53:マジ、猫と戯れる。
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●進撃のライニャー LV:18
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ウッドマンよりレベルは一つ下だが、こいつも立派なボスモンスターのようだ。
ライニャーなんて可愛い名前のくせに、髑髏マーク付きだもんなぁ。
ウッドマンは見た目枯れ木のような姿で、瞳の無い真っ黒な目と鼻、口がある。根は地面から出ており、それをうねらせて移動していた。
木のお化けってファンタジーや童話なんかではお馴染みだけど、正直キモイな。
ライニャーはホワイトタイガーを思わせるような毛並みをした、口元の大きな牙が特徴的な猫科の猛獣だ。サーベルタイガーっぽいかな。
大きさは軽自動車並み。でかい……。頭のてっぺんだけ真っ赤な毛がふさふさしている。まるでモヒカンだ。
ただ、どことなくつぶらな瞳が、猛獣度を下げている気がする。
そういやどこかの誰かが、猫科のペットがどうとか……はっ!?
慌ててセシリアのほうを見る。
おいおいおいおいおいーっ! 卵持って何構えてんだよ。
あ、投げた!?
跳ね返って卵消えたぞおい!
「うえぇーん、封印失敗したよぉー」
「当たり前だろうがっ!」
お約束過ぎる。
「しかし、なんでボスが三体?」
「サハギンはそっちのパーティーに同行してるNPC用に用意されたとして……こっちは何で二体?」
もう一つのパーティーでも疑問の声が上がる。
だがそんな事を悠長に話し合ってる暇は無い。
パーティーの人数からして、こっちはライニャーの相手をし、向こうのパーティーがウッドマンの相手をする事になった。
十人で二体を相手するより、お互いの戦闘スタイルを把握してるメンバーでそれぞれを相手にするほうがいいだろうって事だ。
まぁ当然といえばとうぜ――
あ、もしかして。
「ここに二つのパーティーがいるから、ボスも二体出てきただけとか?」
俺がそう呟くと、ドドンが隣で
「三パーティー居なくてよかったな」
と同じく呟く。
まったくだぜ。
セシリアのヘイトスキルの効果がいまいちだったのか、初弾のサンダーですらタゲを奪ってしまう結果に。
「す、すまぬぅ〜。どうしても猫にゃんに馬鹿って言えなくってぇ」
「これはモンスターだぞ! へぶっ。し、死ぬ。俺が死ぬっ」
ライニャーの爪攻撃二発でHPは五割減。マジ死ぬって!
ヒールを使えばヒールヘイトでやっぱり俺にタゲ固定。なのでポーションを飲む。
「ああぁぁぁっ。課金ライフポーション飲んじまったぁぁ」
「またかよ」
全快するだけじゃなく、持続性回復のエフェクトが上っている。
なんて勿体無いんだ俺は!
あたふたしているのが解ったのか、サハギンと交戦中のファリスがセシリアを叱咤した。
「セシリア! それでもお前は戦士か! 仲間を見殺しにし、あまつさえモンスターを愛でようというかっ。そんな貴様に、騎士を目指す資格は無い!」
この時俺は見た――気がする。
セシリアの頭上に「がーん」という擬音の石が落ちてくるのを。
いや――
《ミャゴォーッ》
落ちてきたのは巨大肉球であり、それは俺の頭上にだった。
が、寸での所で俺は横に弾き飛ばされ、肉球からは逃れる事ができた。出来たが吹っ飛ばされ、地面に突っ伏すことになった。
ダメージは……無いな。
「マジック君、ごめん! 私が……私が間違っていましたお師匠様!」
「解ってくれればいい。さぁ、行くぞセシリア!」
「はいっ」
またかっ。
またセシリアは俺を助けようとして吹っ飛ばしたのか!
そしてスポ根かよ!!
《ぷっぷぅ〜》
吹っ飛ばされた拍子にぷぅが鳥の巣から飛び出してしまったようだ。
丸すぎて起き上がれないのか、じたばたもがいている。
ダイエットさせるべきだろうか。
もがくぷぅを見ていて、ふとおぞましい光景が目に浮かんだ。
無数の鳥に俺が突かれる以下略。
「うおおぉぉぉぉっ、ぷぅううぅぅぅっ。大丈夫かぁーっ!」
拾上げたぷぅを巣に戻すと、頭上から元気な《ぷ》が聞こえた。
ふぅ、命拾いしたぜ。
俺がな。
「ライニャー……君は可愛い。可愛いよっ! だけど私は言わねばならないっ」
「前振りいいから、早くタゲ取ってくれっ。ひぃっ」
ライニャーの爪攻撃っ。
必死に回避したつもりだが、見た目に反して当たり判定を食らったようだ。
くそっ。ステータスが邪魔して、ゲーム仕様的に強引にダメージ食らわせられてるしっ。
「マジック君! くっ。ライニャーの『ばぁぁかぁぁっ!!』うえーん」
何故泣く!?
《ニャゴ……ゴオアァァァッ》
お怒りだ! ライニャー様のお怒りだ!
頭のモヒカンが逆立って、なんか鶏みたいになってるぞ。あと目も血走ってて、ちょっと可愛さがダウンした。
「ラ、ライニャーが可愛くなくなった!?」
「だからモンスターだって言っただろ」
「うぅぅ、私のトキメキを返せぇ。『ぶわぁーか、ぶわぁーかっ!!』」
ライニャーの怒りは頂点に達し、狙いを俺からセシリアに変更。
よしよし、ちょっと離れてセシリアにヘイトが貯まるのを待とう。
セシリアが盾でど突き、剣で薙ぎ払い、剣の柄で更にど突く。
え、あんなのでも攻撃技になってるのか。
夢乃さんとドドンも通常攻撃を開始した。
じゃあ俺も――
「夢乃さん、こいつの属性は?」
「ライニャーは風属性だけど、動物タイプだから火の耐性も少しだけ低いと思うばい。まぁ雷の耐性は高いやろうけど」
風が苦手なのは土属性で、同じ風と、似たようなタイプの雷には強い。属性だけで言えば、それ以外の属性に対する耐性は普通で、可もなく不可も無く。
種族が動物ってことで、火は苦手という扱いにはなるようだ。
土属性は無い。
だが俺には新しい技能がある!!
ファイアをメインにサンダーを挟みつつ、たまにサンダーフレアで高火力でガンガン行くぜっ。
ただサンダーフレアのCTがなぁ。
ん? そういえば……
「ア、アイリスからのバフが飛んできて、ない?」
「あれ、そういえば……」
俺とドドンがアイリス達のほうを見ると、サハギンと交戦中のNPC二人の姿だった。
とりあえずバフは期待出来なさそうだな。
せっかくファイアも使えるし、超火力を期待したんだが。
ダダダっとセシリアの横に走りこみ、まずはファイアを叩き付ける。
念の為すぐに後ろに下がって様子見。
よし、ヘイトは奪ってないな。
次にサンダー。それからCTの明けたファイアを連続で叩き込み、直ぐに下がる。
よしよし、大丈夫だ。
合間にセシリアへのヒールも忘れてはいない。
MP節約の為、リターンは控えておこう。
ヒットアンドアウェイで前進後退している時間も、その間にセシリアがヘイトを溜める時間だと思えば有効とも言える。
必死にヘイトを溜めるためスキル攻撃を連続使用するセシリアは、速攻でMPが枯渇。
すかさず俺が渡したマジックポーション課金版を飲み、再びスキルの連打を開始する。
うん、役に立ってよかったよ。
タ、タダで貰ったもんだし、全然悲しくなんかないぞ。
「マジック君のお陰だ。本当にありがとう!」
「お、おう。ど、どうってことないぜ。どうってこと……『サンダーフレアアァァッ!』」
どうってことないさ。ふふ。
セシリアが頑張ってくれているお陰で、安心してサンダーフレアも使える。
が、案の定だ。
サンダーフレアは火属性と雷属性、両方の属性が個別にダメージを出すタイプの魔法攻撃になっている。
多段ヒットなのでダメージエフェクトが結構惨い速度で出てくるんだが、2、300ぐらいの数値と二桁前半の数値とが交互に浮かび上がっていた。
雷ショッペー。
サンダーでもダメージ100ぐらいだしなぁ。サンダーフレアの多段全ヒット時の雷ダメージが、サンダー一発を少し上回る程度か。
ライトも同様にそのぐらいのダメージしか出せてないし、弓使い二人の通常攻撃とも変わらない。
ただファイアはやっぱり効果がある。
スキルレベル自体はさっき覚えたばかりだから低いが、それでも単発で500ダメージを出している。
「やっぱ火マジサイコーだぜ!」
ガッツポーズのままファイアを唱えようとした時、突きあげた拳に風を感じた。
そして俺は見た。
激しくその場でぐるぐる回転する猫の姿を――
ちょ、これヤバイっ。絶対スキル攻撃のモーションだろ。しかも範囲系だ。
ぐるぐる回転してるってことは、少なくとも広範囲じゃないと思う。
なら逃げれば間に合うかも!?
と思ったらライニャーの周囲に竜巻がっ!?
走ってももう間に合わない――そう確信した俺は、あるスキルを咄嗟に唱えた。
「『リターンオブテレポート!!』」
本来回避スキルの一つとして作成したやつだ。ある意味この使い方が正しいのかもしれない!
そしてテレポした先で一歩でも動けば、再びあの場所に戻る事も無い。
遠くへ……テレポできる近距離のギリギリの所まで逃げるんだ!
咄嗟に唱えたリターンは、視界に映っていたアイリスの横を意識して使った。
サハギンと交戦中だが、支援に徹しているアイリスなら後衛のポジションに居るし安全だろう。だってヒーラーなんだから、後ろに居て当たり前だよな?
なんてMMOでは常識な事を脳裏に浮かべた訳だが、そもそも魔法職は後衛という常識を俺がバッサリ切り捨ててましたしテヘペロ。
だから罰が当たったのだろうか。
テレポしたアイリスの隣はまさに、最前線だった!
「えぇ〜いっ。神罰が下る時ですわぁ〜」
《ウギョギョギョッ》
アイリスの奴、戦闘モードに切り替わってやがったのかよっ。
そうとは知らず彼女を目印にテレポしたもんだからさぁ大変!
ドジョウならぬ半魚人が出て来て、俺(アイリス)に向って突進してきた!?
「天誅ですわぁ~」
叫びながらアイリスの拳が半魚人の踝にヒット!!
体制を崩し、おっとっとと前のめりになってこっちに来るうぅーっ!
「ぎゃあぁあぁぁぁっ、サ『サンダーっ』」
思わず条件反射で突き出して右手に、半魚人の胸鰭が当たる。
それを――ぐわしっ! っと無意識に掴んだまま、俺の脳裏に学校での体育の授業風景が蘇った。
――「相手の懐に入り込み、潜り込む様に体を沈め、相手をおんぶするような形で背負い自分の肘を相手の脇の下に入れて、肩越しに相手を担いだまま引いて投げる。これが背負い投げだ!」――
体育の教師が柔道部の顧問だったせいで、学校の授業ごときに本気指導という暑苦しい先生だった。
説明だけ聞いても出来る気がしないと思った。
実際に技を見せられても、素人じゃあ出来ないだろとも思った。
だが今、
俺は半魚人の胸鰭を掴み、奴の懐に潜りこんで体を沈め、そして――
奴を背負った!!
「うおおおおぉぉぉぉぉぉっ、どっせぇーっぐえっ!」
《ギョッギョーッ!!》
【ウエイトオーバーです】
というシステムメッセージが見えたと思った瞬間、俺の体は前のめりになって半魚人の下敷きになっていた。




