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5.

 奥様には、辞めろと言われると思ったのに反して、何も言われなかった。ただ、仕事は変わった。極力使用人たちと関わらない仕事に。それで、ロランの顔も見ず日々は過ぎて行った。


「この家に地下室があるとは思わなかった。」


 地下室の掃除。客間の片づけが主になった。


「で、しょう?」

「ひえっ!」

 またもや背後からの声。

「酷いなぁ~。」

「だからっ!一声かけて下さいノエさん。」

涙出てきたよ。この地下室は不気味に声が響くので、無駄に独り言を言って気を紛らわしていたのに。

「ねぇ。」

この人の「ねぇ。」は悪の囁きだ。

「退屈だよね。」

「は?!・・・いえ失礼シマシタ。」

カタコトになってしまった。

「リュカなにかやらかして?」

「は?嫌です。」

「たぶん。するよ。」

「しません!」

妙に自信をもったリュカの失敗宣言。ノエのバカ野郎!

 にやにやするノエに背を向けて、リュカは無心に掃除した。


 数日後。たくさんのお客が来るとのことで、一応リュカも家に留め置かれた。その夜は、ひそやかな月夜。客は皆ひっそりとやって来た。

 リュカは庭先で箒を持って呼び出しがかかるまで掃除することにした。


 屋敷の中央部、広いダンスホール。その中に人々は集まった。 

 静かなのに人のザワメキがする。一所に集まった人々は、それぞれ仮面をつけていた。美しい顔を晒している奥方と、傲岸さの表れた顔をしたラモン・ドルキア腹の肉が欲の塊のように張り付いている。

 ノエはこれから起こる事に関心がない。つまらなさそうに、そこを離れた。


 屋敷の外で数人の人影が動く。


 ノエが出たと同時に歓声が漏れ聞こえた。享楽の始まりだ。


 箒でしつこい落ち葉を掃いていたら、地下室のある離れまで来てしまった。自分で自分に呆れる。

カタカタと、風に揺れる草木とは違う音。

(また?)

運の悪さを発揮したのかも。

 リュカは地下室への扉の中にそっと身を隠した。


 そうしてリュカの目の前を武装したと思われる男たちが過ぎ去っていった。


「来たねぇ。」

ノエはつぶやいて楽しげに笑う。

数分後には男達の怒声が響き、客の悲鳴が重なるように上がりだした。

「ふふ。楽しいね。」

遠巻きに見るノエの目は狂気を孕んでいる。


 リュカの耳に「捕えろ!」とか「抵抗すれば命は無い!」とか。

(なに~!ラモン様なにしでかしたの~!)

 扉が蹴破られ、漏れた明かりに照らされた賊の姿は、リュカでも知ってる王家の捕縛専門の騎士隊の物だ。闇夜に乗じて動けるように暗い色をしている。飲み屋で働いていた時に聞いた酔っ払いの話と、タマに来る王城の警邏騎士を見ていたので分かった。

 リュカは箒かかえてしゃがみ込んだ。自分も罪人として捕まるかもしれない。


「あれぇ?」


 そこに響いた呑気な声。


「ノエさ、ん。」

「やだなぁ。やっぱり君。やらかしちゃったねぇ。」

 何言ってるんですか、やらかしたのはラモン様です。そう言おうとして、言えなかった。

 ノエの眼が獲物を見つけた蛇みたいに嬉しげに光り輝いていた。

「の、ノエ・・・。」

「おいでよ。・・君は人質。ね。」

いつの間にか、目の前にいて、

「さあ。楽しいねぇ。」

ぐい。手を引かれて「僕が無事に逃げ切れるまでは大丈夫だよ。」と言われた。


 逃げ惑う人を避けたので、遠回りになった。屋敷は包囲されていると思う。でも自信満々でノエは歩く。「抵抗するな!」

角から騎士が出てきた。ノエはリュカを背にかばって自分より一回り大きい騎士と対峙する。

「逃げるんだから退いてよ。」

にやにやしてるのが解る口調だ。怖い。さっきからリュカは足が震えて転びそうなんだ。

「貴様!」

騎士は容赦なく剣を振りおろ・・・。

「うぅ。」

ドシャッツ!と崩れ落ちたのは騎士。床は新鮮な血が広がりつつあった。

(なになになに。ノエさん強い。てことは、騎士さん死・・・考えるな~!)

「こっちかな?」

楽しそうな声。そして、半ば強引にリュカは手を引かれて走る。目の端に血溜りの騎士が入らぬよう。ノエを見つめた。

 子供のように無邪気に笑うノエ。

 頬についた血。

(見るんじゃなかった。)


 ノエは裏門じゃなく、屋敷内の女性使用人用の更衣室に自分専用の抜け道を作っていた。予測してたみたい。とリュカは思った。あ~。よく女の人と入り浸っていたよね。たしか。離れな事と、外塀と隣接してるし、出たらすぐ池で危なすぎて誰も警戒していない。

 ノエはリュカを抱えるようにして、自分で設置したであろう足場を慎重に行く。

「ほ~ら。出た。」

 シンとした月夜の広がる光景。

 喧騒のする方を見てみると、包囲網から少し離れている。この人いったい何者?ここは建物の狭間で、きっともう見つからない。

「リュカ。」

 ノエの方を向けば、月光を背にして顔の表情が解らない。リュカはのっそり立つ細身のその人に寒気がした。

「君は面白いね。」

 でも、もう終わり。


 キン。

 ノエは背後の金属音を聞き分けると、リュカを羽交い絞めして、その音を振り返った。

「わひ!」

リュカが妙な声を上げた。目の前に白刃が突きつけられている。ノエによって。

二人の向かいに一定の距離を置いて一人の騎士。さっきの騎士とは衣装が違う。街中にいる傭兵のような成りで。彼はノエに捕えられるリュカを見た。

「何を・・・。」

その声をリュカは知っていた。


「その手を放せ。」


 二人に。正確にはノエに剣を向けたロランは、いつでも踏み込めるよう構えた。

「あれ?やっぱりお二人はお知り合いでしたか~。」

 リュカを掴む手は容赦ないのに、声だけはのんびりしている。

「その子は足手まといだろう。必要ないはずだ。」

「だから、殺っちゃおうと思ってたんだけど?」

「え?!」

「あれ?リュカ気づかなかった?」

ふふふと笑う。

 なんとなく気づいてました。でも・・・。とりあえず死にたくないです。

「『陰』その子を放せ。解放すれば今回は見逃してやる。」

 背後のノエさんの雰囲気が一変して、うすら寒くなった。

「へぇ~。そのいい方。懐かしい。でも、もう関係無いから、それ、やめてね。」

ノエさんの手が刃を持ち替える。ますます危ない方向に。リュカはもう一人で立ってられなくて、ほとんどノエさんに寄りかかっている状態。

じり、と二人の距離が縮まる。

 大捕り物ももうすぐ終わる気配。

「・・・。」

ロランさんとノエを交互に見る。二人の緊張を破ったのは、やはりノエ。

「リュカ重い。」

失礼な!あんたが怖いから足がぶるぶるでずるずるなのだ!

「ま。いつでも殺れるし、いいか。ねぇ。リュカ。」

(やーだー!)

 絞めていた手が緩んだ。

「またね。」

ノエはリュカをロランの方に乱暴に放った。

 ロランが機敏にリュカを助けに動く。彼がリュカを身に囲い、一瞬目を離した隙にノエの姿は消えていた。

「君は・・・。」

呆れの混じる声で言いかけて、止める。

「安全な所まで移動する。」

「・・・はぃ。」

返事に力がこもらないリュカは足にも力が入らない様で、ロランはリュカの腰を抱えるようにして歩き出した。


 どうにか彼の誘導でふらふら歩く。無言はきついがべらべら喋るわけにも。

「入って。」

小屋のだ。昔は家畜がいたのだろうが、今は何もない。来慣れた所なのだろう。ロランは(ロランでいいのかな?)リュカを奥にやって、外の様子を窺う。大丈夫そうだと判断したのだろう。こちらに向かって来る。正面から見つめあって、勿論。甘い空気などなく。

「はあ~。」

 ため息ですか。そりゃ迷惑ですもんね、成り行きとはいえ。ところで貴方騎士ですか?どうしてあんな所にいたんですか?という質問は口をつぐんだ。

「あの。」

「なんです?」

「ありがとうございました。」

突き出される事もなさそうだと思えばにまっと笑ってしまう。で、ため息をつかれた。


 彼は、現状を説明してくれた。今夜はラモンの捕縛一斉摘発の日だったそうです。聞きたくないんです。とは聞き入れなさそうなので、コレにも口をつぐむ。代わりにロランさんに告げる。

「明るくなったら家に帰ります。」

「・・・どうかな。」

「どう。って?」

「使用人の住居は既にどちらも把握してるだろうし。」

 わたしは何もしてないのに。青ざめるリュカを安心させるように微笑んでロランさんはリュカの頭を撫でた。「一緒に行くから大丈夫だ。」と心強いというか申し訳ない事を言ってくれる。

「明るくなる前に移動しよう。」

少し彼が近寄って来たので、警戒して縮こまってしまう。恩人なのに。

 彼は苦笑い。

「いつも。そのくらいあった方がいい。」

説教?ロランさんはリュカの背後の棚に用があったみたいだ。

横に退く。

「ラモンは違法な魔術薬をあつかって荒稼ぎしていた。被害者は貴族にも及んで・・・。」

彼の手には白いハンカチ。見知った香。これ・・・。

「知らないのか?」

「え?掃除婦ですから。掃除はしますけど。」

思考が遮られた。雇い主の仕事が何だとか、どうでもいいのだが少しは気にするべきだったと反省。少々黒い人かとは思ったが、真っ黒過ぎる。

「すいません。」

俯いてあやまる。あの時言ったのは本当に辞めろという意味だったのだ。

「謝るのはこっちかもな。」

 近づくロラン。彼の手の中の香の正体をリュカは知っている。血の気が引いた。

 弾かれたように上げた顔に、布が押し付けられた。頭の後ろをロランが支えていて逃れられない。

「この先は覚えられると困る。」

その声はリュカには届かなかった。一瞬にして昏倒したリュカをロランが抱きあげていた。


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