第17話 第三特務分隊と、問題児たちと、ゲーマーの眼と
団長室を出た俺は、すぐには例の兵舎へとは向かわなかった。
まずは情報収集だ。
俺は団長から預かった書類を手に騎士団の資料室へと足を運んだ。
そこに記されているのは、俺が新たに指導することになった「第三特務分隊」の四人の隊員の名前と、騎士団が公式に記録している経歴だった。
一人目、アッシュ・グレイリング。平民出身ながら剣術においては騎士団でも五指に入るとされる天才。だが極度の面倒くさがりで、任務放棄、命令無視は数知れず。
二人目、クロエ・バーンズ。元傭兵団出身の女騎士。戦闘狂で、一度戦闘が始まると敵味方の区別なく暴れ回るため、常に単独での行動を強いられている。
三人目、フィン・スチュワート。類稀なる魔力の持ち主で遠距離からの精密狙撃を得意とする魔術師。しかし極度の臆病者で、実戦では魔物の咆哮を聞いただけで気絶したという逸話付き。
そして最後の一人。この部隊の隊長格、リアム・ヘイワード。没落貴族の出身で皮肉屋。騎士団の腐敗に絶望しており、他の三人をまとめ反抗的な態度を取り続けている中心人物。
……なるほどな。
見事なまでに問題児しかいない。
原作ゲームには登場しなかった完全に未知のキャラクターたちだ。
つまりここからは俺の知る特定のイベントや攻略法は通用しない。
(……面白い)
だがこの世界が『アークス・サーガ』のシステムに則っている限り、俺の眼は欺けない。
リナを指導した経験は俺に確信をもたらしていた。この世界の人間は俺がやり込んだゲームのキャラクターたちと、同じ法則で動いている。
ステータスそのものが見えるわけではない。だが長年やり込んだゲームの制作陣の癖とでも言うべきか、キャラクターの性格とその行動原理から、システム的な『癖』や『弱点』がある程度推測できると確信している。
リナを育てたことで俺のその能力は、ただの知識からこの世界で通用する本物の『眼』へと昇華しつつあった。
俺は兵舎の軋む扉を、躊躇なく蹴り開けた。
◇ ◇ ◇
兵舎の中は外見以上にひどい有様だった。
酒瓶が転がり訓練用の武具が無造作に積み上げられ、埃っぽい空気が淀んでいる。
その中央で四人の男女が思い思いの時間を過ごしていた。
一人は干し草の上で大の字になって寝ている。あれが天才のアッシュだろう。
一人は壁に向かって狂ったように短剣を投げつけている。あれが戦闘狂のクロエか。
一人は部屋の隅で小さな物音にすらびくびくと肩を震わせている。あれが臆病者のフィンに違いない。
そして残りの一人が椅子にふんぞり返り、足を机に乗せながら面白くなさそうにこちらを睨みつけてきた。
「……あんたが新しいお目付け役か。ご苦労なこったな」
皮肉っぽい口調。こいつが隊長のリアムか。
「噂は聞いてるぜ、『ハズレ師匠』。なんでも落ちこぼれの女を一人、まぐれで勝たせたんだってな。おめでたいこった」
他の三人も俺の存在に気づきそれぞれの反応を示す。
寝ていたアッシュは億劫そうに片目を開けただけ。
短剣を投げていたクロエは獲物を見つけた肉食獣のように、舌なめずりをしながらこちらを見ている。
隅にいたフィンは俺と目が合った瞬間、びくりと身体を震わせさらに壁際へと後ずさった。
なるほど。これは一筋縄ではいかないらしい。
俺はリアムの挑発を無視し、部屋の中央へと進み出た。
そして四人全員に聞こえるように、静かに、しかしはっきりと告げた。
「俺が今日から貴様らの指導教官を務める、カイエン・マーシャルだ」
俺の言葉にリアムが鼻で笑った。
「挨拶なんざどうでもいい。どうせあんたもすぐに音を上げて俺たちの前から消えるんだ。今まで来た教官共と、同じようにな」
これは最初の儀式だ。
ここで俺が奴らに屈すれば、二度と指導教官として認められることはないだろう。
俺はゆっくりと四人を見回した。
そして俺の『ゲーマーの眼』で、一人一人の本質を解析していく。
「まず貴様。アッシュ・グレイリング」
俺は寝転がっている天才を指差す。
(団長の報告書には「天才」とあったな。ゲームで言えば初期ステータスが高いが成長率が低いタイプだ。こういうキャラクターは一撃の威力は高いが攻撃後の硬直が長く、コンボに繋げられないという癖が必ず設定されている。才能に胡坐をかき基礎的な動きの最適化を怠っている証拠だ)
「その怠惰な寝姿、一見すれば隙だらけだ。だが重心は常に安定し、いつでも起き上がって反撃できるよう無意識に身体を制御している。見事な才能だ。だがそのせいで貴様の剣には『重み』がない。才能だけで振るう剣は軽い。真の強敵の前ではその剣は容易くへし折られるだろう」
「……」
アッシュの目がわずかに見開かれた。
次に俺は戦闘狂のクロエに視線を移す。
(「戦闘狂」。報告書通りの典型的なバーサーカータイプか。ゲームなら攻撃力は高いが防御力が極端に低い。そしてこういうキャラクターの攻撃モーションは常に大振りで上半身への攻撃に偏るように設定されているものだ。下段への攻撃、つまり足払いなどに対する防御意識がシステム的に欠落しているはずだ)
「クロエ・バーンズ。その闘争心は悪くない。だが貴様の攻撃は全て上半身に集中している。下半身への攻撃に対する意識が致命的に欠如している。本物の戦場なら最初の三秒で足元を払われ、無様に転がっているだろうな」
「……てめぇ」
クロエの顔から笑みが消えた。
そして俺は隅で震えているフィンを見る。
(「臆病な魔術師」。高火力・低耐久のガラスキャノン。だがそれだけじゃない。報告書によれば実戦で力を発揮できないという。これは常に自分に『恐怖』というデバフをかけている状態だ。ゲームなら命中率に強力なマイナス補正がかかる状態異常。技術の問題じゃない、メンタルの問題だ)
「フィン・スチュワート。その魔力、そしてその集中力は騎士団でも随一だ。だが貴様は自分の力を恐れすぎている。その恐怖心が貴様の魔術の精度を僅かに、しかし確実に狂わせている。貴様が狙いを外すのは技術の問題ではない。ただ心が弱いだけだ」
「ひっ……」
フィンは顔を真っ青にしてさらに身体を縮こまらせた。
最後に俺は目の前のリアムに向き直る。
(こいつはRPGにおける「特定のフラグを立てないと進行しないイベントNPC」のようなものだろう。彼の反抗的な態度は彼の初期設定であり、正論や説得では決して覆らない。彼の心を動かすトリガーは何か。ゲームの定石で考えれば、それは「圧倒的な実力を見せつけ、選択肢を強制的に変更させる」ことだ)
「そして貴様だ。リアム・ヘイワード。その反抗的な態度は騎士団への絶望から来ている。だがそれは言い訳に過ぎん。貴様はただ仲間を見捨てることができず、彼らと共に泥の中にいることを選んだただの臆病者だ。違うか?」
「……っ」
リアムの顔が怒りと、そして図星を突かれた動揺で歪んだ。
「……黙れ。あんたに俺たちの何がわかる」
彼は椅子から立ち上がると腰の剣に手をかけた。
「口先だけのハッタリはもう聞き飽きた。実力で示せ。俺に勝てたらあんたの言うことを聞いてやる。だが負けたら二度と俺たちの前に顔を見せるな」
面白い。
望むところだ。
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。だがただ勝つだけでは面白くない。ハンデをやろう」
俺は自分の両手を後ろに組む。
「俺はこの両手を使わん。そして貴様を倒すのに、十秒もあれば十分だ」
俺の言葉にリアムだけでなく他の三人の顔色も変わった。
それは自信か、あるいはただの狂気か。
俺はこれから始まるであろう本当の「指導」の始まりに、静かに闘志を燃やすのだった。




