51:マジ、雛に名前をつける。
「無事でなにより。私が来たからには、もう大丈夫です。ご安心ください」
キリリとした表情でそう言う女騎士。
黒髪に、新緑を思わせる切れ長の目。髪は後ろでぴしっと団子状に纏められ、これだけで清潔感が漂っている気になる。
真っ白なフルプレートには青いペイントで所々模様が描かれており、鎧の下に着込んだスカートはそのペイントと同じ青だ。そしてスカートには鎧とは逆に、白い縁取りがある。
しかしこのスカート、やたら丈が短いな。騎士がそんなんでいいのかよ。
「た、た、助けて頂き、あ、ありがとうございますっ」
「んむ。君も頑張ったようだね」
何故か興奮気味のセシリアに向って、女騎士が彼女の頭を撫でてやっている。
もしかしてこれはあれか、憧れの先輩を目の当たりにした女子高生みたいな?
だってセシリアの目が、きらっきらしてるんだぜ。
「皆さんはどちらに向われているのですか? 見たところ、護衛の人数も少ないようですし、よろしければご一緒しましょう」
「ほ、本当ですか!」
やたら嬉しそうなセシリアだが、戦力が増えてくれるのは俺も嬉しい。
聖女アイリスはどうも罠NPCのようだし、女騎士登場でバランスが取れるようになってるとか、そういうオチもありそうだ。
そう考えていると、罠の方のアイリスがやってきて女騎士に歩み寄る。
「もしや貴女様は、ファリス様でいらっしゃいますか?」
「ん。いかにも。私の事をご存知か?」
どうやら女騎士はファリスというらしい。NPC同士で会話が進むから、こっちは聞いてるだけで情報が手に入る。なんて楽なんだ。
「わたくしはアイリスと申します」
「なんと!? 神の申し子と謳われたアイリス様でしたか」
という具合に自己紹介が始まる。当然のようにそこには大賢者も加わって、三人がそれぞれを褒め合い始めるというね。
その内容を整理すると――
大賢者。五十年前に魔王を倒した勇者一向の一人。歳のせいで現在はへたに魔法を使うと暴走される危険有り。
聖女アイリス。幼い頃から神聖魔法を巧みに操り、神の声すら聞こえるという。天啓によりこの地に来たとか。
騎士ファリス。大陸に名を馳せる帝国の騎士。騎士団の横暴ぶりを皇帝に密告したが、そもそも皇帝がアレな人だったため騎士団を追放され、今ここに居るという。
これらの出来事を三人が勝手に喋ってくれるので解りやすい。
「ファリス様……私が思い描く騎士像にピッタリだ」
「そうか。よかったな。じゃあ弟子入りでもしたらどうだ?」
うっとりした顔でセシリアが言うので、冗談交じりでそう返したが……
俺の顔をパっと見たセシリアは、何故か力強く頷いていた。そして一言「ありがとう!」と、これまた力強く言うと、女騎士の方へと元気よく駆けて行った。
え……俺、冗談のつもりだったんですけど。
だがセシリアは止まらない。
「ファリス様っ。是非わたくしめを弟子にしてください!」
女騎士に向って頭を深々と下げ、セシリアは至極真面目な口調でそう言った。
言っちゃったよ。マジで言っちゃったよ。
当然ここで女騎士はシンキングタイムが始まる。
だがセシリアはお構い無しに自分の思いのたけを喋り捲った。
「私が初めてプレイしたゲームがRPGでして、珍しく女主人公ものでした」
その主人公は女だからと、最初はいろいろ言われたらしい。
女が魔物退治なんか無理だ。女が勇者なんてなれっこない。
だが主人公はそんな周囲の声もお構い無しに、ただひたすら人助けをし、魔物を倒して強くなっていった。
そして魔王を無事倒し、勇者としてその名を世界に轟かせたのである。
まぁストーリー展開としては王道パターンだよな。ただ主人公が女だったってだけで。
だがセシリアにとっては、そこがツボだったらしい。
「女だから何なには出来ない。そんな事は決してない! 努力を惜しまず、正義の心を持ち続ければいつかは……勇者と呼ばれる日も来るかもしれない!」
いやこれそういうゲームじゃないから。
お前の言うそのRPGは最初から主人公が勇者になるっていう設定で作られてるだけだからな?
「私は……強くなりたい! 強くなって人助けをして、たくさんの人を幸せにするんだ!」
なにこのひとやっぱりこわい。
「――君の熱意に私も心を打たれた! 解った、この旅の間だけだが、弟子にしよう!」
「えーっ!?」
「やったぁ!」
NPCが弟子を取るなんて……ありなのかよ!
俺がちらっと大賢者に視線を送ると「儂は弟子を取らん」と言ってそっぽ向かれてしまった。
女騎士ファリスが合流してからというもの、俺達の旅は順調だった。
基本、彼女はアイリスに群がる敵にしか攻撃を加えないようで、俺たちが相手するべきモンスターは常に残っていた。
数が増えると一発だけ、恐ろしいほどの物理ダメージを叩きだす範囲攻撃を打って助太刀してくれる。
うん、やっぱアイリスとこの人、セットなんだわ。
更にファリスは、戦いながらセシリアに戦闘技術を教えたりしていた。
これがもう羨ましいのなんの。
ファリスはセシリアと正反対の、防御と攻撃力特化型のタイプらしく、それもあってセシリアには防御とはなんたるかを教えている。
「防御とは。自身を守るためのものにあらず!」
「お師匠。それでは何を守るためなのですかっ」
「仲間だ!!」
「な、仲間!? お師匠、私は自分が情けない。強くなりさえすれば人助けはできると思っていた自分が……」
これどこの青春ドラマですか?
そんな暑苦しい会話の間にも、セシリアは何故か新しい技能を習得しているという。
羨ましい。
俺なんて微妙なヒントから自分で必死こいて新技能取ったってのに。しかも大賢者も予想外の別物技能を。
まぁそれはそれとして良い技能なんだけどさ。
「大賢者様、『火属性魔法』の技能、教えて下さいよ」
御者台の大賢者にそう話し掛けると手招きされ、近づいてみると杖で額を小突かれた。
【『火属性魔法』を習得しました】
……えぇーっ。それだけで習得できるのかよ!?
《ぷっぷぷぅ〜♪》
「お、お前も今俺が新しい技能習得したの、解るのか」
《ぷぅ〜♪》
「だってあたち、ご主人様と繋がってるぷ〜。ご主人様の事なら、なんだって解るぷ〜」
「ドドン、その野太い声でこいつの振りしても、無理あるからな」
「あ、やっぱり?」
俺の背後で雛の振りをしていたドドン。
だいたい声が下から聞こえてるんだし、バレバレだっての。
「そういえば彗星君、その子の名前どうするん?」
「名前?」
だってこいつはピチョンだろ?
「鳥ならピッピだろ?」
「ドドン、それ普通に初期エリアにいるモンスター名ばい」
「んー、じゃあピヨちゃん?」
「ピヨピヨとは鳴いとらんね」
勝手に盛り上がる姉弟の言葉を聞きながら、俺にはあるネーミングがふと頭に浮かんだ。
《ぷっぷぅ〜》
「お前も名前が欲しいのか?」
《ぷぅ〜♪》
迫りくるコボルトに、新しく覚えた『ファイア』を試し撃ちする。
掌から生み出された火の塊が、直でコボルトの鼻先を焦がす。
《ギャワワンッ》
ぉ、スキルレベルの高いサンダーと、あんまりダメージ変わらないじゃん。
やっぱ火マジはいいね!
《ぷっぷぷっぷぅ〜》
「火属性覚えたん!?」
「あぁ。さっき大賢者様におでこ突かれたときに……」
「そ、そんな習得方法……」
同情するような目で夢乃さんが俺を見る。
《ぶぅ〜》
「ほら、そういう目で俺を見ないでくれよ。こいつも抗議してるぜ」
「ぷぅ、か、ぶぅしか言わないんやね。成長したらピチョンって鳴くんやろうか」
「その事なんだが……発表します!」
ファリス登場のお陰で、ようやく戦闘の合間というのが出来た。
そのタイミングで俺はさっき浮かんだ雛の名を発表する。
「こいつの名前は、屁です!」
静寂のあと、
《ワワン》
《シャーック》
《アリアリ》
《ぷるんっ》
っという大合唱と共に、新たにコスライム系モンスターを加えた一団が現れた。
俺が何かしたっていうのか!?
ぜぇはぁぜぇはぁ。
ふ、フルブーストされてるとはいえ、連戦に継ぐ連戦はさすがに堪える。
隠しステータスに『疲労』でもあるんじゃないのか?
「マジが変な事言うからだぜ」
「俺のせいかよ! 屁のどこが悪いっ」
《ぶっぶぅー!》
半濁点の《ぷ》は、機嫌のいいとき。もしくは普通の時。
濁点の《ぶ》は、機嫌の悪い時。
「屁の何が気にいらない! お前のその鳴き声が全てを物語っているってのに!」
《ぶっぶー!》
「もうちょっとましな名前にしてやったら?」
「そうだぞマジック君。寧ろネーミングセンスが問われるぞ」
「わたくしも、さすがにその名前は無いかと思います」
「うむ。あまりにも酷いな。幼児レベルだぞ」
「勇者様……センス悪いぃ〜。ピリカでももっと可愛い名前思いつくよ〜」
NPCまで一緒になって俺を責めるのか!?
なんて酷いゲームだ!
屁のどこが悪いのか。
中学んときはこういうノリだったんだけどなぁ。
「あぁあぁ、解ったよ。どうせ俺のネーミングセンスはお子様並さ」
《ぷぷぅぷぅ〜》
解ればいいのよ。
奴がそう言っているように見えて歯痒い。
ぷぅぷぅぷぅぷと五月蝿い奴め。屁がダメなら……
「じゃあ『ぷぅ』だ。これ以上は譲らないぞ!」
ぷぅだって結局はオナラの擬音の一つだ。別に何も変わっていない。いないはずなんだ。
なのにNPC含めた女子共ときたら――
「ぷぅか、可愛いじゃないか」
「うんうん。彗星君にしては上出来ばい」
「まぁ、ぷぅさんですか。可愛いですわね」
「ぷぅちゃ〜ん、ふふふ。可愛い」
「よかったなぷぅ。まともな名前を付けて貰えて」
なにそのさっきとまったく違う対応!!




