ。街の人間だって夜になれば近寄らない場所だ。あと、あんまりキョロキョロしなさんな。()()()の奴らにどうぞ狙ってくださいと言っているようなものだからな。」

 タイロスに肩を掴まれグイグイと歩かされながらジャンティは、

「はあ、すいません。」と小さく答えた。

「なんだ、なんだ、その蚊の鳴くような小さい声は。それで用心棒が務まるのか。元気出せ、ひよっこ!」

 ひときわ大きい声でタイロスがツッこんでくる。大声量で耳が痛い。

 普段は頼りになる人かもしれないがこの時のジャンティには少しばかりウザい人に思えた。

 日の当たる明るい表の通りに出た。タイロスはジャンティを連れたまま、女性向けの可愛らしい小物を扱う露天商の前で足を止め選び始めた。

 ジャンティはこのまま黙って去ろうかとも思ったが、流石に失礼だよなと思い直し、花柄や蝶の柄の入った小物を手に取って品定めしている彼に、

「まさかあなたが使うんですか、そんな可愛いもの。」

 気が滅入っていたり、動転しているとしばしば失言する癖がある。

 むう?という変な表情を浮かべてタイロスがジャンティの顔を見た。

「これか?これは新しくできた義妹(いもうと)へのプレゼントだ。」

「新しくできた?」

「そうよ、ジーナの港で働いている俺の弟が結婚したんだ。もちろん結婚祝いは別に用意してあるぞ。これは弟と結婚してくれた義妹への感謝の気持ちだ。」と、豪快に笑ってみせた。

「ひよっこも、何があったか知らないが暗い顔してないで頑張れ。元気に働いてりゃいいことが向こうからやってくる。」

 そう言ってジャンティの背中をぽんと叩いた。

 ジャンティは『(彼には)悩みなどなさそうでいいなあ』と思った。


    *


 さらに数日が過ぎ、隊商が港町ジーナへ出発する前夜あの占い師がワグソードを携えて隊商宿へやってきた。

 宿のロビーでジャンティを待った。

「どんなご用でしょうか?」気持ちが後ろ向きになっている。

 (シン)はワグソードをジャンティの目の前に置くと、

「この剣をあなたに託したい。『魔』を打ち祓うには聖剣が4本揃わないと力を発揮できませんから。」

「僕にそんなすごいことができると思いますか?」

 (シン)は黙って頷いた。

「なぜ、この街で会ったばかりで、ろくに知りもしない僕にそんなに期待できるんですか?それも霊感ですか?」

 (シン)は首を横に振ると、ジャンティの目を見ながら、

「あなたには勇気がある。」

 そしてすっと目線を下に落とし、

「お恥ずかしい話ですが、私には剣術の才能がありません。幼い頃から父や剣術の先生に師事させられましたが全く芽が出ずじまいでした。剣の持ち主として受け継いだのは霊感だけです。」

また視線をジャンティに戻し、

「けれどもあなたは、レッドソードを手にしてから剣の修行を始め、私が剣術を学んだよりも遙かに短い期間であなたは、剣に導かれるままだとしても、自分で決断してここまでやって来たじゃないですか!その行動力はどこから出てきたか。勇気からです!それが勇気でなくてなんでしょう。」

 ジャンティは(シン)の力のこもった説得に少しだけ背中を押された気がした。この数日いくら紅い石を見つめても、自分に言い聞かせても、”大きすぎる話”に前を向けなかった。

「申したとおり剣を振るうとき私は足手まといにしかなりません。だからあなたに私の剣を託したいのです。そして必ずや目的を果たしましょう。」

「もちろん私も参ります。剣での戦いではお役に立てませんが、私の霊感であなたを助けるとお約束します。共に戦いましょう!」

 ジャンティは(シン)をまっすぐに見て、藁にもすがる気持ちでもう一度訊いた。

「僕にできますか?」

 (シン)は自信たっぷりに大きく頷いた。そして人差し指を立てて、

「私の霊感は外れません。それが囁いています!」

 ジャンティは目頭が熱くなるのを堪えて右手を(シン)に差し出した。


    *


「澪、右手出して。」

 保健室でたんこぶに軟膏を塗って貰ったあとおもむろにそう言った。澪は理由がよく分からないながらも言われたとおり右手を差し出す。

 ぎゅっと弥はその手を自分の右手で握った。

「何?どうしたの?」キョトンとしている澪に、

「何があっても今度は助けるから。もう離さないから。」

「弥?」

 弥ははっとして手を離し、

「いや、なんでもない。忘れて。」

 そう言いながら澪の瞳の奥に宿るものを見つめていた。

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