嵐の終わりに
女性冒険者たちを集めたお茶会は大惨事に終わり、スーの心をときめかせる出会いもなく半壊した東屋と庭の修理代を請求されるというダブルパンチをくらったエリスだった。
また、自身も負傷していたため二日間ベッドの住人となった。
エリスがベッドにくくりつけられている間に、クリスやアインとバート、さらにはあのマリーまでもが見舞いに訪れた。
マリーは来るたびに、頬を染めて花や菓子を置いていく。
そして謎の呼び名、おねえさまを連発する。
エリスは曖昧に微笑んだ。
マリーの置いていった菓子は、アインとバートが根こそぎ食べるのでエリスの口にはあまり入らなかったが、まあいいか。
そんな訳で、エリスは怪我が治ってからというもの、東屋の修理をして芝生を植え替え庭を再生するために日夜励んでいた。
スーも積極的に手伝ってくれ、アインやバート他、騎士団で手の空いた者も顔を出しては修繕をしてくれる。ありがたいことだ。
そんな中で今度は貴族のお嬢さま方を集めて、スーの婚活もといお茶会を催す運びとなった。
もちろん別の庭で。
※ ※ ※
お茶会は立食形式で各所に軽食と飲み物が供され、見事なつるバラのアーチやこんもりと生い茂ったバラの陰に椅子が配されている。もちろん、大きな日よけ(贅沢にも絹製)の下にもソファやカウチなどお嬢様が休めるよう配慮されていた。
メイドが飲み物を配り終え、軽食のテーブルの傍に控えてからアルバート王子の挨拶でお茶会は始まった。先だっての女性冒険者を集めたお茶会では適度に軽食は消費されていったのだが、お嬢様方はお喋りや王子たちの挙動を注視していて誰も軽食に手を伸ばしていなかった。
貴族とはそういうものらしい。
エリスはバルコニーの隙間からそっとスーを見守っていた。アインとバートと共に。
今回はエリスに騎士服が与えられて三人で同じ格好をしている。まったく有難い配慮だ。
あれ以来よく顔を合わせるのだが、その度に誰か可愛い子を紹介しろとうるさい。
自分で調達しろ、と言っているのだが。
今も一緒に下を覗きこみながら、水色のドレスの子が可愛いとか黄色の子が胸がでかいとか、あのうなじがそそるとか、うるさい。せっかくの騎士服を台無しにするおっさんだ。
「お前も綺麗な顔してるんだから、ちょっとドレス着てみ?俺がドレス贈ってやろうか?」
バートがにやにやしながら言う。こいつ(おそらくエリスと年が近いはずだ)は黙っていれば、それなりに精悍で爽やかなのだが、中身がおっさんだ。つくづく世のお嬢さん方の理想を裏切る残念さだ。
「そうだなあ。結構胸もあるし見栄えするだろ」
こっちは筋肉バカだ。アインは見てくれも中身もおっさんという残念な若者なのでエリスも恥じらいの持ちようがない。
「私は髪が短いからドレスより軍服が似合うと侍女さんたちに言われた」
二人はだっはっは!!と遠慮なく爆笑した。
「俺がかつら贈ってやるよ!」
言いながらアインもバートもまだ笑っている。まったく失礼なやつらだ。
そんな緊張感もない見守りのなか、眼鏡をかけた小柄な令嬢がちらちらとスーを見ていることに気付いた。薄紫のドレスが日の光に時折、反射して銀色にも見えとても幻想的な色彩だ。
「おい、あの紫の子、スーに興味がありそうだ・・・」
エリスが二人のおっさんに声をかけたその時。
令嬢が薄紫の袖口からそっと手鏡を取り出し自分の顔を映した。手鏡の背はスーに向いている。ぎらっと光を反射した気がした。
様子をみていたが、スーがふわっと椅子から飛び立ちふらふらと人の肩くらいの高さを飛んでいく。
いつもの飛び方とは違うことにエリスは疑問を抱く。
スーの向かう先を見て、エリスは潜んでいたバルコニーからお茶会の会場へ飛び降りた。(二階相当からひらりと飛び、非常に恰好よかったです・クリス談)
スーの向かう先には薄紫のドレスの令嬢。その口元はにんまりと笑みを刻んでいる。
後ろからアインとバートがエリスを追ってくる気配がする。
「スー!!」
エリスは走り、思いきり手を伸ばしてスーの尻尾を捕まえ胸に抱き込んだ。
走った勢いのまま令嬢に駆け寄り、袖口に直そうとした手鏡ごとその手を掴んだ。
「・・・これ、魔道具?」
令嬢はもう笑っていなかった。憎々しげにエリスを見据えている。
辺りがザワツキ始めた。こうなってしまえばお茶会はお開きだ。後は王子たちが何とかしてくれるだろう。ルー呼んで来い、と言ったのは誰だったか。
「全部上から見ていたよ」
「だったらどうなの?ドラゴンを鏡の中に閉じ込めて持って帰ろうとしただけよ」
瞬間、エリスの背に鳥肌がたった。
数日前の惨事が脳裏に蘇ったのだ。
あの時のスーの暴走で瓦礫と化した庭。負傷者。折れた自分の足。・・・そして残された借金。
エリスは叫んだ。
「それだけはやめて!!!」
今も残る借金の悪夢。やっっっと壊した庭の修繕が済んだところだというのに、またしても繰り返してたまるか。(鬼気迫る真剣な眼差しの涙目が僕的にはギャップ萌え・クリス談)
令嬢はジーナ・ウェストと名乗った。子爵家の次女らしい。
逃げる様子も何か仕掛ける様子もなかったので、椅子を勧め話を聞く。
珍しいドラゴンを見てみたかったこと。魔道具を試してみたかったこと。
それらの理由が若い女の子特有の好奇心からくるもののように思えた。
アルバートとブライアンとクリスの三兄弟が令嬢たちを庭から避難させ戻ってきた。
それと同時に、ルーも来た。
バートに引きずられている気がしないでもない。
令嬢ジーナの目が泳いだ。
ルーは以前討伐で会った時とほぼ同じ格好をしている。
モスグリーンの重たそうなローブに頭以外が覆われていて渋々連れてこられた感が滲みすぎている。
「あ~、あんた久しぶりだね。まだそのドラゴンにくっつかれてるって、もう諦めろよ」
何を諦めろというのだルー。
ローブの裾を払いながら、ルーは辺りを見回して全員をゆっくりと二度見た。
「ううん、やっぱりお前ガブリエラだろ。何やってんだここで」
ジーナの顔が引きつった。
「わ、わたしはウエスト子爵家のジーナよ。誰かと勘違いしているでしょう!」
「はあ?見間違う訳ないだろ。次、会ったらかっさらうって言っただろ俺」
ルーは、アインとバートに騎士団で本物のジーナを探しとけと付け加えた。
ひぃっ、とジーナがうめき椅子を蹴倒して逃げ出した。
その後ろ姿をルーが、あいつは魔女協会所属の魔女・ガブリエラだと短く説明し、楽しげに追いかけた。
何かわけありなのだろう。馬に蹴られそうなので割愛。