76:マジ、ダークエルフの深い業を知る。
残飯処理ならぬ雑魚処理を終わらせ、川原から少し離れてから辺りを見渡す。
ヒールくれた人物にちゃんとお礼を言おうと思ったけれど、どこにも見当たらないな。
「おーい、助けてくれた人~」
……返事が無い。
そうかっ。あれが俗に言う『辻ヒール』ってやつなのか!!
確かお礼を言われたら負けだとか、そんな話は聞いた事がある。
面と向ってじゃないが、さっきお礼言ってしまったな。申し訳無い事をしたのかもしれない。
だけど俺は声を大にして言いたかった。
「あんたのお陰で生き残れたんだ! ありがとう、マイハニー!! なんつって」
くるりと大袈裟に振り向き、居る筈の無い誰かに向って手をかざす。
うん、我ながら見られてたら恥ずかしいポーズだ。相手が男だったらいろいろ勘違いされそうだし、女の人だったら……。
「ま、誰も居ないんだし、ノープロブレムだ」
さて集落に戻って合成剤作って貰おうっと。
「やぁお帰りですの。その格好だと、どうやら主に出くわしたみたいですの」
「そのかっこ? は!?」
《ぷっぷぷぷぅ~》
あら今更なの? とぷぅにも言われて我に返る。
俺、ずっとふんどし姿で森の中を歩いていたのか!
よりにもよって女の人の前でふんどし姿とか、死にてぇーっ!
こ、これどうやって元の装備に……あ、ふんどしを外せば戻るんだな。
よかった。後先考えずにふんどし装備したけど、もし一度装備すると固定される仕様だったら、キャラデリもんだったな。
ささっと着替えて何事も無かったかのように平常心を装う。
集落にある工房に向う途中、チラりと彼女が俺を振り返るたびに、俺の心臓は破裂しそうになった。
集まった材料は『沢ニッパーの薄い甲羅』が三百三十一個、『ライトブルーコスライムジェル』が百十八個。
今度はコスライム狙いで北にでも行くかな。
百十八個の合成剤を作って貰い、残りの甲羅をぷぅのリュックに入れて保管。
「調合代払うけど、幾らぐらいになる?」
合成剤を雑貨屋で買えば150エンにもなるんだし、少しぐらいは作業料として支払わなきゃな。
というより、あまりの貧乏暮らしぶりで同じダークエルフとしては見ていて辛い。
せめて家の隙間風ぐらい、どうにかしようぜ。
あと、農夫感まるだしのそのダサい服装とか。
「お、お金ですの!? え、えーっと」
集落にある小さな工房に集まった数人のダークエルフ達。
若い『ですの』口調の彼女が助けを求めるように全員に視線を向けると、全員が一斉に集まって何やら種族会議を開きだした。
シンキングタイムではなく、本当の意味での会議だ。
「え、えーっと、じゃあ一つ3エンとして、354エンでどうですの?」
「は?」
「ひぃっ。ご、ごめんですの。じゃあ1エンで118エンでいいですのっ」
いやいや、そうじゃなくって安過ぎるだろ?
「合成剤ってファクトの雑貨屋だと150エンなんだぜ? 材料費が幾らかわからないけど、もう少し高い金貰っても罰は当たらないと思うんだけどさ」
「え? 雑貨屋で……150エン、ですの?」
「あぁ。150エンだったよ」
そう言うと、再び種族会議が始まった。
しかも今度は他のダークエルフも呼んでの大規模会議だ。
うーん、時間掛かりそうだなぁ。
長引く会議の間、初期のエリアで集めたドロップ素材を使ってせっせと合成レベルを上げた。
鴉の羽を二本合成すると、何故かハイクラス仕様の黒い羽毛十本に変わる。
綿花とキャタピラーの糸を合成すると、上質な綿が出来上がった。こちらもハイクラスだ。
会議に参加していないダークエルフの話だと、この素材でレベル20ぐらいまでの装備が作れるんだという。
で、ハイクラス素材なので、確率は高くは無いがドロップする物だってのも分かった。
なら露店プレイヤーに買い取って貰ったりもできるな。
金策金策ぅっと。
合成剤百十八個があっという間になくなった頃、ようやく種族会議も終わったようだ。
若干彼等の顔が不機嫌そうである。
「えっと、君の名前は……」
と、若干老け顔のダークエルフが声を掛けてきた。
「彗星マジックです。ボールペンの――あ、いやなんでもないです」
ボールペンが存在しないであろうゲーム内で言っても、理解してもらえないどころかNPCがバグってしまうかもしれない。
変な事は言わないでおこうっと。
「本当にファクトの町にある雑貨屋に合成剤が売られているのかね?」
「売ってます。150エンと割高なんで、技能レベル上げるのにも苦労してるぐらいですから。ちなみに雑貨屋の店主の話だと、合成屋から120エンで買取っていると聞きました。あと分解粉やポーション類もです。どこから仕入れているか、雑貨屋も知らないと言ってました」
まさかダークエルフと取引してたとはなぁ。
ポーションの値段は見ていなかったが、分解粉は合成剤と同じ120エンだ。
俺の話を聞いてざわつくダークエルフご一行。
そのうちの一人、女性のダークエルフが顔を赤くして憤慨したように叫んだ。
「私達を騙したのね彼は!」
彼女の言葉が皮切りとなり、あちこちから不満の声が上がり始めた。
「我々から買ったものは、全て10エンで自分の店に並べると約束したのに!」
「商人組合との取引を仲介して欲しいと頼んだが、もしや彼等の返事がノーとうのも……」
「全部嘘だったんだ! だから他の人との取引は絶対にするなと、しつこく念をおしていたんだろう。そうに違いない!」
なんか……合成屋のドナルドって奴。ロクでもない人間みたいだ。
合成剤を10エンで売ると約束したって事は……
「待ってくださいっ。あなた方はいったいいくらで合成剤や分解粉を合成屋に売っていたんですか?」
「「5エン」」
……貧乏な訳だ。
五年前、森の入り口で行き倒れていたドナルドを発見したダークエルフ達は、彼を森の集落に運び介抱してやったらしい。
実は弁当クエの猟師マルコも、二年前にこの森の近くで行き倒れていた人間だという。
介抱されたドナルドは、ダークエルフが作る合成剤や分解粉を買い取って恩返しをすると言い出したらしい。
しかし話を聞いてみると、目を覚ましてものの数秒後にはそういう展開だったと。
話の最中、ぷぅのご飯タイムあり~の、ぷぅがやたら彼らに同情し~の、そのたんびにダークエルフ達|(男限定)に撫でられ~の。ぷぅはご満悦なようだ。
「それって初めから取引目的で行き倒れた振りしてたんじゃ」
「なっ!?」
「そ、そんな馬鹿なっ」
「私達はやはり、騙されていたのよ」
「マジックさん。本当にドナルドさんは私達を騙そうと、この森に近づいたですの?」
「いやもう、それしか考えられないだろ。だって、意識失って目が覚めたら、全然知らない集落で、ダークエルフだらけの中だったんだぜ?」
普通は見知らぬ土地で目が覚めたら、誰だって驚くだろ。
なのに目が覚めてすぐ「お礼がしたいからアイテムを買うよ」って、なんだそれってなるじゃん。
しかも5エンで恩返しとか、考えられないぞ。
「そ、外の世界で育った彼が言うんだ。ま、間違い無いのかもしれない」
「信じられん。いや信じたくない。彼が……我々を……」
現実を受け入れたくない連中もいるようだ。
「し、しかし。彼が我々を裏切っていたとはいえ、取引を中止すればこちらの生活が……」
「そうだな。罪深き我らダークエルフと取引をしてくれる人など、他に――」
「いやいやいやいや、そんな事は無いって」
すぐネガティブになる! 種族特性なのか?
いや、俺はネガティブじゃない、と思う。
そもそも俺、ダークエルフだけどゲーム内で困ったことは無い。種族差別を受けているような、そんな感じも無い。
物は試しだ。
「俺が雑貨屋の店主に話を持ちかけるよ。同族がこんな貧しい暮らしをしていたんじゃ、なんか切なすぎるし」
言った途端、システム音が鳴ってクエストが更新された事を告げる。
えーっと、今度は【始祖の村を救え! 商人組合に行こう】となってるな。
救ってやろうではないか!
「本当ですか!?」
「あぁ。もしドナルドって人の話が全部嘘だったら、それを理由に奴との取引も中止できるでしょう」
「「ありがとうございますっ」」
そう言って全員が土下座をしはじめる。
お、おい……ダークエルフの誇りは持とうよ。腰が低いとか、そういうレベルじゃないからっ。
テレポであっという間にファクトへと。
クエストでは商人組合となっているが、そもそもそれが何なのか分からない。
まぁ雑貨屋の店主に聞けば知っているだろう。
「やぁ、いらっしゃい。お求めは?」
店に入ると、店主のお決まりのセリフが聞こえた。
「えっと、合成剤を買った者なんですけど、覚えてます?」
シンキングタイムの後、店主は笑顔になって「もちろんだとも、ダークエルフの冒険者さん」と答えた。
なら話が早い。
実はかくかくしかじかで、ダークエルフ達が商人組合に取引を持ちかけたらしんだが、その事を知らないかと尋ねてみる。
シンキングは無く、店主はすぐに首を横に振った。
「私は組合員ですからね、そういう事があれば当然耳に入りますよ。けど、ダークエルフの方々から大口の取引の申し込みがあったなんて、聞いた事もありませんよ」
「やっぱりですか」
「えぇえぇ。きっと合成屋のドナルドが、儲けを独り占めする為に仕組んだんでしょう」
こうなると行き倒れの件も、最初から演技だったと思うべきだな。
そして話はとんとん拍子に進み、商人組合に行ってはその場で「ではダークエルフ族と改めて取引しよう」という事になり、その仲介役を俺がする事に。
クエストも【始祖の村を救え! 商人組合員を集落に案内しろ】となった。
これはもしや護衛クエ?
いや、さすがにソロで護衛はちょっと……。
「全員をテレポで送れれば楽なんだけどなぁ」
そうぼやくと、組合員NPCが一斉に固まる。
え、シンキング始まるの?
「では合成剤と分解粉は30エンで。ポーションⅡは60エン。その他生産に使う道具や素材はこの価格で――」
そう言って商人組合会長ボーデンという白髪のおじいさんが、一枚の紙をダークエルフに手渡す。
なんて事は無い。
商人組合所でのシンキングタイムのあと、幹部五人が何故か俺とパーティーを組んでテレポで森の入り口まで飛んだ。
一度来た事のある場所にしかテレポ出来ないハズなんだが、そこは都合のいい「来た事がある」の一言で片付けられたっていうね。
ボーデンさんから手渡された紙――取引内容などが書かれた契約書だと思うけど、それを見てダークエルフ達は目を見開いている。
合成剤や分解粉が5エンから30エンにアップし、収入が六倍になった事に驚いているのだろうか。
百個取引すれば3000エンだよ!
なんだかエンで考えると、物凄く残念な金額に思えて仕方が無い。
「ほ、本当にこんな大金……よろしいのでしょうか?」
「わ、私達は罪深き種族ですの。それなのに……それなのにこんなに良くしてもらって」
また始まったよ。何かあるとすーぐ「罪深き」だ。
商談中、何度このセリフを聞いた事か。
さすがに商人組合の人も苦笑いを浮かべている。
「ははは。そう気にし過ぎる事はありませんよ。そもそもドナルドの提示した金額がめちゃくちゃだっただけですから」
「30エンで仕入れた合成剤なんかは、50エンで店に並べるつもりです。多少はこちらも儲けさせて頂かなくてはなりませんので」
「えぇえぇ、それはもちろんですの。はぁ、こんなお金が手に入るとは、夢にも思っておりませんでしたですの。しかし私達は――」
とまた罪深きな展開に流れようとする。
「いやいや、そんな大昔の出来事なんて、我々人間は誰一人覚えておりませんって」
「そもそも罪がなんだかも知らないし、知ってたとしても当事者なんてどこにもおらんですたい」
商人組合の人達がそう言い、場を和ませようと涙ぐましい努力をする。
大昔……
「具体的にその大昔って、どのくらい前なんですか?」
その問いに「ですの」さんが首を傾げ、計算でもしているのか指を折りながら暫く考え込む。
そしてやっと答えが出たようで、
「三千八百と十五年前ですの」
と元気よく言った。
「そんな大昔、誰も生きてねえよ!」
商人組合の面々も、さすがに何千年も前の事なんてねぇ――と、苦笑いだ。
だがしかし笑ってない者もいる。
「失礼ですの! 私は現役バリバリで生きているですの!」
「はい?」
今まで見た集落内のダークエルフの中で、一番若そうに見える「ですの」さんが、まさかの長老様!?
「ふふふ。驚いてますね。驚いてますね。そう、何を隠そう私こそが、神々の対戦で闇の神に寝返ったダークエルフの一人、ブリュンヒルデなのですの!」
「我々の始祖であるぞ、マジック殿」
「まぁブリュンヒルデ様はご友人に誑かされて、闇の神々に寝返ったお人ですから。ちょっと抜けているんですよ」
「若作りなのが自慢で、行き倒れてる人を見つけては若い子の振りをして楽しんでいるのです」
ダークエルフには十分明るい未来が待っていそうだ。いろんな意味で。




