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エピソード7 聖女と英雄の休日


書籍化記念にエピソード追加です。



 夏の盛りを過ぎたある日のこと。

 レンフィは朝から浮かれていた。

 前の晩からしっかりと準備をして、珍しくリオルと別々の部屋で眠り、早起きして最後の仕上げとばかりに頑張った。

 全てはこの日――リオルとの久しぶりのデートを全力で楽しむために。


「いいですか! 絶対に日が暮れるまでには戻ってきてくださいよ!」

「はいはい、分かった。そう何度もうるさく言うなよ。さっさと仕事に戻れって」


 待ち合わせ場所にはリオルだけではなく、フリージャもいた。

 何やら二人が揉めているように見えてレンフィは慌てて駆け寄る。


「どうしたの? 喧嘩していますか?」

「はっ、レンフィ様……っ」


 目が合った瞬間、フリージャはいつになく俊敏な動きで跳ねながら少し遠くの木陰に隠れた。そしてそのまま出てこない。


「リオル、待たせてごめんなさい。えっと、フリージャさんは一体……」

「おはよう。あいつの奇行は気にしなくていい。多分、レンフィを直視できなくなっただけだ。今日のお前、めちゃくちゃ可愛いから」

「……ほ、本当?」


 リオルは目を輝かせて笑顔で頷いてくれた。

 早速頑張りが報われて、レンフィは俯いて熱くなった顔を隠す。

 プルメリスと相談して選んだ淡い紫を基調としたワンピースと、彼女の侍女であるアンズに教えてもらった簡単なメイク。髪は編み込んでリボンで結ぶ初挑戦のヘアアレンジである。

 今までで一番気合いを入れて身支度をした。

 それもこれも、少しでもリオルに良く見られたいがためである。


「ああ、最高。よく似合ってる。フリージャにも誰にも見せたくなかったな。力づくで追い払っておけばよかった」

「すみませんでしたねぇ! 急速に恥ずかしくなってきたので失礼しますよ、ええ、お邪魔虫は退散いたします! ……れ、レンフィ様、久しぶりの休暇、楽しんできてくださいね!」

「はい。ありがとうございます」


 フリージャが走り去っていくのを見送ってから、リオルが手を差し出してきた。


「荷物が多いな。持つよ」

「空間転移するから大丈夫だよ」

「それでも持つ」

「……ありがとう」


 可愛い格好をしたいがために、今日は馬ではなくレンフィの空間転移で移動すると決めてあった。

 デートに精霊術を使うのは良くないと思いつつも、今日だけは許してほしいと空の精霊に祈りを捧げてお願いしてある。


「ん、これ、もしかして」

「と、到着するまで開けちゃダメ」

「はは、楽しみだな」


 渡したバスケットの中身を察したのか、リオルはますます眩しい笑顔を見せた。

 今の自分にできる最大限の努力の成果を詰め込んだつもりだが、正直に言ってあまり自信がなかった。あまり期待しないでほしい。


「じゃあ頼むぜ」

「うん」


 リオルの空いているほうの腕に触れて、レンフィはとある座標に向けて転移した。






 ムドーラ王国を離れ、聖ソフィーラ教会の幹部となったレンフィは強い使命感に燃えていた。

 三か月後、リオルがやってくる。

 敵国からきたという理由で彼が嫌な思いをしないように、自分が守らなければ。


 記憶を失くした状態でムドーラ王国に囚われ、強い憎悪に晒されてボロボロになっていたレンフィをリオルは守ってくれた。

 戦場で殺し合いをしていた宿敵という関係だったにもかかわらずだ。


 そして両想いになって二人の未来について考えた時、リオルはレンフィの立場を尊重してムドーラ軍を辞し、聖ソフィーラ協会に所属することを決めてくれた。

 一緒にいる未来を守ってくれた。

 こんなに素敵な恋人はいない。

 リオルがしてくれたのと同じように、今度は自分が彼を守る。絶対に嫌な思いはさせない。


 しかし意気込みもむなしく、実際に協会に来てみると自分のことに精一杯になってしまって、なかなか思い通りにリオルを迎える準備はできなかった。

 できたのは、他の聖人や職員からリオルのことを聞かれるたび、彼がどれだけ優しくて素晴らしい人なのかを一生懸命伝えることくらいである。

 プルメリスからは「ノロケにしかなっていない」と指摘されてしまった。


『記憶喪失の聖女をたぶらかした敵国の将軍が、協会にきて甘い汁を吸おうとしている』

『黒の王国からの間諜か刺客に違いない。大丈夫だろうか』

『聖女レンフィを利用して協会を乗っ取るつもりかもしれない』


 そんな噂を人々が口にしているのを耳にして、レンフィは青ざめた。


「当然出るよね、そういう話」


 相談に乗ってくれたウツロギはのほほんとそう言った。


「元敵国から来るんだから多少疑われるのはしょうがないよ。というか、まぁ、ムドーラの国益のために働いてもらっても構わないし、シダール王もその辺りのことを少しはリオルに命じていると思うよ。ほら、プルメリス姫だって、リッシュア王国のために情報収集している時があるじゃない?」


 そういえば、プルメリスはよく兄のミスルド王子宛に手紙を書き、定期的に現れるリッシュアの商人に運搬を任せている。

 あれには協会の動向が記されているのだろうか。


「ボクらとしても黒の王国と連携を取りたい時があるから、リオルやプルメリス姫がいてくれると助かる部分がある。向こうの状況もいち早く分かるし、白と黒が手を取り合う時代が来るんだと内外にアピールできるしね」


 その言葉にレンフィは少し冷静になった。

 リオルの移籍は協会にもムドーラ王国にも利益があり、ウツロギにもシダールにも思惑がある。

 個人の感情のみで動いていない。

 もしかしたらリオルも……。


「そういう打算はさておき、リオルの人柄は会えば伝わるよ。なんと言っても屍竜にとどめを刺した英雄だしね。信じてあげて」


 実際、リオルは協会に来る時にレンフィの空間転移による迎えを断り、愛馬とともに長い時間をかけてやってきた。

 自分の立場とレンフィの体裁を気にしての行動だろう。


 そしてウツロギの言った通り、心配は要らなかった。


「仲間の敵討ちでも、力試しでも、受けて立つぜ。ただし、レンフィを傷つけるようなことをしたら容赦しない」


 協会にやってきてすぐ、リオルは数名の聖人や剣士に決闘を挑まれた。

 ムドーラに恨みがある者、英雄に挑戦したい者、理由は様々だ。

 レンフィは救護係として立ち合いに参加し、ハラハラと決闘の成り行きを見守っていたのだが……。


 やはりリオルは強かった。そして人に好かれやすい。

 相手を称えつつ、勝ったり引き分けたりする過程で彼らと打ち解けて、すんなりと馴染んでしまった。


『やっぱり竜殺しの英雄はオーラが違うな! 遠くからでもすぐ分かる!』

『あれほどの強さを持ちながら全然偉ぶらないし、謙虚にモノを教わる姿勢がいい』

『聖女レンフィが惚れこむのも無理はない。実に爽やかな若者だ!』


 周囲の評価も凄まじく高い。

 良くない噂を流していた者たちも、すっかり手のひらを返している。


 もちろん実際に戦場でムドーラ軍と戦っていた者など、一部の人間には未だに睨まれているようだが、それはお互い様だった。

 リオルだって教国軍に恨みはあるはずだ。

 しかしそれをおくびにも出さず、リオルは協会領のためによく働いた。

 周囲の町村の治安維持や魔物狩り、新兵を鍛えたり、工事を手伝ったり、子どもたちと遊んだり、教国の人間の輪に躊躇なく飛び込んでいく。


 先日町の巡回警備についていったときも、既に住民に受け入れられていてあっという間に囲まれてしまった。

 リオルが皆に愛されて嬉しい反面、ほんの少し、ほんの少しだけ寂しかった。


 だからレンフィは今回、町でのデートを望まなかった。

 そしてデートプランを任せてもらえるようリオルに伝え、張り切って準備をしたのである。






 空間転移特有の浮遊感をやり過ごした後、ぼんやりとした視界には見渡す限りの花畑が広がっていた。

 先日、レンフィが協会の仕事の帰りに偶然迷い込んで発見した場所である。


「良かった。まだキラキラしてる」

「すげぇな……こんなの見たことねぇ」


 開花の季節が異なる様々な花々が咲き乱れ、花畑全体が光を纏って輝いている。

 ウツロギにこの発見を報告したところ、精霊による自然界の循環が完璧になされ、奇跡的にバランスが取れた時に見られる現象の一つだと教えられた。

 ほんの数日の間しか見られない期間限定の絶景であり、森の深くにあるため普通の人間には辿り着くことができない。

 レンフィはぜひリオルと一緒に眺めたいと思った。


「花畑でデートがしたいって言ってたもんな。それにしちゃ贅沢すぎるけど。よく魔物や獣に荒らされずに……ああ、でも、触るのも畏れ多い感じがする」


 リオルは圧倒されながらも花畑をきょろきょろと見渡して笑った。

 この世の祝福を一つに集めたかのような場所だ。

 精霊の恩恵を受けている生命ならば、踏み荒らすのを躊躇うのも無理ないかもしれない。


「レンフィが見つけたのも偶然じゃないかもな」

「……確かに、急に空間転移の座標が曖昧になって迷い込んじゃったの。もしかしたら呼ばれたのかな? 誰にも見られないのはもったいないし」


 そうなのですか、と空中に向かって心の中で問いかけても、ただ優しい風が吹くだけで特別なことは起こらなかった。


「…………」


 ここには誰もいない。

 人間も魔物も、精霊すらもまるで気を遣ってくれているかのように気配が遠い。


「おっ、なんだよ」


 レンフィは思わずリオルに抱きついていた。

 嬉しくてたまらない。

 今日は聖女でも英雄でもなく、ただの恋人として一緒にいられる。

 二人で話していても注目されることはない。何も遠慮しなくていい。


「えっと、ごめんね。なんだかくっつきたくなって」

「そ、そうかよ。お前って本当に……可愛いな」


 リオルは抱き返しながら、指で髪を梳いたり背を撫でたり、あやすようにレンフィに触れる。

 同じ気持ちだと伝えてくれているようだった。


「ずっと、ずっと忙しくて大変だったもんな。今日はゆっくりのんびりしようぜ」

「……うん」


 二人は花畑がよく見える木陰にシートを敷いて座った。


「え、えっとね、あんまり上手じゃないけど……でも味見はしたから!」


 リオルに預けていたバスケットから、早起きして作った軽食を取り出す。

 パンに具材を挟んだものを数種類とフルーツジュース、それから焼き菓子も用意した。


 正直に言って、あまり見栄えは良くない。

 全体的にぐちゃっとしていた。

 慣れない作業に時間を取られて作り直せず、色彩のバランスも微妙である。もう少し野菜を使えばよかった。

 やはりアンズに頼んで作ってもらうか、町でデートするべきだったかもしれない。


「……ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ。これ、レンフィが作ってくれたんだろ? 頑張って用意してくれてありがとうな」

「でも、もっと頑張れたと思う」

「向上心がありすぎるって。恋人の手料理なんて、それだけでめちゃくちゃ嬉しいに決まってるだろ」


 リオルは珍しく照れているように見えた。


「いただきます」

「う、うん……どう?」

「なんだ、美味いじゃん!」

「本当?」

「本当本当。レンフィも食えよ。早く食べないと、俺が全部もらっちまうぜ」


 リオルに勧められて、レンフィも同じものを手に取って口に運ぶ。

 見た目に反して味は大丈夫。

 ただ、具材の水分を吸い込んでパンの食感が悪くなっている。あと、マスタードにムラがあって、急にピリっとするので気が抜けない。

 まだまだ改善の余地がある。

 だけど、愛しい恋人がご機嫌で、晴れ渡る空の下、奇跡のように美しい花畑を眺めているこの状況で食べるものが美味しくないはずがなかった。

 自然に微笑んでリオルに宣言する。


「練習して今度はもっと美味しく作るね」


 リオルはさらに嬉しそうに笑った。


「お前、本当に前向きになったよなぁ」


 他愛のないことを話しながら食事を終え、レンフィは精霊術を駆使して水出しのお茶を用意した。

 二人は寄り添ってシートの上に腰かけて、ぼんやりと雲を見上げる。

 正午を過ぎて日差しが強まってくると、リオルがぽつりと強まった。


「こっちの夏はさすがに暑いけど、森の中にいるせいか今日はマシだなぁ」


 レンフィはムドーラ王国の夏の様子を知らない。

 というよりも、記憶を失ってから夏を体験したのは初めてである。

 暑いということは無意識に分かっていたけれど、日差しに目がくらみ、肌が日に焼ける感覚は新鮮だった。

 ムドーラの夏は涼しくて過ごしやすいようだ。

 そんなことを考えていたら、懐かしさに駆られた。


「皆さん、元気かな?」

「はは、お前もムドーラが恋しいんだな」

「もちろん。お世話になった方が……お友達がたくさんいるし」


 マグノリアやバニラ、ジンジャーたち医務室の面々。

 今はシンジュラのところにいるカルナやオレットたちとの関係を答えるとき、レンフィは友人だと言うようになっていた。

 そう呼んでも許されると信じている。


「リオルは? 故郷が恋しくなったりしない?」

「そりゃ少しはな。でもみんな元気だろうし……アザミさんは過労気味かもしれねぇけど、まぁ、会おうと思えばいつでも会いに行ける。てか、いつでも会いに行けるように頑張らねぇとな」

「……うん。もっと頑張らないとね」


 二国間を行き来できるようになったのは、戦争がなくなったからだ。

 黒と黒の王国が競い争うのが定めだとしても、白と黒の戦争は二度と起こらぬようレンフィたちは調停者として世界を見守らないといけない。

 俯いたレンフィの頬を、リオルの指の背がそっと撫でていった。


「お前は既に頑張ってる。頑張りすぎなくらいだ。何か不安なことがあるのか?」


 よく考えてからレンフィは答える。


「……こちらに来てから、私は覚えてないのにみんなは私のことを知っていて、いろいろと昔の話を聞かせてくれる人もいるの。ものすごく期待されているのが分かって、今の私に昔の私と同じことができるか不安になる」


 旧白亜教国領において、かつての聖女レンフィは崇拝対象に近い存在だった。

 記憶を失くして別人格だと伝えても、同様の振る舞いと働きを求められてしまう。

 ウツロギやプルメリス、他の聖人たちはレンフィを案じて「無理しなくていい」と言ってくれるけれど、自由に振る舞って失望されるのは怖い。


「上手く期待に応えられないかもしれないけど……できるだけ期待を裏切らないように頑張らないと」

「あんまり重く考えるなよ。でもまぁ、少し気持ちが分かるよ。俺もシダール陛下の引き立てで一気に出世したからさ。正直、将軍になるのは早すぎたと思う」

「リオルも不安だったの?」

「ああ、ずっと不安だった。将軍になって最初の年、俺の戦場での判断ミスで部下が死んで、国を危機に晒すんじゃねぇかって考えちまって、何日も眠れなかった」


 苦々しい笑みを浮かべるリオルにレンフィは何も言えなかった。


「でもブライダやアザミさん、それこそ部下たちが声をかけてくれて、なんとか踏ん張れたんだ。みんなが俺を将として育ててくれた。……お前ももっと周りを頼っていい。もちろん俺にもな」

「うん、ありがとう。リオルも、その、まだ頼りないかもしれないけど、私のこと、もっと……」

「ああ、困ったり迷ったりしたら必ずレンフィに相談する。お互い様だ。いや、何もなくてもたくさん甘えていいからな!」


 その言葉が嬉しくて、さっそくレンフィはリオルにぎゅうっと抱きついた。


「リオルには……もうたくさん甘えてるつもりだけど」

「それもそうか。夜は――」

「そ、それは言っちゃダメ!」


 二人でゆっくりのんびりと過ごすのは久しぶり。

 しかし、恋人同士の時間が全くないわけではなく、自室の続き扉を開ければすぐに会いにいける。

 リオルが協会に到着した日、レンフィが酒に酔っていつになく大胆になったこともあって、二人の仲は離れていた間の寂しさを忘れてしまうくらい深まっていた。


 一応、誰にも話していない。

 バレているような気がするが、レンフィのことを聖女と信じる一部の人間の精神安定のために平静を装い、なるべく人前でリオルと過度な接触をしないように意識している。

 レンフィとしてはリオルを悪く言われたくないし、やはり少し恥ずかしいのでプルメリスに何か聞かれても「内緒です」で通しているくらいだった。


 リオルはレンフィを抱きかかえるようにして手を握った。


「レンフィ」

「なに?」

「来年の春くらいでどうだ?」

「…………え、えっと」

「そのときの世間の状況次第ではあるけどさ、次の春になったら結婚しよう」


 ぴったりとくっついていた体を離し、レンフィは息をのんでリオルを見つめた。

 もちろん、否などと言うはずがない。

 リオルと結婚して家族になることは、レンフィの未来における最上級の楽しみの一つであった。

 しかし――。


「春まで待つの?」

「はは、待ちきれないのかよ。でも式を挙げるなら戦いから一年の区切りが時期的にいいと思うんだ。それに、花がたくさん咲く季節のほうが明るくてめでたい感じがする。秋は近すぎるし、冬は準備が大変になるだろ? ムドーラからも呼びたい人がいるなら」

「……うん、そうだね。分かった。私も春がいい」


 思わずレンフィは小さく笑い声を上げた。

 最初の春は自分の生死が決まる期限だったので、怯えて待つ日々もあった。

 でも来年の春は心の底から待ち遠しく思える。


「渡すのが遅くなっちまったけど、これを受け取ってくれ。婚約の誓いに」


 リオルはポケットから小さな箱を取り出し、開けて中身を見せてくれた。

 三か月離れ離れになる前に「今度プレゼントする」と約束してくれていた品だ。


「ありがとう……綺麗」


 虹色の光沢をもつ白い宝石でできた、繊細な造りの花の飾りだった。ピンがついていて髪飾りにもブローチにもできそうだ。

 花の名前は思い出せないけれど、水辺に咲く花だったと思う。

 目利きができないレンフィでもかなり高価なアクセサリーだと分かった。


「シダール陛下とマグノリア様に腕利きの宝飾デザイナーと職人を紹介してもらったんだ。すごいだろ? レンフィのイメージで作ってもらったんだぜ」

「私はこんなに綺麗じゃないと思うけど……」

「俺は世界で一番お前に似合うと思うけど、気に入らないか?」


 レンフィは大急ぎで首を横に振った。


「ううん! すごく気に入った。本当にありがとう。一生大切にするね!」

「そうしてくれ」


 自分には過分なほど素晴らしい贈り物をもらってしまった。

 嬉しい反面、申し訳ない気持ちが芽生える。


「やっぱり、私もリオルに何かあげたい」

「いいって。今の仕事柄、身に着けるものは壊したり失くしたりしそうだし」

「でも」

「じゃあまたレンフィが見つけたすごい景色の場所に連れて行ってくれ。な?」

「…………」

「……あー、分かった。欲しいものができたら言う」


 じっと見つめていたら折れてくれた。

 わがままを言っても許してくれるリオルは優しい。


「それよりも、次の春に向けていろいろと考えて決めないとな。聖人たちに白の勢力の結婚の決まりや風習を聞いたんだけど、イマイチ想像できなかったし、みんなに手伝ってもらわないと無理だな。……フリージャがまたうるさくなりそうだ。むしろ俺らより張り切る可能性もある」

「あ、あのね、無理かもしれないけど、あんまり盛大な式はちょっと……」

「レンフィの好きなようにしたいところだけど、そこは諦めたほうがいいかもな。反対されるよりはマシだろ」


 レンフィもリオルも、良くも悪くも自分たちが特殊の立場にいるという自覚があった。

 世間一般的に言えば、世界を救った聖女と英雄で、白と黒の勢力で争っていた元宿敵同士で、聖ソフィーラ協会が掲げる理念を体現するカップルである。

 物珍しさに人が集まり、本人たちが望んでも慎ましい結婚式をさせてもらえそうにない。


 たくさんの人に祝ってもらえるのは幸せだけど……少しだけ気が重い。

 恵まれていると心から思っているし、今の待遇に文句はない。

 ただ、分からないことが多すぎて怖いのだ。皆が望む理想の聖女として、どのように振る舞うのが正解なのか。

 人生で最も幸せを感じられるはずの結婚式で何か失敗して、台無しになってしまったらどうしよう。


「そんな顔するなよ。結婚式、もし楽しめなかったら、もう一回二人だけでしよう」

「え、二回するの?」

「ああ。何度してもいいだろ」


 それならいいか、とレンフィはすんなりと受け入れられた。

 聖女でも英雄でもなく、ただのレンフィとリオルとしての時間を望めるのならいい。


「やっぱりリオルはすごい。頼もしい」


 一生ついていきたい、とレンフィは改めてリオルに敬愛の眼差しを向けた。


「俺の方こそレンフィには驚かされてばかりだ。一生振り回されそうな気がしてる。それが楽しいんだけどな」


 それから日が傾くまで、二人は未来のことを話し合った。


 お互いよりも大切なものはないと信じられるのはとても幸せなこと。

 愛しい時間、尊い空間を大切にしながら一緒に歩いていけるなんて夢みたいだ。


 彼との思い出を何一つ忘れないように、レンフィは今日という日を記憶に焼き付けた。



 お読みいただきありがとうございました。


 この度、レンフィとリオルの物語を書籍化していただくことになりました。

 それもこれも全て、読んでくださった皆様がブクマや評価をしたり、

 素敵なレビューや感想を書いてくださったおかげです。

 本当にありがとうございました!


 加筆修正を頑張りましたし、

 イメージ以上の美麗なイラストを描いていただきましたので

 お手に取っていただけますと大変嬉しいです。

(書籍版でアザミやシンジュラのエピソードもちゃんとしたいので、

 次につながるようにどうかお助けください)

 よろしくお願いいたします!


※書籍化に伴い改題いたします。


 タイトル:おぼえてなくて、ごめんなさい

      記憶を失くした聖女が恋したのは、かつての宿敵でした

 出版:角川ビーンズ文庫様

 発売日:2026年2月28日

(活動報告にもう少し詳しく書きます)



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