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鬼教官として名高い騎士団の「ハズレ師匠」に転生した。落ちこぼれの新人を史上最強に育て上げたら、なぜか聖女や王女まで弟子入り志願してくるんだが?  作者: 長尾隆生@放逐貴族・ひとりぼっち等7月発売!!
第三章 問題児たちの狂詩曲(ラプソディ)

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第20話 戦闘狂の女騎士と、下半身への意識と、守るための戦い方と

 兵舎の隅で単調な鞘鳴りが響き続けている。


 アッシュは昨日までの怠惰な姿が嘘のように、ただひたすらに抜刀と納刀を繰り返していた。その顔に浮かぶのは苦痛と、そしてそれ以上に己の未熟さと向き合う剣士の苦悩だった。

 戦闘狂の女騎士クロエ・バーンズはそんな退屈な空気に耐えられずに声を上げた。


「おい! 教官殿」


 彼女は壁に突き立てていた短剣を引き抜くと、俺に向かってゆっくりと歩み寄ってきた。その瞳は飢えた獣のように爛々と輝いている。


「あいつの退屈な修行はもう見飽きた。次はあたしの番だろ?」

「……ほう?」

「あたしが求めてんのは、あんな地味なもんじゃねえ。血湧き肉躍る本物の戦いだ。あんた、あたしと殺り合う度胸はあんのか?」


 彼女の唇が獰猛な笑みに歪む。その身体からはピリピリとした闘気が放たれていた。

 次はこいつにするか。

 俺は彼女の挑戦を真正面から受け止める。


「いいだろう、貴様の相手をしてやる。だが、ただ戦うだけでは貴様の欠点は矯正されん」

「ああん? あたしに欠点なんざねえよ」

「ある。それも致命的な欠陥がな」


 俺は訓練用の木剣を一本手に取ると、クロエに向かって言い放った。


「今から俺と模擬戦を行ってもらう。ルールは一つ。俺は貴様の腰から上には一切攻撃しない。そして貴様は俺に一撃でも当てれば勝ちだ」

「……はっ。舐められたもんだな」


 クロエは俺の言葉に怒るどころか、心の底から楽しそうに笑った。


「腰から上には攻撃しねえだと? いいぜ、面白い。あんたのその余裕綽々の顔を恐怖に歪ませてやるよ」


 俺とクロエは兵舎の中央で対峙しるようにして立つ。

 邪魔だった作戦立案用に用意されていた大きめのテーブルは、リアムとフィンの二人が腋へ片付けた。

 部屋に緊張が走る。

 アッシュはいつの間にか鞘鳴りを止め、リアムと共に固唾を飲んで見守っている。


「いくぜ、教官殿っ!」


 クロエが開始の合図も待たずに突進してきた。

 その動きはアッシュのような洗練されたものではなく、獣のような鋭さと全てを破壊し尽くさんとする純粋な暴力性に満ちていた。

 二本の短剣が変幻自在の軌道で俺の顔面と心臓を狙ってくる。

 だが俺の『ゲーマーの眼』には、その攻撃のパターン全てがあまりにも単純に見えていた。


(こいつは報告書通りの典型的なバーサーカータイプ。攻撃力特化で防御力欠損。攻撃モーションは大振りで、その意識は上半身に偏る傾向がある……つまり足元のヒットボックスががら空きになりやすい)


 俺は彼女の上半身への猛攻を最小限の動きでいなす。

 そして彼女が次の攻撃に移るほんの一瞬の硬直を狙って、手に持った木剣で彼女の踏み込んできた足元を払う。


(足下がお留守だぜってやつだ)


「……え?」


 クロエが間の抜けた声を上げる。

 次の瞬間、彼女の身体はバランスを崩し、派手な音を立てて床に転がった。

 その姿は昨日のリアムと重なって見える。


「……いってぇ。てめぇ今……」


 だが昨日と違い、俺は起き上がりかけた彼女の隙を見逃さず、再び木剣で彼女の軸足を払う。


「ぐあっ」


 クロエは受け身も取れずに再び床に叩きつけられた。


「どうした。もう終わりか?」


 俺は冷たく言い放つ。


「がぁぁぁぁぁっ!」


 クロエは屈辱に顔を歪ませながら、獣のように四つん這いになって飛びかかってきた。

 だが結果は同じだった。

 俺は彼女の上半身への攻撃を全て捌ききり、がら空きになった足元を的確に、そして執拗に払い続ける。


「はあっ……はあっ……」


 何度転がされてもクロエは上半身への攻撃に固執する。まるで自分の腰から下が存在しないかのように彼女の意識は常に前方の俺の顔と胸にしか向いていない。

 十数回、彼女を床に転がしたところで、俺は初めて口を開く。


「なぜ足元への攻撃を警戒しない」

「はぁ……はぁ……うるせえっ」


 クロエは息も絶え絶えに俺を睨みつける。


「なぜ敵から目を離して自分の足元など見なきゃならないんだ。敵は常に目の前にいるだろうが」

「……違うな」


 俺は冷たく彼女の『言い訳』を否定する。


「貴様は足下を『見ない』んじゃない。『見れない』んだろう?」

「……っ!」


 クロエの瞳が大きく揺らぐ。

 あの日。俺が資料室で確認した彼女の経歴欄に書き添えられていた一文。

 それに全ての元凶が詰め込まれていた。


『元傭兵団所属。アビスゴブリンの奇襲により部隊は壊滅。その唯一の生き残り』


 アビスゴブリンというのは通常のゴブリンが進化した厄介な敵だ。

 アークス・サーガでの奴らは、、地面の下から突然現れ、背後や足元を狙った奇襲攻撃を常套手段にしていた。

 特に厄介なのが落とし穴に嵌められ、そのまま地中に引きずり込まれる攻撃で、ゲーム中でもその穴から抜け出すのにどれだけ苦労したことか。

 だがゲームではある程度のダメージで抜け出すことが出来たが、現実の世界ではそうはいかない。


(こいつはその時、次々と足下からアビスゴブリンに地面の中に仲間が引きずり込まれ、喰われる様を見たはずだ。そして仲間たちを守ることが出来なかったことを今も悔いている)


「貴様にとって足下を――地面を見ることは守ることが出来なかった仲間たちの最後を思い起こさせるトラウマになっているのだろう?」


 俺は床に無様に転がったまま殺意の籠もった視線を投げつけてくるクロエを見下ろしながら告げる。


「だから貴様は無意識に視線を上げたまま目の前の敵を倒すことだけに集中することで足下の恐怖から逃げようとしている」

「黙れ……てめぇに何がわかる」

「防御出来ないのではなく、そのために足下すら見ることが貴様の心が拒絶している。だから何度も俺に転がされてしまうんだ」

「黙れって言ってんだよぉ!!」


 クロエの絶叫が兵舎に轟く。


「貴様がその恐怖を乗り越えない限り、いくら戦っても宝石にはなりえん」


 俺は手にしていた木剣を投げ捨てる。


「なっ」


 予想外の俺の行動にクロエが目を見開く。


「そのために貴様に次の課題を与える」


 俺は部屋の隅で震えているフィンを指差して続ける。


「あの臆病者――フィン・スチュワートを俺の攻撃からから守りきってみせろ」

「はぁ? なんであたしがこんなナメクジみたいな奴を……」

「できないか? 過去の亡霊に怯え、また仲間を見殺しにするつもりか?」


 俺の挑発にクロエの眉がぴくりと動いた。

 彼女は唇を噛みしめて忌々しげにフィンを一瞥し、そして覚悟を決めたように立ち上がった。


「……いいぜ、やってやるよ。ただし手加減はしねえからな教官殿」


 彼女の瞳に初めて、ただの闘争心とも、過去への恐怖とも違う複雑で力強い光が宿ったのを俺は見逃さなかった。

 戦闘狂の女騎士が本当の意味で『騎士』になるための最初の試練が今、始まろうとしていた。

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