第17話 第三特務分隊と、問題児たちと、ゲーマーの眼と
団長室を後にした俺が最初に向かったのは、騎士団本部の地下にある資料室だった。
団長から預かった薄っぺらい資料だけではあまりに情報が少なすぎる。
これから『お荷物』共を鍛えるにためには、彼らの詳細な情報を把握しておかなければならないと考えたからだ。
受付の司書に嫌な顔をされながら引っ張り出して貰った人事ファイルを、俺は机の上に広げる。
「なるほどな……こいつは骨が折れそうだ」
そこに記されていたのは俺が新たに指導することになった第三特務分隊の四人の隊員の名前と特徴、そして騎士団が公式に記録している経歴と評価だった。
一人目、アッシュ・グレイリング。
平民出身ながら剣術においては騎士団でも五指に入るとされる天才。
だが極度の面倒くさがりで、任務放棄、命令無視は数知れず。
(つまり典型的な一芸持ちの天才か。才能に胡座をかいて努力をしないタイプだ)
二人目、クロエ・バーンズ。
元傭兵団出身の女騎士。
戦闘狂で、一度戦闘が始まると敵味方の区別なく暴れ回るため、常に単独での行動を強いられている。
(フレンドリーファイヤー上等のバーサーカーか。使い方を間違えば味方に大きな被害をもたらしかねんな)
三人目、フィン・スチュワート。
類稀なる魔力の持ち主で遠距離からの精密狙撃を得意とする魔術師。
しかし極度の臆病者で、実戦では魔物の咆哮を聞いただけで気絶したという逸話付き。
(高火力の紙メンタルは、いざというときに地雷になる危険性が高すぎる)
そして最後の一人はこの部隊の隊長格、リアム・ヘイワード。
没落貴族の出身で皮肉屋。
騎士団の腐敗に絶望しており、他の三人をまとめ反抗的な態度を取り続けている中心人物。
(こいつが第三特務分隊の癌であり、同時に司令塔ってわけだ)
見事なまでに問題児しかいない。
しかも彼らはゲームには登場しなかった完全に未知のキャラクターたちなのである。
つまりここからは、俺の知る特定のイベントや攻略法は通用しない。
今までとは違って俺の知らない未知の領域。
(……面白い)
不安がないと言えば嘘になるが、同時にゲーマーとしての血が騒ぐ。
たとえ彼らがゲームに登場していないキャラだとしても、この世界が『アークス・サーガ』のシステムに則っている限り、俺の『目』は欺けないはずだ。
リナを指導した経験は俺に確信をもたらしていた。
この世界の人間は俺がやり込んだゲームのキャラクターたちと同じ法則で動いている。
ステータスそのものが見えるわけではない。だが長年やり込んだゲームの制作陣の癖とでも言うべきか、キャラクターの性格とその行動原理から、システム的な『癖』や『弱点』がある程度推測できると確信している。
リナを育てたことで俺のその能力は、ただの知識からこの世界で通用する本物の『眼』へと昇華しつつあった。
俺は資料を乱雑に閉じると、片付けを司書に任せ目的の場所へ向かった。
騎士団の敷地の外れの今にも崩れそうなボロ屋。そこが第三特務部隊に与えられた兵舎。
つまり騎士団のお荷物を捨てる『ゴミ捨て場』だ。
「さあ、ゴミ拾いの始まりだ」
そうして俺は、心の中で気合いを入れ、兵舎の軋む扉を躊躇なく蹴り開けたのだった。
◇ ◇ ◇
兵舎の中は外見以上にひどい有様だった。
酒瓶が転がり訓練用の武具が手入れもされないまま無造作に積み上げられている。
酒とガビの匂いが混じったほこりっぽいよどんだ空気が充満するその中央で、四人の男女が思い思いの時間を過ごしていた。
干し草の上で大の字になって惰眠をむさぼっているのは天才のアッシュだろう。
壁に向かって狂ったように短剣を投げつけている女が戦闘狂のクロエか。
そして部屋の隅で小さな物音にすらびくびくと肩を震わせている小柄な影。
あれが臆病者のフィンに違いない。
(で、あいつが……)
残る一人。部屋の中央で椅子にふんぞり返っていた男が、机に乗せていた足を下ろすこともなく俺を睨み付けながら口を開いた。
「……あんたが新しいお目付け役か。ご苦労なこったな」
刺々しく皮肉っぽい口調。こいつが隊長のリアム・ヘイワードか。
「噂は聞いてるぜ、新人潰しのカイエン教官さんよ。なんでも落ちこぼれの女を一人、まぐれで昇級試験で勝たせたんだってな。おめでたいこった」
他の三人もリアムの言葉にそれぞれの反応を示す。
寝ていたアッシュは億劫そうに片目を開け俺を一瞥する。
短剣を投げていたクロエは獲物を見つけた肉食獣のように、舌なめずりをしながらこちらを見ている。
隅にいたフィンに至っては、俺と目が合った瞬間、びくりと身体を震わせさらに壁際へと後ずさる。
なるほど。報告書に書いてあった以上に一筋縄ではいかない連中らしい。
俺はリアムの挑発を無視し、部屋の中央へと進み出る。
そして四人全員に聞こえるように、静かに、しかしはっきりと告げた。
「今日から貴様らの指導教官を務めるカイエン・マーシャルだ」
俺の名乗りをリアムが鼻で笑う。
「挨拶なんざどうでもいい。どうせあんたもすぐに音を上げて俺たちの前から消えるんだ。今まで来た教官共と同じようにな」
……これは最初の儀式だ。
舐められたままでは指導など出来やしない。
ここで俺が奴らに屈すれば、二度と指導教官として認められることはないだろう。
俺はゆっくりと四人を見回す。
そして俺の『ゲーマーの眼』で、一人一人の本質を解析し、告げる。
「まず貴様。アッシュ・グレイリング」
俺は寝転がっている天才を指差す。
(団長の報告書には「天才」とあったな。ゲームで言えば初期ステータスが高いが成長率が低い早熟タイプだ。こういうキャラクターは一撃の威力は高いが攻撃後の硬直が長くコンボに繋げられないという癖が設定されていることが多い。才能に胡坐をかき基礎的な動きの最適化を怠っている証拠だ)
「その怠惰な寝姿、一見すれば隙だらけだ。だが重心は常に安定し、いつでも起き上がって反撃できるよう無意識に身体を制御している。見事な才能だ」
アッシュの片眉がピクリと動く。
まさか最初の一言が叱責ではなく賞賛から始まるとは思っていなかったのだろう。
しかし本命はここからだ。
「だが、そのせいで貴様の剣には『重み』がない。才能だけで振るう剣は軽すぎて使い物にならん。真の強敵の前ではその剣は容易くへし折られるだろうな」
「……」
アッシュの目がわずかに見開かれた。
次に俺はニタニタ笑いを隠さない戦闘狂のクロエに視線を移す。
(報告書通りの典型的なバーサーカータイプか。ゲームなら攻撃力は高いが防御力が極端に低く、属性攻撃にも弱い紙装甲だ。そしてこういうキャラクターの攻撃モーションは派手さを好むあまりに常に大振りで上半身への攻撃に偏るように設定されているものだ。そして下段への攻撃、つまり足払いなどに対する防御意識がシステム的に欠落している場合が多い)
「クロエ・バーンズ。その闘争心は悪くない。だが貴様の視線は常に俺の首と心臓しか見てないな」
「あはっ、バレてた?」
「貴様は下半身への攻撃に対する意識が致命的に欠如している。本物の戦場なら最初の三秒で足元を払われ、無様に転がるだろう」
「……てめぇ」
クロエの顔から笑みが消え、殺気が滲み出す。
その殺気をあえて無視し、俺は隅で震えているフィンに目を向ける。
(「臆病な魔術師」か。高火力・低耐久のガラスキャノン……だがそれだけじゃない。報告書によれば実戦で力を発揮できないという。これは常に自分に『恐怖』というデバフをかけているような状態だ。ゲームなら命中率に強力なマイナス補正がかかる状態異常。つまり技術の問題じゃなくメンタルの問題だ)
「フィン・スチュワート。その内包する魔力、そしてその集中力は騎士団でも随一だと聞いている。だが貴様は自分の力を恐れすぎ、その恐怖心が貴様の魔術の精度を僅かに、しかし確実に狂わせている。貴様が狙いを外すのは技術の問題ではない。ただ心が弱いだけだ」
「ひっ……」
フィンは顔を真っ青にして、さらに身体を縮こまらせた。
「そして貴様だ。リアム・ヘイワード」
最後に俺は目の前のリアムに向き直る。
(こいつはゲームにおける『特定のフラグを立てないと進行しないイベントキャラ』のようなものだろう。奴の反抗的な態度は彼の初期設定であり、正論や説得では決して覆らない。そんな奴の心を動かすトリガーは何か。ゲームの定石で考えれば、それは『圧倒的な実力を見せつけ、その強固な意思をを強制的に打ち砕く』ことだ)
「その反抗的な態度は騎士団への絶望から来ているらしいな。だがそれはただの言い訳に過ぎん」
俺はリアムの目を真っ直ぐに見据えて断言する。
「貴様はこのはぐれ者たちを見捨てることもできず、かといってこいつらを導く自信もなく共に泥の中にいることを選んだだけの優しい臆病者だ。違うか?」
「……っ」
リアムの顔が怒りと、そして図星を突かれた動揺で激しく歪んだ。
「……黙れ。あんたに俺たちの何がわかる」
彼は椅子から立ち上がると腰の剣に手をかけた。
「口先だけのハッタリはもう聞き飽きた。実力で示せ。俺に勝てたらあんたの言うことを聞いてやる。だが負けたら二度と俺たちの前に顔を見せるな」
面白い。
どうやらイベントの発生条件は満たされたようだ。
俺は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「いいだろう。だがただ勝つだけでは面白くない。ハンデをやろう」
俺は自分の両手を後ろに組む。
「俺はこの両手を使わん」
俺の言葉にリアムだけでなく他の三人の顔色も変わった。
「そうだな。これだけだとまだ弱いか……ではもう一つハンデを加えてやろう」
「なんだと」
リアムの顔が怒りで紅潮していく。
「十秒だ。俺は十秒で両手を使わずにお前を倒すと約束しよう」
それは自信か、あるいはただの狂気か。
俺はこれから始まるであろう「指導」の始まりに、静かに闘志を燃やすのだった。




