【書籍化記念SS】エムの行きつけブラウンズ
書籍に合わせ、ランスが狼討伐から帰還後の一コマになります。
途中、マスター(ブラウンさん)視点を挟みます。
「ねえねえマスター!」
「ん、どうしたエム坊? メシが足りなかったか?」
「いやいや、私がどんだけ食いしん坊だとしても、ブラウンズの大盛りご飯食べて足りないわけないから」
今日も午前中はロニー様のキアラリー領政の講義を受けて、城下町にやってきた。
あれこれ用事を済ませ、私の行きつけの店(いい響き!)、ブラウンズでランチ中である。
「そうか? もっと食べて縦横大きくなってもいいと思うけどな。エム坊は全然デカくならん」
「……もうとっくに成長期は止まりました。私は18歳です」
「「「「「……嘘だろー!!」」」」」
マスターとブラウンズの常連の皆様が一斉に顔の前で手を横に振る。「ナイナイ」と。
ひどい……。と私がいじけていると、
「エム様、きっと少年の姿だからですよ。ドレス姿のエム様を見せれば、皆も認識を改めます」
そう言って私にフォローを入れるのは、ランス様の側近の一人であるワイアット様。
私が外出する際は、高確率で彼が護衛にあたってくれる。
「そっか! この格好が子どもっぽく見せるのね。ならしょうがない。で、話を戻すけど、マスター、このピーマンくらいのサイズの、白いラッパみたいな花をつける草って見たことない? 薬草図鑑によるとね、その草の根っこで強めの咳止めの薬ができるんだって。気候的に今キアラリーに生えててもおかしくないんだけど」
そう言って私がバッグから図鑑を取り出していると、急にブラウンズに常にあるざわめきが消えていた。
「ん?」
「い、いや、なんでもない。おいみんな、エムの図鑑見てくれよ」
マスターは周囲に声をかけてくれ、皆立ち上がって私の手元の図鑑を上から覗き込んでくれる。
そのうち、いつも私にジュースをご馳走してくれる、30代くらいの男性が、
「これなら確か……東の白樺並木の足もとで見たことがある」
「ホント? 遠いかな。私でも行ける?」
そう聞けば、彼はワイアット様をチラリと見て、
「ええと……エム坊一人じゃ無理だ。ワイアット様の馬でなら行けると思う」
「え? どうしよう。ワイアット様、悪いけれど付き合ってくれない?」
するとワイアット様は優しく頷いた。
「いいですよ。ただ、今日はもう時間がありません。明日、準備を整えて計画的に出発しましょう」
「エム坊、それがいいや。薬草は走って逃げやしないからな!」
「「「「言えてる!」」」」
ブラウンズにいつもの活気が戻った。
「あーやっぱりここで相談してみてよかった。あっさり見つかったわ。みんなありがとう!」
「こちらこそ……エム坊、ありがとう」
マスターの口調は、どこかいつもと違って聞こえた。
◇◇◇
食事が済むと、エム坊は三軒隣の雑貨屋に行ってしまった。すかさずこの店の主人の俺や常連どもはワイアット様を引き留めた。この界隈にエム坊に悪さするやつなんかいるわけないが、ワイアット様を説得するために冒険者の一人が、エム坊にコッソリとついていった。
ワイアット様が首を傾げた。
「マスター、一体どうした?」
「ワイアット様……咳止めが必要ってのは、デルク爺さんのためですかい?」
寒さも緩んだこの季節、風邪の流行る時期でもない。そんなこの城下で咳止めが必要なほど咳をしている人間といえば、デルク爺さんしか思い浮かばない。
「さあ、名前は聞いていない。ここに来る途中、イブ婆さんの薬屋に行くと、咳のひどい、色の褪せた青いベレー帽を被ったご老人が先客でいた」
その容貌、デルク爺さんに間違いない。
「彼が外に出てからイブ婆さんに事情を聞くと、あの咳は肺を患っているからで、普通の咳止めでは治らないと」
「そうでしたか……。ワイアット様、デルク爺さんは北西の炭鉱でずっと働いていて、安定した収入があるから駆け出しの冒険者達にここでよくメシを食わせてやってたんだよ。面倒見のいい、いい爺さんなんだ」
俺の言葉に、周囲がウンウンと頷く。
「しかし、ある時から咳が出るようになり、息切れし、仕事を辞めた。薬を飲んでもかんばしくなく、咳を気にしてもう何年と俺のこの店に顔を出さない。誰もここには爺さんの咳を気にするもんなんかいないのに。なあ?」
デルク爺さんがかつて世話をした冒険者は、今ではいっぱしの、脂の乗った冒険者になっている。皆、いつか爺さんにメシを奢りたいと願い、来店してはかつての爺さんの定位置に目をやり……不在にガッカリするのだ。
「なるほど。エム様も、ご老人が鉱夫だったと聞いて症状に納得されているようだった。彼の咳は職業病……普通の病気ではないから、治らない。対処療法しかないとおっしゃった」
「ワイアット様、それはどういうことだ?」
「つまり、鉱夫がその環境でなりやすい病気で、風邪のように体力と薬で治るものではないから、一生うまく付き合っていくしかないと」
「その、うまく付き合うための薬が、あのラッパみたいな花の根っこ? エム坊は薬も作るのか?」
「エム様は、薬草図鑑を読み、咳止めに効果のある数種の中からひとまずあの薬草を選ばれた。それが合わなけばまた探すと。もちろんエム様は薬師ではないから、採取したらイブ婆さんが調剤する。『咳が少しでも治れば、グッと楽になるはずよ』と意気込んでらした」
「エム坊はデルク爺さんに世話になってないはずだ。なのになぜそこまで……」
冒険者の一人が、思わず、と言ったふうに口にした。
それを聞いたワイアット様はゆっくりと順々に俺たちの顔を見つめて、説明した。
「ランス様の領民……いや、ご自分の領民が少しでも幸せになるように、できることをしている……というところでしょう。エム様は正しく領主夫人です」
俺たちはその言葉を噛み締める。
「確かに……エム坊はただの子どもじゃないな。びっくりするくらい博識だ」
「そうだな、俺たちの恩人を助けようと自ら動いてもくれる」
「ああ。慈悲深い我らの領主夫人だ」
「そうかな? 特に裏もなく、爺さんを助けたいからまっすぐ動くってところは、子どもそのものじゃないの?」
「……全部正しいな。それがブラウンズのエム坊だ」
俺たちは、はははっと笑いあった。
可愛いエム坊、俺たちは戦鬼ランス様のような力はないが、俺たちなりの方法で、生涯彼女を悪意から守っていく。
受けた恩は忘れない。それがこの辺境、キアラリーの人間の生き様だ。
◇◇◇
翌日、私がワイアット様と森に採集に行こうとすると、城壁の門に、マスターやブラウンズの常連客が五人待ち構えてくれていた。
「えー! みんな手伝いに来てくれたの?」
「おう。すでに見つけておいたぜ」
そう言ったのは私に薬草の場所を教えてくれた彼だ。昨日のうちに自分の記憶を確かめるために森を探索してくれたらしい。
「ありがとう、忙しいところごめんね」
「エム坊だって忙しいだろう? ロニー様の奥様修行はなかなか厳しいって聞いてるぜ」
「確かにスパルタだけど、それでもマスターやみんなに比べれば、私が一番暇人なんじゃないかな〜」
「……ったく、なーに言ってんだが。領主様のため、領民のため、クルクル走り回ってるくせに」
「ん? マスターなんか言った?」
「いや、さあ、とっとと行って、一本残らず引っこ抜くぞ。野郎ども、いいな!」
「「「「おう!!」」」」
「やめてーー!!絶滅しちゃうわーー!!」
◇◇◇
二カ月後、咳をコントロールできるようになったデルクおじいさんは、我らのブラウンズに顔を出すようになった。
デルクおじいさんはこの土地の面白い話をたくさん知っいて、私がせがむと聞かせてくれた。
「……目の前には真っ暗な坑道。誰もいないはずなのに、何か引きずるような音と、緑色の光が近づいてきてな、ワシがもうこれ以上は進めないと、回れ右して全速力で逃げ出すと、ヌルついた何かがワシの肩をポンと……」
「ぎゃーーーーー!!」
「それはなんと……ん? エム坊どうした? おい?」
「はあ……失神したようだな」
「「「「「領主様!」」」」」
「皆、エムが面倒かけてすまん。デルク、体調はどうだ?」
「おかげさまで、生まれ変わったようです」
「そうか、無理するなよ。では皆、また来る」
「「「「はーい」」」」」
私は迎えにやってきた(そしてしばらくこっそり様子を見ていた)ランス様に回収されて、白目を剥いたまま、城に帰った。
恥ずかしい……いつか全員に見放される気がする……。気をつけないと!
本日4/15 この死神騎士、そして弱気MAX七巻が同時発売しました!
ということで祭りですわっしょい٩( 'ω' )و
今日は死神騎士、明日は弱気MAXの番外編でお楽しみください。
皆様の応援のおかげで死神騎士が本になりました。感謝の気持ちでいっぱいです。
エムとランスのカップルも、これまでのヒーローヒロインたちと同様、宜しくお願いします。




