86:マジ、囲み取材を受ける。
《お集まりの皆様、お待たせいたしました》
遂に公式初のイベントが始まった。
といってもこのイベントは、メンテ明け当日夜に定期的に行われるらしい。
永続的に『ナンバーワン』系を付与すると、特定人物だけが得をする。MMOにおいてそれは不公平だと、運営側の判断でこういう仕様にしたんだと。
司会を務める運営スタッフの人がわざわざ説明してくれた。
その運営スタッフは何故かアロハシャツを着た、やたら軽そうな感じの男だ。
マイクを持って司会進行を務め、同じくアロハシャツを着た他スタッフもその辺に居て実況中継をするらしい。
《まもなく称号争奪戦を開始致します。ご準備のほど、宜しくお願い致します》
アナウンスが流れると、一斉に露店が立ち並ぶ。そんなにキラッキラしたいのか……。
夢乃さんとドドンむも準備に取りかかった。
俺は……
二人の共同露店のバイトとして、店の前に立つ。
称号は要らない。露店が賑わえば、夢乃さんが女性向け称号を獲得出来るだろう……というので、客寄せパンダ役だ。
実際、獲得基準がいまいち分からないしなぁ。
「彗星君は何か売りたい物はないの?」
「売りたい?うーん、そうだなぁ」
特にない。
《ぷぅ、ぷぷぷぅ》
「あ?ペットフード?」
あれを売れっていうのか?
宣伝して、金策の一貫にしろ。とぷぅが仰ってます。
合成剤確保が面倒だっての。
まぁいいか。せっかくのイベントだもんな。何か売ってみたい。
夢乃さんに少し待ってもらい、町にテレポしてペットフードを買い込む。そのまま路地裏で合成。
合成剤の材料集めで拾った貝の身や蟹身、魚、発見技能で拾った木の実に草、ついでにぶっ倒たモンスターの肉なんかを合成していく。
それぞれ二十袋ずつぐらいか。
「よし、行くか」
ここは戦場か……。
「安いよ、安いよぉ!今日だけお買い得!」
「あなたに合う一枚が、必ずここに!」
「世界に一つだけの、あなたの武器!さぁ、買ったっ」
「そこの彼女。綺麗だね。これを装備すればもっと綺麗になるよ」
客寄せ、必死だな。
「ほら彗星君も声だして」
「あー、はい。えぇ、いらっしゃいませー」
「マジ、棒読みやし」
だってなんか、他の露店プレイヤー見たら一気に引いたっていうか。
ついでに客も……怖い。
「あ、あの、握手してください!」
「ポーション何本買ったら、ハグしてくれますか?」
「さ、鎖骨、さ、触っても……痛いっ」
「うおーっ。生鳥じゃん! え? ぷぅって名前? ぷぅちゃん萌えぇーっ」
「ふんどしじゃねえの?」
お母さん。人間が怖いです。
公式デビューの効果なのか、やたら囲まれる。
「だ、誰かたちけて」
《ぶぶぶぶぶぶぶぶ》
ぷぅが必死に俺を助けようと、女性客限定で攻撃をしている。
もちろん、相手のHPが減る事は無い。
だがその攻撃もあまり役に立っていないな。なんせ――
「えぇ~。この子、ご主人を守ろうと必死に戦ってるぅ~」
「や~ん、可愛いぃ」
「俺も守られてぇ」
「なにこの必死さ。萌え可愛いんですけど」
余計に囲み人が増えただけだ。
これが噂の囲み取材ってやつ?
そんな中、一人の男エルフが熱心にペットフードを見ていた。
き、来た!? やっとまともそうな客、来たか!?
「このペットフード……」
「は、はい!」
ほら来た。やっぱり俺の客だ!
ガッチガチの全身フルアーマーに身を包み、背中には風に靡くマントを羽織ったその男は、この海岸ではちょっと異質な存在にも見える。
寧ろ俺の半裸が馴染むぐらい、この海岸には水着プレイヤーが多い。
男の周囲には他に三人、こちらも完全装備の男が後ろに立ち、まるでどこかの国の要人とその護衛みたいな構図だ。
たぶん他ゲーから移住してきたギルドメンバー同士とかなんだろうな。で、声を掛けて来たのはその幹部メンバーとかね。
「このペットフード、NPC売りのものとちょっと違うようだけれど。どこで手に入れたんだい?」
「あー、えっと。企業秘密です」
「合成だろ? どこで技能を習得したんだい? お金は払うよ。ボクたちにだけ教えてくれないかな?」
は? 何言ってんだこいつ。
情報に金出すって……ガチ勢か。
「いや、一応知り合いにも教えてない情報だし、それ以前に誰にも教えないと約束もしているからちょっと」
「十万エン払おう」
「え……いや、あの」
「二十万」
《ぷっ! ぷぷぷぷぷぷ》
ぷぅがもう少し粘りなさいと仰っている。
そういう問題じゃないだろ、お前……。
「三十万」
「いや、あのですね……」
「分かった。じゃあ五十万支払おう」
こいつ……金でなんでも解決させようってのか。
すかした顔のイケメンエルフ野郎め。こういうタイプは嫌いなんだよな。
もとから情報を売るつもりがあれば、もちろん高額出してくれる奴に売りつけるさ。
でもな、理由があって教えられないと言っているのに、それを無視して金を積み上げていくって、なんでも自分の思い通りに行くと勝手に決め付けてる奴の行動だよ。
そういうお坊ちゃま系は大嫌いだ。
「例え億積まれようが、絶対に教える気は無い。自分で条件探せよ」
きっぱり言い切ると、周囲がざわめき始めた。
――おいおい放電マジの人、大丈夫か?
――あのエルフ、確か……
――目ぇ付けられないといいけど。
な、なんか俺、やばい奴の申し出を断っちまったような?
一気に空気が重くなっていく気がするし、なんか後ろの手下どもの目が怖いんですけど。
《さぁさぁ、イベントは中盤です。現場のアキヨさん、どうですか~?》
その時、司会者の間の抜けた声で空気が変わった。
《はいは~い。こちら現場のアキヨですぅ。私は今、前回の『ナンバーワンホスト』の称号を持っていた方の近くに来ております》
ん? この辺りか?
と思ったら、さっきのエルフ含めた四人組がそそくさと離れていくのが見えた。
やったぜ。グッドタイミングだったな運営。
その運営スタッフがこちらにやってきて、俺にインタビューを求めてきた。
《称号の効果はいかがでしたか?》
と、猫耳女性が俺にマイクを向ける。
「え、えぇっと……。すみません、自分、生産キャラじゃないもんで。こうしてバイトで店に立つ程度でして」
《なんと!? じゃあ、宝の持ち腐れだったんですねぇ》
「はぁ、そんな感じです」
あの称号効果のどこが宝なのかと小一時間問い詰めたい。
しかし運営スタッフが来たからか、更に囲みの壁は分厚くなっていく。
ついでに夢乃さんやドドンが作った物もいくつか売れていったようだ。少しは役に立てているのか?
「あのぉ、このペットフードって、美味しいんですかね?」
お、お、お!
今度こそまともな客!?
ペンギンを胸元に抱きかかえる女のプレイヤーが興味深そうにペットフードを観察している。
「ま、まぁプレイヤーが食って美味いかどうかは分かりませんが、ペット的には……」
《ぷぷぅ~ぷ!》
美味しいのよ!
とぷぅが言うが、残念ながら俺以外には言葉を理解できる人が居ない。
《ぷきゅぷ?》
《ぷぷぅ!》
居たぁ! ぷぅの言葉を理解するペンギンが!
「っていうか、ペンギン!!」
「あ、はい。ペンギンのギンちゃんです」
《ぷきゅぷぷ》
お、おお。ペコリとお辞儀する姿が可愛いぞ。
掌サイズの小さなペンギンだが、よく見ると頭に小さな角がある。その角の周囲はふさふさした毛が生えており、一見するとモヒカンヘアーだ。
可愛いなぁ。
あ、ペンギンだと魚が好物だよな?
「こ、この魚風味のペットフードなんか、絶対その子が喜ぶと思いますよ」
魚を合成した団子の入った袋をギンちゃんの前に差し出す。
すると、興奮したようにギンちゃんが袋目掛けて必死に羽ばたこうとした。まぁ飛べないんだけどな。
「わっ。ギ、ギンちゃん。これ欲しいの?」
《ぷきゅっぷ!》
「わ、わかったわかった。買ってあげるから、暴れないでね」
「ま、まいどっ。えーえーっと……」
しまった。価格を考えて無かった。
ペットフードが150エン。合成剤は素材代だけだから5エン程度にしかならない。
じゃあ、160エンぐらい?
《ぷぷ》
「は? 200エン?」
「200エンですね。じゃあ――」
「あ、え、いや、あの」
ぷぅに返事しただけなんだが、お客の方から200エンを取引要請で渡されてしまった。
仕方ないのでそのまま魚合成ペットフードを渡す。
すぐさまギンちゃんが飛びつき、団子を一つ、美味そうに頬張った。
「ギンちゃん、美味しい?」
主人がそう訪ねるが、ギンちゃんは団子を食うのに必死だ。
「よっぽど美味しいみたいですね。NPC販売のペットフードは美味しくないのか、食べるんだけど仕方なくって感じで食べるんですよ。課金のペットフードはそれなりに美味しそうにするんですけど、なんせ現実のお金が掛かっちゃうし」
とご主人。
やっぱりNPC売りは美味しくないのか。
「お、俺もペットフード、下さい」
「え? あ、ああ。何がいいですか?」
次の客は男か。
その腕に抱えているのは子犬だ。いや、狼の子か?
ならやっぱり――
「ヴォルフ、どれがいい?」
と主人が子狼をペットフードの袋に近づける。
木の実――無反応。
貝の身――反応薄。
蟹――同上。
魚――やっぱり反応薄。
草――無反応。
そして――
《ウォンウォンウォンウォンウォン!》
「そうか、ヴォルフはこれか!」
「狼の子供でしょう? まぁ肉ですよね、やっぱ」
俺はそう言いながら肉合成のペットフードを子狼に近づけた。
もうこれでもかってぐらい尻尾ぶんぶん振り回し、これ買ってとばかりにご主人の顔をぺろぺろする。
あぁ、狼も可愛いな。しかも成長したらかっこよくなるんだぜ。羨ましい。
200エンを受け取り、肉合成ペットフードを渡す。
なかなかいい感じに売れるじゃん。
《あら? 生産キャラではないと仰っていましたが、ご商売はお上手ですね》
「は! い、いや、その――」
結構楽しいです――そう言おうとしたその時、
「きゃあぁぁぁぁぁっ」
っという布を切り裂くような悲鳴が上がった。




