女剣士
わたしはあの時の事を忘れない。
いや、忘れられる訳がない。
わたしの人生を狂わせた出来事を……
幸せだった生活を一変させた出来事を……
そんな幸せを奪ったあいつを許さない。
あいつを倒すために、そして、兄を助けるために、今わたしは生きているのだから……
『復讐』
それがわたしの命を賭けた目的なのだから……
そんな復讐という目的ぐ全てだったはずのわたし。
そんなわたしを変える出来事があるなんて思いもよらなかった。
手に入れた力は全て復讐を達成するためのもの。
その時はそうとしか思えなかった。
求め手に入れた強力な武器と、思いも依らずに手に入った強大な力。そして……
必要としていなかった存在。
これ以上大切な絆を失いたくなかったから遠ざけていた仲間という存在。
わたしを最も変えたかけがえの無い絆との出会い……
とある人物の護衛任務中だった。
「はぁ……」
わたしの口から小さな溜息が漏れた。無意識に出たそれに一早く反応したのは、その溜息の主因である男だった。
「どうした? 気を張り続けることに疲れたのか?」
この男の空気が読めない発言に苛立っていた。
偶々、同じ依頼を受けただけの気にする必要もない相手のはずだった。だが、こいつは思った以上の大物だった。
ギル・ウォールズ
それがこの男の名前。
この国の冒険者で知らぬ者は居ないだろう言える名前だった。出会ったのは今回が初めてだったが、耳にしてきた情報を信じるなら、わたしとは考え方が合わない男というのがわたしは思っている。
戦いを好む男。
その事に関してだけならば、わたしと異なる思想だからといって嫌う理由にはならない。だが、この男は戦うこと以上に好んでいるのが、人を斬るという行為と聞いている。戦意を失い命乞いをしている相手を斬り、その断末魔を聞くことを至上喜びと感じる男だと……
同じ剣を片手に冒険者という道を選んだのはわたしも同一の存在かもしれないが、目的があり、その目的の為に戦うことを選択し、結果敵を斬ることになるわたしとは違い、ギル・ウォールズは人を斬るのが目的であり、冒険者という立場はその為の手段なのだ。
もし、この男と敵対することになったら、わたしはこの男を斬ることにするだろう。斬ることができるなら……
だが、噂を聞く限り、今のわたしの実力では勝つことはできないだろう。噂の内容が話半分だったとしても、その結果は変わらない。まだまだわたしは弱いのだから……
強くならなければならない。
あの男を倒すためには……
そして、兄を助ける為には……
「!?」
馴れ馴れしいギルの言葉から逃げるために、少し考え込んだ影響か、それに気づくのに少し遅れてしまった。
周囲に目線を飛ばすと、他の冒険者達は既に警戒体制に入っていた。護衛という仕事中に護衛対象から意識を切ってしまっていた。まだ急襲は受けておらず、今回は問題にはならなかったが、これは反省材料としなければならない事だと思った。
剣の鞘に手を添え迎撃準備に入る。
「ん? どうした? 怒ったのか?」
緊張感が増す中、緊張感のない言葉が耳に入る。
「気づいていないの?」
そんな事があるとは思えなかったが、一応確認する。
「え?」
ん?
そんな事があるというのか?
身は隠してはいるが、隠せていない敵意の籠った気配。素人ならまだしも、ある程度の経験のある冒険者なら気づかないはずがない程のそれに、ギル・ウォールズが気づいている様子がない。
いや、気づいていて余裕を見ているのだろうか?
一瞬、そんな思考に流されそうになったが、すぐにわたしは気を引き締めた。
2人の魔法使いが護衛対象である1人の男性を守るために防御結界を生み出す。下準備無し結界であるため、それ程強力なものではないだろう。精々、流れ矢の威力を落とす程度か……
そろそろ、相手もこちらに気づかれていることが分かっているはずだ。それでも動きがない所を見ると慎重な相手と判断できる。
さて、どうする?
わたし個人が狙われているなら、何か挑発じみた言葉投げかけて動きを誘発させているのだが、護衛対象や他の冒険者がいる以上、そんな軽率な行動を取るわけにはいかなかった。
だが、わたしの隣にいる男は、そんか軽率な動きを見せる。
「なんだ? 敵か?」
ギル・ウォールズはそう言いながら腰の剣を抜くと、わたしより2歩ほど前に出て周囲に隠れているだろう存在を挑発し始めた。
おいおい、マジか……?
自信いっぱいの言葉の羅列。まるで芝居に出てくる役者のように感じる程の大きな動きを付けながら放たれるその言葉に、わたしは違和感を覚える。いや、違和感なんて物ではない。それはとある確信をわたしにさせるものだった。
「おいおい、随分と五月蝿い奴がいるな……」
そう言いながら隠していた姿を表す1人の男。そして、それに合わせるように周囲から20人程度の男達が姿を現した。
この辺りを根城にしている山賊か何かと予想していたのだが、それにしては随分と身なりと装備が良く見えた。
「さぁ、このギル・ウォールズ様に斬り殺されたくなければ、さっさと逃げな。今なら、見逃して……」
ギルのそんな言葉は既に奴等には聞こえていないようだった。集団のボスらしき男が右での剣を掲げると、それに反応して一斉に動き出したのだ。
それに対して1人驚いているのはギル・ウォールズを名乗る男だけで、わたしを含む他の冒険者達はすぐさま迎撃態勢に移っている。
相手の実力はそれなりに高かったとわたしは感じた。品質の良い装備に身を包み、更に護衛の冒険者数の3倍近い人数相手というのともあり、やや手こずることとなったが、それでも誰1人欠けることもなく撃退に成功できたのは、実力の高い仲間に恵まれたからだろう。
1人を除いて……
「あんた……」
「ひっ!!」
蹲っていたギル・ウォールズを名乗っていた男の前に立ち凄むと、男は体を震わせた。
「ギル・ウォールズじゃないね?」
あれだけの数の敵の気配に気づけず、戦ってはまったく戦力になれず、戦いを好みそれ以上に人を斬ることを好む男が相手が逃げるように促していた。
人斬りと恐れられたギル・ウォールズな訳が無かった。
早くから感じていた違和感が確信に変わり、わたしの感情は怒りに満たされていた。
護衛の依頼主を目の前にして、本来なら我慢するべきだったのかもしれないが、それが出来るほどわたしの心は広くはなかったようだった。
「あはは……」
もう誤魔化せないと悟ったのか、渇いた苦笑いをしながら頷く男。それと同時にその顔面にわたしの右ストレートが炸裂していた。
これは特別感も無い仕事だった。
旅費を稼ぐ為に受けたなんて事のない仕事。
特に印象も無く終わると思っていたこの護衛の仕事が、わたしに大きな影響を与える事になる事になるとは、この時のわたしは思ってもいなかった。
これは、わたしを変えた三つの力との出会いの物語。
決して忘れる事が出来ない物語。




