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第25話 盤上の再現と、初めての連携と、チームの産声と

 翌日。

 第三特務分隊の兵舎には昨日までとは全く違う、緊張感とそして微かな期待が入り混じった空気が流れていた。


 アッシュは鞘鳴りの訓練を続けながらも、その意識は明らかに部屋の中央に向けられている。

 クロエは壁に寄りかかるのをやめ、いつでも動けるように身体をほぐしていた。

 フィンは相変わらず部屋の隅にいるが、その顔には恐怖だけでなく決意の色が滲んでいる。

 そしてリアムは作戦机の上に広げられた戦術マップを、真剣な眼差しで見つめていた。


 俺が兵舎に入ると、四人全員の視線が一斉にこちらへと集まった。


「マスター」


 リアムが代表するように口を開く。


「……いつでもいける」


 その言葉に俺は満足げに頷いた。


「よかろう。ならば始めるぞ」


 俺は彼らを兵舎の外、騎士団が実戦訓練で使う森と岩場が入り組んだ第三訓練場へと連れ出した。


「貴様らの最初の合同訓練だ」


 俺は四人に向かって告げる。


「課題はこの森の奥に潜むゴブリンの小隊の殲滅。……もちろん本物のゴブリンではない。騎士団の訓練用魔法人形だ。だが油断するな。奴らは貴様らが盤上で相手にした駒と同じような動きをするように俺が設定しておいた」


 俺の言葉に四人の顔に緊張が走った。

 盤上の遊戯が現実になる。

 リアムが夜を徹して考え抜いたあの設計図。それが今、試されるのだ。


「指揮はリアム・ヘイワード。貴様が取れ」


 俺はリアムに最終的な決定権を委ねる。


「俺は審判役に徹する。貴様らの誰か一人でも人形に『戦闘不能』と判定されるような有効打を受ければ訓練は失敗だ。いいな?」

「……ああ。わかっている」


 リアムは強く頷いた。

 彼は仲間たちに向き直る。その顔にはもはや先日までの皮肉屋の面影はない。


「……作戦は昨夜の最終盤面を再現する。いいな、お前ら」


 リアムの言葉にアッシュとクロエが初めて素直に頷いた。フィンも小さく、しかし確かに頷き返す。


「クロエ、お前が先陣を切れ。敵の注意を引きつけ可能な限り時間を稼げ。ただし深追いはするな。お前の役目はあくまでも『盾』だ」

「……ちっ。わーってるよ」


 クロエは短く舌打ちをしながらも、その瞳には確かな闘志が宿っていた。


「アッシュ。お前はクロエが作った隙を突き、側面から敵陣を撹乱しろ。一撃離脱を徹底しろ。お前の剣はまだ重い一撃には耐えられん」

「へいへい。わーってるよ隊長殿」


 アッシュは気だるげに答えながらも、その手はすでに剣の柄を握りしめていた。


「フィン。お前はあの丘の上から俺たちを援護しろ。敵の足を止めるだけでいい。決して無理に攻撃魔法を使うな」

「は、はい」


 フィンは震えながらも自分の役割を必死に理解しようとしていた。


「そして俺は……」


 リアムは一度言葉を区切ると全員の顔を見回した。


「俺はお前らを信じる。……行くぞ」


 その号令と共に第三特務分隊の、初めての戦いが始まった。


 ◇     ◇     ◇


 戦況はリアムの描いた設計図通りに進んだ。


 クロエが獣のような雄叫びを上げて森の中へと突進し、俺が配置したゴブリン人形たちの注意を一身に集める。

 その隙にアッシュが影のように動き、側面からゴブリンたちの陣形を切り裂いていく。彼の剣は確かに軽いが、その速さは神速の域に達していた。

 そして丘の上からフィンの放つ小さな光の矢が、ゴブリンたちの足元を的確に撃ち抜きその動きを鈍らせる。


 見事な連携だった。

 バラバラだったガラクタたちが一つの意志を持って有機的に機能している。

 だが。

 俺はそんな彼らに新たな試練を与えることにした。


(……ここからが本番だ)


 俺は懐から取り出した制御用の魔導具のスイッチを入れる。

 するとゴブリンたちの背後から、一体だけ一回り大きな魔法人形が現れた。その手には禍々しい杖が握られている。

 ゴブリン・シャーマン型。後方から厄介な魔法で味方を支援する指揮官クラスの訓練人形だ。


「なっ……。聞いてねえぞ、あんな奴」


 リアムの顔に焦りの色が浮かぶ。

 シャーマン人形が杖を振り上げると、クロエの足元に粘着質の泥を模した拘束魔法陣が展開された。


「うおっ、足が……」


 クロエの動きが一気に鈍る。


「クロエ」


 リアムが叫ぶ。

 設計図にはこの敵は存在しない。彼の頭の中は一瞬で真っ白になっただろう。

 だが彼はもう以前の彼ではなかった。

 盤上の遊戯で幾度となく敗北を繰り返した経験が、彼の思考を次の段階へと引き上げていた。

 リアムは即座に叫んだ。


「アッシュ、目標変更。シャーマンを叩け。クロエ、耐えろ。フィン、クロエの足元を……いや、違う」


 リアムは一瞬で判断を変えた。


「フィン、あのシャーマンを撃て。お前の最大火力でだ」

「む、無理です。詠唱の時間が……」

「稼ぐ」


 リアムは短く言い放つと自ら剣を抜き、クロエの元へと駆け出した。


「アッシュ、俺とクロエで時間を稼ぐ。その間にフィン、やれ」

「……了解」


 アッシュが神速でリアムに合流する。

 リアムとアッシュが動きの鈍ったクロエを守るように、前面に展開した。

 それはただの寄せ集めではない。仲間を守るための本物の騎士の陣形だった。


 丘の上でフィンが覚悟を決めた。

 彼は仲間たちの背中を、そして自分を信じてくれた隊長の言葉を強く胸に刻む。

 彼の身体から今まで見せたことのないほどの膨大な魔力が立ち上った。


「……喰らえぇ」


 フィンの叫びと共に、天から巨大な雷の槍がゴブリン・シャーマン人形の頭上へと突き刺さった。

 轟音と共にシャーマン人形は機能を停止し、動かなくなった。

 指揮官を失ったゴブリン人形たちは統率を失い、アッシュとクロエの猛攻の前に次々と活動を停止していった。


 ◇     ◇     ◇


 訓練場に静寂が戻る。

 四人は肩で息をしながら互いの顔を見合わせていた。

 疲労困憊だった。だがその顔には今まで浮かべたことのない達成感と、そして仲間への信頼が満ち溢れていた。


 俺はそんな彼らの前にゆっくりと姿を現す。

 そして短く告げた。


「……悪くない」


 その一言が彼らにとって何よりの賞賛だった。

 リアムがふっと笑う。

 アッシュがやれやれと肩をすくめる。

 クロエが獰猛に、しかし嬉しそうに歯を見せて笑う。

 そしてフィンは泣きながら最高の笑顔を浮かべていた。


 第三特務分隊という四つのバラバラだったガラクタが一つの意志を持つ「チーム」になった、その瞬間だった。






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