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第24話 皮肉屋の戦術と、ガラクタの価値と、夜明けの誓いと

 兵舎の中は奇妙な静寂に包まれていた。

 アッシュはいつの間にか鞘鳴りを止めていた。クロエも短剣の手入れを終え、壁に寄りかかったままじっと盤上を見つめている。

 彼らの視線の先にあるのは作戦机に身を乗り出すようにして、駒を睨みつけるリアム・ヘイワードの姿だった。


 彼の顔からいつもの皮肉げな笑みは消え、代わりに苦悩と、そしてそれ以上に今まで見せたことのないほどの真剣な光が宿っていた。

 十数回目にして彼は初めて、ただの自暴自棄な突撃ではない、拙いながらも「戦術」と呼べるものを試みた。

 結果はやはり敗北だった。

 だが以前のように全滅するのではなく、ゴブリンの駒を三つ道連れにしていた。ほんの僅かな、しかし確かな進歩だった。


「……くそっ」


 リアムは悔しげに唇を噛む。


「なぜだ。森に伏兵を置き囮で引きつけ、魔術で後方支援……。それでも数が足りねえ」


 彼は初めて俺に向かって問いかけた。それは反抗的な態度ではなく、純粋な疑問だった。


「……教官殿。あんたなら、どうする」


 面白い。

 ようやく対話の準備ができたらしい。

 俺は彼の隣に立つと盤上を指差した。


「貴様の敗因はいくつかある。だが最大の過ちは一つだ」

「……なんだよ」

「貴様はまだこの駒を、ただの駒としてしか見ていない」


 俺はアッシュの駒を指す。


「こいつの突破力は確かに高い。だが一度攻撃を繰り出すと、次の動きまでに僅かな『隙』が生まれる。その隙を誰が埋める?」


 次にクロエの駒を指す。


「こいつの突進力は脅威だ。だが一度突っ込めば二度と後ろには下がれん。その背中を誰が守る?」


 そしてフィンの駒。


「こいつの魔術は強力な切り札だ。だが詠唱には時間が必要だ。その時間を誰が稼ぐ?」


 俺の言葉にリアムはハッとしたように顔を上げた。

 俺は続ける。


「貴様はまだこいつらをバラバラのガラクタとして扱っている。だから負けるのだ。ガラクタも組み合わせ方次第では一つの『兵器』になる。貴様の仕事は、その設計図を描くことだ」


 俺の『ゲーマーの眼』には彼らの最適な運用法が見えていた。

 アッシュは一撃離脱を繰り返すヒットアンドアウェイ戦法を得意とする「アタッカー」。

 クロエは敵の注意を引きつけ攻撃を受け止める「タンク」。

 フィンは後方から敵を殲滅する「キャスター」。

 そしてリアム。彼こそがこの三つの駒を自在に操り、戦場全体を支配する「司令塔(プレイヤー)」なのだ。


「……設計図だと」


 リアムは何かを掴みかけたように、再び盤上へと視線を落とした。

 その日から兵舎の風景は一変した。

 アッシュの鞘鳴りの音に、リアムが駒を動かす音とぶつぶつと何かを呟く声が加わった。


 彼は取り憑かれたように盤上の遊戯を繰り返した。

 負ける。駒を戻す。考える。そしてまた負ける。

 その繰り返し。

 だがその敗北の質は明らかに変わっていった。

 彼は駒の動かし方一つ一つに、意味を持たせようとし始めていた。


「アッシュの駒が突っ込んだ後、クロエの駒が敵のヘイトを稼ぐ……」

「その間にフィンが詠唱を完了させる……」

「だがそれだけじゃ足りない。敵の増援が来たらどうする。退路は……」


 夜が更けアッシュもクロエも、とうに眠りについていた。

 だがリアムはたった一人、作戦机の前で駒を動かし続けていた。

 その姿はもはやただの皮肉屋のそれではない。

 自らの無力さと仲間の可能性と、そして勝利への渇望と向き合う一人の指揮官の姿だった。


 ◇     ◇     ◇


 東の空が白み始める頃だった。


「……できた」


 掠れた声が静かな兵舎に響いた。

 俺が目を開けると、そこには疲労困憊で、しかし達成感に満ちた表情を浮かべたリアムが立っていた。

 盤上には駒が並べられている。

 赤い駒は一つも欠けていない。

 そして青い駒は全て盤上から取り除かれていた。


「……見事だ」


 俺がそう言うとリアムはふっと笑った。それはいつものような皮肉な笑みではなく、どこか少年のような照れくさそうな笑顔だった。

 彼は眠っているアッシュとクロエ、そして隅で丸くなっているフィンに、今まで見せたことのない穏やかな視線を向けた。


「……こいつら、案外使える駒なのかもな」


 その言葉が彼が本当の意味で「隊長」になった瞬間だった。

 リアムは俺に向き直る。

 その瞳から反抗的な色は完全に消え失せていた。


「……マスター」


 彼は初めてその言葉を口にした。


「……明日の指導は、何をする」


 その問いが俺たちの新しい契約の証だった。

 俺は満足げに頷く。


「決まっているだろう。貴様の描いたその設計図がただの机上の空論ではないということを、証明してもらう」


 第三特務分隊という四つのバラバラだったガラクタが、一つの意志を持つ「チーム」になるまであと少し。

 俺はこれから始まるであろう本当の狂詩曲の始まりに、静かに胸を高鳴らせるのだった。





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