第25話 盤上の再現と、初めての連携と、チームの産声と
第三特務分隊の兵舎には数日前とは全く違う、緊張感とそして微かな期待が入り混じった空気が流れていた。
あれから四人は、リアムを中心に様々な場面を想定した『設計図』を元に連携訓練を行ってきた。
その成果が今日、験されることを、俺は前日に伝えてあった。
俺が兵舎に入ると、四人全員の視線が一斉にこちらへと集まった。
「マスター」
リアムが代表するように口を開く。
「第三特務分隊。全員、いつでもいけます」
その言葉に俺は満足げに頷いた。
「よかろう。ならば始めるぞ。付いてこい」
俺は彼らを兵舎の外、騎士団が実戦訓練で使う森と岩場が入り組んだ第三訓練場へと連れ出した。
「今日は俺が貴様らを預かってから初の実戦形式の訓練だ」
俺は四人に向かって告げる。
「課題はこの森の奥に潜むゴブリンの群れの殲滅だ」
もちろん本物のゴブリンではなく、騎士団の訓練用魔法人形である。
「だがゴブリンだからと油断するな。奴らはホブゴブリンに比べ桁違い数が多い。それにあの盤上の駒以上にそれぞれの意思をもって臨機応変に動くように設定されている」
俺の言葉に四人の顔に緊張が走った。
盤上の遊戯が現実になる。
四人が積み重ねた努力。それが今、試されるのだ。
「指揮はリアム・ヘイワード。貴様が取れ」
俺はリアムに最終的な決定権を委ねる。
「俺は審判役に徹する。貴様らの誰か一人でも人形に『戦闘不能』と判定されるような有効打を受ければ訓練は失敗だ。いいな?」
「わかっています」
リアムは強く頷いた。
彼は仲間たちに向き直り、一端の隊長のように威厳に満ちた声で告げる。
「作戦を今から伝える。聞き逃さないようにしてくれ」
リアムの言葉に三人の突出した才能を持つ若者たちが素直に頷く。
「クロエ、お前が先陣を切れ。敵の注意を引きつけ可能な限り時間を稼げ。ただし深追いはするな」
「ちっ……めんどくせーけどそうするよ」
クロエは短く舌打ちをしながらも、その瞳には確かな闘志が宿っていた。
「アッシュ。お前はクロエが作った隙を突き、側面から敵陣を撹乱しろ。だが深追いはするな。ゴブリンたちにある程度打撃を与えたらすぐに離脱するんだ」
「へいへい。わーってるよ隊長殿」
アッシュは気だるげに答えながらも、その手はすでに剣の柄を握りしめていた。
「フィン。お前はあの丘の上から二人を援護しろ。特に二人が離脱する時には絶対にゴブリンたちに追撃させないように足止めするんだ。だが俺が指示するまでは敵の足を止めるだけでいい。決して無理に攻撃魔法を使うな」
「は、はい」
フィンは震えながらも自分の役割を必死に理解しようとしていた。
「そして俺は後方でお前たちが撃ち漏らした敵を排除しつつ戦況を見ながら指示を出す」
リアムは一度言葉を区切ると全員の顔を見回した。
「俺はお前らを信じる。……行くぞ」
その号令と共に第三特務分隊の、初めての戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
戦況はリアムの描いた設計図通りに進んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
クロエが獣のような雄叫びを上げて森の中へと突進し、配置されたゴブリン人形たちの注意を一身に集める。
続けてゴブリンたちの意識がクロエに向いたその隙に、アッシュが影のように動き、側面からゴブリンたちの陣形を切り裂いていく。
「はっ!」
神速の攻撃が刻むリズムが、相手につけいる隙を見せない。
俺の指示した特訓の成果だ。
「これ以上は危険だな」
数体のゴブリンを切り捨てた所で、ゴブリンたちの動きが変わったことを察したのだろう。
アッシュが軽く背後に跳躍すると、ゴブリンたちに背を向けて掛けだした。
「グガガガガッ」
それを好機に見たゴブリンたちが後を追おうとしたその時だった。
「フィン! 足止めを頼むっ!」
「はいっ」
リアムの指示を受けたフィンが丘の上か小さな光の矢を放ち、ゴブリンたちの足元に次々と突き刺さっていく。
「グゴッ」
二体ほどのゴブリンがその矢に足を打ち貫かれ倒れ、残りのゴブリンたちの足が止る。
その間にアッシュは森の木々の中に飛び込み、ゴブリンたちは完全に彼の姿を見失った。
(見事な連携だ)
バラバラだったガラクタたちが一つの意志を持って有機的に機能している。
だが。
俺はそんな彼らに新たな試練を与えることにした。
(さて……ここからが本番だ)
俺は懐から取り出した制御用の魔導具のスイッチを操作する。
「貴様らの成長。見せて貰うぞ」
俺はゴブリンたちの背後から現れた他よりも一回り大きな魔法人形を見ながら呟く。
そのゴブリンの手には禍々しい杖が握られていた。
ゴブリン・シャーマン。後方から厄介な魔法で味方を支援する指揮官クラスのゴブリンだ。
「なっ……。聞いてないぞ、あんな奴」
リアムの顔に焦りの色が浮かぶ。
「ゴフゥ」
予想外の新手に戸惑う第三特務分隊の面々に向けてシャーマン人形が杖を振り上げる。 直後、クロエの足元に粘着質の泥を模した拘束魔法陣が展開された。
「うおっ、足が……」
クロエの動きが一気に鈍る。
「クロエっ!」
リアムが驚愕で目を見開く。
彼が事前に考えていた設計図にはこの敵は存在しない。
彼の頭の中は一瞬で真っ白になり、以前の彼ならそのままパニックに陥ってしまったに違いない。
だが彼はもう以前の彼ではなかった。
盤上の遊戯で幾度となく敗北を繰り返した経験が、彼の思考を次の段階へと引き上げていた。
リアムは即座に叫んだ。
「クロエ! どれだけ耐えられる?」
「くっ……持って二、三分ってところだ!」
ゴブリンたちから少し離れた場所まで引いていたおかげで、まだ彼女を攻撃範囲に捕らえた敵は居なかった。
だが、それも時間の問題だろう。
「アッシュ、目標変更だ。奴らのうしろにまわりこみシャーマンを叩けるか?」
「やってみる! だが、俺の位置からだとすぐには無理だ。それにあいつら――」
いつの間にかゴブリンシャーマンの回りに四体のゴブリンがシャーマンを守るように立っていた。
もちろん俺がそう仕込んでおいたからだ。
「くっ。だったらフィン! クロエに近寄ってくるゴブリンたちを……いや、違う」
リアムは一瞬で判断を変えた。
「フィン、あのシャーマンを直接魔法で撃ち貫け! お前の最大火力でだ!」
「む、無理です。それに詠唱の時間が……」
「稼ぐ」
リアムは短く言い放つと自ら剣を抜き、クロエの元へと駆け出した。
「時間を稼ぐ! アッシュ、来てくれ」
「……了解」
アッシュが神速でリアムに合流する。
リアムとアッシュが動きの鈍ったクロエを守るように、前面に展開した。
「クロエも動ける範囲で構わん。自分の身は自分で守れ」
「あいよ……無茶言うね、隊長様は」
直後、ゴブリンの群れが三人に襲いかかる。
「はっ!」
「……っ」
「おりゃああっ!」
次々と襲いかかってくるゴブリンたちを三人が押し返す。
だが数倍の数の敵相手に、さすがの彼らでも長くは戦線を維持できないだろう。
「僕が……僕がみんなを助けるんだっ」
丘の上でフィンが覚悟を決めた。
彼は仲間たちの背中を、そして自分を信じてくれた隊長の言葉を強く胸に刻む。
彼の身体から今まで見せたことのないほどの膨大な魔力が立ち上がる。
そして――
「……喰らえぇ! 雷の槍っ!!」
フィンの叫びと共に、天から巨大な雷の槍がゴブリンシャーマンの頭上へと突き刺さった。
腹に響く轟音と共にシャーマンの魔法人形は機能を停止し、動かなくなった。
「いまだ! 一気にかたづけるぞ!」
誰もが呆然とする中、一人、リアムだけが冷静に戦況を見据え、アッシュとクロエに指示を出す。
シャーマンが倒されたことでクロエの身体を縛っていた魔力の縄も解けている。
一方、指揮官を失ったゴブリン人形たちは統率を失い騒ぎ立てるだけの木偶となっていた。
そんな烏合の衆と化したゴブリンたちなど、今の彼らの敵ではなく、アッシュとクロエ、そしてリアムの猛攻の前に、次々と活動を停止していく。
訓練場に静寂が戻るまでにそれほどの時間はかからなかった。
魔法人形たちの残骸が散らばる中、四人は肩で息をしながら互いの顔を見合わせていた。
誰もが疲労困憊なのが見て取れる。だがその表情には、今までにない達成感と、そして仲間への信頼が満ち溢れていた。
俺はそんな彼らの前にゆっくりと姿を現すと短く告げた。
「……よくやった。合格だ」
その一言が彼らにとって何よりの賞賛だった。
リアムがふっと笑う。
アッシュがやれやれと肩をすくめる。
クロエが獰猛に、しかし嬉しそうに歯を見せる。
そしてフィンは泣きながら最高の笑顔を浮かべていた。
それは第三特務分隊という四つのバラバラだったガラクタが一つの意志を持つ『チーム』になった、その瞬間だった。
「さてと」
俺はお互いをたたえ合う四人から目をそらし、訓練場を見渡せる位置にある高台に目線を動かす。
そこにはつい先ほどまで数人の人影があった。
「観客たちの評価はどうだったかな?」
訓練が始まると同時くらいからだろうか。騎士団長と彼の副官、そして同僚の教官が数人ほどあの場所に姿を現すと、俺たちの演習を最後まで観戦していたのである。
もちろん俺の仕込みだ。この日のためにわざと騎士団内でリナにも手伝って貰いながら第三特務分隊の変化と、その実力を験すための実践的な演習をすることを周囲にそれとなく流布し、騎士団長には直接演習内容まで伝えておいたのだ。
「マスター!」
リアムの声に俺は視線を高台から四人へ戻す。
「次の訓練の指示をお願いします」
「おなしゃす」
「ういっす」
「あ、あの……お願いします」
今日の演習に余程の手応えを感じたのだろう。四人の顔にはやる気が満ちていた。
俺はそんな弟子たちの表情に満足しながら、彼らに向かって今日の絞めの言葉を告げた。
「では貴様らに命じる。貴様らが散々ばらまいた魔法人形の残骸を日が暮れるまでに片付けておけ!」
そう言い残すと、その予想外の命令に唖然とした表情を浮かべる四人をその場に置いて、俺は訓練場を後にするのだった。




